【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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ウォッチ(watch):【観察する・見張る・警戒する】【時計】


ほむらウォッチ~その2~

~010~

 

 オレンジ色に染め上げられた教室には、愛しのまどか、美樹さやか、巴マミ以外、他に生徒の姿は見られなかった。

 

 あと、ついさっきまで妬ましくもまどかに引っ付いていたはずの、キュゥべえが見当たらなくなっている。

 いったいどこにいったのか……。

 

 神出鬼没はあいつの厄介な特性の一つなのだから気になどしていられないが、周囲への警戒を強化するのは怠らない。

 

 私は今――巴マミの居る教室の程近い場所に位置した、階段から中の様子を探っていた。

 この市立見滝原中学校は、教室が全面ガラス張りという、創作意欲に満ち溢れすぎた構造になっていて、死角となる場所が階段ぐらいしかなかった為だ。

 

 当然、この位置からでは“直視”することが出来ず、魔法の力でガラスの表面を鏡に見立て、反射と視力の強化なども駆使して“視て”いるわけだけど。

 

 幸い、この手の技術はまどかを見届ける際に、幾度となく使用しているので手馴れたものだ。いまや達人の域だと、自画自賛している。

 

 誰かが来たとしても『友達の用事が終わるのを待っている少女』程度にしか見えない筈で、そこまで奇異な視線を向けられることはないだろう。

 

 友達なんて私にはまどかしかいなかったけれど――などと自嘲してみる。

 

 それも今となっては友達にも……気軽に話しかけることさえできない状況で…………私が関われば、それだけでまどかを危険に晒してしまう。

 

 まどかの心に踏み込むことは出来ない。線引きは必要なのだ。

 

 

 …………はぁ……駄目だ。

 

 鬱屈としていく思考を、かぶりを振って切り替える。

 

 

 あまり微調整がきかず、不自然な角度から俯瞰するようにしか中の様子を窺えないが、ある程度の表情変化ぐらいなら判別はつく。

 ただ、美樹さやかが被さってまどかの表情が見えにくい。いつもいつも、邪魔をして……心中で舌を打つ。

 

 

 とは言っても、今重要なのは会話の方なので、意識は視覚より聴覚を優先。

 いつもの彼女になら気取られていた可能性が高かったはずだが、巴マミに変化はなく、バレてはいなさそうだ。

 

 

 

 

「マミさん……大丈夫ですか……? 何度、呼びかけてみても返事がないし……どうしちゃったのかなって……元気、ないですよ……」

 

 甲斐甲斐しくも、気遣うようにまどかが声を掛けていた。

 

 発言から推測するに、教室を訪れる前に、何度かテレパシーを用いて呼びかけていたのだろう。それで彼女の変調に気付き様子を見にきた、といったところか。 

 

 他者を労わる心根の優しさは、魔法少女にならずとも相変わらずで、ほんとうに健気で心清らかな子だ。

 

 またそういった性格の所為で、人助けをする正義の味方なんて幻想を、魔法少女に抱いてしまうのだろうけど……それは巴マミという理想像(サンプル)があるからこそで、やはり、まどかにとって彼女は危うい存在と言える。

 

「やっぱ、体調悪そうですよ、マミさん。今日の魔女退治、止めといた方がいいんじゃないです?」

 

 まどかに続き美樹さやかが声を掛ける。

 美樹さやかの言う『魔女退治』とは、巴マミがお気楽にも提案した『魔法少女体験コース』のことで、図々しくも、まどかを(かどわ)かして、家に連れ込んだ際にそんな約束をしていたのだ。

 その体験コースを今日も行う予定だったらしい。

 

 けれど、二人の呼び掛けにも反応は乏しい。

 

「……大丈夫……心配ないわ」

 

 呼びかけには辛うじて答えたものの、心此処にあらずといった感じで、視点も定まっていない。

 その答えも、自分の心配はいらないと言ったのか、魔女退治に行くのは問題ないという意味合いなのか、どうにも不明瞭だ。

 

 こんな状態の彼女を見るのは、数多にある時間軸の中でも極めて稀なことだ。

 強いて言えば、魔法少女の仕組みを理解したあの時と似たような感じだが、それとも違う気がする。

 

 彼女の変調について考察を試みる。

 

 欝を撒き散らすその姿は、『魔女の口付け』を受けた人間のようでもあるが、その痕跡は見当たらなかった。

 だとしたら、魔女に不覚をとったのだろうか?

