Fate/editor's duty   作:焼き鳥帝国

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大分遅れてしまい申し訳ございません。第七話投稿です。


運命の視線

 対イリヤに方針を固めた八都一行、やったことは極めて単純だった。八都が魔術でイリヤ宛にメッセージを送ったのだ。今夜そちらに伺いたいという旨の。場所は人気の少ないアインツベルンの森。文字通りアインツベルンが居城にしている深く暗い針葉樹の森だ。彼らはそこに城を一つ丸々移設し、自分たちに挑む愚か者を待ち構えているのだ。今宵もそこの主人が出かけてすぐに帰参したかと思えば、無謀にもこの森で自らに挑むという愚昧な輩を迎え討たんと、戦装束を選んでいた。

「ねっねっ、セラ、リズ、こっちの方が良いかな? それともこれはどう?」

「似合うと思う~」

「どちらもお似合いかと」

 くるくると回るように次から次へと衣装を取り出してはそこらへんに重ねて行くイリヤ。それに答えるは忠実なる二人の僕、豊満な体を持つリーゼリットとスレンダーなセラ。二人とも言語化し辛い異質な白いメイド衣装を身に纏っており、先程から続くこのファッションショーに文句ひとつ言わずに付き合っている。

 が、しかし、返ってくる答えが常に一貫性を持っていることが気に入らないイリヤは、頬を膨らませて文句を言った。

「もうっ、もっとちゃんと選んでよっ。自分の意見って大事だと思う」

「では、お言葉ながらイリヤ様」

 イリヤの言葉に、言質は得たとばかりにずずいっとセラが身を乗り出してくる。その双眸は近づくにつれ細まった。イリヤは思わず「うっ」と呻きながら後ずさる。

「これから戦うのですよね、イリヤ様が以前仰っていた憎き衛宮八都と」

「そ、そうよっ、だから舐められないようにしっかりと衣装を」

「これも?」

 いつのまにか後ろから回り込んだリーゼリットが、積まれて居た服の一つを手に取る。それは、可愛らしい今どきの服だった。ロゴの入ったウサミミ付きのフードパーカーに飾りベルトの付いたミニスカート、いかにも女の子女の子した服であり、記念と戯れ半分で日本の道中にて買っただけのはずのものだった。とりやすい上の方においてあった所から、イリヤの中で有力候補の一つだったことがうかがえる。序でに彼女の迷走具合も。

「いやっ、それはその……」

 イリヤの言い訳が尻すぼみに消える。セラは最早、視線に冷たさすら感じさせイリヤを見下ろしていた。教育係である彼女としては彼女のこの淑女にあるまじき錯綜ぶりが見過ごせないのだろう。

「イリヤ様っ」

「はいっ」

 普段のイリヤならばもっと余裕を持って淑女然と対応しただろう。しかし、八都の事で頭がいっぱいな彼女に今、その余裕は全くなかった。力強いセラの言葉に押されるように返事をする。

「貴女様はそのままで十分お美しい。先程まで着ていらっしゃったコートを羽織って出陣なさればそれだけで十二分に他を圧倒できます」

 セラの言葉に一切の迷いはない。実際、イリヤの美しさは人間には到達不可能な芸術品としての美しさである。

「……うんっ」

 イリヤは、両腕をぎゅっと胸の前で引き締め、自分に自信を持つように頷いた。脳裏に描くは最美の自分。

「イリヤ、ファイト、オー」

 リーゼリットがその大きな胸を揺らしながら腕を突き上げ、イリヤの戦装束は決まったのだ。

 

Fate/editor's duty

第七話 運命の視線

 

「イリヤ、待たせたか?」

「全くよ、レディを待たせるなんて駄目ね、ヤツト」

 これから命がけで戦うとは到底思えない、穏やかでフレンドリーな挨拶が交わされる。二人の雰囲気だけなら、始まるのは逢瀬だと言われても違和感はない。しかし、場所は暗い森の荘厳な城の前。二人に付き従うは覇気を纏った騎士の少女と天を衝くような巨漢の狂戦士。月のみを見届け人に、始まるのは決闘だ。

「贈り物ありがとうね。気に入ったわ、これ」

 そう言うイリヤは一風変わったブレスレットをつけていた。煌めく星をそのまま封じ込めたような宝石を根本にあしらい、右側に三翼の銀細工。八都がイリヤ用に用意していた簡易礼装である。使い捨てではあるが、一度だけ彼女を守ってくれる。解析用の設計図ごとメッセージに添えて送ったのだ。

「どういたしまして、似合っているよ」

「言い慣れてそうな台詞ね」

 不意を衝かれたという様に目をぱちくりさせる八都。イリヤは言ってやったという様に誇らしげだ。一本取ってやったといった所だろうか。ふふん、と胸を反らしている。そんな彼女に八都は苦笑で返すしかない。結構身に覚えがあった。

「さっきヤツトの家の方角で巨大な神秘のぶつかり合いを感知したわ。早速宝具を御開帳なんて剛毅なことね」

 そして、次いで覗かせたのは魔術師としてのイリヤの顔だった。その言葉の内容に反して彼女は余裕の態度を崩さない。A+ランクを超える宝具のぶつかり合いも、バーサーカーの前では無意味だと言わんばかりである。だから八都は訂正した。

