真剣で恋について語りなさい   作:コモド

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そしてあたりさわりもなく彼らは高校生になる

 

 四月を目前にして、姉さんと九鬼揚羽さんの死合いが行われようとしていた。

 月下の川神院で対峙する二人の雄姿は、神々しくもあり、また美しい。

 真珠のように澄み切った月の光の海に漂う二人の闘気は真冬の冷気のごとく肌を刺した。

 まちがいなく世界の頂点にいる武人同士の決闘に、おれは立会人の一人として立たされていた。

 実際に取り仕切るのは川神院総代・川神鉄心だが、おれは是が非でも間近で二人の闘いを見ろとジジイに命じられて、この場にいた。

 

 おれは九鬼揚羽さんを初めて見たが、風貌に関しては凛とした意志の強そうな瞳が印象的な美人、強さに関しては川神院以外でルーさんくらい強い人を初めて見た、というのが率直な感想。

 姉さんが勝つ。真っ先に彼我の戦力差を比較して、早くもそうおれは断じていた。それよりも九鬼の人は本当に額に×印つけてるんだなあ、と庶民的な感想が思考の上澄みに先んじた。

 というか何で制服着てんだろう。そんな恰好で動いたらパンツ見えるよ。こんな事を神妙な顔して考えているおれは絶対に武人ではなかった。

世の武に携わる者なら、この決闘を前にすれば血沸く興奮にさらされる筈なのに。

こういうところで、おれはつくづく自分が農民の子で代々武士の家系の生まれではないと思い知らされるのであった。

 まあ、戦国大名や武将の子孫という連中の中には直系か怪しいのがいるが、傍流だろうが武家は武家だ。

 おれは落ち武者狩りをする農民の心境に想いを馳せながら、二人の死合いを目で追っていた。

 

 ……闘いは終始、姉さんの優勢で進んだ。この死合いを最後に引退して仕事を優先するらしい揚羽さんとの拳の交わりを惜しむように、姉さんは一挙手一投足を瞬きもせず、とても楽しそうに拳で語り合っていた。

 楽しむかぁ……おれは楽しめそうにないな。おれの場合、痛めつけられての楽しいであり、それも喜ぶじゃなくて悦ぶっていやらしい字になる。

 修行だって、その過酷さ、辛さ、痛みが癖になり、病みつきになったから真っ当な人が危険視するほど夢中になれたのだ。酸素が足りなくて喘ぐように息を吐くことが鞭に、吸うことが飴になり、動けなくなるほど限界まで鍛え上げて這いつくばる自分の無様さに背筋がゾクゾクし、格上の人物に為す術もなく痛めつけられて嬲られるのが好きで好きで堪らなかった。

 釈迦堂さんに善戦できるようになってからは、修行がつまらなくなった気がする。釈迦堂さんは子供相手にも容赦なく叩きのめしてくれるから好きだった。いま思うと男に痛めつけてもらっても気持ち悪いだけだが、あのころは純粋に感触だけで悦に浸っていられた。

 童心に帰るというのは、こういうのを指すのだろうか。ちがうんだろうな。

 

 勝負は体感的には長く闘っている気がしたが、終わってから腕時計で確認すると意外にあっさりと決着がついていた。

 結果は姉さんの圧勝だった。瞬間回復を使うまでもない、純粋な力量差が勝敗を分けた。

 ま、予定調和ではある。あの人、初見の技を放たれる過程で見切って反撃してくるから、単純に重くて速い技の応酬でダメージを与え続けるしかないんだよね。

おまけに苦労して削っても瞬間回復して全回復するんで徒労感が凄まじい。ジジイが過去に稽古にて、電撃を纏った手刀で回復を司る機能をマヒさせる手を使っていたが、それ喰らっても姉さん平気だったし、何発撃ち込めばいいのって話で。

 世界最強の武闘家に上り詰めたジジイでも、瞬間回復ありだと手詰まりになるのを見て改めて思う。やっぱラスボスがベホマ使うのは反則だわ。攻守カンストしてるくせに直接攻撃のみ有効で守備力下がらないってふざけてるよね。急所も効かないから長引いて面倒なんだよなぁ。回復薬で薬漬けになっても立ち向かう勇者はよくやるわ。

 

 姉さんと九鬼揚羽さんは決闘が終わってから、二人で何やら話し合っていた。お互いに思うところがあるのだろう。

 深甚な様子で向き合う二人のあいだに入れず、ただそれを眺めていると、立ち合いを務めていたジジイが静かに歩いてきた。

 

