【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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ハッチ(hatch):【孵化する】【企む・目論む】


【第13章】別に倒しちまっても構わねーんだろ?  
こよみハッチ~その11~(Walpurgisnacht)


 

~093~

 

 この世のものとは思えないほど赤黒く染まった、禍々しい色を帯びた朱殷(しゅあん)の空。

 

 その不吉な空の下には、地獄のような光景が広がっていた。

 見滝原の中心街は大地震と超大型台風に、同時に襲われたかのような有り様だ。

 

 電柱は圧し折れ、車は横転し、高層ビルの半数以上が倒壊――割れた窓ガラスが一面に散らばり、道路には亀裂が走っている。

 

 其処かしこで火災が発生し、吹き荒れる強風に煽られ火の手が増していく。

 瓦礫と化したビル群。燃え盛る炎の柱。雷鳴が轟き、吹き荒れる暴風。

 もう都市としての景観は、完全に喪失している。

 

 この惨状――天変地異を引き起こしているのは他でもない。

 

 荒野と化した、見滝原都市部の上空に浮かぶ怪物。

 

 白い縁取りをされた、群青色のドレスを身に纏った細身の女性のような外見。胴体から下は、ゆっくりと回転する巨大な歯車となっており、なぜか上下逆さまの状態で空中に浮遊している。

 大きさは優に200メートルは越えようかという程に馬鹿でかい。

 

 耳を劈く悍ましい絶叫を上げているかと思えば、時折、不気味な嗤い声を響かせてもいた。

 

 そうコイツこそ――混沌の化身。災厄の権化。破壊の限りを尽くす最悪最凶の超弩級魔女――『ワルプルギスの夜』である。

 

 ワルプルギスを中心点とし、被害の規模は色濃くなっていた。

 

 事前情報である程度は、その存在について知ったつもりでいたが、実際にこれを目の当たりにしたら、その脅威性を上方修正せざるを得ない。

 

 ワルプルギスの廻りには、破壊された建造物の残骸が宙に浮いている。

 中程で圧し折られビルが宙を飛び交う光景なんて、誰が想定する。

 

 こんな化け物を相手にしなければならないなんて、本当に恐ろしいことだろう。恐怖で足が竦んで動けなくなったって何らおかしくはない。

 

 にも関わらず、彼女達は果敢にも魔女に立ち向かう。そんな魔法少女達に声援を送る事しか出来ない、無力な自分が情けない。

 

 

 ……………………。

 ……………………。

 ……………………。

 

 

 えー、なんと言いますか…………僕こと阿良々木暦は、今まさに開始されんとしている、魔法少女とワルプルギスの戦いを、鉄塔の最長部から傍観している状況です、はい。

 

 …………しかも、予想される戦闘区域から離れた、比較的安全な場所から。

 

 ……………………。

 ……………………。

 ……………………。

 

 

 さてさて、こうして語ってしまうと、「お前が率先して戦えよ!」だとか「何、女の子に任せて傍観してんだよ!」なんて苦言を呈されそうだが、此方にもこうしなければならない事情があるのだ。

 

 僕だって既に、ちゃんと臨戦態勢に入ってはいる。

 万全に万全を期し、僕は人間を辞め、完全に吸血鬼化した状態でスタンバイしている。

 

 即ち、あの春休みの時のように――鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼。伝説と謳われた吸血鬼。怪異の王として名を馳せた、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。

 

 その眷属として――今一度、『化け物』に成っている訳だ。

 

 さらっと言っているが、『完全な吸血鬼』として活動することは、ある種の禁忌を犯したような罪悪感と忌避感があり、僕の中で色々な葛藤があったのだが、まぁこの件は置いてこう。自分語りは止めておこう。

 

 ただ解かって欲しいのは、出し惜しみなく事に望もうという僕なりの覚悟の証なのだ。

 

 

 だったら尚の事「お前一人でワルプルギスと戦ってこい!」なんて声が聞こえてきそうだが、少し待ってほしい。

 

 とはいえだ。まずは先に謝っておこう。

 吸血鬼化した僕と、ワルプルギスによる戦闘を待ち望んでいた人が、どれだけいたかは知らないが………………期待に沿えず申し訳ない。

 

 まぁなんというか、至極端的に言ってしまうと、僕は戦力外通告されているのである。

 

 ……………………。

 

 いや、それだと少しニュアンスが違うか………………そう! 言い換えればれっきとした作戦の内なのである!!

