【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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【第15章】彼こそが正真正銘、本物の化物だ
ほむらウォッチ~その3~(Walpurgisnacht)


~105~

 

 阿良々木暦に全てを委ね臨んだ最後の賭け。

 ミサイルに乗って突撃するという無茶苦茶な作戦ではあったが、目論見通り『心渡』でワルプルギスに一太刀いれることを成し遂げ、奇襲は成功したと言える。

 

 しかし、『心渡』の魔女を確殺する効能は発揮されることなく、ワルプルギスは生存していた。

 

 そう……私たちは賭けに負けたのだ。

 

 

 ワルプルギスが巻き起こした乱気流に呑み込まれ、阿良々木暦の消息は掴めなくなっていた。

 不死身の身体ならば、まだしぶとく生き残っているのかもしれないが、もう立ち向かう気力など残されていないだろう。

 

 あれだけ大口を叩いたにも関わらず、呆気なく敗戦した彼に対し色々思うところはある。

 ただ不思議と責める気持ちは沸いてこない。

 

 

 そもそも最初から分が悪い勝負なのは、解りきっていた。

 ほとんど期待なんてしていなかったからこそ――当然の結果としてすんなり受けいれることができた。

 

 そんなところだろうか?

 

 それとも、自らの身を顧みず、ワルプルギスに立ち向かった献身的な姿に、感化されているのだろうか? 

 結果には結びつかなかったけれど、少なくとも彼は最大限、自分にできることをしたのだから。

 

 或いは、既に私の心が、"次"に向いているからなのかもしれない。

 

 もう、あの状態のワルプルギスを倒す手段など残されていない。

 

 詰る所――今回の時間軸も『失敗』に終った。

 だからこそ、"今回は"諦める。見切りをつける。

 

 けれど、まどかを救うことは諦めない。

 

 そう思うことができるのは、あまり認めたくないが…………阿良々木暦がいたからだ。

 

 

 本来であれば、私は正位置についたワルプルギスの脅威――それとループする毎にまどかの因果が増えるというジレンマを突き付けられたあの時点で――絶望し諦めていたはずだ。

 

 私の心はあの時――闇に押し潰され、完全に機能を停止していた。

 

 だが、その心をどうにか繋ぐことができたのは、彼の言葉があったから――私はまだ前に進むことができる。

 

 

 今回の時間軸は、数奇な巡り合せによって、今までにない手応えがあった。

 全てが上手くいった訳ではないけれど、大よそ考え得る最大戦力で挑むことができた。

 

 それでも、ワルプルギスを打ち倒す事はできなかった。手痛い敗北なのは間違いない。

 

 『正位置』についたワルプルギスの力はあまりにも強大過ぎる。

 

 それでも――もっと火力を高めれば、『正位置』につかせる前に倒しきることができるかもしれない。それが残された勝ち筋。

 

 落胆はあるし、挫けてしまいそうなのは否定できない。

 でも、悪足掻きであろうと、まだやり直すことは可能だ。私の心が折れない限り、道は潰えることはない。

 

 その為にも、次の時間軸では『羽川翼』――あの人の協力が必要不可欠。

 羽川さんの協力をもっと早い段階で得られれば、まだまだ火力を引き上げることができる。

 

 ただ彼女は阿良々木暦のために動いている。そう宣言している。

 彼の紹介がなければ、羽川さんが力を貸してくれることはない。

 

 

 改めて思えば、彼が全ての起点になっている。

 巴マミ、美樹さやか、佐倉杏子、そして羽川翼。

 

 彼の仲立ちがなければ、彼女達と協力関係を築くことはできなかった。

 いや…………私が早々に切り捨てていたのだから、築けるわけがなかった。

 

 阿良々木暦。

 飄々としたお調子物で、どこか胡散臭い男。言動に難があり、魔女に対して欲情するような異常性癖の持ち主。けれど彼は見返りもなく、魔法少女の為に尽力してくれている。

 煮え湯を飲まされ、苦渋を味わったこともあるし、まどかに対し必要以上に馴れ馴れしいのも気に喰わないけれど…………彼の存在が、私の中でとても大きなものになったのは認めざるを得ない。今度の時間軸でも、どうにか助力を願いたい。

 

 でもそれは難しいだろう。今回の時間軸では、なし崩し的に協力が得られたけれど……阿良々木暦は、今までの時間軸では一度も現れたことがない。

 

 私が繰り返す『世界』に、同一のものはない。大まかな出来事は同一であれ、必ず微細な相違点が存在している。場合によっては決定的な相違点も――今回がそうだ。

 

 だから……今後ループしたとしても、彼が私の前に現れることはないと思った方が賢明なのだ。

 阿良々木暦の介入は、事象の揺らぎで起こった、極めて稀な偶然の産物なのだから。

 

 今回の周回が特別な――奇跡的なイレギュラーだったとは、肝に銘じておかなければならない。

 

 

 しかし――だとしても、彼が『存在』しない訳ではない。

 

