【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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ハッチ(hatch):【孵化する】【企む・目論む】


【第14章】もう勝手に契約しないと、約束できるの?
こよみハッチ~その15~(Walpurgisnacht)


~097~

 

 僕がすべき事は、目の前の光景に絶望し立ち尽くすことではない。一刻も早く、彼女達を助けることだ。

 

 ともかく、まずは二人に圧し掛かるビルの破片を撤去しなくては。

 成人男性の背丈を越えようかというサイズの瓦礫を鷲掴み、手早くも慎重に持ち上げる。

 これほどの大きさであろうと、今の僕には発泡スチロールを持ったような感覚しかない。吸血鬼化していなければ、どう足掻いても動かすことはできなかっただろう。

 

「巴さん!! 杏子!!」

 

 テレパシーで繋がった感覚は途切れてしまっているので、声に出して必死に呼びかけるが…………反応はない。

 

 瓦礫を取り除いたことで、下敷きになっていた二人の姿が――惨状がはっきりと見えた。

 

 まざまざと。明瞭に。現実が目に飛び込んでくる。

 

 杏子に覆い被さるように巴さんが折り重なり倒れていた。きっと巴さんが、身を挺して杏子を庇ったのだ…………しかし、瓦礫の雨は、そんな二人を容赦なくまとめて、無慈悲に押し潰していた。

 

 程度の違いはあれ、両者共に損傷が激しく、目を背けたくなるような惨たらしい有り様。

 皮膚が破れ、肉が抉れ、骨が圧し折れ、内臓が潰され、止めどなく血液が溢れる。

 

 

 医療経験のない素人目に見ても、これは致死量に達していると断言できるほどの、おびただしい量の出血。致命傷だ。

 

 誰がどう見ても即死。

 助かる見込みは――――ない。

 

 

 

 

 だがそれは、“普通の人間”だったならばの話だ。

 

 そう。彼女達は魔法少女。

 

 ある時キュゥべえは言っていた。魔法少女の優れた“構造”について、悠然とした態度で語っていた。

 

 魔法少女の命――魂は、ソウルジェムに移し替えられている。

 故に、どれだけ身体の損傷が激しくても、それこそ心臓が破れ、ありったけの血を抜かれても、ソウルジェムさえ無事なら、魔力での修復が可能なのだと。

 

 人の命を物扱いする、忌避すべき理屈であったが――今はこの理屈に縋りつくしかない。

 心情的な問題は無視。命あっての物種だ。

 

 不幸中の幸いにして、二人のソウルジェムはまだどうにか輝きを放っている。

 穢れが進行しているようだが、微かな煌めきが見て取れる――正真正銘、命の灯だ。

 

 

 けれど、ソウルジェムが無事だからといって、手を拱いていたら本当に手遅れになってしまう。

 

 迅速かつ適切に対応しなければ。

 

 グリーフシードで穢れを取り除くにしても、先にこの傷の手当をしなければ何の意味もないのだが…………治癒魔法を扱える巴さんの意識がない。

 確か美樹も得意としていたはずだが、此処から避難所までは離れすぎている。ほむらはまだ近い距離にいるが……あまり治癒魔法が得意というイメージはないんだよな。

 

 それでも、魔力での治療行為と穢れの除去が必要になってくるので、ほむらと美樹にテレパシーで応援を頼むことにした。巴さん達の手持ちのグリーフシードが残っているか確認している暇はないし、もし無かった場合、予備を使わせてもらうしかない訳だし。

 

 が、なぜか美樹に繋がらない。感覚的な話なので説明しづらいが、巴さん、杏子のように強制的に繋がりが途絶えた訳ではなく――イヤホンの接触が悪い時みたいな感じなのだ。んー……距離的な問題だろうか?

 仕方なく、ほむらにだけ状況を伝えこっちに向かってもらうことにした。

 

 ただほむらもワルプルギスの変化に気が動転しているのか、反応が薄かったのが気掛かりだ。 

 

 そのワルプルギスはと言えば、どういう訳か、空高く浮遊したまま――目立った動きはない。

 

 

 

 ともあれ――今、此処にいるのは僕だけだ。

 

 しかし、救急隊員のように適切な処置が、僕に出来る筈もない。というか、この状態では、どんな名医であろうとお手上げだろう。

 

 今僕にできることは――違う。“僕にしかできない”ことをするんだ!!