 

 

 これは、ごくごく当然の成り行き――もしくは役割分担をした結果とでも言えようか。

 順を追って説明していこう。

 

 

 というか僕も始めは、羽川がキュゥべえに対して言った、

 

『見滝原にやってくるという超弩級の大型魔女――『ワルプルギスの夜』。その魔女をもし吸血鬼の力で圧倒することが出来れば、キュゥべえくんも認めざるを得ないじゃないのかな?』

 

 

 

 ――吸血鬼の力で圧倒する――

 

 

 この宣戦布告とも言うべき宣言を訊いて、僕の中で漠然と――勝手な思い込みというしかないのだが、ワルプルギスの夜と吸血鬼化した僕が大立ち回りを演じ、その上で圧勝しなければならないと考えていた。

 しかし事前の話し合いをしていくと、それは僕の思い違い、自身の力を過大評価した愚かしい考えだということが判明する。

 

 幾ら伝説の吸血鬼の眷属として吸血鬼化した状態とはいえ、僕がどうやってワルプルギスに対抗できるのか、想い馳せていた時のことである。多分、そういった類の事を独り言で、無意識の内にぶつぶつ言っていたのだろう。それを訊きとめた羽川はこういったのだ。

 

 

 一部、その時の会話を抜粋してみよう。

 

 

「あー、ちょっといいかな、阿良々木くん」

「ん? なんだよ?」

「色々頭を悩ませてくれているのに申し訳ないんだけど…………阿良々木くんが真正面から『ワルプルギスの夜』と戦う必要はないの」

 

「はい? いや、でも僕が戦わないことには、吸血鬼の力を証明することができないわけじゃないか? お前も知っての通り、忍の力は借りられないんだぜ――――」

 

 ワルプルギスの夜との決戦に際し、完全な吸血鬼と成った僕。

 それは即ち、必然的に、忍野忍も全盛期の力を取り戻したことになる。

 『忍野忍』から『キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード』へと復帰したことを意味するのである。望もうと望まずとも、一蓮托生にだ。

 

 故に、吸血鬼としての力を証明するというのであれば、フルパワー状態の忍がワルプルギスの夜と戦ってくれれば万事解決することだった。

 安易な解決方法と言わざるを得ないが、これこそ一番手っ取り早い方策なのはご理解頂けるだろう。

 

 

 しかし、それは不可能――忍の力は当てにできないことは前以て提言しておかなければなるまい。

 

 その理由は、忍野メメによって施された封印が原因だった。

 

 いや、原因だなんて、全くもって自己本位な言い方をしてしまった。

 忍野には全く非なんてないのだから、そこは誤解しないで欲しい。

 

 

 かなり前の話になるが、学習塾へ忍の力を借りに向かい、忍の同行を忍野から許可して貰った時のことを覚えているだろうか?

 その折に、忍の強大過ぎる力を忌避した忍野が、封印を施し忍の力を縛ったのだ。

 

 この封印の効果もあり、全盛期の力を取り戻したフルパワー状態の忍は、僕の影から外に出れなくなっている。

 

 正確には一時外に出れたとしても、出たその瞬間に僕の影の中に吸引されてしまう。

 それはどんな吸血鬼スキルを使用しても、抗うことができないほど、強力な力らしい。

 

 伝説の吸血鬼を野放しにすることは、調停者(バランサー)の立場として看過できないのは道理。

 危険要素が大きすぎるからこその、当然の措置と言えよう。

 

 なので、どんなに窮地に陥ったとしても、代わりに忍が出張って戦ってくれることはない。

 

 

 

「――――だからこそ、他の誰でもなく僕が戦うしかないだろ!!」

 

「でも、阿良々木くんって、戦闘技術とか全く無いでしょ?」

 

 僕の決意表明に、気遣う声音で羽川は言う。

 

「………………そりゃ……そうだけどさ…………吸血鬼化状態の僕は、人外の力を持った吸血鬼ハンター達に勝った実績があるんだぜ?」

 

 吸血鬼を狩る同属殺しの吸血鬼――ドラマツルギー。

 ヴァンパイア・ハーフにしてヴァンパイアハンター――エピソード。

 新興宗教の大司教にして、裏特務部隊を率いる部隊長――ギロチンカッター。

 

 どの戦いだって苦戦続きであったが、あの強敵を相手に勝ったことは紛れもない事実。

 

「全然誇れることじゃないけど……、戦闘に関してずぶの素人であっても、僕には、伝説と謳われる吸血鬼の眷属としての力が備わっているんだ!」

 