 受け身の精神ではなく、能動的に動けば――私が彼に助けを求めれば、次の時間軸でも彼は協力してくれるかもしれない。

 

 おかしなものだ。『もう誰にも頼らない』――そう心に誓ったはずなのに。

 

 

 でも、普通に考えれば断られるだろう。彼が今回、首を突っ込んできたのは、知り合いの戦場ヶ原ひたぎがキュゥべえに勧誘され、その流れで巴マミと邂逅したからだ。巴マミとの接触がなければ、彼が魔法少女の諸問題に介入してくることはない。

 

 そして当然ながら、今まで築いてきたこの関係もリセットされている。

 魔法少女との関わり合いが一切ないそんな状態で、何の接点もない見知らぬ他人である私が協力を申し出たところで、色よい返事など期待できるはずがないのだ。

 もし最初からありのままに、全てを伝えたところで、

 

 『未来からきた』『その未来では協力関係にあった』『魔女を倒す手伝いをして欲しい』

 

 どう考えたって信憑性皆無だ。怪しさ極まりない新興宗教の勧誘か、オカルトに傾倒した精神異常者の戯言だ。

 

 正常な感性を持っているのなら、こんなの信じれるほうがおかしい。

 そもそも私の経験則から言って、上手く説得ができるとはとても思えない(阿良々木暦に指摘されたことだが、私の交渉能力は壊滅的らしい)。

 

 

 けれど…………酷い言い草だが、彼は普通じゃない。正常な感性など持っていない。頭のネジが外れた、どこか頭のおかしい奇特な人間だ。そして何よりこちらの言い分も聞かない、お節介な男なのだ。

 

 今までだって、彼は何の見返りもなく自ら率先し――危険と解かっていながら命懸けで魔法少女のために死力を尽くしてくれている。

 

 そんな彼の姿を見てきたからだろうか……次の世界でだって、何だかんだ言いながらも、力を貸してくれる。決して善良ではないけれど、どこまでもお人よしな人だから――私が助けを求めれば、それに応えてくれる。

 

 そんな気がする。

 

 なんて思ってしまうのは、虫が良すぎる話しだろうか?

 

 あれだけ鬱陶しく思い、毛嫌いして邪険に扱っていたのに――いつの間にか彼の存在を頼りにしている。

 

 

 いや、この言い方は卑怯だ。

 

 『頼り』なんて都合のいい言葉を使用してはいけない。

 

 どんなに言い繕ったところで、私は彼の事を、利用価値の高い便利な駒だと見做しているだけで、一歩引いたところで、冷めた気持ちで打算を働かせている。

 

 そう、やはりこれは――『信用』『信頼』からは程遠い、相手の善意を搾取するだけの、軽蔑されるべき利己的な思惑でしかないのだから。

 

 自己嫌悪するほどに、私の考えは人間味のない冷徹なものになっている。

 

 それでも、まどかを救う為になら、私は――。

 

 

 

 あとはこれからどうするかだ。

 もう見切りをつけたのだから、今すぐ『時間遡行』を行うべきだろうか?

 いや、もう少し『正位置』についたワルプルギスの情報を集めておいた方がいいのかもしれない。

 

 例え勝利条件が『正位置』につかせないことだとしても、敵の情報があるに越したことはないのだし。望み薄だけど、弱点のようなものが発見できるかもしれない。

 

 この時間軸は貴重な情報が多い。ぎりぎりまで情報収集はしておいた方がいい。できることはしておくべきだ。

 効果があるとは思えないけれど、残りのミサイルを全弾撃ち込んでみるのもいいだろう。

 

 それに――もしかしたら、正位置についたことで、ワルプルギスが進路を変更する可能性だってある。

 今まではほぼ確定的に、まどかの居る避難所に向かっていたが、より多くの人が集まった場所――都心の方に方向転換するかもしれない。

 

 まどかさえ無事なら、他にどれだけ人が死のうとも知ったことではないのだし。

 大多数の命より、私はまどかの命を優先する。

 

 

 なら失敗したとはいえ、まどかを魔法少女にさせる訳にはいかない。

 

「…………ちっ」

 

 さっきまで傍にいた筈なのに…………奴の姿が見当たらない。

 キュゥべえがこんな好条件を逃すはずがない、阿良々木暦の失敗を伝える為に、まどかのところに向かった…………そう思ったけれど、そう言えば別の端末(キュゥべえ)がいたはずだ。

 

 であれば、この場に居たキュゥべえがそちらに出向く必要はない…………ともかく、至急まどかのところに向かうべきだ。そう判断を下したその時――

 

「暁美ほむら。君に伝言だ」

 

 何処からともなく湧き出したキュゥべえ、そんなことを言った。

 

「伝言ってそれは、まどかから!? あの子と契約したの!?」

「ん? どういうことだい?」

「契約したまどかが私に何か伝えようとしているんじゃないの!?」

「ああ、そうか。君が何を思い違いしているかはだいたい分かったよ――今現在鹿目まどかとの契約は成立していない。というより、戦場ヶ原ひたぎによって阻害されているといった方が正しいのかな」

