~013~
両手を上げてホールドアップ。逆らう意志は持ち合わせていないと、態度でそして視線で懸命に訴えかける。
視線を交えること数秒。
必死の訴えが通じたのか、銃を口から引き抜いてくれはした……が、依然銃口は向けられままで、しっかりと牽制されている。
「なぜ彼女をつけたの?」
少女は再度、同様の質問を繰り返す。
冷淡な詰問口調。受け答え方次第では、本当に引き金を引きかねない、そんな危うさを醸し出している。
これは、どうしたものか……キュゥべえのことは一般人には見えないという触れ込みだけど……誤魔化す方が危なそうだよな。
「えっと、さっきの……鹿目さん、だっけ? その子と一緒にいた、珍しい動物が気になって……」
「……珍しい、動物?」
反芻するように呟く。
僕の言葉に、何か思うところがありそうな反応を示す少女だった。
「白い猫だか兎みたいな珍妙な見た目でさ」
「どこでそれを訊いたの?」
「いや、訊いたわけじゃなくて、見たんだって」
この感じ……心当たりありって感じだよな。なら……ここはもう一歩踏み込んでみるか。
「名前はキュゥべえって言うんだけど」
「あなた何者?」
訝しげな視線と共に銃口が、僕の頭に標準される!
「……しがないただの高校生で怪しい者じゃありません」
小刻みに首を横に振って、善良な一般市民であることをアピール。僕は今、狼に襲われる子羊の気持ちを骨身に沁みて実感している。
「そんな事は訊いていないわ、私立直江津高校三年、阿良々木暦」
「あれ? 何で? 僕の名前をって学校まで!?」
「それだけじゃないわ、住所も携帯の番号も既に把握済みよ」
そう言って僕の携帯と、生徒手帳をこれ見よがしに見せつけてくる。
いつの間に! こいつ凄腕のスリなのかっ!? いや、記憶のない空白の時間があるのだから、その時に抜き取られたと考えるのが妥当か。
「アドレス帳を見れば、あなたの家族構成も………………」
携帯の操作に邪魔だったのか、生徒手帳を地面に捨て、携帯をいじり出す――――そして、少女は絶句した。
あぁ。その理由は僕には分かる。だって――
「――登録が一件だけ、ですって……迂闊だったわ。あなたのことを少し
いや、“見縊る”ではなく、“見誤る”の間違いだ。
「そんな諜報員みたいな真似事するかよ」
ただ単に僕の人付き合いが零に等しく、他の主要な番号――自宅や両親の電話番号は頭の中に入っているから、アドレス帳の機能を利用する必然性がないってだけの、そんな悲しい理由。
僕の妹達はまだ携帯電話は持たされていないし、友達になったとは言え、まだ戦場ヶ原の番号は知らない。
「だったら――羽川翼……名前からは断定は出来ないけれど、女性であれば、そう。たしか、恋人専用の携帯を持ち歩く人間がいるとは訊いた事があるわね。この携帯はその類のものなのかしら?」
少女がその名を口に出来たのは、僕の携帯に登録されたなけなしの一件こそが『羽川翼』だったからに他ならない。
「違う。そいつは僕の数少ない友人で、携帯はこの一台だけだ」
羽川を恋人だなんて大それたことだ。あいつは僕の命の恩人であって、そういう対象じゃない。色恋沙汰の対象にされては、羽川にとってもいい迷惑だろう。
「まぁいいわ。話を戻すけれど、普通の人間にあいつの姿は見えない。況して男に姿が見えるなんてそんな事、一度たりとも訊いたことがない。阿良々木暦。それはあなたが普通ではないことを、示唆している。下手な隠し事はしないことね」
この子は本当に中学生なのだろうか……巴さんの大人びた雰囲気ともまた違うが、年齢以上の凄味が感じられる。威圧感がはんぱない! なんか幾戦もの死線を潜り抜けてきた歴戦の兵士みたいな感じ。
巴さんに言ったみたいに、霊感があるなんて空惚けるのは、まずそうだ。ここは正直にこっちの素性を明かしてしまおう。
別に後ろめたい理由もないし、敵対しているわけでもない。むしろ協力関係を築きたいのだから、ここはありのままを話すことにする。
「そう。僕は普通じゃない。言ってしまえば、『吸血鬼』みたいなもんだ」
「は? 馬鹿にしているの?」
事あるごとに、銃で威嚇するのを止めて欲しい……。
「口で言って納得して貰えないなら……」
まぁ普通はこんな世迷言を信じろって方が無理あるよな。
まずは“視認”して貰ってからの方が説得力も増すってもんだろう。痛いのは嫌だけど。
「仕方ない」
僕はそう言って、親指の腹を噛み切る。
いや……噛み切ろうとしたんだけど、まさかの失敗! 歯が指の表面をなぞるだけに終った!