「どうじゃった、あやつらの仕合を目の前で立ち会ってみて」

「綺麗な決着だったね。九鬼揚羽さんの散り様、楽しそうに見えたけど、武人としての未練が垣間見えて儚かった」

「そういう感想を求めているのではないんじゃがのう」

 

 ジジイはため息混じりに言う。おれは長い話が始まる前に口火を切った。

 

「武人としての意見を求めてるなら無駄だよ。おれ、こういうのを大晦日に見る総合格闘技と同じ感覚で観てるから。胸が滾るとか、闘ってみたくて疼くとか、そういう気分は全くない」

「……競争心に欠けておるのぉ。野心、向上心こそ人を成長させる原動力じゃ。その道で好敵手との出会い、競い合うことで人は大成する。百代にとっておぬしは良き好敵手であったが、千にとって百代はそうはなりえなかったか」

「おれ、闘いよりも人の死に様を見るのが好きなんだよ。項羽の四面楚歌からの自害や弁慶の立ち往生とか、高橋紹運、大谷吉継みたいな。戦いよりもその最期に想いを馳せて散る姿に美学っていうか、憧れを感じるんだわ」

 

 おれは視線を外して姉さんと九鬼揚羽さんを見た。まだ二人は話していた。

 

「ぶっちゃけさ、おれの武闘家としての才能ってどうなんだ?」

「なんじゃい、藪から棒に」

「いいから言ってくれ。あぁ、気を使わないで、ばっさり酷評してくれていいよ」

 

 ジジイは怪訝そうだったが、普段は閉じている眼を険しく眇めておれを見つめながら言った。

 

「……才能だけでいうなら、儂の見てきた者のなかでもピカイチじゃ。まさか儂が生きているあいだに釈迦堂を超える才能の持ち主が再び現れるとは思わんかった。どの時代に生まれても、その時代の頂点に立てる逸材じゃろう。事実、現時点でもおぬしに勝てる者は儂やヒュームのような爺を除けばおらぬ。紛れもなく不世出にして至高の才じゃ。

 ――同時代に百代が生まれていなければの」

「まあ、そんなもんだよな」

 

 おれはあっけらかんと現実を受け入れていた。おれの才能は姉さんに遠く及ばない。これは体が成長したころから感じていたことだった。

 ルーさん曰く、姉さんの強さはようやく覚醒し始めたばかり。対しておれは第二次性徴で体格が大人になって、伸び幅が拡大しても姉さんに未だ届かない。

 おれが地球リーグで無双して満足してるのに対して、姉さんは宇宙リーグでMVP取って称賛されてる。そんなレベル。

 つーか、人生で姉さんに勝ったこと一度もないし、初めから差は歴然だったような気がする。ただ人間的な総合力で肉薄できるから善戦できていただけで、武人としての能力では……

 

「千、まさかその歳で天井が見えたなどと抜かすわけではあるまいな?」

 

 諦観をにじませていたおれを鋭い目でジジイが射抜いた。おれは気まずくなって頬を掻いた。

 

「なまじ頭が良いばかりに、すぐ物事を知ったふうな気になって満足するのがおぬしの悪い癖じゃ。おぬしがどこまで伸びるかなど誰にもわからぬわい。その才を活かして輝かしい功を成すのも、錆びつかせて腐らすのもすべて千の心もち次第じゃ。

 じゃが、悪事をはたらくことは許さぬぞ。モモも同様、おぬしらが邪悪に堕ちれば儂が命がけで止めるからの」

「大袈裟だなぁ。心配しなくても親不孝はしないさ。努力することそのものに意味があるのも分かってるよ」

 

 努力は簡単なようでいて、継続することは何よりも難しい。教師がよく部活を頑張れたものは勉強も頑張れると受験シーズンになると言うが、これは努力のコツを知っているからだ。

 なにかひとつにさえひたむきに打ち込めないものは、なにをやらせても長続きしない。怠惰の誘惑に打ち勝つのは、長くそれに浸っていた奴ほど難しい。

 今まで頑張って走っていたやつは、前が坂道になっても走り続けるが、休んでいたやつは前が下り坂でも、ゴールまでの道のりが短くても自分からは走ろうとしないものだ。

 ワン子など良い例で、あの子は武道以外の道でも努力で成功すると太鼓判が押せる素質を持っている。全力で走っている分、転んだときに起き上がるのが大変そうだが、それでも必ず立ち上がるだろう。

 そして悪い例がおれなのだが、努力以前に自分がなにをしたいのか、おれには将来のビジョンが全く見えず、加えて主体性がないため努力の方向性さえ定まっていないのであった。

