~113~
流石にここまで状況証拠が出揃ってしまっては、戦場ヶ原が魔法少女になったという事実は認めざるを得まい。
けれど――戦場ヶ原が魔法少女にならなければならない、戦場ヶ原が魔法少女になろうとした『理由』が、皆目見当もつかない。
戦場ヶ原の存在を警戒してか、部屋の隅に退避しているキュゥべえを一瞥して、
「で――だ。何でお前は魔法少女になっちまったんだ? あれだけキュゥべえのことを毛嫌いして――魔法少女になる『リスク』だって知っていたはずだろ? そこんとこ、詳しく教えてくれよ?」
僕は真相を問い質す。
「魔法少女になった理由は、いたって単純よ。『リスク』より『リターン』が大きかったから。私自身の利になると判断したから、それだけよ」
「…………それだけって、いや、でも。こんなの損得勘定の問題じゃねーだろ」
「損得勘定の問題よ」
「なら、お前が得た利益ってのは何なんだ? お前は何を『願って』魔法少女の契約を交わしたんだよ?」
戦場ヶ原の平然とした態度に、若干の苛立ちと不可解さを感じながら、僕は語調強く追及する。
それに対し戦場ヶ原は、しばらく無言を貫き一拍置いた。
「願い――ね。はぁ……そうね。阿良々木くんには私の過去――『蟹』の件で詐欺師に騙されたってことは話していたわよね」
「ん、ああ。五人の詐欺師に騙されたってやつなら、訊いてるな」
「そう――騙されて、騙され続けて――人生の汚点だわ」
「汚点って、でもそれは既に終わったことだろ?」
解決はしていないし、もうどうすることもできない精神的な問題も残っているのだろうが――終わったことだ。もうそんな過去に囚われることもないだろう。
「ええ――でもね阿良々木くん。人に騙されるというのは、この上ない屈辱なのよ」
「まぁその気持ちはわからなくはないけれど…………それがお前の『願い』に関係しているってことなのか?」
「そうよ」
戦場ヶ原は短くも、力強く断言した。
「私の『願い』の根幹はそこにある」
「んー…………ということは、お前の願いは、『嘘を見抜く力が欲しい』――とかそういうのか?」
戦場ヶ原の話を訊いて、一番に思い浮かんだものを言ってみる。
一応、整合性は取れているはずだ。
が――
「いえ、違うわ。そんなさとり妖怪みたいな能力、何の役に立つっていうのよ。人間不信に拍車がかかるだけじゃない」
「あれ? 結構自信あったのに…………じゃあ何なんだ?」
「はぁ……駄目駄目ね。あれだけ散々ヒントをあげたのに、全く気付かないなんて」
「ヒントだ?」
「ええ、阿良々木くんにも“既に披露”してあげたじゃない」
「は? いつだよ。もしかして、あれか? まさかあの鋏を創り出す能力が、お前の願いだっていうのか?」
「不正解。ちなみに私はこの能力を『Pinky swear(ピンキースウェア)』と呼んでいるわ」
「え? 何、バトル物の特殊能力みたいな名称があんの!?」
「ふふ、阿良々木くんには、このスタンドが見えていないようね?」
「見えねぇしスタンド言うな! あと、その首を変に傾けた妙な立ちポーズもやめろ!」
ジョジョ立ちとかシャフ度とかしても、映像媒体じゃないと全く伝わらないんだからな!
くそ、突っ込みどころが多すぎる。というか突っ込みどころしかない!
しっかし忍野といい、コイツといい、僕の周りはジョジョ愛好者が多いようだ。まぁ僕も好きなんだけど。
「で、ピンキースウェアってどういう意味だ?」
「このぐらいの英語も訳せないなんて……可哀想」
「憐れむな! せめて馬鹿にしてくれ!」
「この無能が! 将来、出身の高校を言う機会があったとしても、決して口にして欲しくないものだわ。こんなのと同じ学歴だと思われるなんて、人生最悪の汚点だわ」
「詐欺師に騙された過去よりも、汚点度合が上なの!?」
そこからも更に情け容赦ない罵倒を僕に浴びせ続けたことで(割愛)、ようやく満足したらしい戦場ヶ原が、話を戻してくれる。
「『Pinky swear』は、直訳すれば『小指の誓い』――要は『指切り』という意味ね」
「指切り?」
「そ、指切り。指切りげんまんって知ってるでしょ、それよ」
そう言いつつ、戦場ヶ原が小指を立てた手を見せてくる。
「ああ、約束する時にするやつか」
指きりげんまん嘘ついたら針千本飲ます、指切った――って子供の頃にやったような記憶がある。
少しこっ恥ずかしい子供っぽい儀式だ。
「正解。つまり、私の『願い』は相手に約束を守ってもらうということね」
「へぇなるほどな」
戦場ヶ原の『願い』にしては、えらく真っ当なものだな。指切りなんて可愛いもんじゃないか――なんてそんな印象を持った僕なのだったが…………。
「だから、別に嘘をつかれても構わない。例え口先だけの約束でもね――――だって“約束したことは絶対に守ってもらう”。『約束を遵守』させる、それが私の願いなのだから」
戦場ヶ原が鬼気迫る表情で自身の『願い』――『能力』の本質を語る。
初めの印象が、全くの勘違いであったと悟る!