なんだよ! 口寄せの術みたいな感じで、簡単に噛み切れるもんじゃないのかよ!
忍者って凄いんだな!!
「何をやっているの?」
冷ややかな声で問い掛けられる。いや、ほんとに何をやっているのだろう……恥ずかしい、恥ずかしすぎる!
指を噛み切るのは諦め――路地裏の壁に設置された、配水管の継ぎ目の金具で指先をなぞり、傷をつける。擦り傷程度のものだが、皮膚に赤い裂傷が入った。それを少女のよく見える位置まで持っていく。
「だから、何?」
「まぁ黙って見ててくれ」
この程度の傷、僕の体質ならば――
「傷が……治っていく?」
十秒もしない内に、さっきできたばかりの傷は消えていた。
これが忍に血を与えた直後となれば、もっと治癒の精度は高まるんだけど、今の状態ではこんなものだ。
それを見ての少女の反応は、
「変わった体質ね。でも、私が知る吸血鬼伝説には遠く及ばない」
多少、関心は示したものの、大して驚いた様子もなく平然としている。
まぁこの程度の特異性で吸血鬼を名乗るのはおこがましいってもんだ。寧ろ、吸血鬼らしくないってのは、僕にとっては良いことなのだろうし。
「そこは吸血鬼もどきってことだからさ。異常体質ってことさえわかってもらえれば、それでオッケーだ。僕は普通じゃないって。この体質になった詳しい経緯が訊きたいなら――」
「いえ、その必要はないわ。つまりまどかの後をつけた訳ではなく、キュゥべえの後を追っていたというわけね」
「そういうこと」
理解が早くて助かる。
一応は僕の異常体質の件――キュゥべえが見えているって事は認めてくれたようだ。
「でも最初は人を探しているといったわよね? あれは嘘?」
刃物のような研ぎ澄まされた眼光で睨め付けられる。だから怖いって……。
「嘘じゃない嘘じゃない。だからそのキュゥべえにも関係があるんだけど、君と同じ学校に通っている巴さんって子を探してて――」
「巴――マミ?」
「お。そうそう。巴マミ! 巴さんを知っているのか? それにキュゥべえの事も知ってるようだし、君ももしかして――」
待て。僕はここで我に返って言葉を噤む。
やばい、『魔法少女』なんて単語、口にしたくない!
いざ自分で口にするとなると、恥ずかしすぎるぞ! 変態だと思われる!
いや、……もう既に変質者の烙印は押されているわけだから、今更かもしれないが……。
そもそも、巴さんが魔法少女ってことをバラしてしまっていいのだろうか?
「もしかして、何?」
けれど、彼女の有無を言わせぬ圧力を伴った追及に、口を開いてしまう無力な僕だった。
「――魔法少女なのかなって……?」
尻すぼみ気味に窺いながら――彼女の言動や諸々の反応、それに不可解な突然の移動なんかも含め、魔法の力なのではと、そう推測してみたわけだ。
何より、彼女自身が言ったのだ。『普通の人間にあいつの姿は見えない』と。
しばらくの沈黙の後、少女は「そうよ」と短い返答で肯定を示した。
よかった。彼女が魔法少女で本当によかった。そうでなければ、僕は中学生女子に対し魔法少女なんて夢見がちな幻想を口走る、頭のおかしな危険人物になっていたところだ。
僕の特異体質を思いの外あっさり認めてくれたのは、彼女自身が魔法少女という特殊な存在だったからだろう。
突飛な出来事に対しての順応力は、高いのかもしれない。
「巴マミとあなたはどういった関係なのかしら? 知り合いっていうにはそれほど面識があるわけではなさそうだけど」
「うん、まぁ昨日初めて会ったわけだし……」
彼女が魔法少女であるなら、巴さんとのことを話してしまっても構わないだろう。
面識もあるようだし、何より彼女が再三警告している通り、下手な隠し事は僕の命に関わる。
昨日の出来事を掻い摘んで、それと今日見滝原までやってきた理由を包み隠さず説明する。ただ戦場ヶ原がキュゥべえに対して行った拷問に関しては、極力オブラートな表現を心がけておいた。
キュゥべえとこの少女の関係が分からない以上、余計な火種を与えるような真似はしたくない。
