シカゴ・カブスがヤギの呪いに打ち勝ったので投稿します。
どうでもいいですがポケットモンスターS&Mが、
ポケットモンスターS(サド)&M(マゾ)に見えました。
たぶん買いません。
間隔が空きすぎて忘れてしまった人の為のあらすじ
・主人公、メイド(28)に振られる
・主人公、女王様と出会う
・主人公、ホモに連れ込まれる
上がってみると、安普請な造りだが、中は掃除が丁寧に行き届いていた。綺麗にはしているけれど劣化が隠しきれない畳とか、頑固おやじにひっくり返されるために存在するちゃぶ台とか、あまり経済状況は良くないのが窺える。
そんなに広くはないが、ここで亜巳さんが暮らしているのだと思うとそわそわして、どこで寝てるのか気になってキョロキョロと見渡してしまう。
ここでいつも亜巳さんが寝泊まりして、飯を食べ、無防備な姿を晒しているのだと思うと言いようのない興奮が胸を襲ってきた。
こういう生活感漂う一室でだらだらとセックスするのも、それはそれで下半身を熱くさせるものがある。
亜巳さんが留守でなければ、今頃若さ故に憤るおれの息子と、愚かさ故に迸るパッションを詰り、足蹴にし、唾を吐きかけながら、おれの性欲と貞操と憧れを奪い取ってくれた筈なのだが、留守だったんだから仕方ない。
きっと仕事で忙しかったんだろう。そうにちがいない。いないのだからこうなるのも仕方がないのだ。
「ワリィな、こんなもんしか出せなくてよ」
「あ、お構いなく」
御茶請けにせんべいと葬式饅頭が出され、おれは反射的に受け答えした。
おれの横には色白で筋骨隆々の大男がいる。ガクトよりは実戦的な筋肉の付き方がしてると、タンクトップのみの上半身から戦闘力を読み取ってしまう。
この辺は川神院で育った弊害というか、無条件で作動するスカウター的な考えで視覚から判断してしまうので、職業病みたいなものである。
「ちょっと前は豚や舎弟からの美味い貢ぎ物があったんだが、全部食っちまったからなぁ。シケてるが勘弁してくれや」
「いえ、全然! こちらこそ突然おたずねしてしまって申し訳ないです!」
おれは恐縮して肩を縮こまらせながら矢継ぎ早に言った。
豚とか貢ぎ物とか、軽い調子でポンポン出てくる恐ろしいワードにこの男のガラの悪さから、おれはコイツがヤクザか半グレのおっかない人なのかと邪推してビクビクしていた。
おれはどこまで行っても根が小市民なので裏社会の怖い人を見るとどうしても腰が引けてしまうのだ。
本気を出すと次元が崩壊するレベルのチートバッカーズの作中最強候補がそこら辺のチンピラヤクザに勝てないのと一緒で、普段から武神だの核より存在が恐ろしい爺だのビーム撃つ万年ジャージの片言中国人だのと一緒にいても怖いものは怖いのだ。
……つーか、コイツはいったい亜巳さんの何なんだろう。何で亜巳さんが住んでる部屋にいるんだろう。
あれか。亜巳さんがコイツの愛人だったとか、そういうオチか。亜巳さんホステスだし、借金抱えて色々やってるとか、そういうのですか。
「見たとこ学生みてえだが、高校生くらいか?」
「あ、はい」
おれは考えなしに返事をした。チンピラは細い目を炯々とさせておれを見ている。その視線は湿っぽく、じっとりと、絡み付くようで、すこぶる居心地が悪かった。
「いいねえ、学生ライフ! 若くてイキの良いかわいい子がたくさんいるんだろうな」
「若いのが好みなんですか?」
「おお! 特に細くてやわらかそうな子なんて最高だぜ。ま、俺は何でもいけるけどな」
おっかない人に学生だと明かすのもどうかと思ったが、下世話な話になるとついつい舌が弾んでしまうもので、おれは次第にこの怖いお兄さんと打ち解けていった。
十代半ばの男ほど性欲に忠実な生き物はいない。人間以外にはいるかもしれないけど、彼らは本能に忠実なのであって性欲に忠誠を誓っているわけではないから人間の男が最も性欲に逆らえないのだ。
おれはよそよそしく距離感を測りかねながらも、性癖を話すことで安っぽい親近感を得た気分になって談笑に耽った。
「学校ってよう、どんなところなんだ? 楽しいのか?」
「学校が楽しいと感じたことはないですね。人がいるから面白いと思いますけど」