 

 

 

 僕は覚悟を決め、意を決し“自身の左腕を引き千切った”。

 

 捩じ切られた傷口の断面から鮮血が飛び散り――

 

「ぐ……ぁ!!」

 

 歯を食いしばり痛みに耐えながらも、その血液をそのまま躊躇なく少女に振り掛ける。傷口から吹き出した血をシャワーのように浴びせかけた。

 

 常軌を逸する所業。実にスプラッターな光景――傍から見れば僕の行動は猟奇的な異常者であるが、別に僕の頭がおかしくなった訳ではない。

 

 これはれっきとした治療行為だ。

 もう今更言うまでもないが、吸血鬼の血液には治癒効果がある。

 

 しかも、この血は伝説の吸血鬼――鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの眷属としての僕の血だ。

 その治癒力は驚異的なもの。

 

 それと同時に、吸血鬼の再生力も発揮され、もぎ取った腕が消失し左腕が瞬時に再生――加え、僕の血液もほぼ一瞬で蒸発してしまう。

 

 なので、僕は繰り返し自身の腕をもぎ取り、血液の供給を繰り返す。血を流し続ける。

 

 その僕の自傷行為(治療行為)が実を結び――巴さんと杏子の傷がみるみる内に塞がっていく。

 傷跡も残さず、復元される。回復する。

 

 ふぅ……魔法少女の身体に効果があるか心配だったが、ちゃんと効果はあったようでほっと胸を撫で下ろす。意識は失ったままだが、これで急場は凌げたはずだ。

 

 だが、流れ出た血液が戻ることはない。

 肉体の損傷に関しての応急措置はこれでどうにかなったと思うが、やはり魔力での治療が必要だろう。

 

 

 普通なら絶対安静――あまり動かさないほうがいいのかもしれないが、穢れの進行具合も深刻だ。

 

 僕は少女をそれぞれ左右の腕で脇に抱え込む。

 二人の衣服は血塗れなので――その血がポタポタと垂れ、僕の服に沁み込んでいくが気になどしていられない。まぁ元々赤っぽいパーカーを着ていた事も有り、血痕も然程目立ってはいない。

 

 意識のない人間を二人同時に運ぶというのは思ったよりも難しく、かなり無茶な体勢になっているが猶予はない。

 僕は、ほむらとの合流を急ぐことにした。

 

 

 

 

 

~098~

 

 ほむらとの合流をはたしたのは、見覚えのある緑地公園の一角だった。

 街路樹が植えられ、舗装された石畳の遊歩道の道中に、ベンチが等間隔に設置されている。

 

 巴さんと杏子を芝生に寝転ばせ、ほむらが治癒魔法を唱え、グリーフシードでソウルジェムの穢れを取り除く。

 やはりほむらは治癒魔法が苦手なようで、気休め程度に治癒力を活性化させることぐらいしかできなかったようだ。

 とはいえ、巴さんは自己治癒力が高いし、杏子の傷は巴さんが庇ったお陰で比較的まだマシだったこともあり、容態は二人とも安定してきている。

 ソウルジェムの濁りもなくなり、徐々に力強い輝きを取り戻していた。

 念の為、美樹に魔法での治療を引き継いで欲しいのが、未だ彼女に対してテレパシーが繋がらない。それはほむらも同様で、その原因は不明だ。

 

 さて、どうにか一命を取り留めたが…………。

 

 二人を瀕死の重体に追い込んだ化け物は未だ存命している。

 しかも、どういう訳か魔力量が増大し、戦い始めた時よりも凶悪な魔女となっているのだから、状況は最悪だ。

 

 

 二人を強襲したワルプルギスはその後――遥か上空で浮遊しているだけで、進行する気配はなかった。どういうことかと思いよくよく観察してみれば、その理由は直にわかった。

 