「いや、片方は遠坂の魔術だ」

「えっ」

 イリヤは思わず素に返る。今度目をぱちくりさせたのは彼女だった。八都が何を言っているのか理解できないといった風だ。八都は肩をすくめて繰り返す。

「片方は遠坂の魔術」

「ええぇ……」

 イリヤは、「いやっ、無いでしょ」という顔をした。全く信じていない。当たり前である。神代じゃあるまいし、魔法一歩手前の超魔術をただの人間が扱えるわけがない。それでは結論として凛は人間ではないことになるが。

 八都は、軽くお手上げのポーズで言った。

「ま、遠坂だし」

 しょうがないものはしょうがないのだ。

 彼からしても、凛の成長速度は驚愕するほかない。例え彼の影響、補助、共同研究で成長が効率化されたとしても、元々の才能がなければそこまでいきつけないのだ。強化されたキャラクターとして才能が、成長が確約されていた八都とは違い普通の人間。家系の才能が特殊な血筋で引き出されていたとしても、凛の成長速度は異常の一言では言い尽くせない。必ずや理論を構築し切り、魔法に行きつくだろうことを八都は確信していた。そしてそれは、そう遠い未来で無いことも。

「ええぇ……、いや、でもぉ……」

 まだ納得の表情を見せないイリヤ。片目を覆い隠すように手を当てながら眉間に皺を刻んで悩んでいる。八都のカリスマであるのなら白と黒の境界を曖昧にすることも或いはできるが、彼女の魔術師としての常識が理解を拒むのだろう。

「特定の宝石を使う遠坂は、限定的に魔法使い級の魔術師だと理解すればいい」

「ああ、うん、なるほど……?」

「お兄ちゃんの言う事だしなー、いいやでもなー、まず何で聖杯戦争参加してるの?」とうんうん唸っている姿を見て、八都は言葉を重ねた。

「ほら、アトラス院みたいなものさ。それに、聖杯は遠坂家の悲願だ」

「比較対象が世界を七度滅ぼせる機関なんだけど……?」

 限定的とはいえ、実年齢は自分より年下の少女が、今の所世界に五席しかない魔法使いの椅子に限定的でも匹敵する場所に座しているという事実、余りに非現実的。比較対象として出されたアトラス院こそ、“最強の存在になるのではなく、最強の存在を作り出す”という魔術理論を提唱しているので、理屈の上では“根源に届きうる至高の宝石礼装・魔術を生みだす”という大凡の宝石魔術師と合致もするが……。

「ううん、いいえ、そうね」

 それでもイリヤは辛うじて自身を納得させることができたようだ。理論上可能、という不可能の親戚の域をでない結論であるとはいえ。

「ヤツトがこんなつまらない嘘言う必要もないし」

 カリスマ様様である。家族愛(しんらい)と言う土壌があるとはいえ、常識と言う袋小路からの逃げ道を少し作っただけでこれである。以前例に出したように、八都が心からそうだと信じていれば大抵の言葉は相手に受け入れられる余地がある。相手がカリスマ持ちであったり反骨の相持ち、或いは精神無効や英雄クラスの精神力の持ち主であったりしなければ。無論、強い敵愾心を折るほどではないが、悪用されれば恐ろしい能力といえる。

「ま、フロイライン遠坂の事は良いわ」

 イリヤは気を落ち着かせるようにいったん髪を掻き上げる。そして、セイバーを見つめ目を細めた。

「それよりヤツト、やっぱりそのセイバーを召喚したのね」

 セイバーは、一切の言い訳はしないというような硬い表情。一歩前へ出て、イリヤに声をかけた。

「お久しぶりですね、イリヤスフィール」

「お久しぶりね嘘つきさん。貴女と話す事なんてないわ」

 イリヤはセイバーの存在を一言で切って捨てる。予想はしていたのだろう、セイバーは揺るぐことなくイリヤを見つめる。

「約束を果たせなかった身です。いかような謗りも受けましょう。しかし、今度こそ私は守って見せます」

 セイバーはそれだけ言うと、八都の正面に立ってバーサーカーと対峙する。イリヤは眉をひそめた後、鼻で一笑に付し、バーサーカーを前に出させた。身長二メートル半を超える巨漢は、本来小柄なセイバーの勝ちの目というものを想像させないだろう。しかし、少女剣士の闘気は狂戦士の狂気に匹敵しせめぎ合っていた。

「セイバー最初の内は任せる。打倒し、証を立てろ」

「はい、ヤツト」

 八都は腕を組んだまま観戦の姿勢に入る。それに対し美貌のサーヴァントは力強く答えた。総身から圧倒的な魔力が放出され、戦闘体勢に移ったその姿はまさに人型の竜だ。そんな様子を不快気に見たのがイリヤである。彼女は自身の周囲に障壁を張ると、冷酷な眼差しでバーサーカーに命ずる。

「やっちゃえバーサーカー。そいつ再生するから、首を刎ねてから犯しなさいっ 」

「■■■■■■■■■■■■――っ!」

 その物騒なオーダーを受け、狂戦士が言語化不可能な咆哮を上げ突撃。地面が爆ぜ、大気を蹴散らしながら巨漢の姿がかき消える。セイバーもまた同様に掻き消え、瞬間移動したかの様に両者は中央で衝突した。己が獲物を手に、爆音を響かせながら拮抗、踏み込みの衝撃で地面は砕け、土埃を噴き上げ陥没。地層は波打って巻き上がり、大気中を行く衝撃波は音速を超え、ただ一合の余波だけで木々が大きく騒めいた。

