Fate/editor's duty   作:焼き鳥帝国

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非日常が垣間見える。そんな中、八都は一人の少女魔術師、遠坂凛に呼び出された。彼女と八都との関係は? そして、イリヤスフィールとの第二の邂逅。


開戦前3

 その日、学校に着いたのは八時半の少し手前程度であった。普通に考えると少し早すぎる時間だが、八都は習慣として早めに来ることを心掛けている。いつもならば昨日のように余裕ある清々しい気分で校門をくぐるのだが。今日という日は勝手が違った。

 やはりあるか、他者封印・鮮血神殿。

 魔術的に見て、八都の視界に不吉な赤い結界が見える。

 他者封印・鮮血神殿――ブラッドフォート・アンドロメダ――内部に入った人間を融解、血液の形で魔力へと還元し、使用者に吸収させる宝具。これがあると言う事はメドゥーサが召喚されたのは間違いない。召喚者は恐らく桜、この結界の指示を出したのは恐らく慎二だろう。

 まだ完成はしていないようだが、ひとたび発動すれば内部の人間はただでは済まない。こんなものはさっさと解除するに限るのだが、そう簡単に事は運ばない。まずは事実確認から。問い詰めれば嘘を言っているかどうかぐらい見抜ける自信はある。直感スキルを未来予知レベルで持っているのだ。

 体が極々僅かな倦怠感に包まれる。発動していない状態で影響を及ぼすのだ。一度発動すればどのくらいの被害が出るか。幸いにもマスターが魔術師として無能なお蔭だろう。これならやはり、一般人に即死級のダメージを与えるレベルにはならない。

 八都はそう考えながらも、戦争の先行きに不安を隠せなかった。

 

Fate/editor's duty

第三話 開戦前3

 

「衛宮殿、衛宮殿」

「後藤君? 昨日は時代劇でも見たのか?」

「うむ、そうでござるが、それどころではござらん。廊下を見られよ」

 時は過ぎて今は昼休み。前日に見たテレビなどの口癖が移るという後藤君が声をかけてきた。その声に従って廊下を見るとにこやかな笑顔で立つ美少女がいた。遠坂凛である。どうやら今日も絶賛猫かぶり中の模様。どうにも機嫌はあまり良さそうでない。

「ああ、ありがとう後藤君。あれを待たせると怖そうだ」

「いやいや、大したことではござらんが、遠坂嬢をそのように形容できるのは衛宮殿だけでござるな」

「ははっ、行ってくるよ」

 八都は苦笑しながら席を立つ、念のため弁当箱を手に持って。

「こんにちは遠坂。何か用か?」

「こんにちは衛宮君。ちょっとお話が、ね。屋上でご一緒いかが?」

 表面上はにこやかな凛は、自身の弁当箱を掲げて見せた。

「この寒さの中素敵なお誘い。是非ご一緒しよう」

「ありがとう衛宮君。水泳には良い季節よ?」

 翻訳すると、「この糞寒いのに頭沸いてんのか?」と「ついでに寒中水泳でも楽しめば良いんじゃない?」だ。八都の方は実際はもっとマイルドな内容だが、凛の方は一切誤訳していない。

「待て遠坂! 衛宮をどこへ連れて行く気だっ」

 と、ここで待ったがかかった。やって来たのは柳洞一成だった。白馬の王子よろしく二人の間に立ちはだかる。昨日といい今日と言い仲の良い二人である。その様を見た女生徒が黄色い声を上げる程度には。

「あら、柳洞君、ごきげんよう。衛宮君とはこれから昼食を共にする予定ですの」

「ぬぅ、女狐め。こんにちはだ、が、衛宮は承知しているのだろうな」

 一成は厳しい表情だ。まるで、敵対者の食事会に招かれた友人を案じているかのようである。八都はちょっとそれに乗っかることにした。

「ああ、一成、大丈夫だ。遠坂に後れを取る俺じゃないぞ」

「……ちょっと衛宮君? それどういうことかしら」

 凛の頬が引き攣った。被った猫も引き攣っている。

「衛宮がそういうのなら構わないが……何かあったら迷わず叫べよ」

「ねえ、柳洞君、女の子は私なんだけど?」

「一成が助けに来てくれるなら心強いな」

「衛宮君?」

 凛の笑顔が怖くなってきた。猫がはがれ始めた証拠だ。からかうのはここまでにしておくべきだろう。先程からキャーキャーと騒ぐ周りの女子も、「一八? 八一?」「大穴で八凛ね!」と不穏な空気。一応過半数は分かって悪ノリしているのだが、残りの連中はもう駄目だ。

