Fate/editor's duty   作:焼き鳥帝国

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初投稿です。色々至らない点はあるかと思いますがよろしくお願いいたします。感想は随時受け付けておりますが、返信が遅れることはご了承ください。


Fate/editor's duty 第一話 開戦前1

「僕はね、正義の味方になりたかったんだ」

 夏の夜分、もの静かな縁側で、痩せこけた着物姿の男が懺悔するようにつぶやいた。綺麗な月夜の光が男と一人の少年を照らし出している。

「でも、正義の味方というのは期間限定でね、子供の頃にしかなれなかった」

 男の述懐を聞き、少年はその隣に腰を下ろした。そして、震える手を握りしめながら言葉を紡ぐ、まるで、それが最後の手向けとなるかの様に。

「なら爺さん、俺がその夢を継ぐよ。カテゴリーは違うだろうけど」

「ははっ、カテゴリーって何だい」

 力なく笑う男に、少年は仕方がないというかの様に告げた。

「爺さんはきっと一人っきりのヒーローだろ。俺は戦隊ものだよ。みんなで戦うんだ」

 それを聞いた男は、眼を瞬かせたかと思うとひっそりと笑った。

「そうか、それは良い」

 静かに柱に寄りかかりながら、草木の香りを楽しむように。

「ああ――安心した」

 男は、心からの安堵とともにそう呟き、それ以降何の言葉も発さなかった。

 

Fate/editor's duty

第一話 開戦前1

 

 懐かしい夢を見た。爺さんとの、最期の会話。

 地下の工房、武家屋敷の地下にあるには些か西洋の趣が強すぎるそこで、青年は目を覚ました。魔術師の工房というイメージを覆す明るい雰囲気の部屋で、数十人がシェルターとして活用するには十分な間取がある。

 青年のアンティークのランプに照らされた横顔は、寝ぼけ眼ながら精悍で美しいと言って差し支えない。しかし、どこか作り物めいていた。

 時間は、五時か、大体四時間は眠ったか。魔力の調子は良し、活動に支障はなし。

 青年は伸びをする。パキポキと景気のいい音が体中から発せられ、いかに無理な体勢で眠っていたかを知らしめているかのよう。

 

 青年、衛宮八都(やつと)は衛宮切嗣の養子であり、魔術師であり、憑依者であり、転生者であった。かつて物語として知っていた世界に転生し、自分のTRPGプレイヤーキャラクターに憑依し、主人公たる衛宮士郎の立ち位置に置き据えられた。衛宮士郎に代わり、この世界の、少なくともこの町の行く末に影響を及ぼさざるを得ない立ち位置にだ。頭に残るのはこの世界での最初の記憶、十年前の大火より苦節の時期を過ごしてきたと言っても過言ではなかった。自分なりに何が正しいかを判断してきた。この命が軽い世界で最良の結果を得んとするならば決死の努力をせざるを得ない。

 

 時刻は……六時。もうそろそろ桜が来る時間か。

 桜は青年の家に通い妻のように通う一歳年下の少女である。最初の内は何かの義務のように――事実命令されて――来ていたのだが、今ではほのかな恋心が透けて見えるかのように献身的に通っている。切っ掛けは、弓道部にてうっかり八都を射かけてしまったことであった。八都が弓矢をすんでで避けたので大事には至らなかったが、多少強引に情報収集の取っ掛かりにするには十分だった……双方にとって。彼としても、自分と言う異物が桜に対し変化をもたらしていないか確認したかった。結果的に確認できたのは行われた非道の跡だったが。

 八都は、今日の食事当番が自分だったことを思い出し、身支度を整えると自身に浄化魔術を掛け、土蔵への階段を上がっていく。そこが彼にとって日常と魔術世界を分ける境界線の一つであった。床下収納のような扉を開ける。季節は冬、冷たい空気が肌を刺す。土蔵に上がると外はまだ薄暗いようだ。差しこむ光は弱々しい。完全に朝日が昇るにはまだ少し時間があるが、桜は六時半前には到着する、急がなければならない。