「――――っ!!」

「■■――っ!!」

 月影の薄闇の中、両者の顔をしのぎ削りの火花が染め上げる。数秒の間両者一歩も引かずにらみ合い、かと思えば爆ぜた地面のみを残し両者再び掻き消えた。次に轟音が聞こえたのはマスター達に被害の及ばない数十メートル先の位置。それでもやってくる衝撃波にイリヤスフィールは帽子を押さえた。そして、彼らはこれで憂いはなくなったとばかりに激しく剣を交わし始める。挨拶は終わった。決戦開始。

「■■■■■■っ!!」

 バーサーカーが再び咆哮。獲物は巨大な斧剣。神殿の石柱を削り出したそれは、単純な脅威ながらも宝具と打ち合えるだけの神秘と強度を秘めていた。そんな巨石が振り回されるごとに音の壁をぶち破り、唸りを上げてはセイバーを砕かんと襲い来る。ただの踏み込みが大地を爆散させ、奮われる健脚に至っては爆薬もかくやという威力を秘める。そして何より、荒々しくも正確に相手を粉砕せんとするその戦いぶりは、狂気の中に確かに根付いた戦の術理を感じさせた。

「しっ!」

 セイバーも呼気鋭くこれを迎え撃つ。獲物はなんと全く見えない。しかし、戦を注視しているものが尋常ならざる達人ならば、その形状が両刃の剣であることに気づけただろう。魔力を放出し、自らの肉体を強化、そしてそのまま大砲の如く打ち出す戦法はバーサーカーの迫力に全く引けをとっていない。轟音と共に身体ごと剣は打ち出され、爆音の尾を引いて斧剣と火花を散らす。確かな剣術と見切りに裏打ちされた剣閃は、正確無比に狂戦士の暴威を尽く退け、あろうことか攻めたてる。小柄な少女騎士が巨躯の狂戦士と互角以上のせめぎ合いを見せる非現実的な光景は、見るものに驚愕と感服以外のあらゆる感情を忘れさせた。

 八都もまた、その戦いぶりに興奮と驚愕を隠せぬままバーサーカーのステータスを透視しようとする。見れば、そんな彼にはっとしたようにイリヤも目を細めている。

 

真名:ヘラクレス

クラス:バーサーカー

マスター:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

属性:混沌・狂

性別:男性

身長:253cm

体重:311kg

武装:斧剣

筋力A+

耐久A

敏捷A

魔力A

幸運B

宝具?

 

「やはりかっ」

「そんなっ」

 八都とイリヤの驚愕が交差する。八都は事前知識として知っていたが、いざその名とステータスを目の当たりにすると驚愕する以外ない。彼の計測だとバーサーカーのステータス表記は幸運以外全てカンスト。狂化以前の実数値は、五段階評価を超えた六以上。セイバーでは唯一筋力のみが六。つまり、強化されたセイバーは、狂化前のバーサーカーに全ての肉体スペックで完全に劣っているのだ。大英雄の大英雄たる所以(ゆえん)がそこにはあった。

「バーサーカー……」

 一方、イリヤはセイバーのステータスに驚愕と不安の色を隠せない。全ステータスAランク以上、幸運魔力A+など狂気沙汰以外の何物でもない。彼女は、八都が特殊な召喚法を試みたことに勘付いた。でなければいかなセイバーとてこのステータスを叩きだすことは出来ないと、セイバーの正体を知っている彼女は思い至ったのだ。

「■■■■■■■■■■■■っ!!」

「はあっ!!」

 そんな両マスターの驚愕と不安をよそに、戦いは激化する。最早爆音が途切れることはない。両者一歩も引かぬと言うかの様に、自ずと定められたエリア内からでることはない。最初の激突地点を円の始めとした、直径20m程の円形ステージ内は徹底的に陥没し、木々は消し飛び、半ばすり鉢状となっていた。超高速で激突し合う両者の獲物、織り交ぜられる巧みな体術。轟音と火花の共演は、留まるところなくヒートアップし、見るものの眼を奪う。一撃一撃が地形を粉砕する連撃。音速を軽々と突破する剣脚。神々のそれに等しい技巧の数々。それは正しく戦争だった。この両者の激突は、最早大軍のそれに匹敵している。

「せやっ!」

 セイバーが攻める、攻める、ひたすら攻める。自らの身など忘れたかの様に激烈に、知恵を持った獣のように俊敏に、武神のように勇壮に。音を超え、煌めきながら美しく、狂った大英雄に立ち向かう。主の勝利のために、己が最強(あかし)を打ち立てるために、そして何より、嘗て交わした約束を、今度(こたび)にこそ果たすために。今の彼女に撤退の二文字はなく、敗退の二文字は許されない。勝て、それがオーダーだ。

「■■■■っ!」

 バーサーカーもまた攻める。元より自身など完全に度外視し、多少の傷など無意味なように、只々戦闘を続行する。全ては自身の主のために、守るべき幼子のために、いつかの悲劇を繰り返さぬために。理性はいらない、奥義もいらない、己が栄光など必要ない。ただ最強たれと願われた。それが彼の全てである。

 紙一重の攻防は延々と続くかに思えた。荒れ果てながらも最早完全にすり鉢状の決闘場。人型の知的生命体が十分とかからず作り上げたそれは、クレーターと呼ぶにふさわしい。その内部にある生命は、二対を除き鏖殺される。