思い返してみると、おれは小中とずっと寝てばかりの不毛な学校生活を過ごしてきたから、学校を楽しい場所だと思ったことは一度もなかった。
義務教育の記憶の大半は、川神院での鍛錬で占められていた。交友関係もまた川神院と、そこから派生した風間ファミリーとの思い出ばかりで、学友と呼べる人物が全く、これぽっちと言っていいほど存在しなかった。
勉強だってそうだ。目の前に出された問題の多くは、それを眺めた瞬間に答えが分かった。学校が勉強するところだと言われても、おれにはいまいちピンと来なかった。
「話聞いてると、学生も俺らとたいして変わらねえな。気に入らない奴がいたらぶん殴って、気に入ったコがいたらヤりてえなって思うんだろ? やってることに大差ないじゃねえか」
おれとの話を通して、チンピラ――竜兵さんと言うらしい――が得た感想はこうであった。
おれはそんなものかと思った。川神学園にいてちょっとしか経っていないけど、Sクラスの連中と来たらやることが勉強しながら、他者を見下すか嫉妬するかして、やたらと攻撃的で傍から見てつまらない人間の集まりだ。
退屈しない人は異常性癖を垂れ流す要注意人物で、或いはこれらに該当しない尊敬に足る人も中にはいるけれど、常識外れにも程があってやはり変人のカテゴリーに収まるし、大半は竜兵さんの言が当てはまるだろう。
学生は生活の大半が家と学校の往復になってそれより広い世界を知らないから無理もないが、たとえ知る機会があったとしても、世の中というのは狭い世界が無数に点在しているだけなのかもしれない。
下らない感慨に浸るおれに竜兵さんはゲスい顔で質問を投げてきた。
「ところでよ、お前くらい顔が良いとめちゃくちゃモテるだろ? 浮ついた話の一つや二つじゃきかないくらいあるだろ? お兄さんに話してみろや」
「……」
「? どうした?」
「ないんです……何も」
「……」
おれがこれまでの灰色の恋愛を思い浮かべ、半生を憂いながら答えると竜兵さんは罰が悪そうに沈黙した。
キスやオーラルセックスは姉さんとしたが、これはおれにとって黒歴史だった。姉さんは関係を持つには重すぎる。ワン子や京も近すぎて恋愛関係になるのが怖すぎる。
小学校・中学校時代は姉さんの威光と威圧のせいで誰も近づいてこなかった。高校では失恋するわ、家にお呼ばれしたと思ったらチンピラヤクザが出てくるし……なんなんだろう、おれの青春。
おれの容姿に対して内容が塩辛すぎませんか。
「ま、まあ元気出せよ。これから幾らでも楽しいことあるって。な?」
バンバンと肩を叩いて、不作法に慰めてくれた。楽しいことがあると思っていたら、アンタが出てきて予定が狂ったんだけどね。
「しっかし、最近の高校生ってなぁ、思ったより真面目なのな。ケダモノみてえにヤることばかり考えてると思ってたぜ。ま、おれは中卒てか小卒だし、それすらもまともに通ってなかったから学校自体がよく分からねえんだが」
小卒って今の日本でありえるんだろうか。義務なんですが。世の中にはおれの常識では計り知れない出来事や人生があるということなのだろうが、いざアウトローな世界に生きている人を前にしてもそのような生き様があると実感できなかった。
小学校に入る前に親元を離れて修行に出されたおれも大概なのだが、自分だけは例外でまともなのだと、高校生特有の万能感と特異な環境に育ったおれは信じて疑わなかった。
おれは戸惑いつつも冷めた感傷を抱きながら、竜兵さんの言葉に、風間ファミリーの男共を思い浮かべた。彼らは童貞だった。おれも童貞だったが、なぜか彼らを見る心の中のおれは、フフンと笑いながら上から目線だった。
「女漁りに精を出している人たちだと、想像通りの生活をしてるかもしれませんが、おれの周りの奴らは違いますね。みんな何か真剣になれるものがあって、それに夢中で女の子と遊ぶ暇がないですから」
「ほお、いいじゃねえか。なんか青春してるみてえで」
竜兵さんは感心していたが、該当するのはキャップ一人だけで、他の面々は彼女が欲しいと願望を垂れ流すだけ垂れ流していたり、まだ夢を探していたり、夢を忘れていたり、けっこう中途半端だったりする。
