【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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ハッチ(hatch):【孵化する】【企む・目論む】


こよみハッチ~その18~(Walpurgisnacht)

~101~

 

『ちょっと待ってね、ほむらちゃん』

 

 電話しながらその相手と話すことは失礼と判断したのか、慌ててほむらに一声かけるまどかちゃん。電話は繋がったままなので声は拾えるが、幾分声が遠のいた……。

 

 その為、ほむらにはむこう側のやり取りが聴こえなくなる。だが間を置かず、携帯を持っている手に、空いている反対の手を添え魔法を発動したようだ。多分、一時的に聴力を強化しているものと思われる。

 

 

『……あの――』

 

 その一方――まどかちゃんが恐る恐るという態度で、その相手に話しかけようとしていた。

 

 が。

 

 

『ぶっ殺すわよ』

 

『ひっ……ご、ごめんなさい!』

 

 殺意の込められた暴言を浴びせられ、まどかちゃんは恐怖のあまり謝罪する。

 そりゃそうだ。誰だってそうする。僕だってそうする。

 ただ、その発言の所為でほむらの目が据わり、一瞬にして剣呑な雰囲気に――

 

『あぁ違う違う。勘違いしないで。後半の言葉は貴女の足元にいる畜生に言った言葉よ』

 

 なりかけはしたものの、早合点だと解り元の表情に戻った。だが視線は依然として鋭いままだ。会話を聞き漏らすまいと、警戒した真剣な面持ちである。

 

『そ、そうだったんですね…………よかった…………えっと、戦場ヶ原さん、ですよね?』

『あら、覚えてくれていたのね』

『はい、それは勿論…………あ……なにも踏みつけることは……ないんじゃ……』

『何?』

『いえ、なんでもないです』

 

 聞き覚えのある声だと思ったら、やはり戦場ヶ原ひたぎだったか。

 そして、現在キュゥべえが戦場ヶ原に踏みつけられているらしい。多分、内臓が飛び出てもおかしくないレベルで容赦なく(キュゥべえに内臓なんて器官があるのか知らないが)。

 

 その光景を見たまどかちゃんは、完全に萎縮し怯えきっていた。大型の肉食獣を前にした、小型の草食獣の構図である。一瞬にして上下関係が構築されていた。絶対強者としての威圧感を戦場ヶ原は備えているのだ。

 

 しかし――なぜ戦場ヶ原がこんな場所にいる?

 もう見滝原病院への通院は終わっているはずだし、偶然で見滝原に来るわけがない。

 

 だとしたら……僕のことが心配で陰ながらついてきたのか?

 まぁ僕達は恋人同士であるのだし、その想いは素直に嬉しいが、危険な場所に来てほしくはなかったって気持ちの方が強い。

 

 いやでも何か引っかかる。どうしてこんなタイミングで現れたんだ?

 まるで――ずっとまどかちゃんの動向を見ていたようじゃないか。

 

 

『それで……その……戦場ヶ原さんはわたしに何か話が?』

『それはもう伝えたはずよ。貴女が魔法少女になる必要はないって』

 

 どういう訳か、戦場ヶ原がまどかちゃんの説得に乗り出してくれていた。

 それは大変有り難いことだが、なぜそんな役回りを?

 くそ……上手く状況が飲み込めない。

 

『でも……わたしが魔法少女にならないと、みんなが危ないんです!』

『その判断は早計ね。というか邪魔をしないで』

 

『邪魔って……わたしが一緒に戦っちゃ、足手まといになるってことですか?』

『貴女がどれほどの力を持っているのかなんて知らないけれど、あの程度の相手、阿良々木君だけで十分事足りるわ。私の彼氏の見せ場なんだから、援護も不要よ』

 

 僕だけで十分とか見せ場とか、何を言ってくれているんだこの女!?

 っつーか僕が今からワルプルギスに挑むってことをなぜ知っている!?

 

 キュゥべえ辺りが一枚噛んでいるのか?

 でも、まどかちゃんを止めようとしているから…………そうではないのか?