「っ!」

 と、ここで勝負が動く。

 目を細めたセイバーが狂戦士の一撃に吹き飛ばされたかと思えば、次の瞬間には土壁を粉砕しながら縦横無尽にステージ内を飛び回り始めた。前後左右、時には地面も跳ねて三次元的に、魔力のジェット噴射をふんだんに織り交ぜた空中舞踏。徐々に加速していくそれは徐々に八都の眼にも霞むほどとなり、ヘラクレスの鈍った判断を更に奪うフェイントとなる。最早常人には蒼い流星が所狭しと踊っているようにしか見えないだろう。

「バーサーカー!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■っ!!」

 イリヤの悲痛な声に応じ、バーサーカーがここ最大級に吼えた。そして振り向きざまに、背後から迫りくる流星めがけて力任せに斧剣を薙ぎ払う。しかし、流星は正に紙一重でこれを避けて見せた。青い燐光がパッと散り、不可視の残光がバーサーカーの体を縦横に駆けたかと思えば――。

「―――……」

 次の瞬間、バーサーカーの首と右手と胴体が泣き別れしていた。斧剣と流星の余波で土埃が舞い、その中から鮮血が夜空に噴き出し、巨体の崩れ落ちる音が響く。激闘の決着が付いたかに見えた。

「――狂ってしまったことが貴方の敗因です」

 体勢をくるりと入れ替え魔力を逆噴射し、静かに降り立ったセイバーが告げた。あえて正面切って戦ったのも、地形をあのように形成したのも、全てはこの戦法を成立させるためだった。しかし、その様子には微塵も油断がない。まだ勝負は終わっていないというかの様に。事前に八都が言った十二の偉業の話が、彼女の直感に刺激を与えていたのだ。

「……――驚いたわ。まさか、バーサーカーを一度殺して見せるなんて」

 驚愕から立ち直ったイリヤが、努めて冷静を装って言う。一対一、宝具無し、この条件でバーサーカーが一度とは言え破れるなど考えもしなかった。声の震えが抑えられない。まだ一度、でも次は? 宝具を使われたら? 誰かが手助けすれば?

「!」

 イリヤはハッとして八都の方を見る。見れば彼は、今まさにクレーターの端から身を踊らせ、下へ向かって滑り落ちて行くところだった。その手には光輝くエーテルの剣、その身には澄渡るエーテル流の鎧。そして、ほんの僅かに呟きが聞こえたかと思えば、その身には大儀式魔術級身体強化が施される。臨戦体制は万全だった。そう、まだ決着が付いていないのが分かっているかのように。

 マスターである八都があの戦いに剣を持って入っていくのかだとか、非常識な魔術の技量だとか、彼が死んでしまうかもだとか、そんなものはイリヤの頭から一切消え去っていた。ただ、バーサーカーの消滅と言う事実(未来)が怖かった。

「バーサーカーっ! 狂いなさいっ!」

 毛皮のコートすら無視し、イリヤの全身に不可思議に光輝く刻印が浮かび上がる。それは本来マスターの体の一部にだけ現れるもの、サーヴァント制御権であり、聖杯戦争参加者の証、令呪である。全身にくまなく覆うほどのそれは絶大な強制力を発揮し、バーサーカーを狂わせた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――っ!!」

 バーサーカーが限界を超え吼える。大気が震え、全ては圧倒され、夜空に鳥が飛び立つ。まるで夜に飛ぶ危険性を顧みないかの様に本能に負け。

「まだ狂化してすらいなかったのですか――!」

 セイバーの驚愕。復活は予想していても、今の今まで手加減されていたなどとは考えもしなかった。それほどにバーサーカー、大英雄ヘラクレスは脅威だったのだ。

「一人じゃちょっとキツイだろ?」

 セイバーの後方から足音と声。散歩でもするかのような気軽な足取りで、しかし、視線は狂戦士を注視、その額には冷や汗を浮かべ、八都がセイバーに並び立った。その顔に浮かべた笑みには、明らかにやせ我慢が含まれている。セイバーは思わず状況を忘れ叫んだ。

「ヤツト! お逃げ下さいっ、彼は私の宝具で片付けます!」

「確かに、耐性の一つや二つ獲得していそうだ。その鞘は取っ払った方が良いだろうな」

 八都は、セイバーの諫言が半ば聞こえなかったかの様に振る舞う。剣を構え、戦意は高揚し、退く気など一切ないかのようだ。その身からは、今まで感じられなかった力強さがある。完全な身体強化魔術のお蔭だろう。それは確かに「ヤツトならば戦えるかもしれないが」と一瞬セイバーに考えさせるには十分なほどだったが。

「貴方ではきっと死んでしまう、私にお任せくださいっ」

 セイバーは超絶的な冴えを見せ、一瞬で技量不足と判断した。それでも、腹を括った様子の八都は口端を歪めて笑う。

「もう遅いさ」

 二人は一瞬でその場を跳び退いた。まさにその一瞬後れでバーサーカーが着弾(・・)する。地面が爆散し、クレーター内に新たなクレーターが生まれた。噴出した土煙が辺り一帯を覆い尽くし、視界は遮られ、誰がどこにいるかすら普通は分からないだろう。

「ヤツト! 今のうちに!」

 セイバーはあえて声を大にした。狂った巨獣をこちらに引き付けるためにだ。そしてそれは成功した。砲弾のように土煙を一瞬で蹴散らし、バーサーカーが姿を見せる。加速された思考。タイミングは音と経験と直感頼り。極限の集中の中、セイバーは紙一重でバーサーカーの振り下ろしを回避した。明らかに先程よりも速度が増している。ただでさえ負けていた敏捷値に差が開いていた。