 魔女に返り討ちにあい、自信を消失してしまった――とか。

 

 しかし、この時期に相応の実力者である巴マミが、後れを取るような魔女は出現していないはず。彼女の戦闘能力の高さは私としても認めているところだ。

 

 唯一彼女が後れを取る可能性が高い魔女と言えば――『お菓子の魔女』ぐらい。

 

 生前にこよなく愛したお菓子を司る魔女で、その性質は『執着』。

 包み紙で(くる)まれたキャンディのような頭に、人形みたいな妙に愛らしい外見をしている。

 

 魔女特有の薄気味悪さが欠如しているが、その見た目に油断すれば、口内から吐き出されるようにして現れる本体の餌食となることだろう。

 

 巴マミが一人で挑んだ時の勝率は芳しくなく、まどかや美樹さやかの助けがない限り、彼女にとって鬼門と言える相手だ。

 

 とは言え、『お菓子の魔女』の卵が孵化するには、まだ数日の猶予があるのは間違いない。

 “統計上”それは確認済みだ。

 

 だとしたら、他に何が考えられる?

 

 巴マミに帯同することが多いキュゥべえならば何か知っていそうなものだけど…………。

 

 

「そうだ。キュゥべえなら何か知ってるんじゃない?」

 

 美樹さやかも私と同様の考えに至ったようで、これは名案とばかりに声を上げた。

 

「っ!!」

 

 その瞬間、巴マミは身震いして過剰なまでに反応を示す。

 より正確に言うのなら、『キュゥべえ』と、その名を聞いた時に異常な強張りをみせたように見て取れた。

 これは、どういうこと? 聞き耳を立て情報を逃さないように気構える。

 

「……何か……キュゥべえとあったんですか?」

 

 巴マミのただならぬ反応に躊躇しつつも、繊細なガラス細工に触れるような、慎重さを感じさせる声でまどかが問い掛ける。

 

「……………………」

 

 けれど……巴マミは無言で押し黙ったまま沈鬱な空気を撒き散らすだけ。

 

「……いや! あの、どうしても訊きたいってわけじゃなくて……話したくないのなら無理に言う必要は……ないんですけど……」

 

 彼女の沈み込んだ気配を気遣って、まどかが慌てて言う。

 

 

「…………鹿目さん……美樹さん……私とあなた達って……どういう関係なのかしら……?」

 

 レスポンスの悪い、海外中継を見ているような合間を経て、巴マミからやっとのことで絞り出された弱々しい声は、まどかの問い掛けの答えになっていない、質問に質問で返すというものだった。

 

 

「なぁに言ってんですかー。マミさんはあたし達を救ってくれた命の恩人で、頼もしい先輩じゃないですかー。美味しいケーキも御馳走してくれたし! あたし、マミさんになら抱かれてもいい! こんな良い先輩そうはいないですよー!」

 

 それに最初に返答したのは美樹さやか。無理やり元気づけようと、ちゃかした発言をしたのだろうけど――効果は薄い。

 

「う、うん……マミさんは、かっこよくって、頼りになって……わたしの憧れで、いつかわたしもマミさんみたいになれたらなって……」

 

 それに習い、同調するようにまどか。

 魔法少女に夢を抱く危険な兆候が出始めた彼女に、改めて釘を刺すことを誓い、巴マミの反応を待つ。

 

 

「……そうよね、あなた達にとっては…………頼りになる先輩でしかないんだよね……」

 

 まどかの答えに、何の不満があるのか更に消沈し、

 

「……友達とはまた、違ったものなんだよね」

 

 呟くように、そんなことを言う。

 

 

「キュゥべえと私はね…………」

 

 涙ぐみながら巴マミは話し出す。やっと本題を語る気になったようだ。

 

「……友達じゃないんだって…………私、キュゥべえに酷いこと言って、もう来ないでって言っちゃって………あの子のことわからなくて……どうしてもキュゥべえを信じることができないの……鹿目さん、美樹さん。私、どうしたらいいの?」