「なるほどね。あなたがまどかをつけて声を掛けた理由は把握したわ。巴マミの変調の原因も」
「変調って……巴さん、何か様子がおかしかったのか?」
マジかよ……やっぱり相当精神に堪えたんだろうな……謝罪だけで済めばいいが……。
「あなたが特に気にすることではないわ。寧ろ前以上に元気になったようだし、精神状態も今ではすこぶる良好よ。キュゥべえと仲違いさせる要因を作ってくれた、あなたのお友達にはお礼を言いたいぐらいね」
「元気にって、それはいったいどういうことだよ?」
落ち込みはすれど、元気になるってわけが分からない。というか、キュゥべえと巴さんを仲違いさせて感謝されるってのも、それまた意味不明だ。
「怪我の功名とでもいうのかしらね。あなたが憂慮していることは既に解決済みなのだから、これ以上、余計な詮索はやめて大人しく帰りなさい。巴マミの心配はいらないわ」
しかし、彼女としてはこれ以上の説明をする気はないようだ。彼女だけ理解を深め、僕はより謎が増えていくって……。
「いや待ってくれ。巴さんの事もそうだけど、できれば、魔法少女のことや、魔女のこと、キュゥべえのことなんかもいろいろ訊きたいんだ」
当初は巴さんから聞き出す予定だったが、こうして魔法少女である彼女と関わりをもてたのだ。この機を逃す手はないだろう。
「あなたには関係ないことね」
だけど、僕の申し出は、あえなく却下される。しかし、簡単には引き下がれない!
「無関係ってわけではないだろ。僕の友達がキュゥべえに契約を迫られたのもあるし、詳細を知る権利ぐらいはあるはずだ!」
学校を早退してまで、見滝原まで来たのだ。このまま何の成果をあげることなく帰るってのは癪だ。
やり口が汚いようだが、
「まぁ君が教えてくれなくても他をあたるだけだけど。そうだな。君が話してくれないというのなら、さっきの鹿目さんって子に訊くことにする。あの子も魔法少女なんだろ?」
なぜか、この鹿目って子に対して過剰な思い入れがあるようだし、それを出しにすれば、少しぐらい情報を提供してくれるかもしれない。まぁ言葉通り、その子に訊いてみるのもありだ。
キュゥべえと一緒にいたってことは、彼女が魔法少女である可能性は高い。
って一瞬の間に距離を詰められ、眉間に銃口を突き付けられた!
零距離射程。彼女が引き金に力を込めれば、確実に僕の頭が吹っ飛ぶ。香水でカモフラージュしているようだが、微かに鉄のような、火薬っぽい臭いがする!
イコールそれは――威嚇目的、護身用ってわけではなく、実戦で銃を使用してるって事に他ならない!
吸血鬼の名残として、視覚程ではないにしても、嗅覚もそれなりに向上していたりするのだ。
吸血鬼がニンニクを苦手としている理由は、ただ単に、鼻が利きすぎて、臭いだけなんじゃないだろうか。
「死にたい?」
横目で僕を睨み付けながら、物騒なことを囁く。
彼女の逆鱗に触れたのか、完全に目が据わってる!
「いえ、滅相もございません」
「あの子を、余計なことに巻き込まないで。あと鹿目まどかは魔法少女じゃないわ。キュゥべえが勝手に付き纏っているだけ。そうね……これ以上変に周りを嗅ぎ回れるのも鬱陶しいし、訊きたいことがあれば、教えてあげる。それで満足なさい」
何はともあれ、結果オーライってことだろうか……撃たれるかと思った……。
心臓がバクバクいっている。
「ええっと、訊きたい事はいろいろあるんだけど、あぁその前に君の名前は?」
「……暁美」
逡巡してから、嫌そうにではあるが、教えてくれた。でも――
「えっと、できれば苗字を」
下の名前は呼び辛い。
と、なにやら不快気に眉根を寄せる少女。気に障ることでも言ったか?
「それが苗字よ――――私のフルネームは暁美ほむら」
あぁ、僕の勘違いに苛立ったのか。
「なら暁美さんは――」
「別に呼び捨てで構わないわ。あなたの方が年上でしょ?」
一応、年上としての認識はあるのか。敬意はないにしても、礼儀はそれなりにあるようだ。いや、あるのか?
