島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~ 作:アカツキ=ニュー
行間整理
秘宝と世界 - 始まり -
かつて世界が今よりも激しい戦火に飲まれていた頃
たった五人で“世界”に挑み、十の“秘宝”を用いて混乱を鎮めた人物が居た。
その功績を讃えられ、偶像として崇められた後に英雄として名を残すことになる――
しかし、完全な平和が訪れたわけではない。
大きな力を持っていたとされる秘宝は、鎮圧された各国家が再び勢力を取り戻そうと
捜索に躍起になり、未だ各地では以前ほどではないにしろ戦火が巻き起こっている。
*
「はぁ……はぁ……」
雨の降る森林を駆ける一つの影。雨具なのか、それとも姿を隠すためなのか、
やたらと大仰な衣を身に纏い、荒い息も漏れ出している。
「探知……!」
声に反応して手に生まれた小さな球状の空間、そこにはポツポツと小さな赤い点が見える。
彼女――声の雰囲気から女性――は、それを確認すると更に足を急かす。
「追いかけられてる……見破られてる……!」
探知とは、彼女が持つ“魔法”の一つ。
周囲に潜む人物を探し出し、視覚的に確認できるようにする術。
彼女は、追手から逃げている、その追跡者の居場所を確認するためには最適だが、
確認できたという事は、振り切ってはいないということでもある。
「……!」
道なりに一直線に走っていた彼女が、突如方向を変える。
魔力の消費を抑えるため、展開を終えた探知の魔法が最後に写した数多くの点、
後方ではなく前方、集中して固まっている様子を見る限り――
「この先に、国か……村があるはず……!」
*
数分前まで降り続いていた雨は上がり、快晴とはいかないまでも晴れ間は覗く程度まで回復。
それを見るや、森林の中、明らかに人工物と思われる入口、門から姿を現した一人の少女。
開け放たれてはいるが、はっきりと外の木々生い茂る自然とは区別された領域、
人が住むための住居も見え、明らかな『集落』であることが伺える。
「何も無かった、かな?」
その集落から現れた彼女が村の住人であることは想像に容易い。
手には年季を感じさせる本。きょろきょろと周囲を警戒して、何も変化が無い事を確認すると
近場の岩場に腰掛けて、パラパラとページをめくる。
「~♪」
ただ本を読むだけならば、集落の外へ出る必要は無い。
だがこの世の中、いつ侵略者が訪れるかは常に警戒する必要があった。
外部から脅威が迫っていないかを監視する役目を作り、数人が交代で担う、
それがこの集落の生き残り方。
「しーまむっ!」
「ひゃぅ!?」
そんな彼女に気づかれないように、同じく集落内部から姿を現した二人の女性、
読書に耽る彼女をしまむーと呼び、やたらと明るく接する彼女も同じく集落の住人である。
「見張りなのは分かってるけど……急ぐ必要はないんじゃないかな、卯月」
「でも、少しでも早く行った方がいいかなって……凛ちゃんも、未央ちゃんも、
今の当番じゃないのに見に来てくれたってことは、やっぱり心配なんですよね?」
「そうだけど……」
「しぶりんが言ってるのは、一人だと危ないってこと!ね?」
三人の名は卯月、凛、未央。この集落『アルトラ』の住民であり、戦闘員である。
規模が小さな村や集落では自衛が基本であり、子供や女性がその役に駆り出されることも
決して珍しいことではない。
しかし、この三人は人手不足で仕方なく警備をしているわけではない。
「しまむー、またその本?」
「卯月も好きだね、飽きたりはしないの?」
「全然です!」
卯月が元気よく答える。
