【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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キャッチ(catch):【見つける】【捕らえる】


こよみキャッチ~その1~

~011~

 

 戦場ヶ原が魔法少女である巴さんを、一方的に言葉で責め苛んで、精神に深刻な傷を負わせたその後の顛末について、簡単にではあるが語っておこう。

 

 あれから――巴さんは声を掛ける(いとま)もなく、逃げるように去っていった。それに併せて、キュゥべえも忽然と姿を消していた。

 

 一種の白昼夢でも見ていたかのような不可思議な出来事に、僕等は首を傾げることしかできなかったが――当初の目的を思いだし、戦場ヶ原に忍野を紹介し、二人を引き合わせる。

 

 忍野に軽口を叩かれ、戦場ヶ原には暴言を浴びせられはしたものの、滞りなく話は進み――幸いなことに、彼女の抱えていた『重さ』に纏わる問題は、自称専門家の働きと、戦場ヶ原自身の健闘の末、無事解決した。

 

 戦場ヶ原は自分と向き合い、折り合いをつけるに至ったのだ。

 

 まぁ、根源的な部分――母親との確執については戦場ヶ原がこれからも持ち続けなければならないのだから、円満解決というわけではないのだろうけど。

 

 それでも、きっと彼女は救われたのだ。『重み』をとり戻し、母親への『思い』を返してもらった。

 

 

 ともあれ、戦場ヶ原の『蟹』に関する諸問題については、終結したと言っていい。

 

 

 そう『蟹』に関する問題については、だ。

 

 

 戦場ヶ原と別れた僕は、とんぼ返りで学習塾跡に舞い戻って、忍野の元に再訪していた。

 要件は勿論、あの奇妙な白い生物と、魔法少女の件について。

 

 『蟹』のことで忍野と話していた時は、敢えてその話題に触れないようにしていた。戦場ヶ原も、自ら進んで話し出すことはなかったので、この件を報告するのはこの時が初めてとなる。

 

 戦場ヶ原も一緒に居た方が 話は早かったのかもしれないけれど、彼女をいらぬ面倒ごとに巻き込むのは気が引けたし、実際、居たら居たらで、そこまで協力的に話してくれるとも思えない。

 

 唯でさえ忍野との折り合いが悪そうなのに――加えてキュゥべえへの対応を思い返せば、僕の判断が妥当なことは察してもらえると思う。

 

 そんな胸算用もあって、僕一人で忍野に報告並び相談しに来たってわけだ。

 

 

 だけど……忍野は何も教えてくれなかった。

 僕の説明を訊くだけ訊いて、こちらには何の情報もよこさなかった。

 

 確実に“何か”は知っているようだが、説明を拒否――いや、教えることにより、僕が首を突っ込むのを阻止してくれたと言った方が正しいか。

 忍野にも事情があるらしく、いつものチャラけた雰囲気を消して、真剣な表情で深入りするなと諭されたのだ。

 

 

 それでも、僕は見て見ぬふりは出来ない。

 忍野の忠告を――厚意を無下にするようだが、どうしても知っておかなければならないことがある。

 

 調停者(バランサー)としての責務を真っ当する忍野が、傍観を決め込んでいる案件に首を突っ込もうとしているのだから、ここからは自己責任だ。

 

 

 

 

 

 

 日付が変わって、今日の話。

 

 僕はバスに乗って隣町にある、見滝原市にやって来ていた。より詳細に言えば、見滝原中学校の校門前に。

 校舎に侵入するのは幾らなんでも昨今の情勢では問題になるので、校門付近の木陰に身を隠し待機している。あまり人目に触れるのはまずい。

 

 

 見滝原中学までやってきた目的は、大きく分けて二つ。

 

 一つは巴さんの様子を探る為。

 彼女の容態が気掛かりだったので、その確認と、出来れば弁解ではないが謝罪がしたい。

 

 もう一つの目的は、キュゥべえと魔法少女の関係――()いては『魔女』についての情報を得る為。

 

 実際に魔法の力をこの目で見たわけだし、アレを手品の一言で済ませるのはできそうにない。

 『魔法少女』を認めるということは、それは同時に『魔女』の存在を認めなければいけないということだ。

 