「っ!」

 衝撃波だけで吹き飛ばされる。それに逆らわず横っ飛び、序でとばかりに切りつけるが、刃が全く通らない。そこで、先程の八都の言葉が思い出された。

『耐性の一つや二つ獲得していそうだ。その鞘は取っ払った方が良いだろうな』

 迷っている暇はない。セイバーは即座に判断した。

 魔力を噴射し、空中で再加速、クレーター壁面を爆散させながら着地し、毬のように角度をつけて跳ね、地面での二度目の跳躍で直ぐさまバーサーカーに突撃する。内に秘めた戦士の直感か、バーサーカーも当然と言うかの様にこちらに向かっていたが、セイバーに一切の躊躇はなかった。視線鋭く敵を睨み据え、己が獲物を握り締め、風王結界(・・・・)を解除する。

「――!」

 不可視の鞘が解除され、放たれた暴風の圧力でセイバーはさらに加速した。戒めから解き放たれた聖なる剣をその手に、魔力放出全開、風王結界風力最大。爆発的にその速度はマッハ3に到達。バーサーカーの速度を更に上回り、最早誰にも追いつけない。だが、バーサーカーが斧剣を振り上げるのが見える。その振り下ろしの速度は先程見た。セイバーは直感的に理解する。「このままでは死ぬのは私だ」と。だが不思議と危機感は湧かない。回避運動をする気も起きない。何故か。答えはすぐにわかった。バーサーカーのすぐそばに光を見たのだ。集中の極地の中、それが何か理解した瞬間、セイバーの心から一切の憂いは消えていた。あとは己が剣の確かな重みだけを信じ。

 そして、交差はまさに刹那の事だった。

 

 イリヤには眼前の光景が信じられなかった。バーサーカーの上半身が跳ね飛ばされていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。中空を舞うバーサーカーの上半身は出来の悪いコマのように回転し、冗談のような数秒の滞空の後、イリヤのすぐそばに轟音と共に墜落、土埃と彼女の髪を巻き上げた。

「ば、バーサーカーっ!」

 顔をかばう事もせずにイリヤが駆け寄る。視界の晴れかけた先でバーサーカーの再生は既に始まっていたが、右手が斧剣ごとない。

「ヤツト! なんと危険な真似をっ!」

 大声に、思わずイリヤは振り向いた。見れば、クレーターの中でセイバーが八都に対し詰め寄り怒っているようだ。傍では、バーサーカーの下半身が光の粒子となって消えて行っている。右手も斧剣ごと傍に落ちており、斧剣以外は消え去ろうとしている。

「いや、バーサーカー相手に真正面からは歯向かわないさ、そもそも俺の本領はサポートで」

 八都は必死にセイバーを宥めようとしているようだ。が、セイバーの怒気は一向に収まらない。

「今回は助かりました! しかし、次からはこういう行為は控えてくださいっ!」

「だが、バーサーカーは後十回程殺さなきゃならないと思うぞ、神話的に」

「次からは後れは取りませんっ! 宝具の解放も考えれば勝機は十二分ですっ!」

 エーテルの剣を消し、八都はお手上げのポーズだ。あの場だけ、戦いの空気などどこかへ行ってしまっている。

「バーサーカー」

 月明りに影が差したかと思い見上げると、バーサーカーがその巨躯を起き上がらせていた。その全身には血管が浮かび上がっており、未だ彼が狂化状態にあることを示している。次の瞬間、彼は跳躍した。

「きゃっ」

 衝撃でイリヤが転ぶ、十分に配慮され勢いは抑えられていたようだが、それでもあの巨体である。轟音が聞こえ、彼女が起き上がってクレーターの中を見ると、斧剣を拾ったバーサーカーが再び八都達と対峙していた。彼は狂気に蝕まれながらも、戦士の本能でか警戒して迂闊に飛び込めないようだ。

 戦闘続行と見てか、八都がセイバーに提案する。

「セイバー、こうしよう。セイバーが前衛、俺が中衛」

 セイバーはしばらく迷っていたようだが、先程の攻防を思い出し、八都の戦力とバーサーカーの脅威を算出。不承不承と言うように頷いた。

「……いたしかたありませんね。サポートだけに徹してくださいよ」

 セイバーが隙無く構えたまま前へ出て、八都が再びエーテル剣を取り出し少し後ろで構えをとる。バーサーカーも、身を沈め臨戦態勢だ。

 イリヤは、もう止めてしまおうかとも思った。バーサーカーに消滅してほしくはないし、八都にも死んでほしくもない。彼は少なからずイリヤを守るという覚悟を示し、セイバーは、まだ憎たらしいがその確かな実力を見せた。今は強化されているとはいえ、あの実力であってマスターを第一に考える実直さ。最優の全くサーヴァントに恥じない力量、そして立ち振る舞いだ。彼女であってもどうしようもなかったならば、誰であってもどうしようもなかったのだと思わせられるには十分だった。

「■■■■■■■■■■■■っ!!」

 しかし、彼女の思いとは裏腹に戦いは始まってしまう。先手を切ったのはやはりバーサーカー。大地を粉砕しながらの突撃は、戦車すらちゃちに見える迫力である。そもそもからして速度が違う。彼の踏み込みは最早音速寸前。だが、対するセイバーも負けてはいない。巧みにバーサーカーの攻撃をかわし、受け流し、防戦一方とは言え戦えている。暴威の体現ともいえるバーサーカー相手に一歩も引かず、時折一撃すら入れていた。先の攻撃で耐性ができた所為か浅めの傷にとどまるが、防戦のお手本ともいえる堅実な戦い方で渡り合っている。