彼女の持つ本は表紙こそ掠れて読めないが、中身はしっかりと書物の体裁を保っていた。
書かれている内容はいわゆる伝記、この世界の今が生まれるきっかけとなった物語。
「私も、いつかこんな立派な人になれたらいいなって!」
「あはは、しまむーの目標は変わらないね?って、言ってる私もだけど!」
「二人とも目標がハッキリしてるからね」
「そう言いつつ、しぶりんが私たちより一番真面目に修行してるって知ってるんだよ~?」
「っ、それは――」
ガサッ
「……しっ」
賑やかに盛り上がる場を静止させたのは、唐突に聞こえた木々のざわめき。
真っ先に気づいた凛が二人に合図を送る。
それを受けた卯月と未央は、ゆっくりと互いに距離を離した。
この一連の動きを言葉無く実行できるあたりが互いの信頼の深さ、日々の練習量が伺える。
「…………」
堂々と立ち塞がる凛と、万が一の時に背後に控える卯月と未央、警戒は十分。
あとはこの万全な状態の三人に、いったい何が訪れるのか。
「っ……」
「え?」
しかし、実際に現れたのは人影ではあったものの、布地に隠れて表情すら伺えない。
とはいえ驚いたままでは警備としての役目は果たせない。驚きの次には、すぐさま警戒、
どんな手を繰り出してきても迎撃する構えを取る、だが――
「……う」
「ちょっ……!」
集落の入口とは程遠い、木々を抜けたすぐの場所でその人物は倒れ込んでしまった。
距離にして数十メートルは離れている、奇襲を行うにも遠すぎる場所。
何を狙っている、何が飛んでくる?そんな凛の警戒を打ち破ったのは
「凛ちゃん!」
「卯月!」
「しまむー!?」
茂みから飛び出し、倒れた人物の介抱に向かった卯月だった。
慌てて彼女を止めようとした未央も姿を現し、結果的に全員が出てきてしまった。
「大丈夫ですか!?あの、安心してください、ここは村の近くです!」
「村……やっぱり、ありました……ね……」
容姿を隠した女性はか細い声で呟き、卯月の手に身を預けた。
揺さぶっても反応が無い彼女に対して
「何があったんですか!?えっと……とにかく、運びましょう!」
「えっ!?で、でも……」
「もしかしたら大怪我をしているかもしれません、早く助けてあげましょう!」
とにかく、怪我をしているなら治療をしよう、何かがあるなら何が起きているのか聞こう、
その一心で卯月は動いた。凛と未央は、この女性に対して怪しさを感じていたが、
卯月の言う事にも反論できず、ひとまず手を貸し集落の中へと彼女を運び込んだ。
*
「っ!!」
意識を取り戻し、咄嗟に体を起こす。
そこは記憶の最後の場所とは違う、木造りの住居の中、ベッドの上。
身につけていたローブは傍らに畳まれて、怪我の治療まで行われていた。
「……あっ!」
続いて彼女は“ある物”の存在を探した。
恐らくはつい先程疲労で倒れた体を無理に動かしてまで部屋を探し、
テーブルの上に無造作に置かれている一冊の本を発見した。
「よかった……」
中身を確認し、恐らくは何事もなかったことを確認した彼女は次に、何もしなかった。
慌てるでもなく、急ぐでもなく、ベッドに座り込んだままで。
「……無事だったって事は、この村の人達はきっと良い人です。
でも……だったら尚更……!」
――コンコン、と扉が叩く音。
はっと我に返った彼女は、壁一枚隔てた人物の気配に気付かなかった事よりも
“今からどうするか”を瞬時に脳内で考えを巡らせていた。
「すいません、入ってもいいですか?」
「あの、大丈夫でしょうか……?音がしたので、目を覚ましたのかと思って、失礼します」
鍵のかかっていない扉が開かれ、そろりと卯月が部屋に入った。
しかし、彼女の思っていた通りの光景は広がっていなかった。