 この世の悪しき大部分の災いを魔女が招いているだとか、魔法少女は魔女をやっつける使命だとかキュゥべえは言っていた。

 

 だけど、それが抽象的すぎて、いまひとつピンとこない。

 

 できればその辺りの事情も、巴さんから訊き出せたらなと思っている。

 あんな仕打ちを受けた巴さんが、戦場ヶ原の共犯と思われているであろう僕に、取り合ってくれるかは定かではないけれど、ひたすら巴さんが出てくるのを待っている訳だ。

 

 

 ちなみに見滝原に来るにあたって、僕は高校を早引きしている。

 

 学校を休むことも考えたが、下校時刻までに間に合えばそれでいいとの計算と、僕を更生しようと躍起になる羽川の顔を立てて、間をとって早退としたわけだ。

 

 ちなみにちなみに。朝は遅刻をした。

 神様の手違いで、僕の体重がおかしくなったのを対処する為、いろいろと東奔西走していたのだから、仕方ない。これは不可抗力といっていい。

 

 あと戦場ヶ原は病院に行っているようで学校には来ていなかった。突然治ったで済まされる程度の問題ではなく、いろいろと検査が必要なのだろう。

 病院でうんざりするような精密検査を受けているであろう戦場ヶ原には悪いけど、変に詮索されずに済んで、正直助かっている。

 

 

 ううん、結構な数の生徒が帰宅しているけれど、いつになっても巴さんの姿を見つけることは出来なかった。

 

 可能性としては、部活動に励んでいるか、何らかの用事でまだ校舎内にいるか、こことは違う、裏門があって、そちらから帰ってしまったのか、僕がただ単に見落としたのか…………昨日のことを引き摺って、学校を休んでしまったのか。

 

 結構いろんな可能性がある。

 アポもなしにやってきたのだから仕方がない。結構無理がある計画だった。

 

 自身の見通しの甘さを嘆きながらも、もう一時間ぐらいは粘ろうとそう決意したその時、奴を見つけた。

 

 白い体躯をした奇妙な猫兎を――キュゥべえの姿を発見したのだ!

 

 談笑しながら歩いてくる二人組みの少女。

 短髪の活発そうな雰囲気の女の子と、頭の赤いリボンが際立つ女の子。その赤いリボンをした女の子の肩にキュゥべえは乗っかっていた。

 

 このまま巴さんが出てくるのを待っていたいけれど……彼女と繋がりのあるキュゥべえをこのまま見過ごすのも、得策とはいえない……か。

 

 出来ることなら(じか)に接触を図りたかったが、キュゥべえを介して連絡が取れるかもしれないし、ここは方針を変更してキュゥべえの後を追うことにする。

 

 もしかしたら、彼女達が巴さんと知り合いだっていうこともあり得る。

 

 しかし……あの子達は、キュゥべえが見えているのだろうか?

 キュゥべえが勝手に引っ付いてるだけで、もし見えてなかったりしたら、僕は精神異常者として扱われることになる。中学生に言い寄る不審な男として通報されてしまう。

 

 

 緑溢れる舗装された通りを抜け、確証がもてぬまま、女子中学生の後をつける僕。

 

 人目があると声が掛け辛いよな……変に勘違いされて叫ばれでもしたら現行犯だし……二人組みってのも危うい要素だ。女子が徒党を組む危険性は妹達で十分に学んでいる。

 

 赤いリボンの女の子が友達と別れ、一人になるのを待つことにする。それで人気(ひとけ)がなくなったら声を掛けてみよう。

 

 なんだか完全に危険人物の思考みたいだけど、これは普通の人に見えないというキュゥべえのことを鑑みての判断でもある。

 

 人目に触れたところで、"見えない相手"の事について訊くのは、彼女にとっても好ましい事とは言えないだろう。

 

 それは――秘密裡に交わす話の内容になるはずなのだから。

 

 

 

 川に掛かった鉄橋を越えて進んだその先で友達と別れ、それからまた数分進んで閑静な住宅街差し掛かった辺りで、ようやく待ち望んだ状況が訪れた。

 

 人気は絶え、赤リボンの少女は一人になった。周りに人の気配はない。

 今がチャンスだ!

