~116~
「残念だけど阿良々木くん、その『解決方法』は羽川さんが考え出したものじゃないわよ」
「…………なん……だって!?」
不意に挟み込まれた情報に、僕は戸惑いを隠せない。
「『原案』は羽川さんじゃなく、私ってことよ」
「……お前が?」
「ええ。私の案を、羽川さんが調整……いえ、軌道修正したと言った方がいいかもしれないわね――とは言え、別に私じゃなくたって思いつくものなのだけどね。それそこ羽川さんだって――思いつかないはずがない。でも羽川さんはその案を却下して、別の方法を模索していた」
その方法が、僕が望む結末とはかけ離れた、代償の上に成り立つものだから――か。
「だから私が後押し――いいえ、突き落としたのよ。この方法を選択せざるを得ないようする為にね」
そう言って、戦場ヶ原は意味ありげに指輪を――ソウルジェムを掲げ見せつけてくる。
その意味は――つまり。
戦場ヶ原が魔法少女になることで、後にはひけない状況を作為的に作り上げた――ということ。
「ねぇ阿良々木くん。なぜ事前に相談しなかったのかを、私に訊いていたわよね?」
「ああ……はぐらかされたけどな」
「なら、今その理由を教えてあげるわ。阿良々木くんに相談しなかったのは――“絶対に反対”することが目に見えていたからよ。平行線にしかならない話し合いをすることほど無意味なこともない。意見が食い違うと解かりきっているのなら、秘密裏に事を進めたほうが得策よね?」
戦場ヶ原は抑揚のない声音で、けれど滑舌の良い滑らかな口調で言葉を紡ぐ。
僕が絶対に反対すること――それは戦場ヶ原が魔法少女になったことだろうか?
確かに、事前に相談されれば反対した。猛反対しただろう。どんな理由があっても考え直すように動いたはずだ。
けれど、今の戦場ヶ原が言っている内容とは、また別の話のような気がする。
「なら……そのお前が考えたっていう解決方法をいい加減教えてくれよ。話が平行線になるからと言って、それが何なのか解らないんじゃ、僕としても意見の言いようがない」
「別に勿体ぶっているつもりはなかったのだけど、そうね、足りない頭で導き出してみなさいな――阿良々木くんが掲げる『全ての魔法少女を救う』なんていう無理難題を解決するには、どうすればいいのか? 不可能を可能にするためには何が必要か? それを考えれば自ずと答えは出てくるでしょう?」
「いや、それがわからないから苦労してんだよ」
「そうかしら? 私には、わかっているのにわかっていない振りをしているようにしか見えないわね」
「……なんだよ……そりゃ?」
「この窮状を覆すには、理屈を捻じ曲げて無理を押し通す『絶対的な力』が必要不可欠ということよ」
絶対的な力――真っ先に思い浮かんだのは忍の力……いやでも、これは違うな……だとしたら?
次いで浮かび上がってきたのは…………だけどそれは……。
「そして幸いなことに、そんな途方もない力を持った『存在』が近くにいるでしょう?」
…………その考えは、確かに僕の中にもあり――けれど、検討することさえありえないと、真っ先に拒絶した答えだ。何度も提示され、僕が拒んだ選択肢。
「…………いや……でも、お前…………それ、本気で言ってんのか!?」
「ええ勿論、この現状を打破するには、彼女の力を使うのが一番手っ取り早い解決策でしょう?」
その戦場ヶ原の発言に対し、僕が声を発するよりも先に――
「ふざけないでッ!!!」
――絶叫に近い怒号が響き渡った。
その発生源は、言うまでもなく――暁美ほむら。
更に言うまでもなく、激昂している。マジギレだ。
目が血走り、射殺さんばかりの目付きで戦場ヶ原を睨み付けていた。
「どういうつもり!?」
低く唸るような、怒気を孕んだ震えた声。
だが、その怒りの感情もどこ吹く風、戦場ヶ原の反応は淡白なものだった。
「言葉通りの意味よ。鹿目まどかさんに魔法少女になってもらって、その『願い』を活用するってことなのだけど、わからなかったのかしら?」
涼しい顔で、平然と言い放つ。
「そんな事、私が許すと思っているの!?」
「別にあなたが許さなくっても構わないわ。これは当事者の問題でしょう? それとも何、あなたはあの子の保護者なの?」
戦場ヶ原の煽りスキルが発動し、ほむらの視線が一層険しくなっていく。
「そうね、これは当事者の問題――だったら、私の保護対象に危害を与えようとする危険因子は即刻、排除させてもらうわ」
そう宣告するや否や、ソウルジェムを掲げ、魔法少女への変身動作に入った。
魔法少女になれば、もう僕の手には負えなくなる。
既に忍とのチューニング作業も終えた僕は、ただの吸血鬼もどきに過ぎない。
銃火器を操るほむらが暴れ出せば、幾ら戦場ヶ原が魔法少女であろうと、一方的に虐殺される。
まずいまずい、なんなんだこれは!?