捲れ上がったベッドは、確かに誰かが居た痕跡を残してはいるが、
肝心の人影はどこにも見当たらず、そしていかにも開け放たれたカーテンと、窓。
「え!?あ、あれっ……!?」
「どうしたの?」
騒ぎを聞きつけてやってきた凛と未央も、部屋の様子を見ると事態を把握した。
「……!卯月、あの人は?」
「わ、分かりません、私も今来たばかりで――」
「だったら探さなきゃ!いちおう簡単に手当てはしたけど、本当に簡単にだから!」
まずは連絡して、次に外を出歩く準備をして、などとあたふたする未央。
とにかく落ち着いてください、という卯月もおろおろとするばかり、
はぁとため息をついた凛が一つ、引っかかっていた疑問を投げる。
「……ところで卯月」
「さっき言ってた話、本当?」
「あ、そういえば……私も気になってたんだけど……」
この部屋に入る数分前。正確には、怪我人の彼女を建物に運び込んですぐ、
布地に覆われた顔を見た瞬間に卯月がとある人物の名前を叫んだのだ。
「はい、間違いないはずです、だって……いつも見てる姿と、一緒だから……!」
卯月が指し示すページの一部分、
彼女が毎日憧れの眼差しを向けて読み耽る書物に写っていた顔は――
「この本に書いている人……かつて“英雄”と呼ばれていた、愛梨さんに!」
「……どう、思う?」
「どうって……卯月は嘘なんて言うタイプじゃないし、現に本にそっくりな顔が写ってる」
「そっくりじゃないですよ凛ちゃん!同じ、同一人物です!」
「だってその人って……今よりも世界が大変だった時代の人だよ?」
「って考えると長寿の種族だったとしても、生きてるのは妙かなぁ……って思うんだけど」
十時愛梨――かつての時代に現代の魔術の基礎を構築したとされる賢者である。
他にも有数の実力者の名が連なる英雄の中でも特に才能ではなく努力、彼女の始まりが
ごく普通の一般的な家庭だったという点もあり、今の世の魔術士の目標にされることが多く、
その成長過程から“シンデレラ”の呼び声も高い。
「……それは、その」
「しかも英雄さんがこんな辺境の村の近くで大怪我なんて、する?」
そんな人物が現代の、お世辞にも巨大国家――それどころか町や村とも呼べない
集落の前で手負いの状態で姿を現したとは、俄かに信じがたいもの。
「しまむーの勘違いじゃない?」
「うう……そう言われると自信が……」
結局、この場で結論は出せなかった。
そもそも議論の当人が言葉に居ないのだ、これ以上の話は不可能である。
「でも、どっちだろうと怪我をしてる人が居なくなったなら……探すべきだね」
凛の提案はもっともだ。仮に保護した人物が本当に英雄と呼ばれていた人物だろうと、
よく似た人物だろうと、怪我人は怪我人である。放置するのは寝覚めがよくない。
「窓から出て行ったなら……うーん、森の方?って、そっちは来た方向でしょ!?」
「もし愛梨さんが誰かに狙われてたのなら、なおさら戻るのは危ないです!」
卯月の中では愛梨として確定しているらしい、
彼女の主張は置いておくにしても、来た方向に戻らせるのは最適ではないはず。
「……追いかけよう」
「愛梨さん……」
凛の号令で、三人は窓の外から一直線に森を駆け抜ける。
*
彼女を中心に、おそらくは野盗の集団が重なり倒れている、その事実だけでも彼女が
相当な手練であることは明白だが、残念ながら結果として窮地に陥っていた。
「この傷は…………!」
そう呟いた彼女の体には確かにボロボロの服装が痛々しく見受けられるが、
裂けた布地の内側に傷は一切入っていない、まさに怪我一つない状態。
では、どうして窮地に陥っているのか?