 そんな風に、激しく火花を散らす両者がいる一方、八都が何をしているかと言うと。中衛どころか後衛に控えて意識を集中させていた。そして。

「セイバー!」

 数秒に渡り唱えていた魔術が完成、タイミングを見計らっての声掛けと共に、光がセイバーへと向かって行く。同時にセイバーは一時的に距離を取り、その身に魔術を受け入れた。

「……! これは」

 セイバーの顔に驚愕、次いで理解の笑みが浮かぶ。バーサーカーが向かって来るが、セイバーの動きは先程とは違っていた。魔力放出の出力は変わらない。しかし、その動きは明らかに鋭さを増していた。セイバーとバーサーカーが獲物を手に激突する。この一連の戦い最大級の衝撃が奔り、クレーターの底が亀裂と共にめくれ上がった。強化したバーサーカーに対し、起こりうるはずの無い拮抗。その原因は強化魔術だった。セイバーの肉体ステータスは、先程と比べ全てワンランクアップしている。他者、それも英霊を強化するという離れ業を八都はやってのけたのだ。

「■■■■■■■■■■■■■■■■っ!!」

「はあっ!!」

 再び始まった戦いは、最早英霊の枠組みすら超えようとしているかのようだった。鋼鉄すら薄紙同然。並のサーヴァントが一撃で爆散するような攻撃が瞬きの間に数十と応酬される。バーサーカーは己の肉体の不死性と耐性を、セイバーは魔力放出と風王結界の風を武器に激突。火花散らし、大地を爆砕し、暴風は吹き荒れる。既にクレーターの規模は直径三十メートルを超え、戦いは最早アインツベルン城すらも巻き込みかねない規模に発展している。今の彼らはまさに、彼ら自身が対城宝具に等しい存在だった。

 そして、そんな激闘の中、八都もまた己の職務を果たしていた。常に両者の戦いから一定距離を取り、時に魔術で、時にエーテル剣でセイバーを援護するという妙技。隙あらば切り込み、バーサーカーに手傷を与えるという小さくも無視できない偉業も成し遂げている。

「――!」

 バーサーカーの斧剣が掠りそうになっただけで頬肉が切り裂かれた。それでも、全く怯まず戦闘に専念する。この戦いは彼にとって家族を救えるか否かの分水嶺。精神を深く沈みこませ、極限まで反応速度を上昇させていた。見る人を凍えさせる冷気にも似たオーラが滲みだしているが、ここに至りそのようなことを気にする余裕はなかった。

「隙ありっ!」

 八都に攻撃が行くという事はその分手隙になる相手がいる。セイバーは一瞬の隙を衝き、バーサーカーが袈裟切りにした。明確な致命傷だ。これで三つ、バーサーカーは命のストックを失った事となる。しかし、その瞳の鬼火は消えていなかった。

「なっ――!」

 セイバーの驚愕。バーサーカーが死してなおセイバーに切りかかったのだ。戦闘続行スキルの変型。彼の蘇生宝具に合わさったが故の超人的な生命力。セイバーは慌てて剣を翳す。しかし、狂戦士の攻撃力を考えれば焼け石に水――。

「edit!(編纂せよ!)」

 あわや一撃貰うかと言うとき、しかし、そこに八都の援護が飛んだ。火線がセイバーを横切ったかと思えばバーサーカーに命中。爆炎がバーサーカーの上半身を消し飛ばした。これで四つ。

 セイバーは一旦距離を取って背後の八都に並ぶ。そして、隙を見せぬまま礼を言った。

「助かりました、ヤツト」

「サポートが本領だといっただろ」

 八都の言う通り、彼のサポートは的確だった。セイバーの動きを二段階は上に押し上げてくれている。始めこそ八都を慮って少々動きが硬くなりがちだったセイバーも、今では安心してその補助を受けられた。(くずお)れるバーサーカーを尻目に一息入れるように彼はその雰囲気を僅かに戻す。

「後八つ……だろたぶん。気張っていこう」

「少々気が遠くなりますけどね」

 上半身が爆散した状態から再生するバーサーカーを見ながら、両者額の汗を隠せない。八都としてはここらへんでイリヤが止めてくれないかと思っているのだが。

 ちらりと彼はイリヤの方を見る。彼女はクレーターの縁の上から心配そうにバーサーカーを見つめていた。それでも彼の勝利を信じているようだ。

 やりきれないな。

 もうもうとした蒸気すら発生させる凄まじい熱を纏ったバーサーカーを見ながら、八都は内心でひとりごちる。二人の間にある絆を彼は知っていた。聖杯戦争が始まるまでの二か月間と言う短い期間での、しかし太く代えがたい絆である。ヘラクレスほどの大英雄との命がけの戦闘中、味方以外を思いやるほどに余裕はないが、それでも何とかしたいという思いもある。