「じゃ、行こうか遠坂」

 腐海に沈む前に。

「ちょっ、ちょっとぉ」

 そのまま少し歩んで、立ち止まる。追いかけようと駆けだした凛がその背中に鼻をぶつけた。勿論わざとだ。「きゃんっ」という可愛らしい声が廊下に響く。八都は肩越しに振り返って一成に声をかけた。

「おっとこれを忘れると大変だ、はい、今日のお弁当」

 誰かが「愛妻弁当ねっ」とほざいたが「ねーよ」と褐色肌の誰かが突っ込んでいた。オーバーヒートした何某かを黒豹と眼鏡軍師が宥めているようだ。止める側なのは珍しい。その近くでほわほわした昭和の天使があわあわもしてる。

「む、ありがたい。気をつけろよ」

「ああ」

 喧騒を気にせずにこやかに声を交わす男二人に、凛は不満げに頬を膨らませた。何二人の世界を作ってるのよ私も混ぜなさいよと言わんばかりである。

「むぅ」

 その大変可愛らしい姿を見逃す八都ではなかった。にっこりほほ笑むと、ポンッと凛の頭にその手を置いて言う。

「ふくれっ面も可愛いよ遠坂。行こう」

「恥ずかしい言葉禁止!」

 八都が歩き出し、遠坂が小走りに追いつく。そんな二人の背中を見ながら、一成は感慨深げにつぶやいた。

「あの女狐めも衛宮の前では形無し、か」

 パッと開いた扇子を扇ぎ、「いや愉快愉快」と弁当片手で去って行く。生徒会長どのは今日も良い空気を吸っていた。

 

「ちょっと八都、さっきのは何よっ!」

 場所は打ってかわって屋上、開幕一番に凛の怒声が飛んだ。

「遠坂が可愛いのが悪い。好きな子ほどいじめたくなるものだぞ」

「……その理屈でいくと一成君も私が好きなの?」

「いや、一成は単純に敵視しているだけだな。天然だ」

「それはそれで面倒……ってそうじゃなくて、話そらさないでよっ」

 凛の頬は寒さ以外で染まっている。攻めには強いが守りには弱いタイプらしい。

「それで? 聖杯戦争の話だろ」

「急に真剣になる」

「ずるい、反則よ」と呟き、凛は八都につられたように真顔になった。

「この結界、何か情報ある?」

「ないな、遠坂が掴んだ以上の情報はこの結界から得られてはいないだろう。他者融解吸収型、恐らくマスターは未熟。こんなところだ」

 八都は、屋上にある結界の起点に軽く探りを入れながら答えた。そして移動し、手招きしながら屋上の端に座った。凛はそれに小走り続き、少々乱暴目に腰を下ろす。

「マスターが未熟ってところまでは読み取れなかったわ、本起点がここってこともここに来てから気づいた」

 分からなくって悪うござんしたと言わんばかりの様子を無視し、八都は「起点に関しては俺も」と注釈を入れた後、理由を述べた。

「結界の神秘濃度、構成陣の記号等の古さに対して効果がお粗末だ。本物は一般人程度即死レベルで融解するだろう。まだ幸運だな」

 凛が分からなかったのは単純に周囲に目が言ってなかっただけである。ちらりと基点を見ると納得したのか、顎に手を当てて唸り始めた。

「う~ん確かに、本来は結界の補助起点をつぶした程度じゃ阻害できなそうね。授業の合間にいくつか見つけてつぶしたんだけど」

「こっちも遠坂が探すだろう場所とは反対側を潰しておいた。後でお互いぐるりと回ってみよう」

「そうね、じゃあ、今はご飯かしら」

 そういうと凛は、弁当箱の包みを外し始める。八都もそれに倣って食事の用意を開始した。

「へえ、美味しそうね」

 凛が身体を乗り出して八都の弁当箱の中身を見ながら言った。八都も動じず横目に凛の弁当箱の中身を確認しながら言う。

「最近は中華以外も上達してきたんじゃないか?」

「ええ、いつまでもあんたに負けっぱなしじゃ……って何よアーチャー」

 どうやらサーヴァントが何か言ったらしい。ナチュラルに自分のサーヴァントがアーチャーだとばらしているのは良いのだろうかうっかりなのだろうかうっかりなのだろうな。

 凛はしばらく黙ったかと思うと、次第に顰めっ面度が増していく。ぎろりと虚空をにらみつける様子から、そこにアーチャーのサーヴァントがいるらしいことが分かる。直感的にもそこが一番要注意地帯だ。