 今日の献立は……寒ブリにしようと思っていたんだったか。

 献立を考えながら、鍵を取り出し玄関を開け、家に上がる。魔術的設備により防犯体制は万全であるのだが、そこは癖というもの。浄化は使ったが、これも癖としてうがい手洗い。一般社会に溶け込むためと見れば無駄な行動ではないのかもしれない。

 テレビをつけ、朝食の準備をしながら二十数分、玄関のインターフォンが鳴る音が聞こえた。少し歩いてから大きめの声で返事をする。

「はーい!」

 八都が玄関の扉を開けると、案の定小柄な少女が姿を現した。紫がかった不思議な髪色の長髪、片耳が見えるよう髪をまとめた側頭部に、大きな赤いリボンが映える。髪色以外は大和撫子と言っていい風情だろう。彼女が桜、間桐(まとう)桜だ。

「おはようございます先輩」

 にこやかにあいさつする彼女。今でこそ明るい表情を見せるようになったが、ここに来はじめる前は酷く暗い、陰鬱とさえ言える印象の娘であった。

「おはよう桜、もう少しでご飯ができるよ」

「先輩のご飯はいつも楽しみです」

 朗らかにそんな会話を交わしながら桜を家に招き入れる。

「ここしばらくは朝練なんだろう? たっぷり英気を養ってくれ」

「ありがとうございます、先輩」

 調理の残りを片付けてしまおうとすると、「お手伝いします」と桜が腕まくりして八都の横に立つ。今しがた八都が先程英気を養ってくれと言ったばかりであったのに。最も、恋する少女にとって、その対象と並んで料理をするというのはこの上なく英気を養うことなのかもしれないが。

 この恋心にどう向き合っていくべきか

 八都が何気なくそう考えながら、料理をする手によどみはない。そんな彼を、桜は目を細めて見つめていた。虐待を受けている彼女にとって、彼の存在は眩しものだった。虐げず、自分を気遣い、勇気を振り絞った我儘も優しい笑顔で許してくれる。何より、言葉一つ一つに乗せられるひきつけられる何かがあった彼女には感じられた。仮に八都がそれを称したならば、カリスマスキルと魅力スキルというだろう。

 受け入れることに今更気恥ずかしさは感じない。

 八都は、ふと視線を桜に向け、目が合うと柔らかく微笑んだ。桜にもはにかむような笑みが浮かぶ。しかし。そんな彼女を、八都はこの時まで助けることができずにいた。単純に時間が、力を求める時間が足りなかったのだ。つまり、彼は彼女を切り捨てた。更に、思う点もある。

 結局のところ自分は、あの大災害で生まれ落ちた異物に過ぎない。

 彼はそこで思考を切った。料理を皿に移し、見るものを安心させるだろう笑みを浮かべる。

「さあ、完成だ。藤ねえももうそろそろ来るだろうし、食べようか」

「はいっ!」

 時刻は六時半を回って数分、食卓には食欲をそそる和食の数々が並んだ。ほかほかの白米、寒ブリの照り焼き、黄色が眩しい卵焼き、漬物にお吸い物、海苔を数枚ずつ。日本伝統の朝食であった。

 二人は「頂きます」と唱和した。八都は、自分の料理を一口食べ、納得の表情で頷いた。

「たくさん食べてくれよ、部活で力が出ないからな」

「もうっ、人を食いしん坊みたいに言わないでください……」

 からかう八都を指先で軽く押して抗議する桜。僅かにうつむく顔のその頬はほのかに桜色に染まっていた。人より多く食べることは自覚している。

「先輩は、最近お出かけが少ないですね」

 話題転換とばかりに桜は切り出した。そして、一口ご飯を食べる。身長差で自然上目遣い、ちょっと箸を咥える姿は可愛らしいが行儀悪い。軽くジェスチャーで窘めると、ちろりと舌を出し笑って誤魔化してきた。誤魔化されてやらざるを得ない。

 学生の時分にも拘らず、八都は良く冬木の外へと出かけていく。短ければ日帰り、時には数日。長期休暇の時には二週間以上家を開けるなどということもざらであった。八都の家族同然の女性、藤ねえこと藤村大河伝手に聞いて、昔からそうであったということを桜は知っていた。小学校を明けてからは実姉である遠坂凛とともに行動することが多かったことも同じく知っている。完璧な美少女と言える彼女の姉は、桜の恋心に諦めという影を差す原因だった。

