真剣で恋について語りなさい   作:コモド

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優情

「特技はベホマズンとありますが?」

「はい。ベホマズンです」

「ベホマズンとはなんですか?」

「魔法です」

「え、魔法?」

「はい。味方全員のHPを全回復します」

 

 おれはキャップに紹介された飲食店のバイトの面接に来ていた。

 面接官は履歴書に書かれた文章を懐疑的に眺めて、胡乱げにおれを見つめてきた。

 

「えーと、それで、そのベホマズンで君はなにができるの?」

「はい。御社の社員を疲れ知らずの超人に変え、休みなく働かせ続けることができます」

「いや、うちはそこまでブラックじゃないから……」

 

 残念ながらベホマズンはあまり評価されなかった。面接官は頭を掻き、学生が悪ふざけで書いたんだな、と困った顔をして続けた。

 

「ほかにオート・リジェネとかエスナとかあるけど、これは何なの?」

「はい。リジェネは私がいるだけで社員全員のHPが徐々に回復して行き、健康が維持されます。エスナは状態異常回復魔法です。病気や具合が悪い人がいても一瞬で治せます」

 

 面接官のおじさんは苛立った様子で履歴書を机にたたきつけた。

 

「あのねえ、君。ここはゲームの世界じゃないんだよ? いくらバイトの面接だからって、受かれば君もお金をもらって社会に出るんだ。お友達同士で遊ぶのとはちがうって分からないのかい?

私が学生の頃はもう少ししっかりしてたものだがねえ」

「いえ、ふざけてるつもりはないんですが」

 

 信じてもらえずに困惑して答えると、面接官は鼻で笑って腕組みし、椅子に背もたれにもたれかかりながら言った。

 

「これでふざけてないなら、もっと困るんだけどね。じゃあ試しにやってみてよ。できるんでしょ、ベホマズン」

 

 煽られたので実際に使ってみた。

 

 

 

 

 

 

「バイト面接で落ちたぁ?」

 

 土曜日の秘密基地。キャップのコネで紹介してもらったバイト先の面接結果を報告すると、キャップは愕然として端正な顔をゆがめた。

 

「キャップのコネで、人手が足りないので誰でもいいから見つけてきて、という条件の個人経営店のバイト募集にどうやったら落ちるんだろう……」

 

 キャップと同じくバイト経験者ということで相談に乗ってもらっていた京が呆れてため息をついた。

 

「あのおっちゃん、四十肩とぎっくり腰と痔の三重苦で若いのなら誰でもオッケーだって言ってたのになぁ。よっぽど失礼なことでも言ったか?」

 

 ああ、だから治したら飛び上がって喜んでたのか。

 疑われたうえ小馬鹿にする感じで挑発されたから、イラッとしてやってしまった。

 すると面接官のおじさんはおれの手をとってお礼を言い、「健康ってこんなに素晴らしいものなんだなぁ」と泣き始めた。

 おれは採用を確信してほくそ笑んだのだが、「いつから来ればいいですか」と尋ねると、面接官は真顔になり、「なに言ってるんだい! 君はこんな所で遊んでていい人材じゃないよ。もっと世の為、人の為になる所でそのベホマズンを活かさなきゃダメだって!」と熱く説教された。

 これが不採用になった経緯である。余談だが、髪の毛は生えなかった。

 

「店長が体調不良だから人手が欲しい店で、店長を全快させちゃったら、そりゃ不採用になるよね」

 

 京が呆れ果てた声音でつぶやいた。おれは背筋がゾクゾクした。

 

「そういうわけで、悪いけどキャップ」

「オーケー。また別の探しとくわ」

 

 気さくに笑いかけてくれる。キャップは良い男だ。学校では問題児だが、情に熱く、リーダーシップもあり、おれや姉さん、京と言った存在を纏められるのもこの男の存在が大きい。

