~094~
『ワルプルギスの夜』の周りには、ゆうに百は越えようかという使い魔達で溢れかえっていた。
少女のシルエットをした使い魔がくるくる踊りながら飛び交い、さながらパレードでもするように、ゆっくりと行進していく。
西洋版の百鬼夜行みたいなもんだ。
所定の位置についた魔法少女達は、瓦礫の陰に隠れ、完全に気配を断った(魔力を隠匿)状態で身を潜めていた。
ワルプルギス――延いては、その使い魔との交戦も、一切始まっていない状況が続いている。
ただ、これで作戦の第一段階は恙なく進行中なのだから、全く問題はない。
一応、作戦の概要を説明しておくとしよう。至極端的に言ってしまえば『罠を張り、罠に掛るのを待つ』というものだ。
うん。言葉で説明すると、実にシンプルな作戦だ。
が、シンプルだからと言って、そう簡単な話ではなく、闇雲に罠を仕掛けたところで、罠に掛かってくれる保証はない。
ならば、いったいどうやって相手を罠にかければいいのかだが――方法は大きく上げて二つだろう。
一つは、罠まで相手を誘導する。もう一つは、相手の移動ルートに罠を張っておく。
そして現在、僕達が実行しているのは後者な訳だが……この場合、相手の動向を先読みすることが必要不可欠となってくる。
しかしその相手は周知の通り――天災の如く無軌道に猛威を奮い、破壊と混沌を振り撒く『ワルプルギスの夜』。しかも、情報も乏しく初めて相見える謎多き存在である。
そんな相手の動きを予測することなんて、到底不可能だ。
いや、"不可能だと思い込んでいた"。"不可能だと決めつけていた"。
だが、そこは羽川翼。
彼女は限られた情報から、推察してみせたのだ。
正確には、ほむらが溜め込んだ資料と、独自で調べ上げたデータを統合して出した、予測なのだと本人は説明してくれた。
どうやらネットを駆使して、世界各国で過去に起こった突発的な異常気象の記録を洗い出し、ワルプルギスが原因となったであろうものを、いくつか見つけ出したようだ。
当然、その各国々によって記されている言語が異なるのだが、それに難なく対応できる羽川さんマジぱない。
参考資料にできそうなものは、あまり多くはなかったようだが、それでも、ある重要な共通点を見つけ出すことができたらしい。
曰く――意味もなく、本能の赴くまま所構わず暴れ回っているのではなく、人口密度が高い場所を目指し移動している、ということ。
断定こそしなかったが、そういった傾向が強いと羽川は分析してみせた。
魔女の本分として、多くの人間に災いを撒き散らすことを、己が役割だと認識しているのだろうか? 迷惑なことこの上ない。
そして、この近辺で、尤も人が集まっている場所。
即ち今回の場合であれば、見滝原市民が避難所としている市立見滝原中学校の体育館に向かうと予測でき――あとはワルプルギスの出現地点と、避難場所である見滝原中学を線で結べば、移動経路が自ずと導き出される。
『標的、Aー7地点を通過。このままいけば、予定通り到着するはずだぜ。マミ、ほむら。準備はどうだ?』
『既にセッティング完了済みよ」
『ええ、問題ないわ』
『しっかし半信半疑だったけど、ほんとにあの羽川って奴の言う通りになったな』
『もう羽川さん、でしょ。でも、本当に凄い……ここまで正確に読み切るなんて…………驚きだわ』
テレパシーを用いて、魔法少女達が交信を行っている。
内容は、"ワルプルギスの移動経路を完璧に予測してみせた"、羽川の常軌を逸した推察力についてだ。予測はどんぴしゃだったわけだ。
比較的まだ羽川との面識が薄い巴さんが、驚愕するのも無理からぬことだろうが、ここのところ、ずっと羽川の傍で行動していたほむらにしてみれば、もうこれは『当然の結果』――『既定事項』だったのだろう。
『あの人は恐ろしいまでに、全てを見通している』
畏敬の念が込められた、憧憬を滲ませた呟き。その声音に驚きの色はない。
『流石は阿良々木さんのお友達ね』
『その言い方どうなのかしら? 別に阿良々木暦の友達と言うのは、羽川さんにとってプラス要素ではないでしょう?』
『………………えっと、暁美さん?』
『寧ろマイナス要素。ええ、羽川さんにとって唯一の汚点だと言っても過言ではないわ!!』
巴さんの言葉に、語調強くほむらが返す。
『……確かにお前の言う通りだと、自分自身で思わないでもないが、悪口は心の内で留めてくれ』
別に後半部分は言わなくてもよかっただろ?
テレパシーで筒抜け状態なんですよ?