 八都は隙無く剣を構えながら、最早バーサーカーの存在そのものに警鐘を鳴らし続ける直感を無視し、そこまでの道筋を考える。

 残り一つ……いや二つまで削った後、降伏勧告を呼び掛けてみるか。

 魅力、カリスマ、そして溢れんばかりの才能、そこから生み出される数々の技能。それらがあっても八都の性質は戦闘特化だ。身を削り続ける訓練と死闘、聖杯戦争へ向けたある種の『執念』。日常のほぼ全てを戦いへの休息と準備に当ててきた彼の思考回路は、常人のそれとは乖離していた。戦いへ身を置く者に対する生命の基準が軽いのだ。無論、味方を死なせないことが前提ではあるが。死ななければ安い、これに尽きた。それを成立させる魔術の腕があるから尚更だ。

「ヤツト、来ますよ」

 思考の海に沈む彼に、セイバーの警告が飛ぶ。

 バーサーカー四度目の復活。そして、そうするや否や彼は怒りに身を燃やしながら突撃を敢行してきた。先程と同様、セイバーが迎え討ち、八都がサポートする。戦いはゴングの鳴らぬまま続行された。

 

「九つ!」

 バーサーカーが即座には動けぬよう、セイバーが首を跳ね飛ばす。宣言通り、これで九回目の死であった。

「バーサーカー……」

 イリヤは呆然とその光景を見つめていた。最早彼女は、自身が何を考えているのかすら定かではなかった。バーサーカーは最強。八都は家族。セイバーは約束を破った嘘つきで。みんな今戦っている。なんで? 私がバーサーカーに命じたからだ。これが聖杯戦争だからだ。

 彼女は、自分の置かれた立場が急に怖くなった。覚悟はしていたはずだ。憎しみが自分の体を支えていた。そう、憎しみだ。でも今、それはイリヤの心の中にか弱くしか感じられない。何故か? 切嗣はきっと自分を捨てていなかった。八都は自分を家族と言ってくれた。セイバーはきっと最善を尽くしたのだろう。

 とどのつまり、憎しみの源は嘘と虚像で出来ていた。

 彼女は、途端全てが空しくなる。結局自分は今まで何のために生きてきたのだろう、と。戦いの高揚と緊張、それによる疲労が彼女を極度のナーバスにしていた。頭の中の冷めた部分が、悪い方向に悪い方向に物事を考え出す。

 今この瞬間にも戦っているあの三人は、私の所為で戦っている。バーサーカーは既に九回も死を味わい、他の二人もそれを成すために幾度も死戦を潜っている。そう、全部私の所為なのだ。

 イリヤは空を見つめる。中天には満月が輝いていた。今の彼女には余りに寒々しく、眩しすぎる。

 聖杯戦争が続くのも私の所為だ。私がいるとみんな戦う。私が――だから。戦って死んでしまう。死んだらもう会えないのに。キリツグ……お父さん、お母さん。

 会いたい相手(りょうしん)はもういない。守ってくれる人ができたのに、会いたかった相手と会えたのに、その二人は相争っている。嘗て両親を守ろうとしてくれた人と共に。自分の所為で。

 イリヤの目頭が熱くなる。目の端から涙がこぼれ落ちた。彼女はもう自分でも何が何だか分からなくなり、結果、外見相応の子供のように大声を上げて泣き始めた。痛みではなく悲しみで、アインツベルンから追い出されかけた時のように、両親に会えなくなった時のように。

 

 戦闘を中断したのは、意外なことにもバーサーカーだった。彼は突然動きを止め、アインツベルン城の方のクレーター端を見つめている。訝し気に荒い息を吐く他の二人に対し、彼は九度の死が何でもない事のように泰然としていた。そして、二人が混乱しているうちに跳躍し、クレーターから抜け出してしまう。

「な、何なのでしょう」

 セイバーが混乱と共にバーサーカーを目で追った。周囲には崩れた土や岩の落ちる音が響いている。そんな中、八都も何かに気づいたように顔を跳ね上げた。

「……泣き声? イリヤかっ!」

「ヤツト?!」

 バーサーカーを追う様に、八都も飛び出してしまう。セイバーも慌ててそれを追った。そして、跳躍しているときに何故二人が急に飛び出したか悟る。泣き声が聞こえるのだ。少女の、イリヤの泣き声が。

「イリヤスフィール!」

 そうとあってはのんびりしていられないと、彼女は魔力放出で加速した。

 一番最初にイリヤの元に辿り着いていたのはバーサーカー。泣きわめくイリヤに困ったようにそっと腰を下ろし、小さな背に手を乗せている。続いて八都とセイバーがほぼ同時に到着した。

「イリヤ、どうしたんだ? ほら、もう怖いことはないぞ」

 到着してすぐ、武装をすべて解除した八都がイリヤの傍に寄る。セイバーが慌てて止めようとするが、バーサーカーが牽制して踏み込めない。結果、最低限八都をフォローできる位置に留まるに止めた。直感的に危険は感じなかったが、八都の警護と周囲への警戒は怠らない。

 八都はイリヤのすぐそばに片膝をつき、何とか彼女を宥めようとする。

「大丈夫、大丈夫だイリヤ。さあ、なぜ泣いているのか言ってごらん」

 ポケットからハンカチをだし、イリヤ涙をぬぐってから鼻に当ててやると、彼女は勢いよく鼻をかんだ。そして、たどたどしく話始める。

「だ、だって、私の所為でっ、皆戦ってっ」

「そうか、ほら、もう戦って無い。大丈夫。もう戦ったりなんてしないさ」

 八都はバーサーカーからイリヤを譲り受け、そっと抱いて頭を撫でてやった。安心させるように、体温が感じられるように、ゆっくりと一定の間隔を刻んで撫でてやる。

「もう、戦わない? 死んじゃわない? 聖杯なんてもういいから……」

「大丈夫さ、もう戦ってないし、死なない。聖杯があろうとなかろうとイリヤを守る」

 八都は努めて優しい笑顔で告げた。イリヤの赤い瞳と八都の黒い瞳が交差する。八都の事をまるで不思議なものを見たとでもいう様に彼女は見つめていたが、やがてふんわりとほほ笑んで「そっか」と安心したように身を預けてきた。そのまましばらく、今度は背中を撫でてやっていると、やがて小さな寝息が聞こえ始めてくる。緊張の糸が安堵と共に切れたのだろう。八都はイリヤが起きないようにそっと抱き上げると、バーサーカーに多少緊張気味に尋ねた。

