真剣で恋について語りなさい   作:コモド

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たった一人の怒れる男

 ガクトはキレていた。腕組みし、はち切れんばかりの筋肉の代謝で熱気をムンムンとさせてむさ苦しい大男は激怒していた。

 横に座るモロは居心地悪そうにそわそわとしていた。大和は我関せずと携帯を弄っていた。隅っこに座る京は黙々と本を読んでいた。姉さんはおれの頬に爪先を押し付けてご機嫌だった。

 ワン子は大量の寿司を前に「待った」されてお腹をすかせてよだれを垂らしていた。キャップは宅配寿司のバイトを終えて、廃棄なのか賄いなのかわからないが大量の寿司を調達してきたのに雰囲気が悪い秘密基地内に面白くなさそうな顔をしていた。

 そしておれは――どうしてだろう。ガクトの怒りがおれに向いていて気まずい思いをしていたのだ。

 高校生活が開始して初めての金曜集会だというのに空気が最悪だった。

 どうしてこんなことになったのだろう。おれはこの一週間を振り返った。

 

 

 

 

 

 ――月曜日。

 

 登校時に黒歴史確定の痴態をさらすも持ち直す。にょわにょわ言ってる不死川さんが一度泣かしたあとは目に見えてびくびく怯えているのが可愛かった。

 彼女は虚勢を張るタイプのようで、一度牙を折ったら威嚇しながら後ずさりする子猫のようだった。

 Sクラスは選抜クラスという割に特筆する人が少なかった。葵、井上、榊原さんの他に不死川さん――そして揚羽さんの弟の九鬼英雄とその御付のメイドさんくらいか。

 特段発奮する要素が見当たらないクラスに肩透かしをくらう。彼らの選民思想とエリート気取りは自称ドSのような薄っぺらい虚栄心を感じる。膨らみきった自尊心と虚栄心は中身がないから突けば風船みたいに割れそうだ。

 

 学校が終わってから秘密基地に行くとモロとガクトがいたのでおすすめのオナホとバイブ、ローターについて尋ねるとドン引きされた。

 何に使うんだよ、と訊かれたので「一人暮らしなんだし色々冒険したいじゃん」と答えた。オナホはその通りなのだが、後者の二つについては将来、アナルを滅茶苦茶にされたとき感じることができるように開発に勤しむためである。

 だが自分で開発して目覚めさせたい人がいるかもしれないのが悩みの種だ。

 ガクトはしばらく開いた口が塞がらなかったのか呆然としていたが、戸惑いながらふやけたカップ麺がおすすめだと言った。食べ物は粗末にするな。

 モロは何かショックを受けたようで、konozamaで買えと言い残して去っていった。

 おれは帰ってから泊まる気満々な姉さんを追い出して、ネットで注文したあとオナニーしてから寝た。

 

 

 

 ――火曜日。

 

 九鬼英雄とメイドの忍足あずみさんと知り合う。

 姉上からお前の話をきかされたとか何とか、生まれついてそうであったかのような傲岸不遜な物言いの自己紹介だった。他の選民思想に被れたクラスメートと違ってどこか憎めない。

「愛しき庶民よ。今日も今日とて勉学に励んでいるな。殊勝な心掛けだ。我も王としての勤めに一意専心しているぞワハハハハ!」なんて初対面のクラスメートA君に言っちゃう天然さは揚羽さんに似ている。権力者としての責務を同い年で果たしているから、畏敬だとか感嘆の念が憎しみより先立つのだ。

 メイドのあずみさんはいい年してぶりっ子だ。しかし何かがおれの琴線に触れ、後ろ髪を引かれる思いになる。なぜだろう、無性に年齢のことで煽りたい。そうすれば彼女はおれが望む、社会的に許容されるギリギリのラインの行為をしてくれる気がする。

 凄腕の忍者……かな。足運びが達人のそれだった。でもこれで九鬼従者部隊の一位ときくと人材不足なのかもと思う。

 