 風間ファミリーに入ってすぐのころ、姉さんに猿山のボス理論で『私にリーダーを譲れ』と脅されても屈しなかったハートは尊敬に値する。

 おれはその件でちょっと怒ってたのとキャップが羨ましかったのもあって、ジジイにボコられた姉さんに、『姉さんって行動がボス猿と同じだよね。これからは僕、ゴリラ語で会話しようか? ウホ、ウホウホ、ウホホホ、ウッホホホホホホホォ!』と挑発して半殺しにされた。

 あのころは若かった。

 

「もういっそのこと、バイトするより、その能力で金儲けした方がいい気がする」

「それはジジイに禁止されてるからな。あくまで『おれを雇うメリット』のひとつとして扱い、ホイミ系のみ身内で使用可。この能力自体で商売するのは世間への影響が強すぎるからダメだそうだ」

「あぁ……現代医療崩壊レベルの気功だもんね。モモ先輩と一緒に川神院に閉じ込めておいた方が世界の為かも」

 

 ぶっちゃけ技の名前は効果を的確に表現した魔法があったから適当につけただけで、生まれついて持っていた異能みたいなものだ。ジジイとルーさんは梁山泊とかいう異能集団の能力に近いって言ってたかな。

 京はおれの顔をまじまじと見つめてから、ぽつりと言った。

 

「千ってちがう時代で生まれてたら、一国か一大宗教の開祖になってたかもね」

「まあイエス・キリストもドMだし、ありえない話じゃないな」

 

 『右の頬をぶたれたら、左の頬も差し出しなさい』と言い残し、全人類の罪過を

を背負って死ぬなんて、筋金入りのマゾヒストでないとできない。

 神をも恐れぬおれに京は侮蔑のまなざしを向けて言った。

 

「そんなこと言ってると天罰が当たるよ……って、それじゃ悦んじゃうか」

 

 

 京の言う通りで、神は中々罰を与えてくれないのだ。イエスはドMだが神はサディスティクにちがいない。やはり三位一体は矛盾する。

 

「千ってなりたい職業とかねえの?」

 

 バイトの話をしていたからか、紹介する仕事先の参考にしようと思ったのか、キャップが尋ねた。おれはキャップの質問にちょっとばかし逡巡して答えた。

 

「そういうの考えたことないや。思い返したらこっちに来てから修行した記憶しかないし、将来の夢と言われても何も思いつかない」

「やーい、千の現代っ子ー」

「あー、千が将来の夢の欄に『公務員』って書いてるぞー。こいつ夢がないなー」

 

 おれはその手の項目にその場しのぎで『公務員』と書いていたので、ムッとして言い返した。

 

「じゃあ京の夢はなんだよ」

「大和のお嫁さんっ!」

「聞いたおれがバカだった……」

 

 頬を染めて即答する京に我に返る。職業は、と聞いても専業主婦と答えるから意味がないんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

「あぁ、ところでさ、京」

「ん? なぁに」

 

 しばらく三人で世間話をしてから、話す話題もなくなり、間が空いてきたときにおれは切り出した。

 

「ワン子に、色々と吹き込んだの……京だろ」

「Exactry. よく分かったね」

「まあね」

 

 なぜかおれは得意げに言った。答え合わせは簡単だ。大和はおれに協力して、積極的に一人暮らしの準備を手伝ってくれた。

 大和は打算的で時には知人も利用する男だが、風間ファミリーを裏切ったりはしない。だから、この場合はおれの性癖を知り、かつワン子に縋られ個人的に反対と明言していた京以外にないのだ。

 

 そう……あのあまりに鮮烈なドSワン子……

 あれ以来、おれのオカズサイクルはワン子・ワン子・姉さん・ワン子・ワン子・姉さん・京に変化していた。

 性に目覚めて以降、その圧倒的割合を占めていた姉さんをしのぎ、ハーラートップに躍り出たワン子のビンタは、その衝撃が血流に乗って全身を甘く痺れさせ、血管を巡る長い旅を経て股間を勃起させた。