 

 涙が堰を切ったように溢れ出し、まどかの胸に抱きついて泣き縋る。

 巴マミのその有り様に、私は驚きを禁じ得ない。

 ここまで強く感情を発露する人ではないのだ。

 

 断片的情報で、どうにも要領を得ないけれど、キュゥべえが此処に居ないのは、巴マミの意向を受けてということは分かった。

 

 

「……キュゥべえと……喧嘩でもしちゃったんですか?」

 

 訊き辛そうに、まどかが探りを入れる。

 

「ううん……そんなんじゃない……勝手に勘違いして、一人で舞い上がっちゃってただけで…………友達……いなく、なっちゃった…………また……ひとりぼっちだよ……わたし……」

 

 もたれ掛るように顔を埋め、泣きじゃくる巴マミに対し――まどかは優しく包み込むように背中に手をあてがう。

 

「わたしは……マミさんのこと……友達だって思ってます」

 

 心に染み渡る、じんわりと温もりを与えてくれる穏やかな声で――

 

「その……わたしなんか、マミさんの友達として相応しくないかもしれないですけど、マミさんと一緒にいたいって……思ってます。ううん、一緒にいたいんです! だから、マミさんは一人なんかじゃないです。そんな寂しいこと言わないで下さい!」

 

 まどかが、精一杯の気持ちを込めて、思いの丈を伝える。

 

 こんな風に言ってもらえる巴マミが心の底から羨ましい。

 それは、私が求めて已まないもので……どうしようもなく胸が締め付けられる。

 けれど――今の私に、それを望むことはできない。

 

 

 その懸命な呼び掛けに、巴マミは顔をあげてまどかを仰ぎ見る。

 視線をしっかりと交えさせ――まどかはゆっくりと頷くと、何も心配はいらないと、自分が傍にいると、そう知らせるように微笑みを浮かべた。

 

「キュゥべえに何言われたか知んないですけど、そんならさやかちゃんがぶん殴ってやりますよ! マミさんを虐めるなー! って。それにマミさんが友達だと思ってくれてないって知って、正直ショックだなー。あたしはもう友達だと思ってたのにぃー!」

 

 不満をぶつけるように、美樹さやかが二人の空間に割って入る。

 当然これも空気を和ませようという意図のもと、自ら道化を演じる彼女の優しさで――こういった気遣いの仕方は、とても私には真似できそうにない。

 私が認める、美樹さやかの数少ない美点の一つだ。

 まぁそれを帳消しにして、お釣りがくるほどの煩わしさを兼ね備えているのだけど。

 

 二人の言葉を受けて――巴マミは、しばらくの間、面食らったように動きを止めていた。

 

 

「……そうよね……そう思ってもいいんだよね。私には…………こんなにも心配してくれる後輩が……ううん、友達がいるって、思ってもいいんだよね。……駄目ね……私……こんなみっともないとこ見せちゃって。威厳もなにもないじゃない。かっこ悪い先輩だ……」

 

 涙声で自嘲した台詞をいう巴マミだが、それとは裏腹に、その声は嬉しさに満ち溢れ、照れたように微笑みを浮かべている。

 

 

 魔女化し兼ねない雰囲気を身に纏っていた巴マミだけど――ものの数分で、陰鬱な雰囲気は払拭されていた。

 

 いとも容易く巴マミの症状は回復した――と言ってしまえばそうなのだろうけど、きっとそれは私がどれだけ時間を尽くしても無理なことだ。

 

 

「鹿目さん、美樹さん」

 

 目尻に溜まった涙を拭って、巴マミは、恥ずかしそうに声を潜めて二人の名前を呼んで――

 

「よかったらなんだけど、その…………あの……携帯番号、交換しない?」

 

 立ち直った直後に、なぜか携帯番号の交換を申し出るのだった。

 

 友達としての証が欲しかったのだろうか? 不思議な感覚の持ち主だと、思うけれど……私にはよくわからない。

 

 

 

 心温まる光景であろうやり取りを、盗み見ている自分の在り方に疑問を感じはしているが――そのお陰で有益な情報が得られたのは確かだ。

 