 女生徒の何人かに連絡先をきかれる。快く了承すると後続の女生徒がぞろぞろと列を成した。その列に葵冬馬が並んでいた。

 おれは夜食をたかりに来た姉さんとワン子に餌を与えてから追い出すとオナニーを済ませてから寝た。

 

 

 

 ――水曜日。

 

「女性にはサディスティックに、男性にはマゾヒスティックに接することで倒錯した情愛を得る。なかなか乙なものですよ? その逆もまた良いものです」

 

 葵冬馬と猥談する。猥談は朝の教室の真ん中で起きていた。

 

「男とするのってどんな感じ?」

「女性とするのとは違いますね。私はタチもネコもどちらもいけますが、たとえばネコのときは男性が私の体を必死に求めているのが伝わって、相手を慈しむような感情が芽生えます」

「あぁ、経験豊富な女性が童貞をリードする気持ちね」

「ええい! 朝っぱらからなに悍ましい話してるのじゃ! TPO弁えんか馬鹿者ども!」

 

 不死川さんに怒られた。葵とは初対面がかなり特殊で気持ち悪い印象があったが、実際に話してみると気が合った。葵は性的な事柄に精通していて経験値が並みの学生と桁違いであった。彼の実体験は情事の最中の生臭さが、ありありと伝わってきた。彼の中には彼に関わってきた男女の営みが生き生きと輝いており、経験を積むということが如何に人を育てるか実感させられた。

 経験人数一万二千六百六十人とか軽蔑を通り越して男として尊敬してしまう気持ちに似ている。

 

 昼休みは九鬼主従に声をかけられ屋上に向かった。

 

「突然呼び出してしまい申し訳ありません」

「別に構いませんが、何の用でしょう」

「我の腕のことだ」

 

 聞けば九鬼英雄は不慮の事故で肘に完治しない古傷があるらしい。どんな名医にかかっても治らなかったとか。

 おれの噂は耳にしたことはあったが、接点のある揚羽さんを姉さんがおれに近寄らせなかったりしたのが曲解されて選択肢から外れていたらしい。

 

「揚羽様から三河さんの力をお聞きしました。最新医療でも完治が見込めないと匙を投げられた怪我ですが、三河さんならば」

「そういうことね。うん、いいよ」

「ありがとうございます! ではこちらのスケジュールを変更してそちらの都合に――」

「いや、すぐ終わるから」

 

 ちちんぷいぷいいたいのいたいのとんでいけ! 九鬼英雄の腕は治った。

「おお!」九鬼英雄は驚嘆の声を漏らすと腕を回して全快した右腕のみなぎる活力に感動しているようだった。「この感覚は怪我をする以前の……」

 主人が回復したことをあずみさんは嬉しがるより、これまでの治療が無意味だったかのように、一瞬で治ったことにドン引きして自分の目を疑っていた。あなたの気持ちはよくわかる。

 九鬼英雄は感激して喜んでいたが、興奮が冷めてきたのか瞑目して口惜しそうに言った。

 

「できれば、もう三年……いや、二年早くお前と会いたかったが……」

 

「英雄様……」あずみさんが切なそうにつぶやいた。事情がつかめないが深刻そうな雰囲気だったためにおれは口を挟めなかった。

「いや……」九鬼英雄は頭を振って思い詰めた顔を晴れやかに変えた。

 

「怪我をしたことで得られたものもある。それは我にとって何物にも代えがたいものであった……そう思えば耐え忍んだ甲斐もあった」

 

「英雄様」あずみさんがきりっとした顔でつぶやいた。何の話かわからなかったがシリアスっぽかったのでおれは黙っていた。

 

「それに今の我は世界中の庶民の暮らしを背負って立つ王よ! その我がくよくよしていては下々の者も口を開けて笑えんわ! フハハハハハハ!」

 

「英雄様ぁ!」あずみさんは陶酔したような顔で叫んだ。おれはついていけなかったが空気を読んで「あはは」と愛想笑いでお茶を濁した。

 

「三河千、借りができたな! 我は恩を忘れぬ。困ったことがあればいつでも我を頼るがいい!」

 