 鍛錬をサボってまで世俗的な価値観に迎合してキャップの伝手で様々なバイトに手を出して、やりたいことを探してみたはいいが、どれもしっくりこない。ぶっちゃけおれが世の中を一番舐めている。なりたい職業も夢もないし、なんなんだおれは。

 

「まあ、儂から堅苦しい話をしておいてなんじゃが、そう思い詰めることはないぞい。武力にぶーすとしたモモとちがって、千はあらゆる分野に秀でておるからのう。おぬしは選ぶ側の人間じゃ。じっくり考えなさい。相談にならいつでも乗るからの」

 

 思考が顔に出ていたのか、ジジイが優しい声色で言う。ワン子やおれに見せる孫想いの爺さんのような笑顔で接するときと武道家としてのジジイは、素直に尊敬できた。

 肝心なのはここからで、ジジイは少し見直したおれに露骨なため息をついてから言った。

 

「にしても、神様ももうちーっとばかし、モモの胸の栄養を頭に回してもよかったと思うんじゃが、千はどう思う? 女としては良いと思うが、人の上に立つにはもう少しばかり学が必要だと思うんじゃが」

「聞こえてるぞ、ジジイ。小学生の千に巨乳はバカって吹き込んだのやっぱりお前だな」

 

 いつの間にか背後に現れていた姉さんがジジイの頭を叩き、そのまま二人は喧嘩をおっぱじめた。

 あれわざとやってんのかな。ジジイの評価がちょっと上がるたびに次の瞬間にはジェットコースターの如く暴落する現象に名前をつけたい。

 殴り合いながら段々と宙に浮いていく二人を見上げていると、九鬼揚羽さんがボロボロの体を引きずりながらこちらに向かってきていた。

 

「動いても大丈夫なんですか?」

「ああ、大事ない。……お前が三河千か」

 

 頬や足に見える擦り傷やら青アザが痛々しい九鬼揚羽さんは、おれと目が合うと、少し間をあけてから豪快に笑った。

 

「フハハハハ! 噂通りの美男子だな。あの百代が夢中になるのも頷ける。そういえば自己紹介がまだだったな。九鬼揚羽だ。揚羽、と呼んでくれてかまわんぞ」

「三河千です。噂はかねがね聞いています」

 

 差し出された手を握り返す。気丈に振る舞っていたが、やはり痛そうだったのでベホマをかけておいた。

 たちどころに傷が癒え、揚羽さんは目をぱちくりさせていた。手がするりと離れる。揚羽さんは信じられない様子で自分の体を注視してから不服そうにおれを見た。

 

「……これが噂の瞬間回復か。信じられんな。闘う前よりも調子が良いではないか。……我は死合いの余韻としてこの傷にしばらく浸りたかったのだが」

「あれ? おれ余計なことしました?」

 

 どうも武人の気持ちがわからないので、良いことをしたつもりでも裏目にでるようだ。

 きまりが悪い空気になったが、揚羽さんは包み込むように微笑んだ。

 

「いや、驚きと感動で吹き飛んでしまった。素晴らしい力だな。傷だけでなく体力、気力まで全快とは。今すぐもう一戦臨みたいところだ。百代はこれを使えるのか……ずるいな」

「ずるいですよね。ラスボスならまず『よくきたな、体力を全回復させてやろう』と言う器量と直前でセーブポイント設ける良心が必要なのに、あの人わかってないんです」

 

 おれは茶目っ気たっぷりにボケたが揚羽さんはこれをスルーした。

 

「お前は自分だけでなく他人にも使えるではないか。いったいどこまでの怪我なら治せるのだ?」

「んー、試したことはありませんが、たぶん体からなくなったものは治せません。血液だとか四肢の欠損とかは無理です。くっつけることはできると思いますが」

「……なるほど。興味深いな。ヒュームがお前を褒めていたのも納得だ。我は以前から会いたかったのだが、百代が渋って機会がなくてな」

 

 揚羽さんが眉尻を下げた。揚羽さんがくるたびに姉さんに風間ファミリーと遊んで来いと放り出されてたが、なんだ。揚羽さんにおれをとられるとでも思ったのかな。

 

「まったくあやつは……百代には我が土をつけてやりたかったのだが、我が一伸びる間に五も十も伸びよる。敗北を知るのも糧になるものだが、それが必要か悩む域に達したな、百代は」

 

 ジジイと殴り合っている姉さんを遠目に見る。おれとジジイが事前に張った結界が被害を防いでいるけど、そのジジイが抜けたからそろそろ壊れるかもしれない。

 視線を戻すと揚羽さんはおれを見ていた。眼には多分の期待がこめられていた。

 