なぜ、いきなりこんな物騒な展開に陥っているんだ!?
戦場ヶ原を睨み付けるその視線は、殺意の域にまで達している。
はったりや脅しでもない。本気で殺る気だ!
「ほむらちゃん、落ち着いて!」
だが、間一髪のところで、真横にいたまどかちゃんがほむらに飛び付き、説得に乗り出してくれた。
「落ち着けるわけないでしょう!? あの女は、あなたのことを!?」
「違うの! ほむらちゃん! わたしちゃんと知っているの! これはわたし私が決めたことなの!」
「決めたって……どういうこと」
「だから、戦場ヶ原さんと、羽川さん、二人の話を訊いて、私自身の意志で、決めたことなんだよ」
「いいえ、まどか。あなたは騙されているのよ。心根の優しさに付け込んで、いいように利用されているだけだわ。そうでしょう戦場ヶ原ひたぎ!? あなたはまどかを唆した!?」
「ええ、否定はしないわ」
悪びれた様子も、罪悪感の欠片もない態度で、戦場ヶ原は真顔で首肯する。
それを見たほむらは、歯を食いしばり、もう理性のたがが外れる寸前だ。
まどかちゃんが抱き止めていなかったら、間違いなく魔法少女に変身し銃の引き金を引いている。
一色触発――というか、火薬庫の中で火花が飛び散っている状態だ。
引火して、爆発が起こるは時間の問題だろう。
ならば、至急その火種を消さなくてはなるまい。
現状、取り乱しているのはほむらだけなのだから、彼女を落ち着かせることが急務だ。
「ほむら、いつもの冷静なお前に戻ってくれ!」
「どうすれば冷静になれるって言うの!? あいつは! あいつは!」
目を見開き、声を荒げ怒鳴り散らすほむらに、僕は務めて穏やかな声音で語りかける。
「お前の気持ちはわかる。僕だってまどかちゃんを生贄に捧げるような解決方法なんて、絶対に認めやしない!」
少なくとも、僕はほむら側の立ち位置であることを知らせておく。
主犯格の戦場ヶ原。共謀した羽川。それを受け入れたまどかちゃん。もし、僕まで戦場ヶ原側に回れば、ほむらは文字通り四面楚歌に陥ることになる。
そもそも、これは偽らざる本心からの言葉だし、心からの思いはちゃんと通じたらしい。
荒い呼吸を繰り返しながらも、聞く耳をもってくれるまでには落ち着きを取り戻したようだ。
「だからもう少し、話を訊いてみようぜ。頭ごなしに否定してちゃ、何の成果も得られない。ちゃんと相手の言い分を訊いてから、その上で判断しよう」
「…………まどかが魔法少女になることは、絶対に受け入れられないわ」
「ああ、僕も同じだ。でも……戦場ヶ原はともかく、羽川が手を打ってくれたんだ。何かしらの意図が隠されている……はずだ」
僕の言葉を訊いた羽川は、物言いたげな視線ながらも、口を開くことはなかった。
もしかしたら僕の過剰な期待に、辟易しているのかもしれない。
「ただ話を訊くその前に、戦場ヶ原! 僕の中にある疑問に答えてくれないか?」
「疑問?」
「そうだ。お前の話を訊いて、どうしても腑に落ちないところがある。言うなれば矛盾だ」
「そう? 何もおかしなところはないように思うけど」
「いや、あるだろ。お前はキュゥべえと契約した願いとして『約束』の力を得た。それを使って、まどかちゃんとキュゥべえの契約を完全な形で阻止したじゃないか! お前の約束の力には絶対の強制力があるんだろ!」
「ああ、そのこと」
僕の指摘を受けて尚、戦場ヶ原の表情に変化はない。
何でもない、とるに足らないことだと言いたげな態度だ。
「何、それは? 私にも分かるように話してもらえないかしら?」
と、ほむらが説明を求めてくる。
そういえば、ほむらへの説明の途中、羽川に止められて伝えられていなかったな。
でもこの話の流れじゃ、羽川も口出しはしてこない。