かくいうおれもそうなのだからとやかく言うつもりはないが、確固たる夢や目標がある女性陣に比べて情けないなウチの男。
それから――おれと竜兵さんの、亜巳さんの帰宅までの暇つぶしトークは続いた。
竜兵さんは学生生活に興味があるらしく、おれに適度に話題を振っては、時折自身の武勇伝を面白おかしく話した。
他人の武勇伝なのだと聞いてもつまらないだけなのだが、話に出てくる叩き潰される敵というか被害者の人間のクズっぷりや竜兵さん自身の度を越した野蛮さがアクセントになり、おれは退屈しなかった。
今までいい子ちゃんとして生きてきたから、悪いことをするのに憧れていた部分もあったのかもしれない。清楚な美少女がDQNな彼氏に影響されて擦れていくのに似ている。
退屈はしなかったが、その分、時間は無為に経過していった。
――約束の時間から三十分経った。亜巳さんはまだ帰って来る気配がなかった。
お茶はとっくに飲み干していたから竜兵さんが再度淹れてくれた。
一時間経った。まだ亜巳さんはまだ帰って来なかった。
会話の合間を埋めるためにたびたび御茶請けを口にしていたから無くなってしまった。
一時間半経った。亜巳さんはまだ帰って来ない。
おれはだんだん居た堪れなくなった。
おかしくないか? 何でまだ来ないんだ? 仕事が長引いているのか?
それともあれか? わざと遅刻して相手の態度や誠意を見る駆け引きか? こんな怖いお兄さんを相手にさせて様子を見てるのか?
好意のある女性の家に行ったらヤクザが出てくるって、そうそうないぞ。ていうかトラウマなるぞ。なんで憧れの女性と爛れた昼下がりを過ごせると思ってきたのにこんなことになってるんだよ。この人、十五歳の少年が接していい人じゃないだろどう見てもヤーさんの末端のチンピラじゃねえか!
時間が経つにつれて、おれの清純な少年の心は裏切りによって汚れていった。デートでは恋人を待つ時間も楽しみのひとつとか抜かした色ボケは反省しろ。何も面白くない。
「亜巳姉おせえなぁ」
竜兵さんが染みのついた天井を見上げながら呟いた。おれもまた心の底から同意した。
これも放置プレイなのだろうか。こんな放置プレイがあっていいのだろうか。こんなものを放置プレイと呼んでいいのだろうか。
最近はお預けされることを何でもかんでも放置プレイと呼ぶ傾向があるが、放置されて興奮するのは目の前に餌がぶら下がっているのを知っているからであって、ご褒美があるか定かではない状態で放置するのは、砂漠に置き去りにするのと同義の拷問である。
少なくともこんな猛獣がいる檻の中に放り込まれたような環境で性的に興奮できる人はいまい。
というかだ。待たされているおれがイライラするならまだしも、時間が経つにつれてこいつも機嫌が悪くなってゆくのはどういうことだ?
段々と話題も尽きてくると、何をするでもなく気まずい沈黙の帳が下りるようになったが、このときおれをチラ見しては苛立ちを隠さないようになってきているのだ。
彼はなぜ苛立っているのだろう。おれは訝しんだが、自身の疑問を満足させる答えを導き出せなかった。
あまりの気まずさと反社会的な方々への恐怖で、亜巳さんが早く来てくれることをひたすら願って時間が無為に過ぎて行ったのである。
そして、何度かチラチラと様子を窺っていた竜兵さんが、ついに口を開いた。
「あーあ、こうも暇だとなんか眠くなってるか。なぁ、そろそろ眠気とか出てこねえか?」
「いや、大丈夫ですけど……」
「マジか。おかしいなー。即効性のある睡眠薬を三回も盛ったのに」
「あ、僕、そういうの効かないんですよー。状態異常無効なんで」
「マジかよ、すげえな! はははははは」
「あははははは」
豪快に笑う竜兵さんに、おれは釣られて笑った。発言の意味することを判っていたが、迫りくる危機を前にしてマヒした脳が認識するのを拒否していた。
「じゃあ無理やりヤるしかねえな!!」
「イヤァ!」
え、マジなの? そういうことなの? 男同士だぞおれたち! いくらおれがそんじょそこらの女より綺麗だからって、そういうのありなの!?