 

 ますます戦場ヶ原の思惑が分からなくなってくる。

 

 

 

『暦お兄ちゃんが……戦うんですか?』

 

 ん? なんだこの反応は?

 まどかちゃんは、僕が『心渡』を用いて戦うってことを知らないみたいだ。

 

 ああ、そうか。そんな情報があったら、まどかちゃんの決心が鈍るもんな。そう判断したキュゥべえが意図的に伝えなかったのだ。

 まどかちゃんが把握しているのは、ほむらが戦意喪失し消沈したそのあたりまでだろう。

 (こす)いことをしやがる。

 

 だが、ミサイルに乗って突貫するつもりだなんて無謀な考えを知ったら、心優しいまどかちゃんなら僕の身を案じて、全力で止めてきそうだ。

 

『ええ、だから貴女が出る幕はないの。おわかり?』

 

『……本当に大丈夫なんですか?』

『彼が本気を出せばね、この世界で最強の存在なのよ』

 

 不安気に尋ねるまどかちゃんに、戦場ヶ原は当然だとばかりに即答する。とんでもない過大評価だった。どれだけ僕のハードルを上げりゃ気が済むんだ!?

 

『そう……ですよね。マミさんも言ってました。暦お兄ちゃんは、物凄く強いんだって。どんな魔女でも相手にならないって。マミさんが、全く歯が立たなかった魔女も、暦お兄ちゃんが代わりに倒してくれたって。今回も絶対にどうにかしてくれるから、安心していなさいって言ってくれました…………そっか……暦お兄ちゃんが戦ってくれるんだ』

 

 だが、まどかちゃんは戦場ヶ原の発言を否定することもなく、受け入れていた。一人納得していた。

 

 でもそれは、戦場ヶ原の言葉に納得したからではないのだろう。

 

 巴さんがまどかちゃんに訊かせた、『僕の活躍』が下地にあってこそである。

 つまり、伝説の吸血鬼やら僕への過剰な信頼で、ふんだんに装飾され、盲目的な補正のかかった話を訊かされていたからだ。

 まどかちゃんにとって、理想の先輩である巴さんが語る、英雄(ヒーロー)としての僕。

 

 巴さんは、まどかちゃんにいったい何を吹き込んだのだろうか…………僕の評価が限界突破しているからな。巴さんの中での僕は、攻撃の効かない無敵の魔女(暗闇の魔女)を、一瞬にして一刀両断した最強の吸血鬼だ。でも、あの戦いを演じたのは忍なので、この評価は勘違いの産物である。

 

『そうよ。で、ちゃんと阿良々木くんに任せるってことで、納得できたのかしら?』

『……は、はい』

『どうも貴女は信用ならないわね』

『……そんなことは』

 

『なら、もう勝手に契約しないと、約束できるの?』

『わかり……ました。約束します』

 

 戦場ヶ原が半ば強制的に、そんな約束をとりつける。まぁこれはまどかちゃんのことを慮ってのことなのだろう。戦場ヶ原は魔法少女になった少女達が辿る結末――魔女化についても知っている。取り返しのつかない、破滅の道に繋がっていることを知っている。

 

 それを阻止するために動いてくれているのだ。でもこういった気の回し方……あまり戦場ヶ原っぽくはない。ってことは羽川が頼んでくれたのだろうか? 真相はわからないが、ナイスな働きである。

 

 口約束なので、なんの『強制力』もないが『抑止力』にはなる。

 

『そう――なら早く伝えてあげれば? 待たせているのでしょう?』

 

 戦場ヶ原が珍しく気を使って、まどかちゃんに言う。

 

『あ、はい。そうですね――――ほむらちゃん。待たせちゃってごめんね』

 

 戦場ヶ原とのやり取りは終わり、まどかちゃんとほむらのやり取りが始まった。

 

「いえ、それはいいのだけど…………本当に思い留まってくれたの?」

『あ、聞こえてたんだね。うん、私も役に立ちたかったけど……』

「その気持ちだけで十分よ」

 

 安心した表情で、大きな安堵のため息をつく。

 