何が可愛らしいだ! 怖ぇよ! なんか呪いの類だよこれ! この時点で魔女そのものじゃん!
そして、更に恐ろしい事実を思い出す。
コイツは既に僕にこの『願い』の力を行使したと言っていた。
それに思い当たることは、さっきのやり取りだ。
――「ただ私の変身した姿、それを見た感想を包み隠さず正直に伝えてほしい、それだけよ」――
戦場ヶ原の魔法少女に変身した姿、その感想を正直に話す。
そう、それが戦場ヶ原と僕が交わした『約束』だ。
戦場ヶ原の能力が偽りのない事実だとすれば、僕の本心は筒抜け状態だったのだ。
あの時、僕はただ口が滑ったような感覚しかなかったが――あれは…………そういうことか。
隠し事なんてできない。もし僕が戦場ヶ原のことを嘲笑するような感想を抱いていたら、それもそのまま話していたということだ。僕は、九死に一生を得ていたのか。戦場ヶ原の鋏で試し斬りされていた未来も、有り得た訳だ…………恐怖しか湧いてこない!
「ようやく、ことの事実に気付いたようね」
「やめろよ! こんな罠にはめるような真似!」
「罠? ちゃんと念を押して確認したじゃない。強制もしていないわ。私の力は“両者の同意”を前提にしているのよ。それともなに、始めから私との約束なんて、形だけのものなの?」
「そ、そんなわけないじゃないか」
この女、おっかねーよー!
「あ…………あああああああああ!! もう一個思い出したぞ…………お前、どさくさに紛れて、僕の生殺与奪の権利を握ろうとしていなかったか!?」
「何の事かしら? 記憶にないわね」
惚けやがった。清々しいまでに真顔で白を切る戦場ヶ原さんだった。
「…………なんて恐ろしい能力を手に入れやがったんだ」
「別にそんなことないでしょう」
「いや、現時点で判明している能力を鑑みるに、十二分に脅威的だよ」
「脅威的――ね。とは言っても、色々制限もあるし、それほど万能ってことでもないわ。使い所を選ぶというか、穴があるというか」
「それって具体的に言うと?」
「例えば…………そうね。阿良々木くん、今から私とじゃんけんで三回勝負しましょう。そして阿良々木くんは三回連続、私に勝たせるようにしないさい。『約束』よ?」
「いや、そんなこと約束できないだろ? どうやって勝たせりゃいいんだ?」
「御託はいいから、さっさと約束なさい」
「…………わかったよ。約束するよ」
簡単に約束してしまっていいのかという不安……恐怖があったが、戦場ヶ原の有無を言わせぬ圧力に屈してしまった。
まぁデモンストレーションしてくれるっていうんだから、うだうだ言ってないで、結果を見ればいいか。今回はただのじゃんけんだ。特に危険性はないはず…………ないよね?
とはいったものの、
「ええっと確認なんだけど……やっぱ、お前が何を出すのかを読んで、その上で負ける手を出さなきゃいけないのか?」
じゃんけんの深読みほど、愚かな行為もないが。
「いえ、頭空っぽにして適当に出せばいいわ」
とのことらしい。
なので、お言葉通り、僕は考えることなく気の向くままにじゃんけん勝負に望むことにした。
「まぁ元々阿良々木くんの頭は空っぽなのだから、気にする必要はないでしょう?」
「…………」
知能関連の話で反論しても、僕の傷口が無駄に広がるだけなので、皮肉に関してはスルーしておく。
そうして――じゃんけん勝負開始。
第一回戦――結果。
戦場ヶ原――パー。僕――グー。
勝者――戦場ヶ原。
「おおぉ。すげぇ、負けた。これが約束の強制力か!」
勝負の結果に僕が驚いていると、
「これはただの偶然よ。たまたまね」
戦場ヶ原が淡々とした声音で言い放つ。
「おいおい。何だよそれ、その言い草じゃあまるで、僕が勝つこともあったっていうのか? だとしたら、その時点で、約束を破ったことになるんじゃ?」
戦場ヶ原の願いは『約束を遵守』させる能力のはずなのに。
「だから言っているじゃない。使い所を選ぶし、穴があるって」
「あぁ……そういえばそうだったな。まぁ一応続きをやっとくか、三回勝負って約束だったろ」
最後まで結果を見ずに推論で話していても、完全に納得できないし。
「ちなみに、約束を破って、僕がじゃんけんに勝ったらどうなるんだ?」
「死ぬわ」
「は? 誰が」
「約束を破った相手が、よ」
「は? え? 嘘…………だろ?」
「嘘よ」
「…………お前な……脅かすなよ」
「ただ落とし前として小指が切れてなくなるだけよ」
「………………嘘……ですよね?」
「ふふ」
嫌な感じに薄ら笑みを浮かべる魔女がいた。
「嘘よ」
僕の精神値がガリガリ削られていくんですけど。
つーか、小指が代償って、指切りげんまんの由来を知っていると、背筋がゾッとするよな。
楽しい話でもないので、知らない人は知らないままでいた方がいい類の話だ。
