「…ん……来たか」
「大事無いですか?腕が再生できないって聞いたんですが」
救護室には、右腕に包帯が巻かれている男と看病をしていたであろう小柄な女が居た。女の事はバーで見かけていなかったが、メンバーの一員なのだろうか。
「この人は?」
「あぁ……この人は喰種じゃない。戦闘要員ではなくて、まぁいわゆる医療要員だな」
女がこちらに気付き、小さく礼をする。
「村上といいます!以後、よろしくお願いします!」
「よろしく頼みます」
またいそいそとシンクと向き合い何かを洗っている女を傍目に、男はなぜかニヤニヤしている。
「ヤス、大したもんだな。その年であそこまでやるとは。久遠嬢が止めに入らなかったら私は生きていないだろうが……」
「あれ、久遠さんが止めに?」
「あぁ、全力だったらしいんだが……君の連れも尽力していたが、かなり痛めつけられていたよ。SSSはあるだろうが、君の力には及ばぬようだ」
当たり前だと思う。俺のレートは特等以上でなければ閲覧出来ないという“不詳”という規格外さを誇ってるんだから。
「正直、私が負けるのは想像していなかった。君はここで充分やっていける。合格だ」
「ところで、眼に出現しない理由、わかりました?」
「眼に集中しているRc細胞が君には無い。それが身体中を巡ってその強さなのかと思うんだが」
「正解。隻眼もおそらく変異が生じてそうなってる。僕は生まれつきRc細胞を外面に出せないんですがね。CCGの新型ゲートに、純粋な喰種が引っかかる理由も同じようなものでしょう、Rc細胞が二つの眼球に集中していたとしたら、痕跡を調べる機械を使えば一発ってもんですから」
隻眼はなぜ一つの眼にしか赫眼が出現しないのか。
通常の喰種ならば、親は必ず二人の喰種だ。二人の喰種から受け継ぐRc細胞の量は、二人の喰種のRc細胞の量に比例し、同時に赫子を外へ出す器官である赫胞の強度も比例する。
しかし隻眼が生まれる原理は親一人が喰種、親一人が人間というほぼ不可能な組み合わせである。Rc細胞が親一人からしかこないとなれば、喰種として生きていけないし、赫子にも確実に影響を及ぼしてくる。
しかし喰種の本能、というものがあるという仮定をもとに推察を組み上げれば話は違ってくるのではないか。
ここからは推察するしかないが、生まれる前の隻眼になる赤子の喰種は本能として、まず“どちらかの瞳に出現する筈だった赫眼”を排除する。Rc細胞を当人が喰らうのだ。どちらかの眼の細胞を取り込んだ赤子はそれを身体の様々なところへ分布させる。それは赫子を外へ排出させる赫胞へ届き、まさにイレギュラーな変化を起こす。
生まれた隻眼の子は、成長するごとに赫子の形状や量を変化させる。
そんな隻眼というイレギュラーをさらに掛け算して生まれたのが“無眼”だ。
人間の性格や成長は九割がた母親の子宮の中で決まる事をどれだけの人間が知っているだろうか。
隻眼となった喰種は遺伝的に眼のイレギュラーを必ず起こす。そのイレギュラーを掛け算して生まれる喰種─最早喰種と呼べるのかわからない─が眼のRc細胞を“喰らわない”筈がない。二つの眼球に集中しているRc細胞を喰らい、身体中に流す時、必然的に通り道である心臓を経由する必要が出てくる。しかしなぜか、心臓を経由しようとしたRc細胞が心臓でストップする。これはまた喰種の本能ともいうべき事だが、身体を流れるRc細胞の規定値を超えるRc細胞が流れこもうとすると、心臓の鼓動が緩むのだ。これは人間のようにもう九割の事が決まっている事による。自身に血とRc細胞が回らなくなった喰種は脳からの危険信号を受け、Rc細胞を内側大量に欲する。
なぜ人は種類が似ているからといって自分達を猿から進化した種だと言い張るのだろうか。
そのうち心臓が早鐘を打つようになり、規定値を超えたRc細胞が一気に心臓へなだれ込む。その結果、心臓が破裂してしまう。衝撃と身体中を駆け巡る大量のRc細胞によって母親の子宮の中で“擬似赫者”と呼べるような状態になってしまう。眼に集中していた大量のRc細胞を一気に身体中に放出する事は、外の喰種を食うのと同じ事と言える。
しかし本能は素晴らしく、そして根強い。子は母親のお腹の中で赫子を出し子宮を傷つける事のないため、内側に大量の赫胞を作成する。それによってさらにこの後異常があるとも知らずに。
ヤスの破裂した心臓の“代用品”は、ヤス自身の赫子なのだ。
時が流れ、生まれ育つ過程においてさらなる異変が無眼に起こる。
脳や神経、筋肉、骨や血管、内蔵などの破裂である。
頭に血が登る時、同時に大量のRc細胞が流れる。腕で何かを掴む時、神経へ過多の信号が送られる。何か行動する時、必然的に筋肉の筋一本一本に規定値を超えるRc細胞が流れ込む。頭蓋骨は血を作っている。その重要な器官を守ろうと本人の脳が全く善意でRc細胞を送ったのにも幼い身体の骨が耐えられず小さく複雑に折れ、背骨の中にある脊椎は圧に耐えられず破裂した。血管は常に破れていて、修復しても修復しても、内出血が二年止まらなかった。内蔵は、心臓と同じように破裂した。
そして脳は考えた。心臓と同じように、全て赫子で代用しよう、と。
ヤスの身体中に大量にあった赫胞が大量に赫子を代用品として出した。その結果、その四肢は力を込めるとすぐに殆ど赤黒く変色するし、見えない内蔵や骨などは全て赫子でできている。
「そうだな……その点で、やはり君は眼が出ないから、捜査官たちからも見つからないだろう」
「えぇ、おかげで重宝させてもらってます」
……えぇ、重宝していますとも。
「でも人間の方がいらっしゃるとは思いませんでした」
「……彼女の場合は特殊でね、“神父”という喰種が拾った食糧だったんだ」
よくある話だ。孤児院を開いてはいるが、その中は孤児院のオーナーの食料庫だった、とか。
気まずそうに男性は目を逸らす。
「なぜ24区に」
「神父と私は仲が良くてね。ある日教会へ会いに行ったんだが、その時なんのためか気に入った子を持ってけと言われたんだ」
「その神父は、今どこに?」
「……“獄”だ」
「……あぁ」
獄。全ての喰種が畏れる“コクリア”。B〜SSSレートまで幅広い喰種を収容している最新の刑務所だ。いや、正しく言えば「処刑場」か。そこに入れば最後、“生身”では帰って来れない。生身では。
「レートはいくつなんです」
「-Sだ」
それだけの“悪事”を犯していれば当然か。でも、階層としては浅い。
「……自己紹介がまだだった。私の名前は“御堂貴樹”。ここで呼ぶ時はマスターと呼んでくれ」
「僕の名前は舟波ヤスです。呼び方を考えてくれると嬉しいですね」