 結局の所、私には手に入らないのかな。

 質問の合間に飛んだ思考。桜の心に失恋の傷心に似た痛みが走る。同時に確かな嫉妬心も。しかし、桜の立場も羨まれるものだった。何故なら、客観的に見た史実の主人公衛宮士郎とは違い、衛宮八都は圧倒的に女生徒に人気だ。となるのも元となる型月TRPGのPCが美形だったのだ。当然のように美貌スキルの値も高い。凡そ一千万人に一人の美貌と魅力。また、同程度には希少なランクのカリスマは、一国の王となるに十分。一般的な女性ならば隣に立てば胸が高鳴るだろう。

 桜の内心の変遷に気付かぬふりをして、八都はままならない種々に内心苦虫を潰す。

「ああ、まあ、ね」

 そして、曖昧な笑みを張りつけしょうがない妹分を窘める先輩をこなした。質問の答えに「もうそろそろ聖杯戦争が始まるから」などとは言えない。暗黙の了解であるが、せめてそのままでとどめたかった。間桐桜が異端ながらも魔術的教育を受けていることは間桐家の人間以外は誰も知らない。前世の知識でひそかに知っている八都を除いて。

「近頃は物騒だ。桜も無理にここへ来ることはないぞ」

「いえっ、是非通わせてください!」

 負けてたまるか、といえるほどに桜は強い少女ではない。しかし、この立場を失いたくない彼女としては必死である。家に帰れば凌辱的な魔術訓練と兄の乱暴が待っている。唯一の安らぎの場所を手放したいなどとは思えない。

「そうか、でも、夜は遅くならないようにな」

 八都は、それを承知でなお言わざるを得なかった。聖杯戦争、万能の聖杯を求める魔術師とサーヴァント――過去の英霊――達の戦いは彼が過去経験したいかなる修羅場にも勝るものだろうことも分かっているのだ。否、百も承知だから、修羅場と力を渇望してきた。

 桜は、消え入るように「はい……」とだけ頷いた。彼女も表には出せないが承服していることなのだから。

 そんな空気を掻き乱すかの様に「ピンポーン」と軽い音が玄関先でなった。誰が来たか、などと今更問うまでもない。そのいつもながらのタイミングの良さに八都と桜はお互いに苦笑を交わし、代表して八都が出迎えることに。

 古いゆえだろう、八都はノスタルジックな少し薄暗い廊下へと出て、玄関へと向かう。もうだいぶ明るい薄い擦り硝子の向うには、予想通りの人影が見えた。迷うことなく玄関の戸を開ける。

「おっはよ~う八都!」

「おはよう藤ねえ」

 現れたのは明るい栗色の短髪、年のころは二十代前半に見える女性である。黄色と黒の横縞柄の服の上から緑色のワンピースを着ている。その快活な表情はあらゆる不運を吹き飛ばすかのようで、見る人を安心させる。桜が明るくなった要因の一人であった。

「朝食はもうできてる、手洗いうがいを忘れずにな」

「わかったぁ!」

 辛抱たまらんとばかりに洗面所へと駆ける大河。彼女はいつもこんな調子だ。有難い存在ではあるが、少々やかましいのが欠点だろうか。その後数十秒もすると、桜とあいさつを交わす声が聞こえてきた。

 

「ふう、ごちそうさまっ! 腕を上げたわね、八都!」

「お粗末様」

 食べ始めたのは二人よりも遅かった上お代わりもしたのに、大河が食べ終わったのは二人と同時であった。八都も早く食べることは出来たが、団欒を楽しむため桜に合わせていたのだ。桜はそんな八都の様子も手伝ってか終始嬉しそうであった。

 だが、これももうすぐ終わる。

 そんな中八都は少々浮かない顔を見せる。聖杯戦争の始まりは穏やかな日常の終わりを意味する。史実通りなら二週間は続くであろうその戦争、如何に強力な魔術師である八都とは言え一筋縄ではいかない。

 目下ライバル且つ仲間足り得る遠坂凛も、史実よりも確実に強い。順当に味方に出来ればこの上ないが、敵対すれば勝利はたやすいものではなかった。これも自業自得と言えるかもしれないが、死んでしまわれるよりはずっと良かった。