 どうやら、魔法少女らの攻撃でボロボロに破損したドレスの修繕を行っているようだ。

 ワルプルギスの周りに人型の使い魔がひっつき、せっせとドレスの修復作業を行っている。

 一見、妖精が一生懸命洋服を仕立て直しているような、お伽噺の一風景を切り出したようなファンシーな光景である。

 

 破れたドレスで人前に出ることがお気に召さないとでもいうのだろうか……ワルプルギスなりの美意識ってやつか。元々は高貴な貴族だったのかもしれない。

 

 しかし、その修繕作業が完了したと同時、ワルプルギスは行動を再開するのだから、悠長に構えている暇はない。

 が、見た感じ、修復作業はそれほど速くはないのに加え、元々着ていたものより、豪華な衣装にするつもりのようで、ドレスのフリルが割り増しされ、群青色のドレスに金色の刺繍が施されていく。

 

 もうしばらくはあのままだろう。その間になんらかの対策を講じなければいけないのだが…………。

 

 

「それで、アレはいったい何なんだよ?」

 

「……知らないわ」

 

 ほむらは苦悶の表情を浮かべ俯いてしまう。

 弱々しい声音。焦燥の色が濃く、余裕がないのがありありと見て取れる。

 

 ほむらならば、何かしらの情報を持っていると思ったが、予知能力があるといってもこれは想定外の事象ってことか。

 

「これは意外だね」

 

 と、そこで介入者が現れた。

 のっそりと尻尾を揺り動かし、近付いてくる白い獣。

 僕の思考を読んだ訳ではないのだろうが、コイツも僕と同じ印象を抱いたようだ。

 

「てっきり君の事だから、知っているかと思っていたけど。そうか」

 

 のうのうとした訳知り顔で、一人納得したように頷くキュゥべえ。

 ん? そういえば――

 

「おい、キュゥべえ。さっき『正位置』がどうとか言ってなかったか!?」

 

「うん、そうだね。便宜上、そう呼称しているだけで、別に呼び方は何だっていいんだけどね」

 

 僕の質問に対し、またどこかズレた返答をしてくる。

 

「お前は、知っているのね。アレは何!? あんなもの私は見たこともない!」

 

 キュゥべえを睨みつけ、切迫した声で問い質す。

 ほむらの余裕のなさとは対照的に、キュゥべえは悠然とした態度で語り出した。

 

「『見たこともない』か。それは未知の存在に対して使うには、違和感がある言葉だ。この数十年、この日本に於いてワルプルギスの夜が現れた記録はない。誰にとっても、初めて相まみえる存在だ。でも、君の言動から推察すると――暁美ほむら。君は"過去"にワルプルギスの夜と戦ったことがあるんだね?」

 

 目を細め、ほむらの表情をじっくりと読み取るように視線を動かし――キュゥべえは確信する。

 

「やっぱりね。何となく察しはついていたけれど……君はこの時間軸の人間じゃないね。さっきの戦いも観察させてもらったよ。あれは時間操作の魔術だよね。まぁ僕の見た限り、時間を停止することは付与された一つの能力に過ぎない。君の魔法の本質は、時間を操作して過去に戻る『時間遡行』にある訳だ」

 

 半ば断定した物言いに対し、ほむらが反論することはなかった。

 

「僕が関与せずに魔法少女になったイレギュラー。不可解な言動の数々。鹿目まどかに対する異常な執着。僕の行動を先読みした妨害工作――点と点が線で繋がった。君の目的は鹿目まどかの運命を変えること、その為に同じ時間を何度も繰り返しているんだね」

 

 『未来予知』ではなく『時間遡行』。

 

 時間を跳躍し過去に戻れるなんて、そんな荒唐無稽な与太話…………信じられない、なんて感情は一切出てこない。寧ろ、それで辻褄が合う、納得いくことが多すぎる。

 

 彼女の言動を思い返せば、思い当たる節は幾らでも出てくる。欠けていたピースがピタリとはまったような気分だ。謎は全て……解けてないが、僕の中で、数々の疑問が氷解していく。

 

 