「まぁそう言ってくれるなら、僕としては有難いけど。なら、ほむらは――」
「誰が下の名前で呼べって言ったのよ」
「だって、暁美って下の名前みたいで呼び辛いだろ」
「だからって、ほんとに下の名前で呼ぶなんてそれこそ本末転倒でしょ」
「えー、気に入ったんだけどな。なんか、格好いいじゃん。ほむらって。燃え盛る炎って感じがしてさ。あ、女の子に対して格好いいってのはやっぱ失礼か……」
漢字で書くと『焔』となって、火を宿した名前の妹達――火憐と月火と通じるとこもあるし、僕的に心地いい響きだったんだけど。無理強いはよくないか。
そこで――異変と言うには大仰かもしれないが、今までの冷め切った少女の顔付きが一転していた。
目を見張り、驚いているような…………様々な感情を内包させた、なんとも複雑な表情を浮かべている。
怒らせちゃったか?
「――――好きにすればいいわ」
しばらくの間、だんまりを決め込んだ後、投げやりな調子ではあるが認めてくれたようだ。
彼女的には不本意なようだけど、折角了承を得れたのだし、これからは『ほむら』と呼ばせて貰うことにする。
さて、いざ訊くとなると謎が多すぎるよな。ううむ。何から訊いたものか。
整理も含めて、順序良く訊いて行くことにしよう。
~014~
『魔法少女』や『魔女』に関しては、ほぼキュゥべえが言っていた内容と差異はないようだ。
ただ教えてくれるのはありがたいことだけど、面倒事を早く片付けたいがためか、事務的かつ最低限の説明しかしてくれないもんだから、有益な情報を得られているとは言い難い。
ならば、僕の方から突っ込んだ質問をしていくしかない。
「魔女を狩るのが魔法少女の使命って言ってたけど、危険はないのか?」
「無論危険よ。怪我もするし、死と隣り合わせで、魔女に殺される魔法少女も少なくない。だからあなたのお友達にもよく言い聞かせておくことね」
「どうしてほむらは魔法少女になったんだ? って何か叶えたい願いがあったからか。で一体何を願ったんだ?」
「あなたにそれを教える義理はない」
ううむ、少し不躾すぎたようだ。当然、何でも教えてくれるってわけはないか。
「キュゥべえっていったい何者なんだ? キュゥべえの役割って?」
「魔女を倒す役目を担う、少女を勧誘するのがあいつの使命で、魔法少女のサポートなんかもしているようね」
う~ん……嘘は言っていないんだろうけど、何か適当にはぐらかされているような気がしてならない。
「そうそう、さっきから気になっていたんだけど、ほむらはキュゥべえと契約して魔法少女になったのに、どうもキュゥべえに対し冷たいというか、思わしくない感情をもっているように感じるんだけど……気のせいか?」
あいつ呼ばわりだし、特にキュゥべえの事を説明する時はぞんざいと言うか、言葉に棘が込められている気がする。
そう言えばさっき、キュゥべえと巴さんが仲違いしたことを、好ましい事のように言っていたよな。
普通に考えるなら、魔法少女とキュゥべえは提携関係にあるのが道理ではないのだろうか?