 念話での会話が一区切りついたのだろう、もう一度虚空をにらみつけた遠坂は見るからに不機嫌だが、会話を中断してしまった旨を詫びてきた。

「気にすることはないさ、遠坂の事が心配なんだろう」

「過保護ってものよ」

 恐らくは自分を警戒しろという様な旨だったのだろう。凛は些か気まずそうにしている。

「俺としてはそれくらい過保護にしてくれるサーヴァントの方が頼もしい。今回は、俺でも容易には前衛を務められないレベルの戦いだからな」

「そうね、ちょっと信じられないけど、あんたでも少し役者不足の戦い、なのよね?」

 八都の実力を知る凛が、それ以上は想像できないとばかりに言う。実際、世界でも八都に敵う使い手となると途端探すハードルが挙がるだろう。更に、礼装込みとなると、もはや対人では全く手が付けられないレベルであるというのに。

「並の英霊なら打倒もできることはできるが、並の英霊を召喚する魔術師はいないだろうな」

「で、でしょうね」

 遠坂の眼が泳ぐ。史実で誰を召喚したのかは知っているが、この世界ではどうなのだろうか。様子から何かしらの問題有りと言うことは分かるのだが。

「後、キャスターの真似事ぐらいなら俺や遠坂でも務められるだろうけど、なんとなく今次キャスターはやばい気がする」

「ちょっとやめてよ、あんたの勘って私以上にシャレにならないんだから」

「時折啓示レベルじゃない」と呟く凛は、嫌そうに横目で見てきながら弁当の中身をほおばった。すると、片眉をピクリと上げて。

「ん、良い出来」

 と、満足げな笑みを浮かべる。

「そうなのか、ちょっと交換しないか?」

「いいわよ」

 八都の提案に乗り、お互い一品ずつ交換し、食べてみる。傍から見ると恋人のようだろうが、実情はどちらかと言うと戦友である。

「本当に上達したじゃないか、店で売っていても不思議じゃない」

「あんたのもそうね、お互い変な所で成長しているものだわ」

 お互いがお互いの技術を評価しだすと、褒め言葉しか出てこないのが最近のちょっとした悩み事であった。悪いことではないが、同レベルの人間同士なので少々自画自賛になる。

「俺たちだって人間さ、寧ろ、それを確認できる良い成長だと思うぞ」

「そうかしら……そうかもね」

 その後とりとめもない会話をしながら食事をし、ちょっとおかずを交換しながらお互いの弁当を批評したりして昼休みを過ごした。小学校の頃からの幼馴染ゆえだろうか、ここ最近共に過ごす時間が少なかったからだろうか、或いはこれからの戦争への不安か、自然と二人の距離感が近くなる。チャイムが鳴るまでの間、久方ぶりの心休まる時間であった。

 

≪凛、先程の男は警戒しなくていいのかね?≫

 授業中、私のサーヴァントであるアーチャーがラインを通じて念話で話しかけてきた。褐色に白髪、黒いボディアーマーに赤い外套を羽織った長身のこいつは、私が狙っていたセイバーではないが、今のところ不満という不満はない。あえて言うなら、ちょっと多芸すぎて本当に英霊か疑わしい点だろうか。家中の時計が一時間遅らされるという今は亡き父上のちょっとした試練というか悪戯でトラブルはあったが、この変に芸達者なサーヴァントの自信に満ちた姿は安心感を感じさせるに十分なものである。ちょっと記憶喪失だけど。

 自身の過失から目を背けつつも、客観的に自分のサーヴァントを評価する凛。彼女は自信をもって自身のサーヴァントに答えた。

≪彼は大丈夫よ、びっくりするくらいお人よしなんだから≫

≪ふむ、お人よしでありながら君がそこまで信頼するというのなら、実力は確かなのか≫

≪ええ、魔術の腕は同じ位、専門分野を除いた総合的な魔術師としては魔力分あちらが上、スタンダード且つオールラウンド、戦闘力にも秀でた前衛もこなせるスーパー魔術師ってところね≫