おれは這う這うの体で逃げ出そうとしたが、背を向けた瞬間に肩を掴まれて引き留められた。
身の危険を感じた身体が正当防衛の拳を繰り出そうとする――その最中、この男と亜巳さんの関係を邪推する思考が脳裏に湧いた。
もしコイツが亜巳さんの男だったら、恋人を殴り倒したおれを見てどう思うだろう。
つーか本当にコイツがヤっちゃんだったら後々面倒くさいことになるのは確実だし、武力で解決するのは悪手ではなかろうか。
人に睡眠薬盛ってレイプしようとする輩でも、同じ人間なのだから話し合うことくらいは可能なはずだ。だからひとまずここは暴力ではなく言葉で解決しなくては――
ここまでの思索の間、身体が硬直してしまい、その隙に肩を抑えつけられ、うつ伏せに押し倒されてしまった。
だが力はたいしたことない。マウントを取られたが余裕で挽回できる。とりあえずは実力ではおれの方が上だということを見せてから話ができる状況にまで持っていかないと。
――そう考えていたおれの尻に、ゴリッ、と、熱く、今にもはちきれそうな瑞々しく屹立する猛りが押し付けられた。
それは引き締まりながらも至福な弾力を失わないおれの尻を押し潰し、物理的に、肉体的に侵略の意思を明確にしていた。
下着、ズボン、両者合わせて四枚の布に隔てられながらも存在感を失わず、さらに深淵へと突き進もうとする男性の冒険主義の結晶にして怒涛の象徴。
それはおれがあの日、姉の肢体に欲情し夢中になって夕闇の中で慰め、心に深い影を落として以来、毎日のように慈しんできたものと同一の、熱い血潮であった。
それはチンコだった。同年代の男子のそれと見比べて、思わず惚れ惚れするくらいイケメンなおれのペニスと同じ、性欲が滾ると否応なく反応してしまう若気の至りだった。
毎日触って弄っているチンコと同じチンポなのに、どうして今、おれの尻に密着しているポケットモンスターは汚らわしく、吐き気がするほどの違和感がするのだろう。
「おほっ、たまんねえ。たまらなくいやらしい腰しやがって。我慢するのが大変だったぜ」
頭上で陶酔した男の声がする。
――おれは尻に男根が触れた瞬間、宇宙の始まりを見た。
皮膚から神経を伝って背骨から脳髄にかけて電流が迸り、感覚として伝播した刹那を確かに知覚した。
人類の歴史が走馬灯のように一瞬を駆け巡った。瞬きひとつの間に人々の一生が何千も廻り巡った。おれたちの一生など一瞬の流れ星と同義であり、その眩さが人の価値なのだと悟った。
そして短く儚い奔流が終わって、現実に帰ったとき、おれは思った。
――やっぱホモは無理。
「うわあああああッ!!!!!」
正気に戻ったおれは、反射的に上体を起こして、姿勢を崩した男の顎を裏拳で砕いてノックアウトした。
畳に沈む男を前にして激しく息を乱したおれは、息が整うにつれて沈痛な気分とやっちまったという衝動に駆られて激しく後悔した。
完璧にKOした男を見て頭を抱える。
「やべえ、どうしよう! 亜巳さんの男? かもしれないのをやっちゃった!」
あたふたと動揺して、口に出したところで、ハッとする。抑圧から解放された思考能力がすんなりと結論を出した。
「あれ、もしかしてコイツ、亜巳さんの弟じゃないの……?」
『亜巳姉』とか言ってたし、家にいる理由も説明つくし……どうしておれは亜巳さんを愛人にしているヤーさんだと思い込んでいたんだろう。
妙に冷静になったおれは、ホモレイパーの傷を治すと途方に暮れた。
亜巳さんはまだ来ない。約束の時間から二時間が経とうとしていたが、姿を見せる気配は一向になかった。
だいたい、今更帰ってきたところで、どうなるというのだ。おれは亜巳さんの弟かもしれない男を殴って気絶させてしまったし、身内をボコボコにされて気分の良い人はいないだろう。
それにこのホモは亜巳さんとの関係を続けていれば今回の事件を盾にして、今後も関係を迫ってくる恐れがある。初対面の客人に睡眠薬を盛ってレイプしようとする男なのだ。手段は選ばないにちがいない。
「……」
おれは居た堪れなくなって、亜巳さんの家を逃げ出した。
グスッと鼻を鳴らす。きっと涙は出ていなかった。
●
……おれは失意の中、昼下がりの川神市内をあてもなくぶらぶらと彷徨っていた。
腹立たしいことに天気は快晴で太陽が陰る気配は微塵もなかった。まるで暗黒面に落ちたおれの心を光で浄化するかの如く燦々としていた。
天にすら追い打ちをかけられたおれは立ち直れないほどのショックを受けた。
あのさ、なんでおれのスペックで寄って来るのがホモだけなのよ。おれここしばらくホモにしか言い寄られてないんだけど。おかしくない?