 ちらりと左手を見る、そこには何も浮かんではいないが、魔術的隠蔽を除けば参加者の証である聖痕が浮かんでいる。

 出来るだけのことはやって来た。後はなるようにしかならないか。

 気分を切り替えて顔を上げると、桜が心配そうにこちらを見ていた。大河もまた不思議そうにしている。「なんでもない」と言って頭を振って誤魔化した。

「次のニュースです。新都でまた意識不明者が出ました」

 ニュースに意識を切り替える。これもまた聖杯戦争の兆候、恐らくはキャスターによる無差別の魂食い。魂に密接な精神を吸収するという効率の悪い行動をしている辺りまだ理性的だが、こうも数が多いと戦力的にも無視できない。

 常道的にも心情的にも、キャスターとは早めに蹴りをつけた方がいいか。この記憶通りなら、だが。

 無論、前提としている知識が歪んでしまっている可能性もある。当てにし過ぎるのは良くない。

「近頃本当に物騒ね~」

「そうですね」

 そんな会話をしている二人をしり目にニュースから目を切り、八都は片付けを始めた。

「あっ、先輩お手伝いします」

 すると、すぐに桜が手を上げる。

「ありがとう、桜」

「いいえっ!」

 しばらくニュースが流れる音と、食器を洗う音だけが響いていた。

「八都、最近物騒なんだから、桜ちゃんの事は気に掛けるのよ? 私も帰りだけなら送って行ってあげられるし」

「そんな、悪いですよ藤村先生」

 そんな声に反応して桜が首を振る。八都も食器を洗う手を止め、言った。

「言葉に甘えた方が良い、藤ねえが一緒ならそうそう危ないこともない」

 メタワールド的思考だが、大河のラック、幸運値は上限方向にEX(規格外評価)だ。桜の幸運が低いのも相まって、二人は一緒にいた方がいいと判断できる。

「そうよ~、暴漢の一人や二人一発なんだからっ」

 肩越しにこちらを見て力拳を作る大河、桜は恐縮したように「なら、お願いします」とか細い声で言った。大河はそれを受けニカッと笑う。八都は、頼もしい限りだと頷いた。

 

「じゃあ、お先に行ってきまーす」

「お気を付けて」

「いってらっしゃい」

 スクーターに乗り、元気に出発して行った大河。もうそろそろ桜も出なければいけない時間なので、もう出かける準備は整っている。

「桜も行ってらっしゃい、気をつけてな」

「はい、ありがとうございます。行ってきますね」

 まるで夫婦のようだとでも考えているのだろうか、頬を染めてはにかんだ桜もまた、武家屋敷の門を出て大河の後に続いた。時刻は七時過ぎ。八都は昨日やり残してしまったことをやってから出るつもりだ。

 やってきた先は再び土蔵、ここには魔力が蓄えられている。ちょっとやそっとで影響が出る量ではないし、あっという間に回復もする、疑似的な大霊地であった。

 彼は今朝眠ってしまっていた大きなワークデスクの椅子に腰掛けると、作りかけの礼装――魔法使いの杖のような道具――に向かい合う。

「edit(編纂せよ)」

 魔術回路を励起し、右手皮膚に偽装した礼装を起動させる。工房の性能を合わせると凡そ不可能はないとさえいえるほどに彼の魔術は高まった。残りは組み立てるだけといった状態であったそれをあっという間に完成させる。

「……ああ、ぎりぎり間に合った」

 八都は安堵の溜息を吐く。

 出来上がったそれの正体、昨夜大凡完成した安堵感から意識を手放してしまったほど作成に集中したそれは、彼の礼装作成の一つの集大成と言えるものであった。見た目は近未来的な銃である。弾丸を発射するにしては大きな宝珠が付いていたりと機能的でないように見える。大口径のハンドガン型で、通常と同じマガジンタイプの弾倉。正真証明彼の切り札だった。

 八都は、もう一つの礼装を起動させた。すると、魔術的隠蔽が解け、左手首に腕輪型の礼装が姿を現した。こちらも大きな宝石がレンズ状にカットされ円盤のように装飾されている。彼が出来上がった銃型の礼装をそれに近づけると、あっという間に消え去ってしまった。手首を軽く捻って調子を確かめると、再び礼装を起動する。するとまた先程の銃型礼装が左手に納まり、一振りするとまた消える。そしてまた、今度は右手に現れたかと思うと、また消えてしまった。同時に腕輪型礼装も姿を消す。