 多忙な九鬼英雄はあずみさんを引き連れて風のように去っていった。恩で昼ご飯を奢ってもらえばよかった。鳴り響く腹の音を聞きながらおれはポツンと立ち尽くした。

 

 その日はやっと到着したおとなの玩具にウキウキし、早く試したくて疼いていたので、文句を言う姉さんとワン子を追い出してオナホの初体験を済ませた。びっくりするくらい具合が良くて、寝る前に三回もオナニーしてから寝た。

 

 

 

 ――木曜日。

 

「お前は呪われている」

 

 井上が念仏を唱えながらおれに忠告してきた。霊感商法かと思いきや、幼女が表紙に描かれた雑誌を手渡された。

 

「これはコミックえるおーという俺の聖典だ……年上に絡まれるお前を不憫に思って持ってきてやった」

「いらないよ。お前の精液でカピカピじゃん」

「まだ使ってねえよ!」

 

 おれは突き返した。井上は宣教師だったが、おれは既に別の神を信仰していたため惑わされなかった。

 おれはだいぶSクラスに馴染んできたと自負していたが、おれが勉強ができてなおかつ顔が良くて武力も最高クラスだから嫉妬している連中がいたらしい。

「君は調子に乗り過ぎだね」と挑発してきた同級生に決闘を挑まれた。一手三十秒の早指し将棋で戦う羽目になった。よほど自信が合ったらしいが四十七手目で向こうが投了した。観客を飽きさせないためとか見栄張って早指しなんてするからミスをするんだよ。

 余談だが観戦していた京に、「千は能力が高すぎてナチュラルに人を見下しているからSがお似合いだよ」と言われた。ちょっと傷ついた。

 

 おれのメアドや電話番号が女子のあいだで拡散されているらしい。知らない人からメールが来るようになり、誰からきいたか尋ねると一昨日に教えた人たちだった。

 そのせいでたくさんの人からメールがくる。主に女性と葵だ。返しても返しても終わらないし、ひとりひとり次の返信を考えるのも億劫になる。よく大和はこんなのやってられるなと感心した。

 このメールを送って来る女性が皆おれを好いていると思うと気分がいいが、興味のない相手だと思うと嬉しくもない。

 

 放課後、家に帰ると程なくして京がやってきた。家に上がるや否や京はおれのAVコレクションを物色し始め、その数をなじった。

 

「親からもらった仕送りでAVを買いあさるなんて、千って本当に最低なクズだわ」

「ち、ちがうんです。そのAVはキャップに紹介してもらった、マイナス十℃の倉庫の中でイカの入った箱を延々運ぶ時給五千円のバイトで溜めたお金で買ったんです!」

「なにそのバイト、怪しすぎるでしょ」

 

 その後も散々おれの性癖を詰り続け、なぜかガクトとモロまで遊びにきて、おれの収集したAVの数々を目撃したガクトは愕然として目を移ろわせ、モロは顔を青ざめさせていた。

 その日は姉さんが来る前に京の言葉攻めを思い出しながら四回も抜いた。追い出されなかった姉さんは調子に乗って夜這いしてきたが、お母さんが子供を窘めるように「だめ」と言うとしゅんとして不貞寝していた。

 さすがにかわいそうに思えたので、おでこにおやすみのキスをして頭を撫でてあげた。翌朝の様子を見る限り、姉さんは眠れなかったようだ。

 

 

 

 ――金曜日。

 

 エレガンテクワットロ、俗に言うイケメン四天王におれが選ばれたらしい。

 他のメンバーについて尋ねると、京極先輩、葵、キャップ、ワン子の幼馴染のたっちゃん、そしておれ。

 五人いた。四天王なのに五人いるのはおかしいだろとツッコんだが、古今東西、四天王が五人いるのは珍しくもないらしい。竜造寺四天王も五人いるし、最上四天王なんて六人いるからイケメン四天王が五人いてもいいじゃない、そういう結論になったらしい。よくわからない。

 