神はもう少しおれに優しくしてくれてもいいだろうに、どうしてかおれに不都合なことばかりする。姉さんとの関係だって実の姉より近しいものじゃなくて、もっとボーイミーツガール的なものだったら強者に飢えた姉さんはおれにメロメロゾッコン首ったけでおれも躊躇なくくんずほぐれつできただろうし、京にしたって小学校時代におれが起きるか京が声をかけるかしてたら今頃京はおれ好みの女になってたんじゃないかと思う今日この頃ではあるし、ワン子も……うーんワン子か勃起しといてなんだけどワン子で抜いたときの罪悪感半端ないんだよねごめんワン子、本当にごめんワン子、一生懸命がんばるワン子が汗まみれになってる姿に欲情したりしてほんとごめんうなじとか汗で変色したスパッツの尻が健康的でいいとか考えたりして本当にごめん許してくれ、こんなおれがワン子と恋仲になるとか妄想でも考えて本当にごめんなさい、でもレベル高い風間ファミリーがいけないんだよ他の女が有象無象に思えるレベルでかわいいんだもんちくしょう。
「……なにやってんだろう、おれ」
自嘲して、乾いた笑いが口元から漏れた。
結局のところ、おれは理想が高すぎるあまり結婚できない勘違い行き遅れババアと同じなのだ。
三十路も過ぎてなお年収一千万で高身長イケメンで家事も率先して殆どやってくれて優しい=自分に都合のよい男性じゃないと嫌だと自分の価値を客観視できずにいる女性と一緒なのである。
社会的地位と金を持っている男とたくさん接してきた水商売の美女が、十代半ばの童貞小僧を本気で相手にするはずがないのだ。
たしかにおれは適当に弄んで捨ててほしいと思ってはいたが、それは思春期の少年に大人の世界を教え導いて、子供相手では満足できない道に足を踏み入れさせておきながら、意地悪く手放して幼気な青少年を路頭に迷わせる役割をこなしてこその願望だった。
まさか約束を果たしもせず、ホモの身内への生贄に捧げられるなど夢想だにしなかった。
意図してはいなかったと思いたいけれども、おれの心には拭っても容易に消え去ることのない傷がついた。
というか未だに尻にはチンチンの感触がこびりついていたし、屈強な男に組み敷かれるという経験はやわらかい姉さんにされるのとはまったく異なる恐怖として焼きついていた。
それはこれまでの道程にさしあたって躓くこともなく育ち、思春期特有の万能感に陰りがさしてささくれだったおれの不安定な精神にしばらく立ち直れない頚木になった。
……思えばおれはとんでもない贅沢をぬかしていた。
姉さんのようなこれ以上の造形美は見込めない美少女の好意を一身に受けていながら、姉弟として育ったから抵抗があるだの、性癖上の理由で嫌だの、ロリコンでもないのに小さい頃の方がかわいかっただの……
立て続けに女性に袖にされてきた今となっては、好意をあらわにして、それを断られる側の失意を、身を持って思い知った今となっては、おれがあしらってきた姉さんや大和に振られ続ける京の気持ちが痛いほど理解できて、申し訳ない想いで胸がいっぱいだった。
何様のつもりだったんだ……一週間に二度も振られて落ち込んでいる、こんなクソマゾでメンヘラクソメンタルのクソガキを好きになってくれる奇特な人なんて、滅多に出会えないのに。
おれは卑屈に、惨めで、無様な男の気分を味わいながら徘徊を続けた。どこをどう歩いたのか記憶にない。気づけばおれは川神院の門前で足を止めていた。
「……」
無言で門を見つめた。ここに行けば姉さんとワン子がいる。おれを心配してくれていた二人がいる。
きっと今のおれを見つけたら、何事かと駆けつけて、「どうしたの?」と優しく声をかけて慰めてくれるはずだ。
……そんなことを考えているおれがますます情けなく思えて、おれは唇をかみしめながら川神院に背を向けた。
このとき、地上で最も価値のないものが自分だと思っていたおれは、会わせる顔がなかった。
そうして足を引きずるようにしてあてもなく歩き出した先で、見知った顔と出会った。
「あ、三河クーン! こんにちはー、珍しいね一人でいるの」