 私の実力がここまで上がったのは彼と一緒に仕事を受けたり修行したお蔭である。切磋琢磨するライバルってところ……初期の頃は先導者って感じだったけど。

 凛は、そこですこし思考を空転させた。今の自分たちの関係はなんだろう、などと考えると答えがすぐには浮上してこなかったのだ。その思考を止めたのはアーチャーである。

≪やけに褒めるな≫

 皮肉と言うより、ちょっと意外であるという印象を受けた。

≪あいつが口を開いても私の褒め言葉しか出てこないもの、私が褒めないのはなんか癪じゃない≫

≪そういうものかね≫

 変なこだわりを見せる凛に、アーチャーは呆れたように嘆息する。その姿は上手いこといかない世の中を嘆いているかのようでもあった。

 何なのよ一体。

≪やけに拘るわね≫

≪何、万能の杯を巡る一大戦争だというのにこの調子ではね、先程も彼のサーヴァントについて聞こうともしていなかっただろう≫

≪うっ……ちょ、ちょっとど忘れしちゃったのよっ≫

 ド正論で痛いところを突かれて凛が呻く。本来なら結界の事と合わせてちょっと探りを入れるつもりだったのだ。最も、八都と凛は聖杯戦争においていざというときの協力を約束する程度には近い存在なので、明日にでも聞けばいいのだが。

≪そう、明日、明日聞けばいいのよ! 今日はちょっとど忘れを……≫

≪ど忘れも何も、会話の主導権を握られていたではないか≫

≪そ、それは……うぅぅ、なんで私の回りの男どもはこうも攻めっ気が強いのよ、私もオフェンスタイプ何だから譲りなさいよっ≫

 唯一安定して優勢を保てるのがあのワカメってどういう事よ。

 凛は己の現状を嘆いた。学校では完璧を保てているのだが、日常では一度懐に入り込まれ易いのか少々弱い様子。

≪私に言われても困るのだがね≫

 呆れたようなアーチャー。この世界の凛は、自分に匹敵するライバルと争い、数々の困難での協力も経ている所為か、少々取っつきやすい性格になっている。とはいえ、そこらの有象無象にどうにかされるほどではないし、彼女自身の腕前は史実と比べても破格のものなのだが。

≪あ、後、あいつホントに度を超えて強いから、前衛に自信が無かったら前でちゃ駄目よ≫

≪心得ておく、が、もう少し自分のサーヴァントを信用したまえ。そうそうやられはせんよ≫

 霊体化しているアーチャーが、呆れとも不満ともとれる声を発した。しかし、凛にも反論はある。

≪あんた弓兵でしょ≫

≪弓兵が剣を使ってはいかんかね?≫

≪まあ、あいつも魔術師だけどさ≫

 ああ言えばこう言うと言ったアーチャーに凛は、言葉では伝えられないと言わんばかりだ。そして、何とか言葉を選び出す。

≪う~ん、あいつね、近接戦闘を補助する常時発動型礼装をいくつか持ってるのよ。剣や不可視のエーテル鎧とか≫

 彼女が≪鎧と言っても身体制御装置みたいなものだけど≫と追加で呟くと、アーチャーが興味を持った様子を見せた。だが、どちらかと言うと"剣"の方により反応していたようだ。

≪ほう≫

≪出力はともかくとしてね、剣と鎧を身に纏っているときの技量は間違いなく英霊級だと思う。ちょっと前だけど試運転に付き合ったわ。上級の死徒狩ったのよ。マヌケにも領地から出て人狩りやってた奴だけど≫

 とんでもないことをあっさり言う凛に、アーチャーは霊体化したまま額に手を当て嘆いていた。そういう彼女もまた、死徒を素手で殴り殺す位の事はやりかねない。

≪何をやっているんだ君たちは。だがなるほど、留意しておこう≫

 会話はそれでお仕舞いとなった。何とも実務的な会話ではあったが、凛は何となくアーチャーの人柄が掴めた。飄々とした人物だが、根は熱く。剣術或いは何かしらの近接技能に自分なりのプライドを持っているらしい。

 味気ないただの皮肉屋よりはずっとましかしら。

 そんなことを凛に思わせつつ、授業時間は過ぎて行った。

 

 放課後、すぐにでもイリヤスフィールの元へ行きたい八都であったが、まずは我慢の一手だった。彼は一人の影を探して校内を歩く。当たりはつけていたのですぐにその人を見つけることができた。幸いにも辺りに人影はない。

「慎二」

「ん? なんだ衛宮か、何か用かい?」

「単刀直入に聞くが、この結界について何か情報は持ってないか?」

「――……は?」

 慎二は、途端呆けたような表情になった。無理もない。今の今まで魔術とは無縁と考えていた人間が自分の領域――すなわち魔術師の世界に踏み込んできたのだ。

「な、何のことだ?」

 慎二の頭の回転は決して悪くない。俺の魔術師云々よりも惚けることを優先したか。俺が本当に魔術師かどうかもわからないのだから、悪くはない手と言える。直感スキル持ちが相手でなければ。