 学校では特筆すべきことがなかった。教室でも同様……けれどもおれは心臓が別人のように早打つ出来事に遭遇した。

 九鬼英雄がトイレに席を立った途端に、あずみさんが「はーっ、どっこいしょ」と年寄り臭い声をだし、ちょっと焼きそばパン買って来いよと井上をパシリにした。おれは井上が羨ましく、また妬ましくなり、気づけば目を見開いて凝視していた。

「どうして三河は俺を睨んでいるのかしらん」井上が半分恐々半分おどけながらつぶやくと、榊原さんが「準の頭が太陽光を乱反射させて目障りだって」と言った。

「近頃のユキは俺に厳しいなぁ」井上は変わり果てた幼馴染を憂いていた。「普段の自分の言動を顧みてみろハゲ」榊原さんは正論を言っていた。

 彼らを見ているとおれと京の関係を彷彿させられる。おれは井上に比べればまだまともだけど。

 とりあえずそのパシリポジションおれと代われよ。

 

 金曜集会の前に島津寮に行き、大和の部屋で時間をつぶす。メールの区切りをつけた大和がヤドカリを恍惚とした表情で眺めていたので、おれも一緒になって観察した。

 あんまりにも動きがトロいので、「ヘイストかけて十倍速にしていい?」ときくと大和に「殺すぞ」ゅぁれた。。。

 自分の趣味の話になったとたん饒舌になる男みたぃ。。。キモい。

 おれと大和はしばらく黙々とヤドカリを眺めていたが、やはり面白くない。可愛くもないし、赤い蜘蛛みたいでキモい。

 でもよくよく考えたらエビやカニの仲間だし、食べられることを思い出してうっかり「ヤドカリっておいしそうだよね」と口にしたらやっぱり「殺すぞ」ゅぁれた。。。

 ャドヵㇼゎ十脚目異尾下目でタラバガニやャㇱガニの仲間……カニは十脚目短尾下目で厳密にはタラバガニはカニじゃなぃ……

 タラバガニとヤシガニはおいしいからきっとヤドカリもおいしいよ。……大和ってヤドカリ関連だと冗談が通じないんだな。いったい何が彼をこんなふうにしてしまったのだろう。

 

 大和が小一時間もヤドカリを眺めているあいだ、暇だったので部屋にあった漫画を読んでいた。わりと丁寧に描写していたスポーツ漫画が超人ギャグ漫画になっていく過程は勢いで誤魔化されるが、冷静になると傾げた首が元に戻らないレベルで疑問符がつく。

 文句が出るのにそこそこの巻数を熟読してしまった。だって面白いんだもの……なんて思ってると背後の大和が我に返る気配がした。

 

「京が『千は今のうちに矯正しとかないとトンデモナイ変態になるよ』って言ってたぜ」

「またまたご冗談を」

「自分じゃ気づいてないのかもしれないが、お前川神学園に入学してから加速的に変態化が進んでいるぜ」

 

 日に日にやせ細ってゆく病魔に蝕まれた人を心配するような話し方だった。そんなこと言われたって、うちどないすればええのん?

 

「……つかぬこと訊くけど、千はモモ先輩のことどう思ってるんだ?」

 

 急な転換に面食らったが、大和の声音が真面目なトーンだったから、おれも真剣に考えて答えた。

 

「おれにとって一番美人で一番好きな女性だけど、付き合うとなると一番ためらう人」

 

 大和は短く「そうか」と言った。なんだよこのこっぱずかしいやりとり。青春っぽいじゃんか。

 

 

 

 

 

 ……そしていまに至る。

 振り返ってみたが、やはりガクトを怒らせた覚えはない。あきれさせた覚えは多々あるが、決して今のガクトのように激怒するほどのものではないはずだ。

 つまるところさっぱりわからない。なんでガクトこんなにおこなの?