半被姿で売り子をしている小笠原千花さんだった。そういえば和菓子屋の看板娘だったっけ。
彼女は気まぐれに飼い主に媚びる猫のような表情ですり寄ってきた。今のおれにはそれが客に下手に出る態度なのか、意中の男に媚びる痴態なのか判別がつかなかった。
「三川君ならサービスしちゃうよー。飴とかおすすめだけ、ど……えと、三河君……?」
おれが顔を向けると小笠原さんは眉をひそめて困惑した様相を呈した。
「あの、どうしたの? 元気ない、みたいだけど」
「……どうしたんだろうね、よく分かんないや、おれも」
おれは捨て鉢に自嘲気味に吐き捨てた。本当に分からなかった。こんなのおれじゃない。そう気づいていたけどどうしていいか分からなかった。
とりあえず時間を置かなければこの傷が癒えないのは分かっていたが、それ以外にどう対処していいのかも分からない。
そんなおれをしばらく見つめていた小笠原さんだが、憐れんでいるような顔から一転して意を決した面持ちになると、「ちょっと待ってて!」と言い残し、店に引っ込んでいった。
店番代わってー! と声がして、何度か会話のやりとりがあってから半被を脱いで私服姿の小笠原さんが出てくる。
「少し歩かない?」
これは誘われているのか、狙われているのか。
思うところはあったものの、考えるのが面倒になり、おれは彼女の提案に頷いた。
●
「えー! 三河君がフラれた!? うわぁ、びっくり」
道中、彼女の振る話題に適当に相槌を打ちながら、多馬川の河川敷を訪れていた。
緩やかに流れている水面を見つめているうちに、荒んでいた心が浄化されてゆく感覚に陥って、破れかぶれになったおれは、何もかもを吐き出したくなって、いつの間にか打ち明けていた。
小笠原さんはわざとらしく驚いたふりをした。どうせ噂で聞いていたくせに、律儀なことだ。
「……言っておくけど、学校で流れてる噂の人のことじゃないよ。ついさっき、振られたんだ……別の人に」
「え、ええと……」
別に振られたわけじゃないんだが、もう振られたようなものだしと開き直ってぶっちゃけると、小笠原さんは言葉に窮した。
そうだよ、一週間で二人に振られてるんだよ、おれ。1weekに2personsだよ、すげえだろ? 見たことねえだろ、こんなイケメン。
返答に困りながらも、愛想笑いを浮かべて小笠原さんがおべっかを振り絞った。
「その人たち見る目ないなー。アタシなら絶対、三河君を放っておかないのに」
「……」
間接的に告白を受けて、おれの心に邪悪な、褒められたものじゃない感情が渦巻いた。
おれは顔を膝に埋めて、極力感情を押し殺した声で言った。
「誰でもよかったんだよ……」
「え?」
「誰でもよかったんだ、ヤらせてくれるなら、誰でも……」
小笠原さんの声には、おれの口から出たとは思えない、思いたくないという感情が含まれていた。
だが本心だった。
紛れもない本心だった。
もしおれが好きになった人を挙げて、それを聞いた心ない誰かは、「年上の女性が好きなんだ」とか「一皮むくと普通の人なんだね」とか「実はマザコンの気があるんじゃないの」とか言うかもしれない。
恋愛感情もそりゃ告白するくらいなんだから心のどこかにはあったかもしれないけど、根底にあるのは『望み通りの初体験をさせてくれそう』と言う願望・欲望なのだから、ヤらせてくれるなら誰でもよかったというのは間違いじゃないのだ。
ただ、性癖を打ち明けなくても、率先してやってくれそうなのがその二人だっただけなんだ。
姉さんやワン子じゃダメなんだ。別れてから人間関係に支障が出そうな相手とセックスは後腐れが酷そうだからダメなんだ。
おれは気兼ねなくリスクもない、責任や後腐れのない気軽なセックスで童貞が捨てたかっただけなんだ。
そもそも恋愛ってなんだよ。あれがクソだろ。
人が想い人と結ばれた時に日常が鮮やかになったと錯覚するのは、先見性や判断力が嬉しさのあまり弾け飛んで、性欲に視界を塗り替えられてしまうからだ。