 八都は慎二の反応から彼がこの結界を敷設したと言う事を直感的に感づいた。自然、八都の眼が獲物を見つけたように細まる。慎二はそれを受け怯んだように一歩二歩と後ずさった。

「俺はフリーの魔術師、冬木の地に一時根を下ろしている。普段は表に出る気はないが、いかんせんこの結界は見過ごせない。マキリ嫡男のお前なら何か情報を持っていないかと思ってな」

「な、何だって……?」

 慎二は、聞こえたことが信じられないとでもいうかの様に衝撃を受けた顔をしていた。しかし、次第にその顔は怒りに染まっていく。

「そーいうわけ、今まで一般人面して、僕の所に挨拶もなかった訳? フリーの魔術師さん。歴史の浅い、要するに根無し草だろ」

「記録にある限り初代だな」

「ふんっ、やっぱりね、僕が気付かないわけだよ」

 さも、歴史ある名家ならば自分でも気づけたと言わんばかりだが、魔術的素養、魔術回路を持っていない彼は魔術的観点から魔術師を見破ることは出来ない。彼は極めて優秀な人間ではあるが、惜しくらむことに魔術的には全くの無能――ないはずの手が当然の如くないというだけであるが、生まれを考えると不幸極まりない。が、行動は容認できるものではなかった。

「単刀直入と言うにはあまりに拙速なのは認める、が、この非常事態だ。協力を頼めないか?」

「ま、こんな強力な結界が張られてたんじゃお前程度じゃ怯えるしかないよねぇ」

 慎二のこの態度に、八都の直感と観察力は黒認定以外をもはや出さない。間違いなく間桐慎二がこの結界を張り、無辜の生徒を危険に陥れている。力に酔っているのだ。

「協力だっけ? してやってもいいよ、お願いしますって頭を下げたならね」

 犯人であるというのにこの傲慢さ、面の皮の厚さ。気の弱い人間や押しの弱い人間ならよもやこんな恥知らずなことはすまいと容疑者から除外するかもしれない。勿論、慎二はわざとやっているだろう。大半は力に酔っていても、冷静な部分ではまだ合理的な判断を下せている。まあつまり、ムカつくのは彼の仕様だ。

「そんなことを言っている暇じゃないだろ」

「煩いな、お前はただ頭を下げればいいんだよ」

 苛立って言う慎二。ここら辺は、どうにも見下げた根性だ。魔術は彼のもっともねじ曲がった部分であるからしてしょうがないが、明確に犯人と分かっている相手にそれをするのも馬鹿らしい。ここで拘束してしまおうか。

 八都は顎に手を当て、暫し慎二に冷めた目線を向けたが、直ぐ複雑な感情を誤魔化すため無表情の仮面を被った。自己顕示欲を満たしたいがためにこのような暴挙を犯す友人をこのまま放っておいて良いものかと悩む一方、彼は事情を知り過ぎていた。

 生まれた家は極めて歪。家には親もおらず、500年生きた虫の怪物が祖父としている。精神的に健全なはずはないだろう。魔術の家系に生まれながら魔術を使えず、嫡男でありながら家は継げず、挙句愛憎入り混じる妹は自分を押しのけ冒涜的な魔術に侵され、当然ではあるが彼女自身は自分が何より大事に思う魔術を嫌っていて――今、力を手に入れてしまった。知っていた者として手を差し伸べられなかったことは負い目。例え、理不尽であってもだ。

 桜への暴行は許しがたいし、戦い続けては自己の研鑽に邁進する日々はその猶予を与えてはくれなかったが、それでも考えさせられるものはあるのだ。

 だが、こればかりはな。

 見過ごすには余りに過ぎた所業だった。今既に彼の思考は慎二を拘束することにシフトしている。

 聖杯戦争が終わるまで地下シェルターで頭を冷やさせればいい。あそこならばまず安全と言って問題ない。目の届く範囲で守ろう。それに、今ならば第一線級の執行者がボディーガードだ。