『あら、貴方にも聴こえてたの』
耳に掛かった髪をかき上げ、悪びれた様子もなくほむらは言う。
絶対にわざとだろ、お前。
ともかく、あとはこのままワルプルギスが罠に掛かるのを待てばいい。
罠と言っても、それは巴さんがリボンで広範囲に張り巡らし作成した網のようなものであり、ある程度は調整が効く。多少軌道がズレたところで対応は可能なのである。
「阿良々木暦。君はここで見ているだけなのかい?」
と、唐突に頭上から声が聞こえてくる。
というか、文字通り『僕の頭の上』から。
声の主は、自称異星生命体のキュゥべえである。
コイツが今更、時空転移を用いて唐突に現れた所で驚きこそしないが、なぜ人の頭の上に……絵面的にはティッピーを頭に乗せたチノちゃん状態だ。
注文なんてしていないので、どっかいってくんないかな。
見た目がどんなに愛らしくとも、この生物にマスコットキャラとしての権限はないのだ。鬱陶しいことこの上ない。
そういう観点で言えば、ティッピーも中身おじいちゃんだし、あまり頭に乗せたくねぇな。
ん~無視しても構わなかったのだが、コイツはある意味重要な取引相手、あまり心象を悪くするのもよろしくないか。
「まーな。僕の役目はもうちょっと後だ」
とは言っても、歓談するような間柄では決してないので、ここは軽く反応を返すだけに留める。
戦闘が始まるまで残り僅か。コイツに構っている暇はない。
『…………はぁ……はぁ……あと少し』
極度の緊張、あるいは抗いがたい恐怖のためか、呼吸が乱れ、若干震えた巴さんの声音。
この戦いの趨勢を決める先陣を任されているのだ。相当な重圧が圧し掛かっていることは想像に難くない。
『巴さん。皆がいるんだ。一人で背負いこむことなんてないよ。大丈夫。絶対上手くいくから。自分の力を信じて!』
羽川ならば、もっと役に立つ適切なアドバイスができたのだろうが、僕には、こんな場当たり的な励ましを言うことしかできない。
『阿良々木さん……ありがとうございます。とても……とても心強いです!』
それでも、少しは巴さんの支えになったのかもしれない。ただ、気を使わせてしまっただけかもしれないが。
そして――
『掛かった!!』
巴さんの鋭い声。ワルプルギスが蜘蛛の巣のように張り巡らされたリボンの網に突っ込んでいく。
『いくわよ!! カレッラ・ヴァスタアリアッ!!』
高らかに叫ばれた声に応じ、一斉にリボンがワルプルギスに巻き付いていく。
巴さんお得意の拘束魔法。
リボンが幾重にも巻き付いていき、完全に搦め捕った。
しかし、ワルプルギスの勢いは止まらない。
リボンを纏わりつかせた状態で、お構いなしにそのまま突き進んでいく。
その動きを封じ込めることは叶わない。
だが、誰にも焦りはなかった。
なんせ、このリボンによる拘束は、相手の動きを止めるためのものではないのだから。
全ては手筈通り。
『暁美さん! 設置完了よ!』
『了解。爆破まであと10秒。巻き込まれないよう、出来る限り距離を取って。佐倉杏子、魔法障壁の展開をお願い!』
ほむらの指示に応じて、事前に決められていた、杏子が陣取った避難場所に退避する。
そう。
本来の目的は――リボンに結ばれた幾多もの爆弾による、爆破攻撃にある!
イメージし易いように例えるなら、紐に結んだ無数の爆竹を巻き付けたようなもの。
無論、威力は桁違いのはず。なんせ、羽川とほむらによって魔改造された特製の爆弾だ。
何でも某国から盗んできた最新型の爆弾に、羽川が独自に配合した化学物質(同じく盗品)を組み込みアレンジを加え――サーモバリック爆薬を基礎とし、化学反応を引き起こすことで威力を飛躍的に高めた代物らしい。
ただ羽川の話では、時間と材料、あと専用の機材さえあれば、まだまだ威力の底上げは可能だと言っていたのが恐ろしいところだ。
『5、4、3、2、1』
ほむらによるカウントダウン。
そして――途轍もない規模の大爆発がワルプルギスを包み込んだ!
「ギギャアァァアアアアアアアアアアァッ!!!!!!」
視界を覆い尽くす目映い閃光が駆け抜け、耳を劈く轟音と断末魔が響き渡る。
炸裂するように火花が飛び散り、辺りに流星のように四散――爆煙が天高く立ち昇っていき、世に言うキノコ雲が形作られていた。
その光景は火山の大噴火を想起させる。
断続して爆発が続き、『ワルプルギスの夜』の姿が目視できない程の巨大な火柱が形成されていた。
次いで、数秒の時間差を経て、僕の居る一帯にまで爆発の衝撃波が届き、辺り一帯の窓ガラスが砕け散る。
熱風に煽られ吹き飛ばされそうになってしまう僕。
威力の程を完全に見誤っていた。
爆発地点から距離が離れていたこともあり、ここまで爆発の余波がくるとは思っていなかった。
どうにか、寸前のところで鉄塔に手を伸ばし態勢を立て直す。これは吸血鬼化したことで強化された平衡感覚やら反射神経のおかげと言える。平時の状態であれば、地面に真っ逆さまだったことだろう。
ちなみにキュゥべえは姑息にも、器用に僕の身体を壁代わりにして衝撃波をやり過ごしてやがった。
「…………とんでもねぇ威力だな」
鉄塔にしがみ付いた僕は一人ごち……てる場合ではない。
『おい、皆無事か!?』
この爆発の規模。全線に居る彼女達の安否が最優先だ。
『は、はい、皆、大丈夫です。佐倉さんの結界でどうにか対処できました』
『おい、ほむら! もっとちゃんと伝えとけよな! 死ぬかと思ったぞ!』
『ぶっつけ本番だったのだから、しょうがないでしょう? 私自身にとっても想定以上、予想を遥かに超える威力だったのだし――ただ……これでも火力不足だったようね』
『は? 火力不足って…………おい、まさか!?』
ほむらの重々しい言葉に、杏子が愕然とした声音で問い返す。
『残念だけど、そのまさかよ』
ほむらの言う通り、黒煙の隙間から、ゆっくり浮上していく巨大な影が見える。あれだけの爆発をもろに受けたにも関わらず、魔女は生きていた。
戦いはまだ継続のようだ。
対ワルプルギス第一ラウンド終了です。
モンハンで例えるなら、モンスターの出現地点に落とし穴→大タル爆弾×8みたいな感じですw
最近の仕様はわかんないですけど。
テンポ重視で説明描写ちょいちょい省いてます。
気になる点などありましたら、どうぞ。出来る限りお答えします!
近日中にもう一話更新予定です。