楽しいことばかりじゃないのに、辛いことのほうが多いのに、それでも男が女と付き合うのはセックスの快楽と充足感が、それまでの面倒や苦痛に勝るからだ。
だから、女の子と付き合うのは、日常にいるのに、これから監獄で生活しなければならないのだと絶望するのに似た覚悟がいる。
ただ男の子はエッチがしたいだけなのに……
というか、恋愛を素晴らしいものだと錯覚させるプロパガンダは今すぐやめろ。
錯覚させるということは詐欺と同じく悪なのだ。たとえば青春に想いを馳せ、恋愛は良いものだと思わせる小説、ライトノベル、アニメ、漫画、それら全て悪だ。
『こんな青春を送りたかった』『こんな娘と恋愛したかった』『この主人公のような学校生活を過ごしたかった』……
物語を享受する者にそう思わせることは悪だ。なぜなら、そう思わせることで、彼らの 歩んだ人生がつまらないものだと錯覚させている。これから青春を過ごす者に、成長すればこんな未来があるのだと希望をもたせてしまっている。
これは詐欺であり、悪だ。
食パンをくわえた転校生と曲がり角でぶつかる出会い、毎朝起こしにきてくれる隣に住んでいる幼馴染、身分の差を乗り越えて結ばれようとするお嬢様、エッチで綺麗なお姉さん……
そんなもの現実にいないじゃないか。いつでも男が夢中になって捜しているのに。
ほんとふざけんなよ……なんでこんな辛い思いをしなきゃいけないんだ。恋愛なんてしても良いことなんて全然ないだろ。
……あれ、いま何の話してたっけ……?
「えっと……」
呆気に取られていた小笠原さんが、考える素振りをしていた。おれは失言したことを悔いていたが、もうどうでもよくなっていたので言い触らされようが開き直るつもりでいた。
しばらく考え込んでから、再度口を開いた小笠原さんは、真剣な表情をしていた。
「まあ、この年頃の男子ってみんなそんなもんだよね。可愛い女の子見たら、ヤることしか考えてないじゃん。猿かっつーの。三河君も他の男と変わらないんだ」
「はは……幻滅したでしょ」
「いやぁ、幻滅したっていうか、三河君もそこらの男と考えてること同じなんだって驚いたってのが本音かなー。モモ先輩のバリアーで近づけなくて、完璧超人のイメージがあったから」
……ああ、なるほど。そもそもおれ、風間ファミリー以外の女子と話したこと殆どないし、それもあって勝手なイメージが広まっていたから憶測で人格を膨らませて人気が出ていたんだろう。
それも今日で終わるけど。清々しい気分だ。今日から変態を公にできる。開き直って変態の橋で性癖を暴露できるんだ。失うものがなくなった人ほど恐ろしいものはないのだと世界に知らしめてやれるんだ。
魍魎の宴とやらにも参加して猛威を奮ってやれると思うと興奮してきた。あれ、意外と悪くないな。イメージが悪くなるのも。
「……でもさ、女子も似たようなものだよ、男子の恋愛観と」
「……ん?」
もう会話が終わったつもりでいたおれは、そこから会話が繋がったことに首を捻った。
小笠原さんはけっこう真面目な顔で話を続けている。
「アタシもさ、本気で誰かを好きになったことなんてないよ。でも、付き合いたいって思った人はけっこういる。そういう人って、すごいイケメンだったり、他のコがいいな、って言ってる人だったり……なんていうか、その人と付き合うことで、みんなが羨ましがる人がいいんだよね」
「……あぁ……うん、分かる気がする」
男は体と寝て、女は肩書と寝るからね。五百年前から変わらない男女の本質だろう、これは。
「まぁ、コレクションって訳じゃないんだけど、おばさんがよく井戸端会議で夫の年収とか甲斐性を自虐風に自慢してるじゃん。ああいうの見ると女の子っていくつになっても変わらないんだなと思う。
自分の恋人がかっこいいと誇らしいし、みんなに自慢したい。アタシの彼氏はこんなに凄いんだ、ってみんなに知ってほしい。
逆に、アタシも彼氏が他の男に羨ましがられるような女でいたい。あんな良い女が彼女で羨ましいって。そうすれば独占欲も湧くし、ますますアタシの価値に気づいて離したくなくなるでしょ?