「あ~、バーサーカー、イリヤを城の中に入れたいんだが」

 八都の言葉を聞くと、バーサーカーは一つ頷いて、ついて来いとでもいうかの様に背を向けた。八都はその背を追い、セイバーは更にその背を追う。八都も、白兵戦でクレーターを作るサーヴァント二人も、泣く子が相手では些か分が悪かった。

「ヤツト、どうするおつもりで?」

 セイバーが顔を寄せてきた。彼女はこの急展開にも冷静に対応しているようだ。武装解除こそ慎重なものだったが、周囲の警戒など今すべきことをこなしている。八都は、軽く考えるように首をかしげながら。

「まず電話。遠坂が電話に出ようとしない事と、慎二かアーチャーかライダー辺りが電話に出てくれることを祈ろう。今夜はアインツベルン城でお泊りだ」

 そう告げて、先を行き門を開けていたバーサーカー目指して歩いて行った。門からは優しい光が漏れている。見ればメイド二人が門の中から心配そうにこちらを見ていた。色々説明もしなくてはならないようだ。彼は安堵と疲労とこれからかかる手間を思い、そっと重い溜息を吐いた。

 

 八都が溜息を吐いたと同時刻、場所は衛宮武家屋敷、夜天に月の見える瓦屋根の屋上で、凛は膝に肘をついて顔を支えアインツベルンの森のあるはずの方角をじっと見つめていた。夜とはいえ目立たぬように認識阻害の魔術を張り、冬の夜風を感じている。

「心配かね、あの男が」

 そんな凛の背後、霊体化を解いたアーチャーが揶揄するように問いかけた。腕を組んだその姿からは、マスターの様子を呆れているような雰囲気が感じられた。

「う~うん。今のあいつが死ぬのはきっと地球最後の日よ」

 ぼんやりとした返答には確信に似た雰囲気があった。それでいて、憐れんでいるようにも聞こえる。そんな凛の答えが意外だったのか、アーチャーは首をかしげて再び問うた。

「世の中にはもっと恐るべき怪物や唾棄すべき化け物がいると思うがね。そんな彼らよりもあれが生き残ると?」

 凛は、視線を動かさない。風に揺られて彼女のツインテールが揺れる。夜風を浴びる彼女の顔は月光に照らされて幻想的に美しかった。

「死ねないわけじゃないわ、でも死なない。死にたいわけじゃないでしょう、でも生きなければならない」

「世の中の大多数に当てはまる事と思うがね」

 アーチャーは皮肉気に言葉を返す。まるで自嘲しているようにも聞こえた。

「そうね、どんな特別も遠くから見れば、きっとあの月から見ればみんな同じよ」

 それでも彼女は頭上の月にすら眼を向けない。見続けるのは遠い闇の向こうだ。彼女に何が見えているのか、千里眼と言うスキルを持つアーチャーでも定かでなかった。視力的にではない。そこには確かに何もなかった。

「特別な才能がある。努力家である。身体的に優れている。容姿に優れている。天命に恵まれている。大切な人との約束がある。善人が好き。悪人が嫌い。誠実。直情的」

「なんだそれは?」

 アーチャーは思わず聞いた。誰かの説明をしているには、八都を示していることは分かるが、余りにも端的すぎた。まるで紙面上のデータの羅列のようだ。余りにも無機質に本質をのみを表している。

「今まであいつを見ていて、色々調べて、私が分かった事よ」

 凛の返答は、無機質だ。先程までの破壊的までな生命の輝きはどこにもない。まるで夜闇に全てを吸い取られてしまったかの様に無機的で、凍えるような美しさだ。

「だから何なのだ? あいつが完璧だとでも言いたのか?」

 アーチャーは極めて怪訝な表情だ。何を言いたいのかは何となく分かる。しかし、それをいまいち掴みきれない。それが彼には殊更不気味だった。

「さあ? ただ、あいつの起原を私は知っているわ」

 凛はあっさりと言う。アーチャーは求めるものがそこにあるかのように答えを求めた。

「それは?」

 凛は、視線を決してそらさぬままに告げた。まるで口にすれば凍えてしまうとでもいうようにぎゅっと体を抱きしめながら。

「『―――』、よ」

 その双眸は闇に何を見ているのか。凛の告げた言葉は、うすら寒い響きでアーチャーの耳に木霊する。聖杯戦争の第三戦目は、彼らがいないところで終わったのだ。




戦闘描写が辛い。ひたすら辛かったです。
今話投稿が遅れた理由の九割九分が戦闘描写。
馬鹿みたいに時間かかりましたね。あと何戦あるだろう……。
それはさておきいつも通り評価、ご意見、ご感想をお待ちしております、特に戦闘描写の感想を。よろしければお願いいたします。

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