 

 戦場ヶ原ひたぎがキュゥべえの接近を邪魔しているのだろうか。どういう腹積りなのか知らないけれど、一応阿良々木暦の為に動いているのだから、害はないはずだ。

 確か、彼女も魔法少女になったとか言っていたけど、何がしたいのか全くわからない。

 

「そう、じゃあ伝言って誰から?」

「阿良々木暦からだよ」

 

 ……そうか…………ちゃんと生きていたのか。

 吸血鬼の不死性はちゃんと機能していたようだ。

 

「じゃあ伝えさせてもらうよ。『紛い物じゃない、偽物じゃない本物の化物の力を、本当の吸血鬼の力を見せてやる! だからまだ諦めるな!』とのことだ」

 

 切り札が無為と化したこんな状況に陥っても、彼の心は折れていなかったのか……まだあの強大な敵に立ち向かう気力を残しているのか。それだけじゃない。私にもまだ勝負を投げるなと言っている。この時間軸での結末はまだ決していないと言っている。

 

 なんて諦めの悪い男だ。

 

 でも……幾ら不死身の肉体を有し、燃え盛る消えることのない熱血の心を持っていたとしても――それだけではどうすることもできない。

 

 勇んだところで、彼が空回っていることは明白だった。

 彼には戦う技術も、戦う術も何もない。

 

 客観的な判断として、彼の戦闘能力は期待できるものではないのだ。吸血鬼の膂力が凄まじいのはわかっている。近代兵器をも凌駕する突出した攻撃力があるのは確かだ。

 

 けれど、それを活かせるだけのスキルがない。佐倉杏子や巴マミのような洗練された動きとは比べるべくもないほどに、彼の戦闘での立ち回りはお粗末なのだ。全く力を使いこなせていない。咄嗟の判断力がなく隙が多い。だからこそ彼を戦線に立たせることなく、戦力外に置いたのだから。

 

 加えて、遠距離攻撃の手段がない。空に浮かぶワルプルギスに対し、これは致命的な問題だった。戦いの土俵にすら立てていない。

 …………またミサイルに乗って突っ込むつもりなのだろうか?

 

 

 キュゥべえがそれで自分の役目は終わったとばかりに、私の返答を訊く事もなく、身体ごと視線を遠くに向ける。

 視線は――瓦礫が埋め尽くす、壊滅した見滝原の中心街。

 赤黒く変色した薄気味悪い空を背に、地平に蠢く強大な魔女――自身の周りに荒れ狂う暴風を纏わせた、『ワルプルギスの夜』に向けられていた。

 

 

 と、そのワルプルギスと対峙するように、不意に一つの影が現れた。黒いシルエット。それが人影であることに、少し遅れて気付く――見間違いでなければその人影は………………異形の翼を羽ばたかせ、中空で静止している。宙に浮いている。空を飛んでいる。

 

 いや、でも…………いったいどうやって!?

 

 

 く……魔法による視力矯正を行ったことで、通常の人よりも視力は優れているが、それでもこの距離では流石に詳細を掴むことができない。

 仕方ない。魔法で無理矢理視力を引き上げる。限界以上の視力を得ることはできるが、目に過度な負担がかかり――度数の合わない眼鏡をかけた時に起こる、酔ったような気持ち悪さに襲われる。

 ずっとこの力を使用し続ければ、激しい頭痛や吐き気が発症するので、あまりこれはやりたくなかったけれど。

 でも、今はこの状況を見極めなければ――

 

 全神経を集中。目を凝らし見据える。

 

「!?」

 

 私の目に映ったのは――風変わりな衣装を身に纏った、阿良々木暦の姿。

 

 時代がかったどこか古くも趣のある、それでいて近未来的な要素を含んだ、SFファンタジーに出てきそうなデザイン。見た目は巴マミが好みそうなヨーロッパ風の貴族然とした騎士服で、それを現代風にアレンジした戦闘服だった。

 

 色合いは黒と赤のツートンカラー。彼が通っている学校の学ランの配色に近い。黒を基調にしており、そこに血液を巡らせる血管のような赤い模様が全体に入っている。

 吸血鬼に相応しい血の赤と、夜の黒。

 

 ところどころ肌に密着するような造りになっていて、そこから逞しい筋肉のラインが覗いていた。

 

 確か赤いパーカーとジーンズというラフな格好だったはずなのに――そうその姿は、まるで『変身』でもしたかのように。

 

 更に彼の背中からは、蝙蝠の羽が生えていた。吸血鬼らしい悪魔の翼だ。

 これは吸血鬼としての異能? でもそういった能力は、使用できないと言っていたはずだ。

 

 なら……これらの意味することは――――まさか? まさかまさか!?

 

 真相を問い掛けようとするも、キュゥべえは既に私から意識を切っており、今から始まる『演目』――巨大な魔女に立ち向かう吸血鬼の姿に注目し、興味深い視線を向けていた。

 

 

「さぁ、阿良々木暦。君の力を見届けさせてもらうよ」

 

 

 

 


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