 バゼットには苦労を掛けるかもしれないが、と思いつつ、八都は一歩踏み出した。考え事をしていた無表情のままなのですこぶる怖い。

「な、何だよその顔は」

 慎二はその歩みに怯んだように一二歩下がる。慎二の聖杯戦争は始まる前にここで終わると思われた。

「――!」

 だが、ここで八都の意識を数瞬奪い、頭痛と共に六感が囁く。このままでは慎二は『救われない』と。余りに不気味な、明らかに直感スキルを超えた何かであった。彼の未来予知的直感能力は時折このように啓示を下す。いつもあるわけではない。しかし、重要な場面程起きることが多かった。それがなんであるのか八都にですらも未だ判然とはしなかったが、逆らってよかった試しはない。否、逆らったことはなかった。後から見た結果として、もし逆らった場合『救われなかった』人間が必ず居たというだけで。

 八都は頭を振って頭痛を追い払った。

「……お前が張ったわけじゃないだろうな?」

 八都は、直感に従い、拘束を却下する。不気味とは言え、それは確かに結果をもたらしてきたのだ。そして、八都はあえて自分にヘイトを向けることを考えた。対象を自分に限定出来、行動を縛ることができるからだ。

「は、はぁ? う、疑ってんのかよっ!」

 慎二が食って掛かるが、八都は動じない。

「この非常事態にそんな態度をとる相手を疑わないわけがない」

「……ふ、ふんっ、そんな態度をとるんなら自分一人で頑張るんだなっ!」

 慎二が踵を返そうとする。しかし、それを許す八都ではない。

「遠坂と協力している」

「は、はぁ!? お前なんかと遠坂が?!」

 慎二は遠坂に恋慕している。ここを突けば簡単に釣れるのは分かっていたことだ。分かっていたことなのだ。

「犯人は浅慮で魔術はかなり未熟だろう。そうでなければ行動することだ」

「……っ!」

 慎二は逆上している自分を必死で抑えているようだ。今日明日中には襲ってくるかもしれないが、魔力不足と無理な契約状態で弱ったライダー程度ならば返り打ちにもできる自信がある。否、返り討ちにする。必ずだ。

 無表情を変えないまま、八都は踵を返して慎二を視界から切った。彼にとって肝要なのは、兎に角狙いを自分に絞らせること。煽り方が足りなければ被害はよそへ行く。だが、その下地は十二分にあったのだから、そう難しいことではなかった。結局、八都が去っていくまで、慎二はただその背に恨みの籠った眼を向け続けるだけだった。

 

 放課後、八都は襲撃等を警戒しながらも、帰路へと着いていた。特に待ち合わせ場所は指定していなかったが、彼にはこの道を通ればまた彼女と会えるような予感がしていた。今は、少しばかり癒しが欲しい。そして、それは生半可な予知よりも確かなものだった。案の定彼女はいた。夕日に照らされた坂の上で、壁に背中を預けて片足をぶらぶらさせている。誰かを、この場合は八都を待っているようだ。彼は、片手を上げて笑顔で近づく。

「イリヤ」

「――ヤツト!」

 イリヤは八都に気づくとぴょんっと体を跳ねあがてから小走りに近づいて来た。そして、そのまま体を宙に踊らせて八都に抱きつく。坂道故踏ん張りは利きにくいのだが、鍛えられた八都の体はイリヤを受け止めるには十二分だった。

「おいおい、危ないぞ」

 飛びついてきたことを注意する八都だが、頭を撫でながらでは説得力に欠けた。アニマルセラピーならぬシスターセラピーだ。理想を思い出して自死しろ臓硯。

「えへへっ、待ってたんだから」

 一日考えてある程度は吹っ切れたのだろう。若干影ってる八都の心に対し、イリヤの顔に今のところ影はない。今日は家族として良い時間を過ごせそうだ。八都は、イリヤスフィールをそっと下ろすと、身をかがめて彼女の帽子の上に手のひらを乗せて謝罪する。その表情には微塵も疲れを出していなかった。

「遅くなってごめんな、もう少し会う時間なりを決めておけばよかった」

「ううん、良いの。待っている時間も楽しかったわ」

 イリヤの笑顔が眩しい。超癒される。ファッキンユーブスタクハイト。

 八都はシスコンかと言うほどにデレデレしてイリヤを抱きしめて頭を撫でる。凛辺りなら無言で警察を呼ぼうとして、結果携帯を壊すだろう光景だ。イリヤはそれを少々気恥ずかしそうにしながらも嬉し気に受け入れた。しばらくそうしていたが、いつまでもそうしていては話が進まない。体を離して頭を撫でながら八都は言う。