「直って……!お願い……!」
かざした手が懸命に魔力を注ぎ込んでいるのは、彼女が持っていた書物。
よくよく見てみれば、その表紙には一筋の傷が入っている。
先程から彼女が格闘している傷とは、この事だった。
「っ……う……!」
突如、ふらりと大きく倒れこんだ体は、そのまま雑草の生える地面へと接触した。
それでも書物から離れない手が、しかし弱弱しく震える。
「だ、め……」
そしてついに、その手すら離れようとした瞬間
「愛梨さん!!」
明らかに戦闘があったと主張する木々の損傷を追いかけ、
無力化された賊の山をかき分け、なんとかたどり着いた卯月一行が目にしたのは
愛梨と思わしき人物が、今にも意識を失って倒れこむ直前だった。
「何が起きたかは、一目瞭然だね」
「この野盗の数を一人で!?そんな無茶なぁ……」
「愛梨さん!愛梨さん!!」
半信半疑だった凛と未央も、この状況を見て確信こそできないものの、
卯月の言ったことがあながち間違いでもない、と思うことができた。
そんな卯月は目の前の衰弱した人物を抱え込む傍ら、地面に置かれた書物を発見して
「これは……!でも、傷が入ってる!?」
「ねぇねぇ、しまむーそれ何?」
未央から見れば、その書物は飾り気のない表紙と裏表紙の、少し分厚い程度の
普通の本にしか見えなかっただろう。しかし、卯月は違った。
「……秘宝」
「え?」
「これは……十大秘宝のひとつ“灰姫の経典”……!?」
「え、えええ!?」
「卯月……本当なの?」
「はい、間違いありません……!見た目、そして愛梨さん、あと――」
「……あと?」
普段から魔力を戦闘の技術として扱っている卯月だからこそ感じる、
目の前に“存在する”だけで伝わってくる膨大な魔力。
その書物がごく普通の本であるはずがないという存在感。
「…………う」
「愛梨さん!!大丈夫ですか!?」
名を呼ばれてか、僅かな休憩を挟んだからか、愛梨が卯月の手中で目覚めた。
ここに来て卯月もようやく察する、傷一つない体が極度の疲労に襲われている理由は、
圧倒的に体内の魔力が不足しているからだろう、と。
「きょ……経典を……」
「っ!ま、任せてください……!」
愛梨が口から絞り出した言葉に、卯月は思わず反応した。
そして、正真正銘この書物が経典であるとも判明する。
「卯月!?任せてって、どうすればいいか分かるの!?」
「あんまり触らない方がいいんじゃないのしまむー!」
どうすればいいかなど卯月には分からなかった。
しかし、彼女には願いだけはあった。
(私だって、皆の役に立つんです!)
「だ、大丈夫なの?」
「分からないけど……卯月を信じるしか――」
「……!!」
卯月は考えた。彼女の知る愛梨は賢者として人並み外れた知識、魔力、魔術を持ち、
およそ今の自分自身とは天と地の差である――という事は、考えなくても分かる。
そうではなく、そのような人物が戦闘――に相当する衝突――が無かったにも関わらず
どうしてここまで疲弊し、窮地に陥っているのか。
(当然、この経典のはず……!)
そう考え、思い切って経典を手に取る。卯月の背後で未央が慌てているのも、今は無視する。
すると、愛梨の手から離れた事が原因か、経典に一つの変化が現れた。
「……あっ!し、しまむー!それ!」
「これは……!」
卯月達三人は、それぞれ戦闘における得意分野が大きく異なる、
つまり凛や未央にとって魔力や魔術は専門外のはずなのだが――
「私でも感じられる……どれだけ濃度の高い魔力……!?」
「しぶりん!それは分かってるよ!問題は――」
「この傷から、魔力が漏れ出してます……!」
愛梨が押さえ込んでいたのは、経典の傷から溢れる魔力。
その手を失った今、せき止めるものは何もない。
「だったら……!」
見よう見まね、ただ何とかしたかっただけの思いつき。
経典から魔力が漏れ出している、愛梨は押さえつけていた、
そして愛梨の魔力が枯渇していたのは、常に注入を行っていたからではないか?