 

「ガァクトー、むさ苦しいぞ。空気が悪くなるだろうがー」

 

 怖いもの知らずの――いやお化けが怖かったり取ってつけたような狙いすぎなかわいい要素もあるのだが――強い怖い恐ろしいの代名詞の姉さんが、歯に衣着せぬ態度ではっきり言った。

 

「というか何で怒ってるの」京も続いた。

「ガクトのなかの千と現実の千がちがい過ぎてキレてるんだよ」モロが答えた。

「要するに女子に人気がある千にムカついただけか」大和がため息をついた。

「なんだそんなことかよ」キャップが呆れた。

「そんなことより早く食べましょうよぉ」ワン子が腹を鳴らした。

「そうだな食べるか」

 

 そしてみんな寿司に手をつけた。

 

「あいかわらず俺の扱いが軽いな、このファミリー!」

 

 案の定ガクトは盛んに怒った。

 

「真面目な悩みだったり、深刻な問題なら真剣に考えてやるが、今回は理由が下らないからな」

「ガクトって心狭いわよねー。だからモテないのよ」

「別にモテたって嬉しくねえけどなー」

 

 寿司を貪りながら大和、ワン子、キャップが追い打ちをかける。おれは空気を読んでずっと黙っていたが、まだガクトは納得いってないようだった。

 

「でもなー、やっぱ世の中おかしいだろ。どうしてこんな変態の千が学校一モテてるんだ」

「「「「顔」」」」

「世知辛い世の中だぜ……」

 

 無慈悲に一致した見解にガクトは涙した。

つーか、おれが一番人気あったのね。まだ入学して一週間なのに。順当に京極先輩だと思ってた。

 タバスコ醤油とかいうデスソースよりエグそうな液体に寿司を漬けて口に運んでいる京がふと手を止めて言った。

 

「ガクトは自分がモテない理由、千がモテる理由を分かってないようだから恋愛マスター京先生がレクチャーしてあげようか」

「自分の恋愛が成就してない奴に言われたくないが、背に腹は代えられねえ。んじゃ京、頼むわ」

「ひとことうるさいなこの男は」

 

 気持ちよく講釈たれようとしたのに水を差され、不服そうながらも京は言う。

 

「とりあえず、女性からの評価は耳タコだろうから、男から見て、もし自分が女だったらファミリーの誰と付き合いたいか考えてみてよ」

「なんじゃそりゃ!」

「つべこべ言わず答える。はい、モロ」

「え!? 僕!?」

「自分が女になった気持ちで、3・2・1、ゴー」

「え、ええ、えっと」

 

 突然話を振られ、しどろもどろになりながらモロが言う。

 

「うーん……千、かな。キャップは奔放的で付き合うのは体力的にきついし、ガクトは乱暴だから壊されそう。大和は……なんだかねちっこそうだから、千がいいや」

 

 具体的な批評されてみんな引いた。

 

「モロ、女の子になりきってたね」

「え?」

「一人挙げれば良くね? わざわざ全員と付き合うシミュレーションまでしなくても」

「ふーん、ねちっこいねえ」

「乙女メンタルだなぁモロロ」

「うわぁぁぁ! 何でそうなるのさ!」

 

 やけに生々しかった。おれは消去法で選ばれていた。あー、モロ。男は体を求められることに自尊心を鼓舞されて満たされる生き物だから、女になって男に犯されたいと考えるのも異常ではないから。性転換して美少女になり、男にモテたいと思うのは男性の思考からいって何らおかしくない。

 他の人からみれば気持ち悪いけどな!

 モロをいじってから他のメンバーも答えてゆく。

 

「んー、ガクトかな。遊んでておもしれーし」とキャップ。

「もちろん俺様だぜ!」と馬鹿。

「千」と大和。

「……大和で」とおれ。

 

「さて、ガクトと千が二票、大和一票となりましたが、無効票がございましたため、感性がまともな大和とモロが投票した千が一位になりました」

「はーいせんせー! 目の前で不正がありましたー!」

 

 京、集計をちょろまかす。ガクトが弾劾するが女子の圧力に揉み消された。これも社会の縮図である。

 

「つーかこれ意味あんの?」

 