……どうかな。アタシ変なこと言ってる?」
「……ううん、小笠原さんの考えは間違ってないと思うよ」
「ほんと? えへへ、よかったぁ。でさー、その……三河君から見て、アタシってどう?」
「……」
今度はおれが返答に窮した。一週間で三人はさすがに気が引けた。恋愛はもうこりごりだと心が叫んだのに舌の根も乾かぬうちにそういう話になるのは嫌だった。姉さんたちに申し訳ない。
色々理由は思いついたけれど、とりあえず気が乗らなかったのは事実だった。
口を噤むおれに小笠原さんが矢継ぎ早に言う。
「あの、好きとかそういうのじゃなくて、三河君からエッチしたいかどうかって話でね!」
「小笠原さんは、十分綺麗でかわいいと思うよ。スタイルもいいし」
「よっし! ……アタシも三河君のこといいなって思ってるんだ。川神学園で一番かっこいい男の子だと思う」
なんだこの流れ。小さくガッツポーズをして、強引に話を自分のペースに持っていこうとする小笠原さんに押され、おれは引き気味だったが、彼女はガンガン押してきた。
「アタシね、学生のうちはたくさん遊びたいって考えててね。自分磨きや人生経験を積む為に男の人と付き合うのも悪くないって思うんだ。ほら、エッチなことが上手いのも男にはポイント高いでしょ?
女の子とエッチなことがしたい三河君と、かっこいい男の子と付き合って女磨きがしたいアタシ。なんだかお似合いじゃない?」
いや、お似合いじゃない? とか言われても、顔見知り程度でろくに知りもしないのに付き合うとか、ちょっと怖いし。
そりゃエロいとは思うし可愛いとは思うけど、恋愛は嫌だ。なんかスイーツ(笑)っぽいし、女の嫌なところを煮詰めたような恋人のやりとりを容易に想像できて、セックスのメリットをデメリットが凌駕している気がしなくもない。でもエロい体をしている。かなり可愛い。おれもそろそろ性の悦びを知りたい。どうしよう。
逡巡するおれに、小笠原さんはさらに押してきた。
「……恋人が嫌なら、セフレでもいいよ。お互い、本当に好きな人ができたら円満に別れられる関係でも。束縛もしないし、体だけの関係でもいいから」
え、そんなに都合の良い関係でもいいの!?
おれの心は揺れた。想いが揺れるあまり丹田からこみ上げてくる衝動に生唾を飲んでしまった。
俯いていたから気取られなかったと思うが、確かにおれの心は傾いていた。
AVで学んだあんなことやこんなこと、できたらいいなと妄想していた大好きなことをこんなに可愛いコとできるのだ。
これ断る理由なくないか……?
性欲が怒涛の勢いで勢力を盛り返し、恋愛を厭う精神を駆逐して回っている最中、次に発した言葉がとどめとなった。
「三河君のしたいこと、なんでもしていいから……」
「……いいよ、付き合っても」
おれがまだ傷心から立ち直れないふりをしてやけっぱちに答えると、小笠原さんは何度も「ほ、ホント!?」と聞き返してきて、しばらく忘我と立ち尽くしていたかと思うと、「っっっしゃッ!!!!!」と渾身のガッツポーズをした。
あらゆるスポーツでも見たことのない迫真に満ち満ちた男らしいガッツポーズだった。
……小笠原さんは恐らく恋愛に勝った。
そしておれは、性欲に負けたのであることをここに追記しておく。
超絶美少年三河千さんの華麗なる一週間
・月曜日……あずみさんに告白、失恋
・火曜日……登校拒否
・水曜日……失恋のショックで鬱
・木曜日……京と喧嘩する
・金曜日……百代に屋上で壁ドン後、フェラされて泣く
・土曜日……風俗で童貞を捨てようとして亜巳さんと出会い一目惚れ
・日曜日……ホモに掘られそうになって自暴自棄になる。初めての彼女ができる。