真剣で恋について語りなさい   作:コモド

1 / 18
過度の下ネタ、不快になる表現があります。
苦手な方はお戻りください。


中学生編
青臭い思春期のはじまり


「お前……おれがドМだって言ったら、笑う?」

「正直引く」

 

 中学二年の春、大和に性癖を打ち明けた。思春期に、己が内で大事に隠しながら形成されていった宝物を侮辱されておれはショックを受けた。

 大和はアナルが好きだった。正直引いた。

 金曜集会の宴のほてりをアジトの屋上で冷ましながら、星を見上げて語り合った夜、まちがいなくおれたちは青春の只中にいた。

 

「ガキの頃からずっと疑問だったんだよね。なんで毎日毎日姉さんとルー師範代にぶっ飛ばされて、血反吐はきながら川神院の厳しい修行を続けているんだろう、って。そりゃ物心ついた頃からの習慣だからと言えばそれまでだけどさ、おれは姉さんみたいにウォーモンガーなわけでも、ワン子みたいに目標に向かってひたむきに努力してるわけでもない。おれが修行して得られたものは姉さんの折檻に耐えられる体力と、一瞬のチラリズムを見逃さない集中力だけさ。それでも修行を続けているのはなぜか? 日がな一日自問自答してようやく辿り着いた結論がこれだった」

 

 まるで釈迦が苦行を経て瞑想の果てに悟りを開いたかのような心境でおれは語った。大和はどうでもよさそうな顔で聞いていた。

 

「修行が辛くても、体力がつけば慣れてしまう。そうなると物足りなくって、もっと厳しい修行が欲しくなる。苦しいのが気持ちよいと感じるようになって、もしやと思い始めたけど、決定的だったのは中学に上がってすぐの頃、ジジイと姉さんにコテンパンにやられて地べたに仰向けで倒れたおれの顔を、姉さんが椅子代わりにした時だね。おれが疲労と全身が痛くて動けないのをいいことに、姉さんは体重をかけておれの顔にぐりぐりと尻を押し付けた。女に負けた情けなさと躰を物扱いされる屈辱感で胸がいっぱいになってるのに……はは、笑えるだろ? おれ……勃起してた」

 

 闘いの熱気がこもる胴着に包まれた汗ばんだ尻のやわらかさがそうさせたのか、姉と呼んでいた人が、すっかり女の躰になっていたことをそれで思い知らされたのか。

 とにかく、おれはその日、性を知った。大和は優しい声で、「気にするな」と言い、「それは俺でも勃起する」と力強く言った。

 

「俺がアナルに目覚めたのは……千に言ったっけ? ほんと小さいころ、ワン子の裸を見たことがあってさ。そのとき生まれて初めて女の子の裸を見たんだ。その光景が強烈に脳裏に焼き付いて……そういえば、アナルって性器じゃないんだぜ? AVにモザイクがかかってないだろ? あんなにエロいのに。脇と一緒にR18指定すべきだと思う」

 

 気づけば大和が如何にアナルが卑猥で素晴らしいものか談義を始めたので、おれは適当に相槌をうちながら今の話を京にチクってやろうと心に決めた。

 中学の水泳の授業でクラスメートの未処理の脇を見てトラウマになったおれの心のささくれをついでのように障られたのが決め手となった。

 

「いつか……おれが総理大臣になったら、アナルを性器だって法的に認めさせてやる。おれはそんな夢を見てるんだ……」

「できるさ、お前なら」

 

 星を見上げながら、断固たる決意を言の葉に乗せた大和を、おれは「こいつ頭大丈夫か」と不安になった。

 だが神妙な大和の表情と空気にあてられて、ついついおれの舌も回ってしまう。

 

「おれもいつか……身も心も捧げられるご主人様と、曲がり角でシャイニングウィザードくらうような運命の出会いがあればいいな、って」

「会えるさ、お前なら」

 

 目と目が合う。大和は男らしく微笑し、おれもつられて笑った。でもやっぱりこいつバカだと思い、大和もきっとそう思っていた。

 その後も舌は弾み、話題はいつしか世界平和に移り、熱い激論を繰り広げるおれたちを見て、なかなか帰ってこないおれを呼びにきたワン子が、「また二人がむつかしい話をしているわ」と尊敬のまなざしで言った。

 ワン子に気づいた大和は咄嗟に、「ワン子にはまだ早かったかな」と意味深な笑みを浮かべたので、おれもノリで、「でも、いつかわかる日がくるんだよね」と言うと、大和は悲しげに、「何でだろう……どうして、こうなっちゃうんだろうな」と言った。

 

 ワン子が疑問符を顔に書きなぐった表情で頭を抱えたが、おれたちも意味が分からなかったので答えようがなく、特におれは大和とワン子を見比べて、「こいつ、この子のアナルで性に目覚めたんだよな……」と色眼鏡でしか二人を見られなくなっていた。

 