巴さんとキュゥべえは、戦場ヶ原の所為で友情に亀裂が入ったとはいえ、元々は友好的な関係だったのだし。
「そう訊こえたかしら?」
「ああ。正直なところ僕は、今一つキュゥべえの事が信用できないんだよな。もしかして、ほむらもそうなんじゃないのか?」
「へぇそう。キュゥべえの事が信用できない、ね。参考までに、なぜそういう認識になったのか教えてもらえる?」
これまでの機械的な応答ではなく、感情の籠った声で逆に質問を返される。
「いや、キュゥべえって、なんていうか、人間の価値観が通じないっていうかさ……魔女を倒す使命が優先されるとはいえ、魔法少女である女の子達を蔑ろにしているような感じがするんだよな。目的の為に手段を選ばないっていうか」
「意外と聡明なのね。驚いたわ」
感心してそう言ってくれるほむらではあるが、戦場ヶ原のあの応対があったからこそ、キュゥべえの本質に気付けたわけで、別に僕が優れているわけではない。
褒めるのならば、出遭った直後からキュゥべえを毛嫌いしていた、戦場ヶ原の直感の鋭さをだろう。
どうやら、ほむらとしても、僕の考え方に不満はないようだ。と言うことは、やはり彼女もキュゥべえに対し、疑問を持っているってことになる。
いや、疑問なんて不確かなものではなく、確証をもってキュゥべえを敵視しているように感じられる。
「そうね。あいつはどんな願いでも叶えるという餌をちらつかせて、少女に言い寄り、契約を取り結ぶ。契約すれば、最後。願いの代償として、一生を魔女と闘う事に捧げなければならなくなる。後戻りはできない、悪魔の契約よ。後悔したって取り返しのつくことではない。さっきも言った通り、あなたのお友達には警告することね。間違ってもキュゥべえと契約をさせてはいけない」
僕の発言を好ましく思ったのか――ほむらの見解を交えさせた、彼女自身の言葉がやっと訊けた気がする。
「でも誰かが魔法少女として戦わなければ、いけないんだろ。魔女を放置することはできないんだし。って待てよ。そうだよ。契約すれば最後って、それじゃあ、ほむら、お前はどうなんだよ? 巴さんもだ! これからもずっと、魔女を狩る使命とやらに囚われなきゃいけないってのかっ!?」
「ええ。だから、生贄は必要なのよ」
ほむらは感慨もなく、淡々とそんな事を言う。
生贄って…………おい。
ふざけるなよ……なんでそんな冷めた目をしてるんだよ。
なんで、そこまで達観できるんだよ!
「そんなの、あんまりだろ……」
叫びたくなる衝動を抑え、押し殺した声で、僕は呟く。
「別に魔法少女になることが、デメリットだけという訳ではないわ。リスクはあれど、前提としてなんでも願いを叶えれるのだし、確かに願いは遂げられた。それに魔法少女であるってだけで、大抵のことなら魔法の力で補える。危険が伴うとはいえ魔女を倒せばそれ相応の報酬が得られる訳だし、それを糧に、自ら望んで魔女を退治する子がほとんど。あなたが感傷する必要はない」
懇切丁寧に魔法少女のメリットを語ってくれるが、でもそれは、後付けの理由――僕を説き伏せる為の方便のようでちっとも納得出来やしない。
「僕に出来ることはないか? なんだってするぞ」
「その心意気は称賛されるべきものなんでしょうけど、余計なお世話」
「少しぐらい頼ってくれよ」
「分からない人ね。あなたの助けは必要ない」
「何かしらのサポートぐらいなら――」
「阿良々木暦。あなたは言語を介することができないほど、能無しの人間なのかしら? はっきりいって邪魔だと、そう言っているの。それが理解できない?」
「それでも! 僕のこの体質なら、多少の怪我ならものともしないし……危険なのも承知の上だ!」
「これは魔法少女の問題。少し傷の治りがはやい程度の普通の人間に、いったい何が出来るっていうの? あなたには、踏み入る権利も、理由もない」
憤慨一歩手前といった感じの、怒気を孕んだほむらの声音。
完全に拒絶された。
これ以上しつこく食い下がっても、ほむらの機嫌を損なわせるだけだろう。
確かに彼女が言った通り、何の役にも立てないのだろうし、僕が介入する権利はないのかもしれない。
だけど…………だけど!
「理由ならある。大ありだ!! 戦場に向かう女の子をのうのうと見送って、そ知らぬ顔して平常な日常を謳歌なんてできるかよ!! そんなの許容できる訳ないだろうが!! 知ってしまったからには、もう僕は引けない!!」
頭に血が昇ってしまい思わず、啖呵を切っていた。
これは発砲されかねない状況なのではと、戦慄したが、当のほむらは、僕に背を向け歩いていく。
「って、どこに行く気だよ、おい?」
僕を置いて、勝手に歩みを進める少女の背に、声を掛ける。僕を度々脅威に晒した拳銃は、いつのまにやら消えていた。
ほむらはその場で振り返ると――肩に掛かった髪を打ち払う。
「そこまで言うのなら、あなたのその思い違いを、その目で確かめ――いえ、その身をもって体験してもらう」
「それって……」
挑発するように高圧的な視線を僕に向け、ほむらは言った。
「ええ。魔女の結界に案内してあげる。どんな恐ろしい目にあっても、知らないわよ。怪我なんて生易しいものでは済まない。最悪、命を落とす事もあり得る。それでもついて来る覚悟はある? 阿良々木暦?」