「思いっきり、注ぎ込みます!!」
「はああっ!!」
ありったけ、全力を尽くした放出を経典が感知したのか、
拡散した魔力が急激に収束、傷の入った部分へと吸収されていく。
「お、おぉ?直って、る?」
「卯月!もう少し!」
「はい、頑張ります……!」
駄目押しとばかりに、もう一度魔力の大波を経典へとぶつける。
待っていましたとばかりに殺到し、傷の修復にあてがう経典は見る見るうちに――
「……収まった?」
無地で模様も何もない、質素でなめらかな表紙の書物が残るだけとなった。
「で、できました……」
「しまむー!」
額に汗する卯月に未央が、そして凛が駆け寄る。
「すごいよ!やっぱり、普段から知識は仕入れておくべきだね!」
「仕入れている、っていうか……好きだから、ですけど……」
「それでも、卯月がこれを経典だと気づかなかったら、私は普通の本だと思ってた」
「ううん……私も、経典だけなら気づけませんでした。ここに愛梨さんが居たから……
あれ?そ、そうだ!愛梨さんは――」
「大丈夫です」
「……少し前に、目が覚めていました」
見た目だけで言えば、卯月達とは対して変わらない、いや、
むしろボロボロの服装の影響で卯月達の方が立派に見える人物。
ちょこんと座っている様だけを見れば、とても英雄などという称号は似つかわしくないが――
「…………」
「まず、ちゃんと自己紹介させてください。私の名前は、十時愛梨で間違いありません」
「やっぱり……!」
「そして――」
今しがた、文字通り傷一つない姿へと戻った経典を手にする。
そして、異常が起きていないかの軽い確認を済ませた後、再度卯月を振り返る。
「ありがとうございます」
「え、え?私、ですか?」
「もちろんですよ」
直していただけたんですね、と、卯月に対して経典を向ける。
一方の卯月は、形容しがたい表現の動きと共に
「わ、私っ、え、英雄さんに褒められっ」
「卯月落ち着いて」
「……大丈夫ですか?」
彼女にとっては、まさに歴史上の偉人、尊敬する人物が目の前にいるのだ。
多少なりとも大げさな興奮は、仕方のないもの。
「しまむーなら、きっと大丈夫……かな」
「えーっと、あ、あのっ!」
そうして興奮冷めやらぬうちに投げかけた疑問は、
卯月一人だけでなく凛も、そして未央も気になっていた点であった。
「愛梨さんは……どうして、まだ……生きているんですか?」
「……答えにくい質問ですね」
「あのっ、面倒だったり複雑だったら別にかまいませんっ!」
「いえ、そういう事ではなく……まだ、私が去るには成し遂げていない事が多いんです」
愛梨の答えに首をかしげる卯月と未央だが、
何かを察した凛が言葉を繋げた。
「……それが、経典?」
「はい。……えーっと、卯月さん?」
「あ、は、はい!」
今度は名前も呼ばれて嬉々とする一方、何やら深刻な話が始まるのではないかという
不安も少し、感じた。そして、そのような予感は的中するものである。
「私の使命は昔も変わらず、世界を危機から救う事です。
そんな私が……今も、使命を全うしようとしている」
「…………」
「分かりますね?」
その言葉が表している意味、危機を救う使命が継続されている、
すなわち危機は未だ去っていない、という事だ。
「でも……世界は以前より全然平和になってるって――」
「以前は……国同士の抗争でした」
領土、権力、技術などを奪い合う戦いにより、巨大な国家が動いた日には
安息の地など存在しないに等しい世界。
「ですが、今は勝手が違います、相手が違います」
「卯月さんならご存知かもしれません、この灰姫の経典……どんな力があると思いますか?」
「うーん……どうだろうなぁ、あんまり考えた事なかったねそういえば」
十大秘宝に数えられるからには、今の技術では理解できないような理論により
とてつもない力を持っているのだろう。未央が想像した力、とは何か?