 巴マミは『キュゥべえを信じることができない』と言った。

 

 私が何の手を下したというわけではない。しかし、どういう訳か、巴マミとキュゥべえのパートナー関係に亀裂が生じているのは間違いない。

 

 運命の悪戯? 神の戯れ? そんなのどうだっていい。

 

 この早い段階での二人の仲違いは、未だ私が成し得なかった好機といえた。

 

 どこでどんな蝶が羽ばたいたかはわからない。ただ、これを活かさない手はない。

 

 そんな打算な計算を続ける私の心は、もう間違ってしまっているのだろうけど――まどかを救う為になら…………いつでも冷徹な判断が下せるように、心なんて凍らせてしまえばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 引き続き、動向を探っていると――キュゥべえの事に関しては、巴マミの心の整理がついてから、打ち明けるという運びとなり、本日予定されていた『魔法少女体験コース』は中止となった。

 

 巴マミは、自分のあまりにも酷い様相に気付いたようで、身だしなみを整える為、鏡のある洗面所へと向かう。その際に、残った二人には先に帰るよう帰宅を促していた。

 あの腫れ上がった目元を隠すには、相応の時間がかかると、判断したのだろう。

 

 後輩二人組みは、巴マミの言葉に応じ、連れ立って帰宅することにしたようだ。

 

 

 私が居ることにも気付かず、携帯の画面を見つめ、スキップに近い足取りで通り過ぎて行く巴マミ。

 浮かれた様子で、見ているこっちが恥ずかしくなるぐらいに相好を崩していた。

 

 取り敢えず、私は魔法少女の姿になると、すかさず時を止め――巴マミから携帯を取り上げ、手早く操作する。

 なんてことはない。『鹿目まどか』と『美樹さやか』の登録名を入れ替えただけで、携帯は元に戻してあげた。

 

 消去(デリート)することを躊躇い、非情になりきれない自分の甘さを痛切に感じながら、追跡(ルーチンワーク)を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 校門間近までくると、またいつのまにかキュゥべえが、まどかの肩に陣取っていた。

 

 美樹さやかに頬を抓られ、追及をうけているようだが、まだ詳しい仲違いの原因を知らされていない為、彼女達としても一方的に糾弾することはできないようだ。

 

 そもそも、押しの弱いまどかと、気の回らない美樹さやかでは、簡単にはぐらかされてしまうのがオチだろうけど。

 キュゥべえは、論点を挿げ替え話を逸らす事に卓越している。この話術を駆使して契約を迫るのだから、厄介なものだ。

 

 まぁ案の定、追及は校門を潜り抜ける前には、打ち切られることになっていた。

 

 

 

 

 

 

 二人は寄り道することもせず、楽しそうにお喋りを交わしながら歩いていく。

 何事もなくそれぞれの家へと向かう分岐路に着くと、別れをすませ家路を辿る。

 

 当然、私は美樹さやかには目もくれず、まどかの監視を続行。

 

 そこで、怪しい人影を見咎めた。いや、校門を出た辺りから、ずっと二人の後をつけている男がいることには当然気付いていたが、それが、まどかと美樹さやか、どちらの後を追っていたのか判断できなかったので、様子を見ていたのだ。

 

 これが美樹さやかのストーカーとかならば、問題はなかったのだけど、男は間違いなくまどかを尾行している。

 だったら話は違う。要対処案件だ。

 

 人通りのない場所に差し掛かると、その男はまどかの方へ近寄って声をかけた。

 

 何者?

 

 その男は、この辺りでは見ることのない、赤いラインの入った学らんに身を包んでいた。

 後ろ姿なので、顔付きはよくわからないが、背丈は低く、でも感じからして高校生だろうか。

 

 道を訊こうってわけでもない。あれは確信をもってまどかに近付いた。それも人目を避けるように、人通りがないのを見計らってだ。

 

 どの時間軸でも見覚えのない、その男に、私は警戒心を最大まで高め――路地に身を滑り込ませると同時に、紫の宝石(ソウルジェム)に力を込める。

 

 瞬時に変身を終えた私は、盾の異空間に手を差し入れると、愛用の銃『ベレッタM92FS』を取り出したのだった。

 

 

 

 

 


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