 そして案の定、このやりとりは黒歴史となり、お互い墓場まで持っていくことを誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「ねえ千、乙女として相談があるんだけど、聞いてくれる?」

「大和はアナル好きのクソ野郎だ。最近包茎の手術をして調子に乗ってる」

「さすが千、話が早い!」

 

 京がニヤリとほくそ笑み、歓喜の声をあげた。おれは墓場まで持っていく男同士の秘密を、大和の人生の墓場に放り投げた。

 前回の黒歴史となった事件から、まだ一週間しか経っていなかった。場所は同じ、星空の下のアジトの屋上で、おれは大和を売ったのだった。

 椎名京は直江大和のことが好き。それは仲間内で公然の事実であり、事情を知る何人かは一途な京を応援していた。

 なお、仲間にも派閥があり、『応援しながらもトランジスタグラマーな美少女に成長した京に慕われる大和が妬ましい派』がガクトであり、『応援しながらも京に密かに好意を寄せている派』がモロ、『応援しながらもあわよくば京をつまみ食いしたい派』が姉さん、『レンアイ? よくわかんないけどお菓子くれるから応援するわ!派』がワン子、『俺だって大和が好きだぞ!派』で京を愉悦に浸らせたのがキャップ、そしておれは『応援する見返りに京に踏んでもらいたい派』に属していた。

 ちなみに、小学校からたびたび相談に乗っているが、未だに踏んでもらったことはない。理由は『大和以外とプレイをする気はない』からだそうだ。友達を足蹴にできないからではない。

 

「大和はアナルが好き。ふふ、みんなにバレたらあだ名はアナル軍師だね」

「相変わらず、京は大和に首ったけか。おれには、恋愛にそこまで夢中になれる気持ちがわからないよ」

「お子様なキャップじゃあるまいし、急にどうしたの?」

 

 もう数年間も一心不乱に大和を想い続けている京の気持ちを応援してはいるが、おれはその心を理解する気もできる気も全くなかった。

 異性には年相応に興味はあったが、恋愛感情を懐くとなると話がちがうのではないかと疑問が頭の片隅でちらつくのである。

 余談だがキャップは先日、ディス○バリーチャンネルの熊さんが過酷な大自然の中でサバイバルを行う番組を見て、「ちょっとアマゾン行って遭難してくる!」と日本を飛び出した。今頃野生に帰ってハッスルしているだろう。

 きっとマゾの素質があるにちがいない、と敢えて過酷な環境に身を投げるキャップに将来性を感じつつ、京の質問に答えた。

 

「恋愛って要は性欲の詩的表現に過ぎないのに、どうしてみんな異性の挙動に一喜一憂して、自分を虚飾してまでよく見せようとするんだろう。心がカラダに従順である以上、与えられる快感・性欲の充実感がすなわち好意に値するというのに、おれたちは恋をお友達から始めて、お互いをよく知ってからようやくカラダを許すことを良しとしている。だから人を上辺だけで評価して、結婚して家族になってから知られざる性癖に直面したら幻滅して離婚なんてことがザラに起こるんだ。恋愛ってそんなものなのさ。どれだけ言葉で取り繕っても、カラダには敵わないんだ。

 だからおれは異性には、おれの性癖を理解してくれて、それに応えてくれる人を求めている。そこに愛がなくてもいい。満足できるプレイがあれば、それでいいんだ。

 だから、心に重きをおく恋愛が理解できないんだよ」

「小学生までの大和みたいなことを言い出したと思ったら、ただの性癖の話だった……しょーもない」

 

 太宰にかぶれていた頃の大和と一緒にされて、おれは打ちひしがれるほどのショックを受けた。おれは芥川にかぶれていたからだ。

 京は呆れたような顔をしてから、やけに達観した表情で話し始めた。

 

「私は、恋愛は、人に期待し続けること思うよ」

「期待?」

「うん。私は大和が好きで、愛しているから、会うたびに告白して、求婚してる。いつも断られるけど、それでもやめないのは、いつか私の好意に応えてくれると期待してるから。

 付き合えたら、いつ抱かれるのか期待して、抱かれたら、次にできるのはいつかと期待するの。そしていつか結婚して、子供ができて、この幸せがいつまでも続きますように、って期待するの」

「期待……」

 

 すなわちそれは、相手に求め続けるということだ。与えられるのを待ち続けるということだ。とても怖いことだ。

 おれの内心を読んだかのように京が言った。

 

「もちろん、その応えられるまでのあいだ、私は恐れ続けるの。大和に嫌われないかな、飽きられないかな、ほかに女を作ったりしないかな、離婚したりしないかな……だからそうならないように自分を磨く。それが相手への誠意になると思うから。それが恋のはじまりになると、私は思ってるよ」

「そうか……おれがいつか理想のご主人様に出会うのを夢見ているのも恋なのか。お預けからの放置プレイをされて、亀甲縛りでいつかご褒美がくるのを待っているような……そう考えると恋愛も素晴らしいものに思えてくるよ」