「じゃあ、今日は商店街へ行ってみよう」

「何があるの?」

 イリヤは興味津々だ。無理もない。聖杯戦争が始まるまでは外に出たことなどなかったのだから。

「色々あるけど、そうだな、お菓子でも買って公園で話をしようか」

「お話?」

「だってまだ、お互いの事を余り知らないだろう?」

「うん……そうね、お話しましょうっ、ヤツト!」

 ただの話でさえ、イリヤにとってはこの上ない娯楽だ。八都は少しでも彼女の事を知り、彼女にも自分や切嗣の事、世間の事を知ってほしかった。

「じゃあ、行こうか」

「うんっ」

 二人は手を繋いで歩いて行く、その姿は容姿さえ除けば仲の良い兄妹のようだった。

 

「ヤツトヤツトっ、これは何?」

「それは大判焼きだよ。餡子が入ったお菓子だ」

 八都たちは現在、夕焼け色に染まった商店街でちょっとしたデートを楽しんでいる。イリヤは見るもの見るものが新しく、あっちへ行ったりこっちへ行ったり興味津々だ。

「へぇ~」

 目を輝かせて大判焼きに見入るイリヤを、八都はほほえましげに見ながら店の親父に指を三本立てて見せた。

「親父さん、三つください」

「へい、毎度っ」

 親父さんが元気よく答える一方、イリヤも期待に目を輝かせて八都を見上げる。

「ヤツト?」

「最後の一つは半分こしような」

「――! うんっ!」

 ちょっとしたことですぐ笑顔がはじける。長く鬱屈とした生活が一気に彩りをもったのだ。彼女が大喜びするのも無理からぬものだ。二人はのんびりと散策しながらやがて公園に行きついた。そこでベンチに座り、子供たちが帰っていくのを見守りながら、大判焼きの袋を開ける。

「わぁっ、美味しそう」

「ここの大判焼きは美味しいよ、実際」

 イリヤは早速と手袋を外して大判焼きを食べようとする。

「えへへっ、いっただきま~す」

 小さな口で上品にかぶりつくイリヤ。そんな様子を見ながら、八都も少し口に含む。この道数十年の、自慢の餡子の風味が口内に広がった。

「美味しいっ!」

 驚きに目を輝かせて、イリヤは大判焼きを見つめる。そして、八都の方に「こんなに美味しいものがあるのね」と、そのキラキラしたまなざしを向けてくる。

「だろう? 美味しいものはたくさんあるけれど、あそこの大判焼きはその中でもとびきりだ」

「うんっ、こんなに美味しいもの食べたことないわ!」

 実際の所、魔術の大名家たるアインツベルンの食事がそんなに粗末な訳がない。だが、家族と食べる甘味と言うのは体も心も癒すものだ。彼女は今までそんなありふれた当たり前に出会う機会が極めて少なかった。

「これからいろんなものをたくさん食べよう。手料理にも自信があるぞ」

「……うん」

 イリヤが、ふと暗い顔をする。昼間は平和に兄妹として仲良く過ごせるが、夜になれば聖杯戦争が始まる。彼らは殺しあう仲なのだ。

「ねえヤツト、ヤツトは私たちの所へは来てくれないの?」

「ん……」

「私のバーサーカーはすっごく強いのよ。誰にも負けない。ねえだから」

 イリヤの言葉は懇願に近かった。例え家族であっても争わなければならない事実がそこにはあった。彼女は暗に言っている。戦えば勝つのは自分だと、死ぬような目にあってまで戦う必要はないのだと。

「……仮に、仮に全力で俺たちがぶつかり合ったとき」

「うん」

「無論召喚するサーヴァントにもよるけれど、大凡俺が負けると言うことはまずない」

 八都は自信を持って告げた。ここで引いてはイリヤを守れない。ヤツトがイリヤを守れるのだということを証明しなければならない。それは、必ずしもと言うわけではないだろう、しかし、八都は自信を持って告げたかった。もう何も心配することなどないと、アインツベルンを離れたとしても自分が守ってみせると。

「そんなことないわ、私のバーサーカーは最強なんだからっ!」

「そうだな、だが、最強のマスターは俺だ」

「最強の、マスター?」

 イリヤスフィールは訳が分からないという顔をする。確かに、噂に聞く八都の腕前は恐るべきものだ。噂に聞く最高戦果、『陣地に籠った封印指定クラスの魔術師を真正面から攻略してのける』と言うものがいかに不可能に近いか彼女は常識として知っていた。彼が捕縛ないし殺害した魔術師は雑多なものを合わせ80を超える。だが、だからと言ってそれがサーヴァント同士の戦いにそこまで影響するほどとは思えない。まさしく英霊の戦いは次元が違うものなのだと彼女は誰よりも知っていた。例え化け物クラスであっても、上位の、同じく次元違いである4000年クラスの最上級死徒でもなければ相対すれば七分以上で死を覚悟する必要があるのだろう。否、それら上位の怪物であっても上級英霊相手には圧倒的に分が悪い。