「つまり、圧倒的な吸血鬼の力でごり押すって訳?」

「まぁ……それしかないだろ」

 

 

 僕の行き当たりばったりというしかない言葉を訊いて、羽川は苦笑いを浮かべながら――

 

「一つ質問。阿良々木くんって空飛べる?」

 

 ――予期せぬ問い掛けをくり出してきた。

 

「空って、んなの無理に決まってるだろ。僕は舞空術を習得してもいなければ、タケコプターも持っていない」

「だろうね。じゃあさ、仮に『吸血鬼の力』を使っても無理?」

「ん? …………あ、うーん……どうだろう」

 

 しばし思考を巡らすも、

 

「いや無理だな。僕は忍みたいに羽を生やせないし……」

 

 僕が使用できた吸血鬼スキルは、肉体の一部を変化させるぐらいなのだが、それがまた出来たとしても、空を飛ぶことは出来ないだろう。

 

 

 そんな結論を出した僕に、羽川は致命的な言葉を投げかけてきた。

 

「だったら、どうやって空を飛んでいる相手に立ち向かうつもりなの?」

「ん?」

「暁美さんの情報じゃ、『ワルプルギスの夜』ってずっと空を浮遊した状態なんだよ?」

「…………………………」

 

 絶句。

 

 それでもどうにかこうにか、一つの答えに辿りついた。

 

「ジャンプして突貫!」

 

「確かに吸血鬼の膂力があれば、十分可能な戦法ではあるんだろうけど……曲がりなりにも戦闘指揮の権限を預かっている身としては、それは推奨できないかな。相手からの妨害もあるだろうし、一直線に飛び込めば恰好の的にされるだけだよ」

 

「じゃあ、お前はどうするつもりなんだ? 僕が力を示さない事には、吸血鬼の力を見せつけることができないわけじゃないか? これはキュゥべえとの交渉材料でもあるんだろ?」

 

「阿良々木くんはずっとそこに固執しているようだけど、別に『吸血鬼』と『ワルプルギスの夜』の戦闘を見せる必要性はないでしょ? キュゥべえくんには、『圧倒的な力』を証明すればいいだけなんだから」

 

「いや、だからそれにはワルプルギスを圧倒することが必要不可欠であって」

「ううん、そんな必要は全然ないよ」

 

 僕の言葉を遮る形で、羽川は力強く断言した。

 

「だって、キュゥべえくんが欲しているのは、『圧倒的な力』――言い換えれば『膨大な量のエネルギー』だけなんだから。言うなれば『効率よく動き回る性能のいいレーシングカー』ではなく『大量のガソリン』にキュゥべえくんは魅力を感じている。それは阿良々木くんだって理解できるよね?」

 

「お、おう。それはな」

 

 

「だったら『相手の攻撃を紙一重で躱しながら華麗に戦う、歴戦のプロボクサー』と、『何の技術もないけれど、他の誰よりも強力無比な一撃をくり出せる素人』。キュゥべえくんはどちらに魅力を感じるかな?」

 

「そりゃ後者だろ…………? えっと……話の先が見えないんだけど?」

 

「うん、だから私が何を伝えたかったのかと言うとね――阿良々木くんは、確実に相手を仕留めきれる状況になるまで、万全の状態で待機していて欲しいの。華麗に戦う姿は必要じゃない、求められるのは、設置されたパンチングマシーンに最大限の一撃を叩き込むことだけ――それが私の考えている対ワルプルギス戦の戦術プランだよ」

 

「…………なぁ羽川…………お前の作戦にケチをつけるつもりはないけど…………」

 

「どうやって、そんな状況を作り出すつもりなんだ? って言いたいのかな?」

 

 僕の指摘を先読みする形で羽川は言う。それに僕は無言で頷き先を即す。

 

「それは、私と彼女達に任せて欲しい。相手の情報が不確定だし、どんな牙を隠し持っているかもわからない。そんな状況下で保証なんてできないし、達成困難なことは重々承知しているけれど、それでも、だとしても、どうにかしてみせるから!」

 

 

 

 

 

 なんてやり取りがあり、現状に至っている訳だが――やはり女の子に先陣を任せ、待機するって状況は、相当に心苦しいものがある。

 

 でも、ほむらからも釘を刺されているんだよなぁ。僕が参戦しても、戦闘の妨げにしかならないって。

 基本的に遠距離からの射撃や、砲撃、爆弾、機雷を用いる戦術だから、僕が近くに居たら本当に邪魔らしいのだ。ちなみに、杏子も接近戦主体の戦闘スタイルだから、援護に回るらしい。