 ワン子のかわいらしい声とたどたどしい口調から紡ぎ出される『豚野郎』という名前も、おれに屈辱と被征服感の快楽を、じわじわと耳から浸透して脳を陶酔させてくれた。

 ワン子を膝に乗せる行為も、自分が椅子になったという前提があるだけで、ワン子様に支配され、お役に立てている悦びに満ち満ちた。

ドSなワン子という意外性とギャップが、出会い頭のシャイニングウィザードに似た快楽をもたらしてくれて、当時のおれは人生の絶頂にいた。

 

だが――勉強を終えてから、改めて引っ越しをやめると宣言すると、ワン子は平謝りしてきた。

 

『ごめんね千~! 痛くなかった? こうでもしないと千がいなくなっちゃうと思ってアタシ……もうしないから許して! ……でも千がいなくならなくてよかった~』

 

 元に戻ったワン子は抱き着いてきて、嬉し泣きをし、おれの胸元を濡らした。おれは失恋に似た喪失感を味わっていた。

 瞬時に、『やっぱ引っ越す』と言えば、ワン子はおれを止めようと再びビンタしてくれたかもしれない。だが、一度宣言してしまった手前、翻すわけにも行かず、また世間体を捨てる勇気もないおれは、『実はおれマゾやねん。もっとぶってや』とお願いすることもできなかった。

 

 ドSワン子は、一夜の幻になった。

 

 

 

「あまりワン子に変なことを仕込まないでくれ。あの子にはきれいなままでいてほしい」

 

 まだ賢者モードが続いていたおれは、保護者面をして京にもっともなことを言った。

 京はそんなおれを見て、いやらしく唇の端をつり上げた。

 

「ほうほう。で、本音は?」

「すごくよかった……」

 

 京は満足げに頷いた。

 

「ちなみに、なんて吹き込んだの?」

「えとね」

 

 以下、回想。

 

 

 

『ふぇーん、助けてミヤえもーん! 千がアタシを捨てて一人暮らししちゃうよー!』

『それは困った。このままじゃ大和とキャップの蜜月の時間がなくなっちゃう。妄想が捗らなくなる』

 

 利害が一致した二人。ブリーダー京は秘策を伝授した。

 

『いい、ワン子? もし千が要求を断ったら、怖い顔をして見下しながら、豚野郎と罵りつつ思いっきりビンタして』

『ビ、ビンタ?』

『うん。命令を訊いて従順になるまでビンタすれば、あとはワン子にされるがままになるよ』

『ほ、本当に? 千が怒ったりしない?』

『ダイジョーブ、むしろ悦んで言いなりになってくれるよ、フフフ』

『本当の本当に大丈夫なのよね? し、信じるわ』

 

 

 

 回想終了。

 

 

 

「ワン子になんてことを教えてるんだよ!」

 

 あまりの内容におれは憤った。コウノトリやキャベツ畑を信じてる女の子にポルノ画像を見せつけるような下卑た行為だった。

 自分がそれで興奮したことを棚上げして怒るおれもまちがいなく同類だった。

 

「でも気持ちよかったんでしょ? この豚野郎」

「うっ」

 

 おれはたまらず勃起した。

 

「なに言ってるか分かんねえけど、お前ら仲良すぎじゃね?」

 

 おれと京のやりとりを眺めていたキャップが、唐突に口を挟んだ。

 アホのキャップにしては声色がちょっと真剣だったので、おれは背筋を正した。股間はまだ勃起していた。

 

「そうかな?」

「そうだろ。京が金曜にこっちに来るようになってから、土日は予定が合う限りみんなで遊んでるけど、お前らいつも一緒にいるじゃん。

 下手したら大和より話してるよな」

 

 京が首をかしげる。が、キャップの指摘に思い当たる節があったのか、眉をよせて考え込んだ。

 

「……あー、そういえば」

「別にメンバーで仲良くするなと言わねえけどさ、京は大和が好きって言ってる割に、千とばかり話してるし、二人きりでいることも多いだろ?