 大和が尋ねた。京はしれっと、

 

「ないよ。ただ男がお互いをどう思ってるか知りたかっただけ」

「そんなことだろうと思ったぜ!」

「ククク、これからお互いに意識しあうといい……」

 

 京は悪い顔をしていた。そしてすこぶる愉快そうであった。仲の良い友人同士が胸の内を明かして気まずくなる空気に愉悦を感じる人種なのだろう。とてもいいと思う。

 

 

 

 食べ盛りのワン子とキャップが寿司をデデデでプププな球体のごとく口に放り込み、姉さんもこちらに耳を傾けながらもやはり寿司を頬張っているなか、京の恋愛講義が始まった。

 

「男がモテる要素って大きく分けて二つあると思うんだよね。先天性と後天性」

「はいせんせー! センテンセーとコウテンセーってなんですかー?」

 

 ガクトくんがげんきいっぱいにきょしゅした。みやこせんせいはむしした。

 

「先天性は無論、顔や身長とか、遺伝子的に優れたところ。生物学的にメスは本能的に強い遺伝子を残したいから。キャップや千がモテるのはこの先天性の要素が大きいわけ」

 

 まあそれはわかる。人が異性に求めるのはまず顔だからな。人は顔だよ。だっておれ、ブスに罵られたら興奮しないもん。でもブスに強引に犯されたら興奮するかもしれない。そこらへんのさじ加減が自分でもわからない。

 京先生は人差し指を立てる。

 

「では後天性が何なのかっていうと……不細工のヤリチンっているよね。先天性のモテ要素で劣っているのに、どうして彼らはたくさんの女の子とエッチできると思う?」

 

 ガクトが手を挙げた。

 

「はいガクトさん早かった」

 

 大喜利かな?

 

「まぁ無難に性格だろ」

「付き合う前に性格なんて大してわからないでしょ。性格より人当たりのよさって言った方が的確じゃない」

 

 京はちらりとおれを見た。なぜおれを見る。大和がすかした顔で手を挙げた。

 

「月並みだが、ヤリチンだからモテるんだろ」

「はい、大和さん正解」

「は?」

 

 これに大和とおれ以外の全員が怪訝な顔をした。たしかに意味がわからん。どうして不細工がたくさんヤれるのか聞かれているのに、ヤリチンだからヤれるが正解だと言われたら因果関係が逆に思える。

 けれどもおれは京の言いたいことが今の大和の答えで、やっとわかった。グッピーの実験だこれ。

 見てくれの優れたオスと悪いオスではメスと交尾できるのはもちろん優れたオスだが、悪いオスをたくさんのメスと交尾させると優れたオスではなく悪いオスを選ぶようになるっていう。

 

「女の子ってさ、人気がある男子が好きなんだよね」

 

 と言う京はいつも以上になに考えてるかわからない声音だった。

 

「決断力がないから決定は誰かに委ねるし、買い物は長いし、要するに主体性がないんだよ。だから他の女の子が好きな男なら大丈夫だろうって保証? 安心感? に食いつくわけ」

「あー、女子って買い物なげえよなぁ。俺、途中で帰っちまったよ」

 

 キャップだけが同意した。ファミリー以外の女子とデートしたことがあるのはキャップだけだった。

 そのキャップは女の子を悲しませたという理由で姉さんに制裁されていた。誰も助けようとしなかった。

 

「極論、今まで見たこともない男性アイドルグループが、『いま渋谷のJKに大人気!』とか『国民的アイドルグループ』とか宣伝して、サクラにキャーキャー言われてる所見せれば、女の子はそれに靡くんだよね」

「言われてみたら大半の女ってそうだな」

「ウチの女性陣はあまり女の子らしくないよねえ」

 

 ガクトとモロが同意した。ワン子と姉さんが口を尖らせた。

 

「どういう意味よ!」

「そうだそうだー! こんな美少女たち捕まえといてー!」

「可愛らしいの外見だけで中身はバキや世紀末世界に生きてる連中みたいじゃん」

 