例えば単純に凄い魔法が使える、という回答を行おうとした矢先
「えっと……『願いを叶える力』です」
「その通り」
(願いを?……そうなの?しぶりん)
(さぁ……)
予想よりも遥かに高度で、強い力が正解であると卯月が示した。
このように、秘宝と呼ばれるからにはそれ単体で凄まじい力を持っている。
もともと高い実力を兼ね揃えた英雄が持つ事により、長きに渡る戦乱の世が
幾分か収まった――と、卯月は認識している。
「でも、実は違うんです」
「えっ!?」
その考えや、伝記さえ上回る、愛梨の回答が控えていた。
「灰姫の経典だけではなく、すべての秘宝は“真の力”を持っています」
曰く、表向きの力――経典を例に、願いを叶えるという大業な、
それだけで強力な道具を“皮”として、内側の“隠された効果”を偽装している。
「その力を使って、新たに迫っている脅威に抵抗するのが……今の私の使命です」
「新たな、脅威……」
「どうして、その事を私達に話したの?」
「単刀直入に言いましょう」
改まって愛梨が三人に向かい合う。
雰囲気の異なる対面に、やはり目の前の人物は貫禄がある、などと思いながら
愛梨の言葉を聞いた――が、その内容は衝撃的なものだった。
「私はこれ以上、一人で旅を続けるのは不可能です」
「……えっ!?」
旅を続けるのは不可能という驚きの内容。
今の今まで自らの使命について話していた彼女が、その使命を全うできないと告げる。
つまり、迫る脅威に対して、抵抗を行う人物が、居なくなる。
「大丈夫なんですか!?」
卯月の心配も最もである。
そもそも、愛梨が旅を続けられない、続けることが不可能な理由とは?
まさか全盛期より実力が落ちたからなどとは言うまい。十分すぎる戦闘能力は残っているはず。
「恐らく、大丈夫です」
「お、おそらく?」
ずばり言い切らない愛梨に若干の不安を覚えながらも、彼女は心配ないと言った風に続ける。
「この経典に少し……助力をしてもらい、探したんです」
「探した……?」
「……私の協力者……もしくは、後継者を」
「!!?」
愛梨が経典を手に取り、とある箇所で捲る手を止める。
そこには大部分の白紙とごく僅かな短文があるだけのページ、
書かれていた文字は、卯月達にも馴染みある名前だった。
「……『アルトラ』」
「導かれた土地は、この小さな集落……卯月さん」
「は、はいっ!」
経典の持つ“表”の力、所有者の願いを叶える力。
愛梨は、この力を使って自身の探し求める者が存在する場所を突き止めたのだ。
そうして到着した地で遭遇し、目の前で例の現場を目撃した。
「あなたが直した経典の傷を見て……確信しました」
新品同様の修復具合――卯月が考えていた通り、経典に魔力を注ぐ修復方法は正解だった、
しかし、愛梨はその完成度に驚かざるを得なかった。
とある都合で愛梨の手にすら余る、圧倒的に不足していた魔力が、
気を失っている数十秒の間に一気に解決していたのだ。
「間違いなく、経典の次の所有者に相応しい……!」
聞けば、修復を行っていたのは彼女一人。そう、卯月は一人で直してみせたのだ。
愛梨からすれば、それは“ありえない”の一言に尽きる。
(そんな事をすれば、私のように魔力の枯渇が目に見えてるはずなのに)
「わ、私が……秘宝を……?」
「ちょっと待って」
あまりにもスムーズに進む話に、凛が割って入った。
「どうして……今なの?後継者とか協力者なんて、もっと早く探しておくべきじゃないの?」
「うーん……よく考えたらそうだよね?そんな便利な道具があるなら尚更!」
「経典は、願いに辿り着く前に試練も与えます……私にとっては、いつもなら問題ない相手に
あんなに手間取って……」
「試練……?」
「はい」
願いを叶える効果は、手放しで全ての願いを叶える無敵の効果ではない。