 ストレージの調子も良し、万全、としか言えないな。戦争開始前に出来る最善は尽くした。後は戦争中にどのような展開になるかによるだろう。

 この工房は大神殿と言って差し支えない。一番できればいいのはキャスターよろしくここに籠る事だろうが、それでは街の被害を減らせないし、ここの守りとてサーヴァントの宝具の前では絶対とは言えない。だが、打てる手は打ってきた。

「そう、打てる手は打ってきた」

 八都は居住スペースに歩みを進める。例え時計塔のロードだろうが迂闊に踏み込んでしまえば死ぬか捕まるかしかない妄執的ともいえる設備の先、医療施設のスペースのすぐ隣、鍛錬施設に彼女は居た。

「調子はどうだ?」

「悪くはないですよ、食事の出が早く、トレーニング設備が充実している面も素晴らしい」

 男装の麗人、ヴァイオレットの短髪に男物のスーツを着込み、左腕が銀の義手の女性、バゼット・フラガ・マクレミッツ。彼女の銀の腕は八都が作ったものである。銃の完成が遅れた理由の一つがこれだった。

 彼女は今しがたトレーニングを終えたようで、うっすらと汗を掻いている。

「この区画から出ることを許可していただければなおのこと良いのですが」

「聖杯戦争は今日明日中に始まる。手伝ってくれるのならこちらもそれは望む所だ」

「こちらも任務で来ているのですが……敗退した身でここまで厚遇されれば、嫌とも言えませんね」

 そういって義手である左腕を掲げた。嫌味の類ではないだろう。その腕は何か不利益な仕掛けが施されているのではなどと考えるのが馬鹿らしいほどに完成されていた。

 彼女は聖杯戦争のマスターであったのだが、ひそかに彼女の慕情の対象であった黒幕本人に友人として呼びだされ、だまし討ちされ左腕とサーヴァントを取られたのだ。その場を見逃され、瀕死の状態でいたところを八都が見つけ救助した。

「貴女の手持ちの素材も使った手前、義手に関してはそう感謝されるほどではないと思う」

「何を馬鹿な、完全戦闘用にチューニングされた蒼崎クラスの義手ですよ、これは」

 バゼットが左腕を動かすと、それはたやすく遷音速に達した。ここ数日のトレーニングで大分慣熟は済ませた様子である。ランクでいえばAランク宝具に等しいそれを大分気に入ったらしい。

「それは無論あなたのものだけど、手伝ってくれるのなら戦後の点検整備も請け負おう」

「これは高く買われましたね」

「戦闘で俺の敗北があり得る魔術師などそうはいないと自負している。その数少ない例外があなただ」

 極めて限定的な状況であれば英霊すらも凌駕する。魔術師だからと侮れば窮鼠に噛まれた猫となるだろう。それが彼ら二人、そしてここにはいない遠坂凛であった。最も、赤い彼女は窮鼠というには凶暴過ぎるが。

「大した自信です。そして、それを許されるだけの実力はあるでしょう、貴方の戦歴とこの工房を鑑みるに」

 バゼットがこの工房を攻略しようと探っていたことは知っている。知名度から言ってこちらの事を知っていることにも不思議はない。

「歴戦の執行者殿にそういってもらえると自信が付く」

「貴方が封印指定になったなら、仕事が回って来ないことを願います」

 最高級の賛辞だろう。封印指定とその執行者とは、当代限りの希少能力指定を受けた魔術師と、それを捕縛する任を受けた魔術師の事である。バゼットは後者に当たり、一線級の希少能力持ちにまで発展した魔術師を捕えるだけあって、凄まじく強い。彼女が召喚した超一級品のサーヴァントを連れこの聖杯戦争で暴れたならば、第五次聖杯戦争は数日、下手をすれば一日で蹂躙されて終わった、というのが前世での評価である。