 京の気持ちを疑うつもりはねえけど、そういう事実があるから、大和が京と千がお似合いだなんて思うのも無理ないんじゃねーの?」

 

 鋭い観察眼におれは感心した。放浪癖があっていないことも多いキャップだが、なんだかんだファミリーのことは良く見ているんだと。

 ちなみにおれと京が一緒にいる理由は、京が川神市に泊まりに来ていてファミリー以外の知り合いがいないのと、おれがファミリー以外に親しい知り合いが居らず、暇を持て余しているために境遇が一致しているからである。

 話が合うというのもあるにはあるが、土日に秘密基地に足を運ぶとたいてい居るので必然的に会話が弾んでしまうのだ。

 

「んー……あのー、他意はないの。だから勘違いしないでほしいんだけど……私、千のこと大好きなんだよね」

「ん?」

「お?」

 

 難しい顔をして思案していた京が訥々と語りだした内容に、男二人が変な声を出した。おれはまだ勃起していた。

 

「私がいじめられてたころの話したでしょ? 実はあの話、私が風間ファミリーに入る前からなんだ。絶対に千は覚えてないだろうけど、小学校の半分は私と千は同じクラスだったんだよ」

「へえ、じゃあ京と千って意外と付き合い長いのな」

「うん。寂しさを紛らわすために寝てる千に話しかけるのが楽しかったから、たぶん癖になってるんだと思う」

 

 ……その話を聞くたびに思うが、普通に起こして話しかければいいのに。当時の京は意識があるおれだと拒絶されるかもしれなくて、起こすのが怖かったのだろうが、寝てるおれに向かって延々と独り言をつぶやいている京を想像すると恐ろしくて仕方がない。

 背筋に怖気が走っているおれに気づくことなく、京は続けた。

 

「それにね、風間ファミリーで同級生だったことのあるガクトはもちろん、大和も私をいじめたことがあるけど……千はそういうことしなかったから、マイナスな感情が全然なくて……まあ、見て見ぬふりどころか見てすらいなかったんだけど」

 

 話しながらも結論が出せていないのか、首を捻ったり、目をきつく瞑ったりを繰り返していた。

 

「もちろん嫌なこともあったよ? 性癖を知ったときは、千を清らかな存在だと思ってたからかなり幻滅したし、ぼっち時代も話しかけたら千のファンに見つかって余計にいじめられたりもしたし……あー、思い出すと鬱になる。

 うーん。恋愛感情はない……ないけど……うー、親友じゃダメ?」

「どうだろう。おれは普通に京で欲情するし」

「千って、女の人に蔑まれたいからってわざと明け透けな物言いするよね。ホント最低だと思うよ」

 

 京が期待に応えてくれるのが悪いのだと反論したかったが、今回は京も真面目だったので視線に怒りがこもっており、空気を読んで口を閉ざした。それでもまだ勃起していた。

 

「ま、お前らが納得してるならいいんだけどな。別に恋愛するななんて言わねーし、難しい話は分かんないからよ」

「人をもやもやさせといて投げっぱなしにするとは……でもキャップだしなぁ……」

 

 恋愛に興味のないキャップは、忠告はするが話についていけないので着地点を見出さないで放り投げた。

京が消化不良を起こして唸っていたが、当のキャップはバイトがあると風のように去っていった。

まあ、キャップだしな。

 

「うー……ねえ千」

「ん?」

 

 しばらく頭を抱えていた京は、不意にビシッとおれを指差し、勝気な声と赤らんだ顔で、

 

「か、勘違いしないでよね! 千のことは親友だと思ってるだけで、全然好きじゃないんだからっ!」

「……ダメだ、興奮しない」

「ツンデレは効かないか……」

 

 おれが静かにかぶりを振ると、京はツンデレはNG、とメモかなにかに書いていた。

 もしこれに暴力があったら興奮していたかもしれない。

 だが、昨今の暴力系ツンデレヒロインは肩身が狭いのであった。

 こういうやりとりがあって馬が合うから、誰よりも早くおれも性癖をカミングアウトしたのである。

 

 ああ、言わなくても分かるだろうが――もちろんおれも大好きだ。

 


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