 おれは殴られた。姉さん、そういうところですよ。

 

「この理屈、納得いくこと多いんだよね。子供ができた男性って既婚なのにモテるようになるし、少女漫画でもヤリチンって多いし人気あるじゃない。典型的なスイーツ小説なんて主人公はたいていヤリチンだし、女性はたくさんの女性とセックスできる男に魅力を感じる生き物なんだって。

 歴史を見ると妾をもてるのは権力者か金持ちだったし、当然といえば当然だね」

 

 少女漫画は悪魔の書物だからね。あれは一部の作品以外は男性、特に草食系は読んじゃダメだよ。あれを読むと女性も積極的な男性を求めているのだとよくわかる。

 草食系男子と同じで女子も受け身の恋愛、棚ボタ的な出会いと好意を好んでいるのだと。

 

「まとめると、千は容姿が良くて先天的に優れているからモテる。顔目当てに多くの女性が集まって来て、それを見た他の女性も皆が好きだから好きになる。

 ガクトはモテないからモテない。終了」

「にべもねえ!」

 

 京は端的に結論だけ述べて恋愛講座を終わらせた。たぶん飽きたんだろう。しかしそれでガクトが納得いくはずがない。お前はモテないからモテないんだぞ、と言われて「はいわかりました」となるわけがなく、ガクトは京に食って掛かった。

 ガクトの、要約すれば「どうすればモテるのか」という質問に京はうんざりしていたが、姉さんを一瞥すると、

 

「まあ、あるにはあるけど」そう言っておれを見て、「千が異常にモテるのってモモ先輩にも原因があると思う」

 

 名指しされた姉さんはきょとんとしてから、自分を指さして「私か?」と聞き返した。京は首肯した。

 

「千は容姿が良いから目立ってたんだけど、その千に、ある意味千以上に有名なモモ先輩がべったりだったでしょ? それで余計に千が注目を浴びて、噂通りの美少年だって益々評判になってるのが現状で、おまけにどう見てもモモ先輩が千にべた惚れじゃない?」

「京ちがうぞ! こいつが私の所有物だからだ!」

 

 姉さんが声を張り上げたが京は無視した。

 

「武神と名高いモモ先輩が惚れてるってすごい宣伝効果があるよね。あの武神が、あんな美人のモモ先輩が惚れてるならよほどの大人物なんだろうって想像しちゃうし、一応それに見合うだけの容姿と能力はあるじゃない千は。モモ先輩が怖いから表に出さないだけで、憧れている女の子かなりいると思う」

「で、それがガクトとなにか関係あるの?」

 

 おれはこっぱずかしくなり先を急がせた。

 

「んー、まあ、ぶっちゃけると影響力のあるモモ先輩がガクトを好きだと盛大に喧伝すればワンチャン」

「絶対にいやだ」

「ですよねー」

 

 姉さんが真顔で拒否した。京は端から無理だとわかっていたのかすぐさま、「これは提案したくなかったんだけど……」と前置きして次の案をだした。

 

「グッピーの近縁種はね、モテないオスはメスの気を引くためにモテるオスとメスたちの前で交尾するんだって」

 

 じゅるりと舌なめずりして熱っぽい視線をおれとキャップに向けた。

 

「つまりガクトはキャップや千を女子の目の前でガン掘りすればワンチャンある……」

「するわけねえだろ!」

「ちっ」

 

 露骨に舌打ちする京。「ガン掘りってなに? 釣り堀みたいなもん?」と大和にきくキャップ。「ガクトみたいなマッチョはむしろ受けが多いよな」と京に乗る姉さん。

 よくよく考えれば全員童貞処女の集まりで、恋愛に役に立つわけがないことにようやく気付いたガクトは、最後の最後に憎くてたまらなかったはずのおれに縋りついてきた。

 

「頼む、千! お姉さんを俺に紹介してくれ!」

「いいけど、もう彼氏いるよ」

 

 ガクトはくずおれた。そこは寝取るくらいの意気込み見せてくれ。

 




A-5まだですか。

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