「それで、私に何をさせようというのです」

「この戦争の黒幕たる一人には何となく察しがついているだろう」

 八都がそういうと、バゼットはにわかに顔を顰めた。

「……言峰綺礼神父ですね」

「そう、あんたの腕とサーヴァントを奪った相手だ」

 言峰綺礼、丘の上の教会に居を構える神父だ。バゼットの思い人で、遠坂凛の後見人でもある。

「余り思い出したくはない相手です……ランサーはどうなりました?」

 バゼットの様子から、心配しているようだということが掴める。

「使役されているみたいだ。大分力を落としている様子だったのはこっちとしては有難い」

 サーヴァントの力は不変のものではない。マスターの力量や相性、適正、その土地での知名度、クラスとの相性諸々で変化する。クラスとの相性と知名度は基本的に不変と考えて良いが、マスターが変わった際にはその力量が大きく上下する可能性があるのだ。今回は都合のよい風に働いたと言える。

「後はマキリの虫爺、一応アインツベルンもいるが、最大の黒幕は言峰綺礼だろうな」

「既にサーヴァントを失った身、余り役に立てるとは思いませんが」

 ある意味謙遜でも何でもない。切り方次第ではサーヴァント殺しもできるジョーカーでも、正面切っての戦いでサーヴァントに及ぶことはない。相手を変えても、事前情報の有無で切り札は切り札で無くなりもする。

「今はまだ、な。状況はきっと動くだろう。何、何もすることがなかったからと言って約束を反故にしたりしない」

「随分とこの戦争に入れ込んでいるのですね」

「単純に一筋縄でいかないのさ、この戦争が」

「私の手札をご存知と?」

「それを知らないのは流石にモグリだ」

 八都が端的に言うと、バゼットは「有名すぎるのも考え物ですね」とひとりごちた。

「俺もあなたに狙われるのは真っ平御免だ。まだ伸び代があるようだしな」

 八都がそう評すると、バゼットはキョトンとしていった。

「まるで、ロード・エルメロイⅡ世のようなことを言う」

 希代の名講師に例えられ、八都は苦笑するしかなかった。彼は教育者ではない。もっと無機質的なものだ。何より、最も普及している自身の二つ名は、メイガスマーダーⅡ世である。先代がエルメロイを殺害の下手人であるからして、酷い皮肉だ。

「重要施設以外の出入りを許可しておく。緊急時には外にも出られるようにするが、サーヴァントの襲撃だったならば奥に隠れた方がいいだろう」

「至れり尽くせりですね、協会よりもバックアップがしっかりしている」

「職場のブラック具合を嘆かれても困る。まあ、お薦めは資料室とすでにご利用済みの鍛錬室だ。ごゆっくり」

 バゼットの自身の職場への皮肉を流し、肩越しに手を振る。先程言っていた設定をしてから八都は地上へと戻って行った。

 

 さて、と。

 学生服に身を包み、教科書を満載したバッグを肩に八都は玄関の戸を開けた。一月三十一日、冬も冬の真っただ中である。朝特有の肌寒さはこの時期ピークを迎える。幸いにも雪は積もっていないが、人間には昔から厳しい季節だ。

 明後日の夜から戦争は始まる。俺視点の史実戦争では二週間未満という期間で終わった。

 空を見上げると空は晴れていた。八都も、原作でこの日が晴れであったか曇りであったかなどということは覚えていない。しかし、本来もっと朧気となるはずの記憶は、この身体のスペックゆえか未だある程度留め置かれている。これがアドバンテージとなるのか、足元を掬う要因となるのかはわからないが、事はすでに動き出したのだ。

 やるべきことはやって来た、あとは賽を振り続けるだけ、例え地獄の淵が見えたとしても、もう誰にも止められない。

 こんなろくでもない世界だけれど、俺は案外気に入った。衛宮士郎の代わりが務められるかはわからないが、自分なりに正義の味方をやらなければならないだろう。この戦争で犠牲を出さないためならば。

 八都はその思考を最後に学校への道を静かに歩き出した。




いかがでしたでしょうか。まだ、序盤も序盤、作風もつかめないと思いますが、出来うる限り楽しい作品に仕上げたいと思っております。どうか応援をお願いいたします。
評価と感想も随時受け付けておりますので、もしよろしければどうぞお願いいたします。

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