成就までにある程度の試練が訪れる、というのは愛梨の弁であり、卯月も肯定する。
「試練は、願う人物と願いの大小により変化します」
「つまり……全盛期の時に願うと、試練も相応になってしまうから後回しに?」
「簡単に言うと、そういう事です。どうして今なの?と凛さんは言いましたが、
私にとっては今ようやく探し始めることが出来るくらいになったんです」
「だから……ようやく見つかったしまむーに全部話した?」
こくりと頷く愛梨、そして今までの話のまとめ、総括。
彼女が、一番口に出したかった言葉を、ついに告げる。
「お願いします……私と一緒に、戦ってくれませんか……!?」
「……はい!」
「卯月!?」
「しまむー!」
決断は、あっさりと済まされた。
さすがに全員ではなく、愛梨の言葉に最初から関心を抱いていた卯月一人が、であるが。
凛と未央はそんな彼女に驚き制止するが
「私は……憧れていました。戦いは、やっぱり怖いけど……もっと怖い目に遭ってる人がいる」
「それは、そうだけど……でも――」
「英雄の皆さんは、そんな人のために戦っていた……!助けた!」
特に卯月は、凛や未央よりも深くこの話を知っている。
戦って勝つだけではない、彼女によってもたらされた恩恵の大きさも、
彼女達に向けられた感謝の念の大きさも。
「私もそうなりたい、皆の笑顔を取り戻したい!」
「卯月……」
「苦しんでる、困ってる、そんな人達の為に私が何かできるなら……やります!」
彼女の決意は、この場の勢いだけで決めたものではない。
長く、ずっと憧れていたものがようやく叶うかも知れない一歩目だった。
「……ありがとう、卯月ちゃん」
「でも、一つだけお願いがあります!」
愛梨のお願いを承諾し、これで終わりかと思いきや、卯月が話を続行させる。
その内容は、愛梨にとっては既に承諾されていたと思い込んでいた内容の確認だった。
「私だけ、ですか?」
「え?」
驚いて声を漏らしたのは愛梨と、凛も未央もだった。
確かに卯月の言う通り、三人とも互いの考えていたことにズレがあったようだ。
「凛ちゃんと、未央ちゃんも……一緒に行こう!」
「私、も……?」
「しまむー、それ……本気?」
「はい!二人とも、私よりすっごく上手に戦えるんです、愛梨さん!」
「いえ……私はてっきり、既に三人とも承諾していただいたものだとばかり」
卯月も、たった一人で冒険に出ようとはしていない。
一人でも協力を請負いたいという思いは確かに存在する、
しかし、三人ならばもっと頑張れる、協力できる――そんな純粋な思い。
「評価は嬉しい、嬉しいけど……」
「う、うーん……」
とはいえ、二つ返事で話が進むほど、軽い案件でないことも事実だ。
卯月が理解、覚悟していても、この一連の流れはたった数分間の急すぎる話であり、
頭の整理が追いつかないのも至極当然である。
「私は卯月みたいに、すぐに決断できるほど……強くない……でも」
決して拒否や拒絶が先行しているわけではない、
あくまで悩んでいるだけの段階である、と断ったうえで
「一日だけ、待ってほしい」
「……私もしぶりんと同じ」
二人は同じ答えを返した。
凛も未央も、自分達にとって無関係ではないが、重要ではない話なのだ。
卯月は憧れと尊敬の、突如現れた目標目指して歩みだした、だが二人にはそれがない。
愛梨にとっては“三人”で認識していた卯月達は、当然といえば当然、それぞれ個の人物。
「では……明日に、もう一度お話しましょう」
「……また、明日」
「私、変なこと言っちゃいましたか……?」
二人の姿が見えなくなった途端におろおろと落ち着きを失う卯月、
大丈夫ですと彼女をなだめるも、心配で仕方がないようだ。
やはり、卯月は三人で行動を共にしたいという願望が大きい。