「……私を狙うの?」

「まさか、そんなことをするくらいなら俺は死ぬ」

「ヤツト……」

 断言する八都に、イリヤはちょっと困ったようにはにかんだ。

「死んじゃいやだよ」

「そうだな、イリヤを残しては死ねないな」

 そんなイリヤの頭を八都は帽子越しに撫でた。すると、彼女は帽子を外して胸元で抱きしめる。そして、撫でろと言うように頭を差し出してきた。八都はその頭を出来るだけ優しく撫でた。ちょっと気持ちが逸って強めになってしまったが、それでもイリヤは嬉しそうだ。

「まあ、夜になればわかる、安心してかかってこい」

「まだサーヴァントも召喚してないでしょ、私、待ってるんだから」

 すねたように顔を膨らませながら腕に抱きついて来るイリヤ。そう言われると八都としても頬を掻いて誤魔化すしかなかった。

「本当に、死んじゃヤダよ」

 念を入れて言葉を重ねる彼女の懸念ももっともである。まだマスターではないが、有力な魔術師と言うだけで狙われる理由にはなる。

「死なないさ」

 その言葉に、八都は自信を持って答えた。彼には生まれ持っての魅力と容姿、そして一国の王に比するカリスマ性がある。細かい所作や声色に表れる生まれついてのそれは、彼に染み付き自然と周囲の人間に彼の言葉を信じさせてきた。イリヤには、彼の言葉がまるで当然の事実のようにも感じられる。例え儚いものだとしても、信じたいと思えた。

「そっか」

「そうだ」

 安心したようなイリヤの方を八都はそっと抱き寄せた。イリヤもそっと身を預けてくる。そんな中、八都は語り聞かせるように言葉を紡いだ。

「イリヤ、俺はね、正義の味方になりたいんだ」

「ヤツト?」

 唐突な言葉にイリヤが八都の顔を見上げる。そんな彼女に、八都は誓約するように囁いた。

「でも今は、イリヤの味方だ」

 八都はイリヤの頭に頬を寄せる。その体温を感じるように、イリヤはそっと微笑み目をつむった。

 

 いつまでも手を振るイリヤに別れを告げ、八都は帰り道に着いた。今の彼にとってイリヤを守ると言う事は至上命題である。送って行こうかとも考えたが、嫌な予感がしなかったことと、イリヤがひとりで大丈夫だと胸を張ったことを理由に見送りは差し控えた。八都自身、自分がまだ何も証明できていないことを分かっているので、イリヤに対してそこまで強くは出れない。まずは、実力を以て己が最強を示さなければならない。

 非道な魔術師達を捕縛し、人道を踏み外した強大な魔術師どもを打倒し、人の生き血を啜って500年を超える時を過ごしてきた死徒を滅ぼし、遠坂と組んでなら、それ以上の敵にも挑めた。それでも足りない。聖杯戦争を諦めることも考えた。しかし、それでは『救えない』。

 八都に再び頭痛が走る。聖杯戦争をあきらめることを考えるといつもこうである。八都はそれを借りに聖杯戦争が起きなければ多くの『救われない』人がでると考えていたが。

 八都は頭痛に耐え、拳を握りしめる。

 強くならねばならない、この聖杯戦争中の間にも。少しでも強くならねばならない。

 それは一種の脅迫観念にも似た思いだった。主人公衛宮士郎の代わりに、ただの衛宮八都として何か価値あることをなさねばならない。切嗣との約束を守り、人道を全うし、誰かの味方になるために。正義の味方をするために。そして、それ以上に彼を突き動かすものがあった。彼自身にも理解しえない、衝動にも似た想い。

 夕日に影が伸びる。坂道を歩いて行くその背には、重い十字架が背負われて居るようだった。




魅力的な美少女を描きたいという欲求はあれど、その匙加減が極めて難しい。いい感じに甘酸っぱい感じが出ていたでしょうか? 甘々でしたでしょうか? 開戦前と言うことで穏やかなスタートですが、ここから加速していきたいところ。評価と感想をお待ちしています、よろしければどうぞ。

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