なので、僕は出来る限り要点を抜き出し、戦場ヶ原の『願い』――不本意ながら戦場ヶ原の用いた名称を使用するなら『Pinky swear(ピンキースウェア)』の能力をほむらに打ち明けることにした。
「…………『願い』の力を活用して、まどかの契約を封じるなんて――考えつかなかったわ」
戦場ヶ原の機転の良さに、ほむらも素直に感心しているようだった。
僕からすれば、その為に戦場ヶ原が魔法少女になっているのだから、本末転倒という気もするが――それはまた別種の問題だろう。
「それで、阿良々木くんは何が言いたいの?」
「だから――お前の『約束』の力で、まどかちゃんとキュゥべえとの契約は、実質不可能になっているんだ。それなのに、まどかちゃんを契約させるなんて、おかしいって言ってんだよ!?」
「それが、阿良々木くんの言う矛盾?」
「……そ、そうだ! 僕が間違っているなら、教えてくれよ!」
小馬鹿にするようにせせら笑う戦場ヶ原の様子に、僕は威勢を削がれながらも啖呵を切った!
しかし、羽川がなぜ僕を止めたのか、どう言っていたのか――
――「多分、阿良々木くん、ちゃんと状況を理解していないから、話しがややこしくなるというか、誤解を生むというか……だから、ね?」――
――そんなことも、既に忘却の彼方だった。
僕は、本当に何も見えていない。事の本質が全く見えていなかった。
「ねぇ阿良々木くん。私は何度も言ったはずよ。阿良々木くんは勘違いしている――と。私は阿良々木くんに感謝されるようなとこはしていない――と。あくまでもこっちの都合で、決して善意からくる行為ではない――と。そう言ったはずよね?」
「……それは、確かにそう言っていたけど、でも!」
ただの照れ隠しで、素直になれないから…………だと…………僕は……思っていた。そう思い込んでいた。
「更に言えば、暁美さんには罵詈雑言を浴びせられると予想していたわよ。ほら、私の読み通りでしょ?」
「それが何なんだよ! お前はまどかちゃんの契約を絶対の力で封じ込めた! それは間違いないはずだろうが!!」
「そうね。間違ってはいないわ」
「ほらみろ!」
「でも、間違っていないというだけね」
「なんだよそれ。ちゃんと僕に解かるように説明してくれ!」
「なら阿良々木くんの勘違いを訂正してあげるわ。鹿目さんとキュゥべえの契約を防いだのは阿良々木くんの言う通りね。ただ、その目的は、彼女に勝手なことをされると困るから。せっかく立てた計画が狂うから、それだけの理由よ」
「それでも! 結果的には同様の効果があったはずだろ! だってお前の魔法で、契約しないよう『約束』したんだから!」
「阿良々木くん、私がどういう言葉で鹿目さんと『約束』したのかを、もう一度思い出してみて、そこに答えがあるわ」
戦場ヶ原に促され、あの時の二人のやり取りを――再度思い返す。
――『そうよ。で、ちゃんと阿良々木くんに任せるってことで、納得できたのかしら?』
――『……は、はい』
――『どうも貴女は信用ならないわね』
――『……そんなことは』
――『なら、もう勝手に契約しないと、約束できるの?』
――『わかり……ました。約束します』
けれども、何度考えても結果は変わらない。
「……………………わかんねぇよ。ちゃんと約束してるはずだ」
「ここまで言って分からないんじゃどうしようもないわね。本当に阿良々木くんは愚かなんだから。はぁ……埒が明かないから教えてあげる」
そして戦場ヶ原は、酷薄に告げる。
「私は鹿目さんとこう約束したのよ。『勝手に契約しないで』って。換言すれば、『私の許可なく勝手に契約するな』という意味合いよ――つまり、私が許可すれば、『勝手に契約した』ことにはならないでしょう?」