 

 

「ちょっといいかな?」

 

 僕は思い切って、そう声を掛けていた。

 

「えっと、わたし、ですか?」

 

 キョロキョロと周囲を確認し、誰も居ないのを把握すると、自分を指さしながらそう答える女の子。

 

「そう、君。少し訊きたいことがあるんだけど、構わない?」

 

 声を掛けてしまったが、もしキュゥべえのことが見えていなかったら、僕はどうしたらいいんだろう。まぁその時はその時か。

 

「ええっと……あの……その……」

 

 やばい、警戒されまくっているな。もじもじと俯き加減で視線を逸らす少女の気持ちを和らげる為、なごやかな口調を心掛けつつ、優しく語りかける。

 

「ほんの少しだけでいいんだけど――時間はとらせないし。いや、場合によっては聞きたいことは山ほどあるから少し時間をとらせちゃうことになるかもしれないんだけど」

 

 キュゥべえと面識があるのだったら、訊きたいことは増えるだろうし、

 

「なんなら、その辺でお茶でも飲みながら、ゆっくりと。どうかな?」

 

 少女は見てないかもしれないが、しっかりと笑顔も添えて。

 

「そんな、わたしなんて……可愛くもないし……」

「いや、可愛くないなんてことは全然ないと思うけど。十分君は可愛くて魅力的だと思うよ」

 

 唐突に自分を卑下した発言をする少女に対し、フォローというか心からの感想を述べる僕。

 

「へ? か、可愛いって……そ、そうですかね……えへへへへ」

 

 頬を赤らめ特徴的な笑い方で照れる、女の子。

 

「でも、やっぱりわたしなんかじゃなくて、他の子に声を掛けた方が……」

 

「ん? 他の子って――君じゃなきゃ意味ないんだけど」

 

 そう言って、僕は彼女の肩で寝そべるキュゥべえに視線を向ける。

 キュゥべえは、僕を見ているのかいないのか――赤いまん丸の瞳には映っているはずなんだけど、我関せずといった感じで、興味なさそうに尻尾を揺り動かしていた。

 

「わ、わたしじゃなきゃ意味がないって!? えーっと、それはつまり……あ、あわわわ」

 

 なんだろう……何か凄く慌ててるな。それに見る見るうちに、少女の頬が紅潮していく。

 

 あ。

 

 妙にテンパりだした女の子を見て、その狼狽ぶりの原因に遅蒔きながらに気付く僕だった。

 もしかして、これ、ナンパしてると勘違いされてないか? 

 

 まずい! はやく弁解しなくては――

 

「わたしなんかに声を掛けてくれて……すごく光栄なことなんですけど……でも、あの…………ごめんなさい!」

 

 そう一方的に僕に告げると、少女は頭を大きく下げ――顔を真っ赤にして脱兎の如く逃げていった。

 幼気な女子中学生に妙な誤解を与えてしまったようだ……しまったな……。

 

 キュゥべえの事も訊けずじまいだし、結局何の情報も得られなかった……これは困った。ここで追いかけたら本当の変質者になってしまうし、どうしたものだろう。

 

 その場で立ち尽くし、今後の対策に耽る僕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~012~

 

 あまりにも脈絡のない展開で申し訳ない限りなのだが、どうやら僕は女子中学生に恫喝されているらしい。

 

 男子高校生が女子中学生にである。

 

 目の前には、見知らぬ女子中学生の姿があった。

 

 中学生と判断できたのは、その少女が、胸元の大きな赤いリボンが際立つ可愛らしいデザインの、見滝原中学の学生服に身を包んでいるからだ。

 腰元まで伸びた長い黒髪に、前髪を上げているわけではないが黒いカチューシャをつけている。可愛らしいと表現するより、凛々しく綺麗と呼ぶに相応しい。

 

 常時ならば、見惚れていたかもしれない、美女とも定義できる少女ではあるが、僕の目線は彼女にではなく、彼女の腕の先。右手に持たれた『(ブツ)』に釘づけだった。

 

 見間違いでなければ、彼女が持っているのは拳銃である。

 

 いやいや。

 

 いやいやいやだ。

 

 ここは日本ではなかったのか?