村で共に育った仲間、友達、相棒として。
「だったら、絶対に大丈夫です」
そんな、心配が拭えない卯月に対して愛梨は堂々と答える。
気休めではない、自身の経験から語る確かな言葉。
「あなたが信頼している仲間が、あなたの期待を裏切るわけないじゃないですか」
*
「凛ちゃんたち……来ません……」
翌朝。晴れ間こそ広がるが、卯月の気持ちは曇っていた。
あれから昨日は気が気ではない。もしかしたら、という不安が絶えない中で迎えた朝、
これからしばらく帰らない自身の家で荷物を纏めて、ついに準備が整う。
――二人の人物を除いて。
「……行きましょう」
「もう少し、待ってもいいんですよ?」
これには愛梨も気まずい。
あれだけ根拠を持って励ました矢先にこの調子では、後に響いてしまう。
彼女自身、急ぐ旅ではあっても無茶をする旅にはしてはならない、
卯月という大事な人材を傷つけたまま走り出すのはよろしくない。
「いえ……愛梨さんに、迷惑かけたくないですから」
だが、当の本人がこの調子である。
愛梨としては、そう言われてしまうと否定はできない。
むしろ本当に二人が合流する気が無いのに引き止めてしまうと、悪化するどころの話ではない。
とはいえ、愛梨自身も観察し、そしてこの“三人”なら、と確証を得た人材、
ここで早速一つ目の障害を迎えてしまうのか――
「いえ、そんな事は全然……」
彼女すら、半ば諦めた状態だった。
せめて、卯月だけでも気分をある程度回復した状態で先に進まなければ。
昨日の段階で、もっと詳しく、互いを知ろうとしていなかった事を愛梨は後悔した、が――
「そうそう!しまむーはむしろ、周りをヒヤヒヤさせるのが得意でしょ?」
村の出入り口へと向かう大きな一本道、その外れから聞こえた声。
真っ先に卯月が、そして愛梨が反応し、声のした方角を向く。
「お待たせ!……じゃないよッ!!」
ガサッ、と木が大きく揺れ、強い日差しを背後に“影”が卯月達の前に降ってきた。
そして同じくその背後、こちらは地面をそのまま駆け抜け、影に並ぶような位置で急停止する。
「あ……!」
「……ふふっ」
ようやく、二人の表情を縛っていた緊張と不安の糸が緩んだ。
今、この場に立つ四人はつい昨日も見た四人組、世界からの使命を聞いた四人。
「中で待ってたんだね……てっきり、村の入り口かと思ってて」
凛と未央は、ただ単純に集合する場所を知らなかっただけだ。
いや、正確には集合する場所など決めていなかった。
卯月と愛梨は部屋で、それを知らない凛と未央は恐らく通るであろう村の出入り口で
待ち構えていただけだった。信じて待つほど、互いは遭遇できなかったのだ。
「じゃ、じゃあ……」
「じゃあも何も、一日どころか数分で『やっぱ行くしかないでしょ』ってなった!」
「……卯月一人で、行かせるわけないよ」
そして互いが、同時に気持ちを動かした。
卯月は愛梨のために出発を選び、凛と未央は合流を失敗してしまったのではないかと
村内を改めて捜索しようと決めた直後だった。
両者が同時に動いていなければ今度こそすれ違い、禍根を残したまま物語は動いていただろう。
「凛ちゃん、未央ちゃん……!」
「……いいお友達ですね」
そして、四人は外との境界線に一列に並んだ。
振り返れば昨日まで、こんな冒険が始まると思ってすらいなかった平和な村、日常。
目の前には、これから何が起こるかも分からない世界。
「一歩外に出たら……始まるよ」
「これから私達が、新たな英雄として時代を築くのだ!この世界に平和を取り戻すまで!」
凛と未央も迷いはなく、見ての通り横一列に並んでいる、同じ立場。
つまり、愛梨の願った通りの“協力者”であり“後継者”に成り得る人物。
「……はいっ!!頑張ります!!」
――森の中に、元気のいい掛け声が響き渡った。