 ついでに言及すれば、美樹も僕と同じく戦力外通告を受けた身で、避難区画にいる住民の護衛を任されているようだ。ほむらに対してデレデレ状態の美樹は、快くその任務を引き受けたようだが。

 

 

 さて、そうこうしているうちに、

 

『準備完了。二人はどう?』

『ええ、いつでもいけるわ』

『問題なし! やってやるぜ! って、いくらやる気になっても、所詮、アタシはサポート役だかんねぇ、はぁ、ったく――極上の獲物を相手にできる、またのないチャンスなのによぉ』

 

『もぅこんなことで、拗ねないの』

『はいはい。わかってますって。マミはうるさいなぁ』

『そんなこと言ってると、祝勝会用に取り寄せている、通販お取り寄せランキング8週連続第1位を獲得している有名パティシエ特製ケーキはいらないってことでいいのね?』

『んなこと一言もいってねーだろ! つーかもう勝った気でいるのかよ!!』

『当たり前じゃない。私達が負けるはずない。そうでしょ暁美さん』

 

『当然そのつもりよ、巴マミ。貴女の力、頼りにしているわ』

『ええ、頼りにして頂戴。それにしても、相変わらず他人行儀な呼び方よね。皆みたいに気軽に名前で呼んでくれたらいいのに』

『前向きに検討しておくわ』

『あら、拒否されるかもって思っていたのに、これは期待しちゃうわよ』

『おいおい、マミ。それって、断る時の常套句だぞ』

 

『え!? 嘘! そんなことないわよね暁美さん!?』

『美樹さやか。そちらの状況は? 問題はない?』

『暁美さん!? 私の声聞こえてるわよね!?』

『あっ! ほむら! うん。こっちは大丈夫。あたしのこと心配してくれてありがとね!』

『いえ、そうではなく、まどかに近寄る害獣がいないかの心配を……』

『もぅ照れるなって! ほむらは照れ屋さんだなぁ、だからマミさんも心配しないでいいですよ!』

 

『そ、そうよね! 暁美さんは恥ずかしがっているだけなのよね! そうだわ! もぅ佐倉さんの所為で、暁美さんを疑っちゃうところだったわ』

『……ま、マミがそう思うんなら、アタシはいいけどさ』

『また、私を不安にさせるようなこと言って、ほんとにケーキ上げないわよ?』

『あー! くそ! アタシが悪うございました!』

『暁美さん、この戦いが終ったらちゃんと名前で呼んでくれるって信じてるわよ!』

 

 

『阿良々木暦。貴方も気を抜かないで、しっかり戦況を見極めて、対応して頂戴』

『暁美さん!? 無視しないで! ちゃんと反応して!』

 

 

 テレパシーを用いて、女の子特有の姦しい軽口を叩きあいながらも、全員所定の位置につき、準備は完了したようだ。

 

 

「ああ。任せとけ。皆も、無理はすんなよ。危険だと判断したらすぐに退避してくれて構わないからな! ちゃんともしもの時の備えは用意してある! だから繰り返し言うが絶対に無理はするな!」

 

 不確定要素が多い戦いであるからこそ、最悪の事態を想定した場合の切り札を用意しいている。まぁ無論これだって羽川参謀が用意してくれた秘策なのだが。

 

 

 ともあれ――役者は揃い、舞台は整った。

 

 『ワルプルギスの夜』――魔女達が集う祝宴の夜。

 

 

 今まさに、戦いの幕が切って下ろされようとしていた。

 

 

 




 本当に久しぶりの更新です。ごめんなさい。
 やっと最終プロットの調整(と言う名の辻褄合せ)が終りました。
 あとは自分で作ったレールの上を走りきるだけなんですが、まぁ正直、鈍行運転になりそうです。気長にお付き合いください。

 ともあれ最終章、『ワルプルギスの夜編』開幕です!


 原作オフシーズンとして『撫物語』『結物語』の刊行など、まだまだ楽しませてくれそうな『物語シリーズ』ですが、何は兎も角、映画『傷物語』を最後まで観たいです……蛇の生殺し状態は辛い!
 

 そして、まさかまさかの『戯言シリーズ』アニメプロジェクト始動とは…………動いてる姫ちゃんや、『人間失格』が見れる時が来るなんて!! 感涙です。

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