「お前では勝てぬのか」

「無理です」

 

 おれは即答した。揚羽さんは納得のいかない様子で眉根をよせた。

 

「ヒュームはお前を次世代筆頭の逸材と買っていたが」

「ジジイ同士の自慢大会でしょう。川神鉄心の孫の姉さんに対抗して、『ワシが見出した』っておれを引き合いにだしてるんですよ」

 

 どうしてか人は年をとると自分を誇るのではなく息のかかった下の人間で見栄を張りたがる。

 ジジイは姉さんが誇らしいどころか悩みの種になっているが、あの赤子おじさんは田舎でおれを見つけて川神院に預けたいわば発見者だから、おれが如何に優れているか主張してどや顔したがるのだ。

 そして不甲斐ないと理不尽に怒るのである。つーかあれ以来会ってないんだが、どうしてそこまで過大評価できるんだか。

 

「ヒュームにそこまで言われるなど滅多にないぞ。武人としてはこれ以上ない誉れであろうに、お前は嬉しくないのだな」

「褒められるのに飽きてるんです。揚羽さんも初対面のおれの容姿を褒めたでしょう。みんなおれを褒めそやすもので、どれだけ偉い人に称賛されても何のありがたみも感じないんですよ」

 

 ただし妄想のなかのご主人様、女王様からのご褒美は除く。

 意訳すれば「お前らに褒められても嬉しくねーんだよ」と失礼極まりないことを言っているのだが、揚羽さんは豪放磊落に高笑いした。

 

「フハハ! おかしなやつだな。我など褒められるのは誰であっても嬉しいものだが、ふむ。そういうものもいるか」

 

 器でかいなー。大財閥の長女となると懐が広くないとやっていけないのかねえ。ラーメンを食べて「こんなに美味しいもの食べたことないですわ!」と仰るステレオタイプを想像していただけに意外だった。

 三大欲求に正直で刹那的な姉さんと比較して、姉度を示す指数があったら姉さんは遥かに負けてるだろうな、と益体のないことを考えていると、揚羽さんから名刺を渡された。

 

「我の名刺だ。怪我を治してもらった礼に、何か困ったことでもあれば相談に乗ってやろう」

「はあ、どうも」

「まあ、スカウトも兼ねている。鉄心殿から将来が未定と聞いてな、それなら誘ってみるかと思っていたが、会ってみて気が変わった。是非ともお前がほしい。その力、九鬼で活かせ」

 

 求められている力が武力なのか知力なのか能力なのか検討がつかなかったが、この場合は能力の方か。

 九鬼財閥に就職したら家族も喜ぶかな……家族の期待値に応えられるか勘定しつつ、名刺をじっと見ていると、いつの間にか揚羽さんの背後に姉さんが立っていた。

 

「あのー、揚羽さん。私がいなくなった途端にうちの弟を誘惑しないでもらえますか?」

「将来有望な若者の選択肢を増やしているだけだ。……百代も、もう少し弟離れした方が良いな。姉バカにも程があるぞ」

 

 縄張りを荒らされた肉食動物みたいな姉さんに揚羽さんが呆れ顔になった。やりあっていたジジイはわりかし平気そうだった。

 まさか第二ラウンド開始とかないよな。深夜でもう眠いんだけど。

 そんなことを考えていると、正門から誰かが走ってきた。

 

「揚羽様ぁぁぁあああっ! 死合いが終わったときいて迎えにきましたっ! 揚・羽・様ぁぁぁぁぁっ!」

 

 つんつん髪の執事服をきた青年が大声を張り上げた。おれの眠気は吹き飛んだ。姉さんとジジイが白い目を向けた。

 面識はないが、一目で九鬼の従者とわかる彼を見とめて、揚羽さんは嵐の前の静けさを思わせる声で言う。

 

「……小十郎、いま何時だ?」

「はっ、午前零時半です」

「ならもっと静かに迎えに来ぬかッ! 近所迷惑だろうがこの馬鹿者がぁ!」

「ぐはあぁぁっ! 申し訳ありません揚羽様ぁぁぁ!」

 

 いや、主従共々うるさいですからね?

 でもミスすると揚羽さんに折檻してもらえるのは羨ましい。おれならわざと失敗して殴ってもらう。

 きっと小十郎さんは同志なのだろう。発言するたびに殴られて星になる彼をみて、おれはとても親しみを感じた。

 

 余談だが、帰る際に揚羽さんに弟をよろしく頼むと言われた。

 おれは九鬼の人はキャラが濃いから風間ファミリーの男の影が薄くならないかと危惧して高校生活が不安になった。

 


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