で、結局のところ、最終的な勝負の行方は、一回戦、二回戦と戦場ヶ原が連続で勝利したものの、三回戦は僕が勝ってしまった。
戦場ヶ原の言う通り、『約束』したところで、勝敗を左右する効力はないってことだ。
当然、僕の身体に異常が起こることもなく、小指も健在である。
「見ての通り、約束を遵守させる力だとは言っても、偶発的事象をどうこうすることはできないわ。約束する内容をちゃんと精査しなくちゃ、効果が発動しないってこと。そうね。対象者の意志を『改竄・強制』する力だと考えればいいわ。言ってしまえば強力な催眠術みたいなものね」
それが戦場ヶ原の有する能力『Pinky swear(ピンキースウェア)』の効果――ということらしい。
不確定事項が多い、不完全な能力。
けれど、だからこそ。
然るべき手順を踏んで『約束』がちゃんと結ばれれば、それは絶対的な力を持つということを意味している。
約束が結ばれた以上、意図的に破ることはできない。
「あくまでも、『約束』だから、一方的な命令に意味はないわ。私って良心的よね」
「………………だな」
脅迫も有効だよな、とは突っ込まない。
何にしても、今後、戦場ヶ原との約束は控えるようにしなければ。まぁ騙し討ちみたいな初見での対応は難しいが、戦場ヶ原の能力が開示された今、その脅威は幾分薄れたことになる。
戦場ヶ原と約束しなければ、その力は発揮されないのだ。警戒すべきは脅迫に屈しないようにすることか。
って、防衛策として対策を練っているが、僕と戦場ヶ原は別に敵対関係にあるわけじゃないし、それほど気に留めることもない………………いや、この女に対し甘い考えは厳禁だ。
何を仕出かすかわかったもんじゃない! 常に最悪を想定しておかなければ、痛い目をみるのは僕なのだから。
「そういや、戦場ヶ原。お前に伝えたいことがあったんだよ」
「何、伝えたいことって? ああ、阿良々木くん、この服に見蕩れて鼻の下を伸ばしていたものね。コスチュームプレイでもしたいってこと?」
「魔法少女の衣装をコスチューム言うな! あとプレイってなんだよ! 僕達まだ何もして――ってそうじゃない!」
「じゃあ何よ?」
「何って、ほらアレだよ。お前、まどかちゃんがキュゥべえと契約しかけてたのを寸前のところで止めてくれただろ、そのお礼を言っとこうと思ってさ。ほんと助かったぜ」
戦場ヶ原がいなかったら、ほぼ間違いなくまどかちゃんはキュゥべえと契約してしまっていただろう。その代わりに、戦場ヶ原が魔法少女になっているという問題は、看過できないが――それでも、まどかちゃんが魔法少女になるのを防いでくれたのはお手柄だ。
「はぁ…………勘違いしているようだけど、私は別に、阿良々木くんに感謝されるようなことはしていないわ」
「いやいや、そんなことないって。ほんと心の底から感謝してんだ。ほむらだってそのはずだぜ。あの性格だから、面と向かってお前にお礼とかはしないかもだけど」
「きっと恨み骨髄、罵詈雑言を浴びせられると予想するわ」
「何でそうなるんだよ…………」
戦場ヶ原とほむらの相性の悪さを改善する、いい切っ掛けになると僕は思っているんだけどな。
何にしても、戦場ヶ原の働きで、キュゥべえの目論見を阻止できたのは間違いないのだ。
まどかちゃんと、キュゥべえが契約しないよう、半ば脅迫していたからな。
ん? 脅迫?
…………あれ? それって、もしかして………………。
戦場ヶ原がまどかちゃんを、脅迫紛いの言動で言い包めた。
魔法少女にならないように。キュゥべえと契約しないように。
あ。
そこで僕は気付いた。そうか。そういうことか。
戦場ヶ原の説明は大ざっぱで、肝心の所が暈されており、まだ不明瞭な部分が多いけれど――それでも戦場ヶ原の思惑の一部が垣間見えた気がした。
だから…………まどかちゃんと『約束』していたのか。
あの時の二人のやり取りが、僕の頭の中でフラッシュバックする。
――『そうよ。で、ちゃんと阿良々木くんに任せるってことで、納得できたのかしら?』
――『……は、はい』
――『どうも貴女は信用ならないわね』
――『……そんなことは』
――『なら、もう勝手に契約しないと、約束できるの?』
――『わかり……ました。約束します』
“戦場ヶ原が半ば強制的に、そんな約束をとりつける”。取り付けていた!
口約束なので、なんの『強制力』もないが『抑止力』にはなる――と、僕はそう思っていた。
だけど、だけどだけど!!
そうじゃない。そうじゃなかったのだ!!
例えそれが『口約束』だとしても、確かに『約束』は交わされた。
ならばそれは『抑止力』じゃない。絶対の『強制力』を持つことを意味している。
戦場ヶ原との『約束』は絶対なのだ。
それが戦場ヶ原の『願い』だから。
それが魔法少女ひたぎの『魔法』なのだから。