 そこからまどかちゃんが気遣う言葉をかけ、ほむらがそれに短く応える――なんてやり取りを繰り返す。それだけでほむらの表情が、強張った顰め面から温和な柔らかいものへと変わっていく。

 僕には決して見せることはない類の顔だ。

 

 が、しかし。

 

『ほむらちゃん……ちょっとだけ暦お兄ちゃんと代わってもらってもいいかな?』

「え?」

『少しだけお話しがしたいんだけど』

「……………」

『あ、別に無理にってわけじゃ』

「……いえ……少し待って」

 

 それもつかの間。表情がみるみる険しくなっていった。

 

 憮然とした面持ちで、ほむらが携帯を突き出してくる。

 嫌々、渋々といった感情を隠そうともしない。親の仇を見るような鋭い眼差しで僕を睨み付けてくる。大切な語らいのひと時を、阻害する疎ましき存在に見定められていた。

 

 あと、携帯を力一杯握り締めいているのか、手がプルプルと震えている。

 僕に携帯を渡すまいと、全力で抵抗していた。今にも握力で携帯を握り潰しそうだ。

 どんだけ嫌なんだ……。

 

 それでも、どうにかこうにか携帯を借り受けることができた。

 依然として、ほむらが恨みがましい視線を向けてくるのが気になる。というか殺されそうで怖い。

 

 

「もしもし、まどかちゃん。僕だけど」

『暦お兄ちゃん!』

 

 僕の声を訊いたまどかちゃんが、少し明るい声を上げる。

 彼女もずっと不安だったのだ。

 

『……その、こういう時なんて言ったらいいのか、上手く言葉が出てこないんですけど……頑張って下さい』

「うん」

 

『絶対に負けないで下さい!』

「うん」

 

『わたし信じてますからね!』

「おう、僕に任せとけ!」

 

 まどかちゃんの激励の言葉に、僕は威勢よく応えた。

 心の奥底から力が湧き出てくる。

 

 分が悪い戦いなのはわかっている。

 それでも、僕がどうにかしなくちゃならない。

 僕がワルプルギスを倒せなければ、今度こそまどかちゃんは、魔法少女になってしまう。

 

 もともと負けられない戦いだったが、俄然やるしかなくなった。

 

 

『それはそうと驚きました』

「あぁ……そうだよね。戦場ヶ原が突然来たもんな。いやーごめんね。あいつが迷惑かけて」

 

 ほんと、心臓に悪い。

 まどかちゃんと戦場ヶ原は数回顔を合せた程度で、ほぼ交友はない。毒素が強いので、まどかちゃんのような免疫のない子には、あまり近づいて欲しくないな。会話しないで距離をとるよう忠告しておくか。

 なんて思案していると――

 

『迷惑だなんてことは全然ないです。あ、でもわたしが驚いたっていうのは、そのことじゃなくて』

 

「ん?」

 

 じゃあ何に驚いたんだ?

 キュゥべえを出会い頭に蹂躙したことか? うん、確かに驚きの行動だ。

 

 まぁそういった戦場ヶ原の突飛のない行動(いっそ、奇行と言い換えてもいい)は、ほとんど面識のない――『戦場ヶ原ひたぎ』の生態を知らないまどかちゃんにとってみれば、驚きの連続だろう。

 

 ほんと、読み切れない。制御もきかない。予測不可能。破天荒で傍若無人。

 僕も、未だ慣れない。予想外の言動には困惑するばかりだ。

 

 だが、それでも僕は見誤っていた。

 戦場ヶ原ひたぎという女のことを、知ったつもりでいた。

 

 

 まどかちゃん自身はただの何気ない会話の延長。僕を驚かせるつもりなんて一切なく――僕は知っていることだと思って発したのだろうが…………死角から鈍器で殴りつけられたような衝撃を受けた。

 

 驚きを通り越して、頭が真っ白になる。

 

 

 

『戦場ヶ原さんも、魔法少女だったんですね!』

 

 

 

「…………………………え?」

 

 

 

 

 

 


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