「………………絶対にお前の思い通りにはさせないわ」

 

 唇を噛みしめ無言を貫いていたほむらが、絞り出すような声音で宣告する。

 時間遡行について、キュゥべえと論じる気はないという意思表示。

 

 威圧的な言葉ではあったが、キュゥべえはまるで気にした素振りもなく――奴の弁舌は止まらない。

 

「そう言えば、『正位置』についた『ワルプルギスの夜』の説明がまだだったね。ねぇほむら。君が歩んできた過去の時間軸では、まどかは魔法少女になっていたんだよね? どうだった、彼女の力は? 物凄かっただろう?」

 

「それが……なんだと言うの? 私が知りたいのは、このワルプルギスのことだけよ」

「うん。だからね。君がこのワルプルギスの変化を知ることができなかったのは、恐らくまどかが要因となっているんだよ」

 

「…………それは……どういうことよ?」

 

「これまでにも『正位置』についた『ワルプルギスの夜』を観測したことはあるけれど、その回数は十にも満たない。出現する事自体珍しい魔女だし、対等に戦える魔法少女なんて限られている。過去の歴史を紐解いてみれば、ワルプルギスを『正位置』につかせた魔法少女は、英雄と呼ばれるような歴史に名を残すような逸材だけだ。君達もそういった快挙を成し遂げたんだから、その点は誇っていいと思うよ。そして、これは僕の勝手な考察ということは前提にして――ワルプルギスが『正位置』につく条件は、限界まで追い詰めることだ。ワルプルギスに危機感を抱かせたことで、本気にさせてしまった。まぁ単純に攻撃を繰り返したことで、怒らせてしまったと捉える事もできるけど」

 

 長い尻尾を揺らし、得意げに説明を始めるキュゥべえ。

 

「これを踏まえ、魔法少女になったまどかと『ワルプルギスの夜』が戦ったとすれば――一つの図式が成り立つ。まどかの魔法少女としての潜在能力は理論的に有り得ない規模のものだ。僕の視る限り、この歴史上最強の魔法少女になるのは間違いない。それも桁違いに突出したレベルのね。そんな彼女がひとたび力を行使すれば、例え『ワルプルギスの夜』であっても、相手にはならなかったことだろう。それこそ、一撃で『ワルプルギスの夜』を倒せるポテンシャルを秘めている。今回の戦いのように、相手を追い詰めるような戦いなんてなかったんじゃないのかな?」

 

 水を得た魚のように、ほむらの反応を楽しむように、嬉々として言葉を紡ぐ。

 

「まどかは規格外の力で手数を加えることなく――つまり魔女を追い詰める過程なく倒したのだとしたら? 当然、ワルプルギスは『正位置』につくことはない。うん、ワルプルギスを倒す方法としては、もっとも理にかなっている。まぁこんな芸当ができる魔法少女はまどか以外いないんだから、事前に知っていたところで、どうすることもできないんだけどね」

 

 事の次いでとばかりキュゥべえは更に言葉を連ねる。

 

「そして、ずっと不可解だった、まどかの魔法少女としての破格の力。なぜまどかがあれほど膨大な因果を背負っていたのか――今なら納得のいく説明ができる」

 

 自慢の研究結果を発表する科学者のような口振りで、一つの考察を披露するのだった。

 

「魔法少女としての潜在力は、背負い込んだ因果の量で決まってくる。それこそが魔法少女としての素質と言える。君の魔法――『時間遡行』の起点となっているのは鹿目まどかだ。君はまどかの運命を変えるため、何度も同じ時間を繰り返した。それが事象の揺らぎを生み、幾つもの並行世界を螺旋状に束ね、因果の糸を絡ませしまったんだろう」

 

 赤玉の瞳を妖しく輝かせ、淡々とした口調でキュゥべえは告げる。

 

 ほむらにとって、堪え難い真実を――

 

「まどかに繋がる複雑に絡み合った膨大な因果の糸――それを形成させたのは君だったんだ。お手柄だよ、ほむら。君がまどかの潜在力を引き上げてくれたんだ」

 

 

 

 


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