 

 そう例えるおれを京が蔑むような目で見るので、おれは思わず前屈みになった。

 京は無視して言った。

 

「でもね、私は、恋は、奪うものでもあると思ってる」

「求める立場なのに?」

「うん。私は大和に愛を捧げる側で、大和は与える側だけど、大和から愛された時点で私は大和から奪ってるの。仮にSMでも、如何にハードなプレイが好きなマゾでもプレイ中はサドから奪ってるものだよ。逆もまた然り」

「たしかにその場合には、大和は京の処女を奪ったが、京も大和の童貞を奪ってることになるもんね」

「幼馴染とはいえ、女の子の前でよく臆面もなく言えるよね。これでモテるって何の冗談」

 

 疑惑のまなざしが股間に突き刺さった。心外だった。

 ……ここまでのやりとりから、誰もがおれを節操のない下品なマゾヒストと思うだろうが、平素のおれは文武両道の優等生であり、あの川神百代の舎弟兼お目付役として通っていた。

 お目付役とは巷で武神と呼ばれ畏怖されている姉さんが、欲求不満を起こして可愛い女の子や強そうな奴を手籠めにしようとした場合、その防波堤となって止める役割であり、つまりていの良いサンドバックである。

 その姿は、傍若無人な武神から、体を張って無辜の一般人を助ける苦労人……そのように周りの人には映るだろう。このポジションは傍から見れば、どうしても片方と比較されて常識人的に評価される上に、年がら年中胃痛に苦しんでいる姿を想起させて同情されがちになり、姉さんを止めるたびに懸命になだめるおれを見て周囲は勝手に憐れみを込めたプラス評価をする。

 加えておれは容姿も優れていた。学業も優秀だった。姉さんとちがって、「この世のかわいいナオン、美人のチャンネーはみんな私のものだ」などと性欲を表に出したりもしなかった。(おれの性癖を知るのも大和と京の二人だけである)

 

 つまるところ、人は外見と言葉だけで人を評価するので、肉体を虐める快感の虜になっていたのを一心不乱に修行に打ち込む向上心のある若者と勘違いし、姉さんの鬱憤の捌け口となっていたのを姉の迷惑に振り回される可哀想な舎弟と思い込んだ。

 それだけの話で、単にどいつもこいつも節穴だっただけなのだ。

 

「京、人には二面性がある。普段は一歩引いた立ち位置で冷静な態度で軍師面してる大和がアナル調教プレイ好きの変態であるように、奥手で如何にも女慣れしていないモロが女の子の髪の毛で欲情する変態であるように、みんな人には言えないものを抱えて当然なんだ。

 京や姉さんのように世間体を捨ててる人のほうが珍しいんだよ。そして人は人をそのガワでしか判断しない。だからおれと大和は優等生で、京と姉さんは変態とレッテルを張られるのさ」

 

 人は業を捨てきれない。京の大和狂い、姉さんの戦闘狂いのように、見目麗しい美少女が人としてどこか壊れている一面を持ち合わせているのも、人として当然だ。

 おれと姉さんが普段ジジイ呼ばわりしている川神院総代・川神鉄心でさえ、あの歳になっても女子高生のブルマとスク水を眺めるのが生き甲斐と公言し、これがないと人生は死んだも同然と言い切る始末だ。

史上最強の格闘家と高名な男でさえそうなのだ。一学生のおれたちが、これを御せるはずがない。抗えるはずがない。

だからおれはドMでもいいんだ。

 

「まあ、私も大和限定の一途ビッチだから、人に改めろと言い辛いけど……千は気になるコとかいないの? きっと普通の恋ができれば落ち着くと思うよ」

 

 まるで童貞こじらせた男に言い聞かせるような口調だった。おれは童貞だったから反論した。

 

「普通の恋で満足できないからマゾヒストなんてやってるんだ。普通の男が愛の言葉を囁かれて満足するように、おれは唾を吐かれて罵られないと満足できないのさ」

「しょーもない……じゃあ身近な女子で、ワン子はどう思ってるの?」

「かわいいし、同じ門徒としては努力家で頑張ってると思うよ。でも性的な目で見られるかって言われると無理」

「ならモモ先輩とかどうなの?」

「頻度の高いオカズかな」

 

 おれは蔑まれた目で見下されることを期待していたのだが、これを聞いた京はニヤニヤと意地悪く微笑した。

 

「ほうほう。では性的な目で見てると」

「そりゃあね。あの人は体も性格もエロいし、おれはあのエルグランドな乳に毎日悶々とさせられてるよ」

「いいこと思いついた。モモ先輩に千がドMだってバラせば、きっと望み通りのプレイをしてくれるよ」

 

 何で今まで思いつかなかったんだろう、と京が天啓をひらめいたかの如く晴れ晴れとした顔で言う。

 おれは選り好みする男だったから反論した。

 

「おれは天然ものが好きなんだ」

「ダメだこりゃ」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。