 日本には銃刀法違反という法律の中でも比較的認知度の高い常識レベルのものがあって、米国のスラム街のように誰彼かまわず護身用の銃を所持しているはずがない。

 

 ならば、あれはエアガンかモデルガンだろうか。最近のものは本物と見紛うクオリティで、容易に見分けるのは難しいと訊いたことがある。重量なんかも実物と同じようにして、色々凝った品があるそうだ。

 

 近頃の中学生は銃なんて持ち歩いてるのかよ。おっかねー。

 

 

 さっきまで確かに住宅街の通りに居たはずなんだけど……今は日差しが遮られた、薄暗い路地裏らしき場所に居た。

 それも袋小路となった壁に背中を押し付けられる形で、前方以外に道はない。

 とは言っても、少女が前に立ち塞がっている為、四方を囲まれていることになる。

 

 いったいいつの間に、こんなとこまで来たんだ? 

 

 記憶が飛んだかのように、僕にはこの状況に至った過程を思い出すことができないでいた。突拍子もなくいきなりにこの状況に直面している。まさにポルナレフ状態。

 

 キュゥべえと一緒にいた女の子に声を掛けたものの、ナンパと勘違いされ逃げられてしまった、ってところまでははっきりと覚えている。そこまでの記憶は明瞭なのだが……。

 なぜか、後頭部が痛む…………。

 

 

「えっと……ここは何処? 君は誰?」

 

 念のため、僕の名前は阿良々木暦だ。記憶喪失になっているわけではない。頭は正常に働いている。

 

「鹿目まどかに何のようがあったの?」

「へ? 誰?」

 

「惚けても無駄よ。既に現場を押さえているのだから、言い逃れはやめなさい」

「だから……知らないって言ってるだ――」

 

「なぜあの子に声をかけたの? あの子に何をしたの? あんなにも顔を赤くして…………あなた変質者か何か? こんな白昼堂々、いい度胸しているわ」

 

 僕の言葉を遮り、険しい口調で矢継ぎ早に詰問される。

 変質者の烙印まで押されたしまった。

 

 とりあえず、さっき声をかけた少女の名前が鹿目まどかだということは把握できた。って、そう言えばこの名前……訊き覚えがあるような気がするけど……うーん、思い出せない。

 

「何か誤解されてるようだけど、ちょっと人を探していて、それを尋ねようとしただけで」

「嘘」

 

「嘘じゃないって、そんなおもちゃで脅かしても――んがっ!!?」

 

 銃身を口に突っ込まれたッ!

 ひんやりとした鉄の冷たさに次いで、舌先に触れる銃身が味蕾を刺激し、口の中に不快な味が広がる。

 

「生憎、本物よ。試してみる? その時にはもう満足に喋ることもできなくなるでしょうけどね」

「………………」

 

 え、おいおい、本物だったら危ないとかの話じゃないのは当然だけど、これがエアガンだったとしても、洒落になってないって! モデルガンであることを切に願う!

 

 でも彼女の言う通り――本物なんだろうな……それは確信できる。嘘を言っているようにはとても見えない。

 

 まさか昨日の今日で、戦場ヶ原の蛮行の方がマシだと思える時が来るなんて考えもしなかった。

 ホッチキスやカッターナイフを口に突っ込まれるなんて、拳銃を突っ込まれることに比べれば可愛いものじゃないか。

 

 

 少女は感情を伴わせない澄ました表情で僕に一瞥をくれると、空いている腕で肩にかかった髪を払う。ふわっと宙を舞う艶やかな黒髪。

 

 この状況で、何の気負いもなく落ち着いていられるってのは、どういう神経の持ち主なのだろう。

 なんだよ、脅し方が堂に入りすぎてるだろ!? 女子中学生が、どんな人生を歩めばこんなマフィアみたいな真似が出来るようになるんだよ!? 

 

 こんなの絶対おかしいよ!

 

「わざわざ彼女を尾行してまで、ただ人を探していた、ですって? そんな言い分が通じると思っているの?」

 

 ああ、なるほど。彼女の言い分にはちゃんと裏打ちされた理由があったのかと、ある意味納得してしまう。

 

 少女の凍てつくような冷め切った眼光に戦慄を覚えながらも、弁明がどこまで通じるか見当しつつ――やってることもそうだが、何処となく雰囲気までも戦場ヶ原に似ているな、なんてそんな事を思う僕だった。

 

 

 


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