島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~ 作:アカツキ=ニュー
グンッ!
「んっ?!」
足が、重い。
いや、何かに引っ張られたような力が、卯月の足元に働く。
「何!?どうしたの!?」
「……ああッ!」
「美玲ちゃん、何か分かったの?!」
一度は転倒した地面の氷、これは歩行を不安定にするための妨害と思い込んでいた。
が、今彼女の足元を確かに捕らえているものはその氷であり、
侵蝕する範囲がいつの間にやら床全体、さらには壁、そして――卯月の体へ。
「う、卯月ッ!あれ、体が凍って……!?」
「どれだけ強力な冷気があそこに……人を凍らせるなんて、私でも……」
(足が地面の氷と、ひっついて離れない……!)
幸い、もう奈緒の姿は目の前。
足が離れなくとも手を伸ばせば奈緒に触れるか触れないか、それくらいまで近づいている。
――しかし、体を寄せる間にも氷の浸食は進む。
「危ない!奈緒を助ける前にあの子が大変なことになるよ!」
「卯月は分かってる……でも、今退いたら奈緒も間に合わないかもしれない!」
どちらを選んでも窮地ならば、前に進む方を選ぶ。
そもそも卯月は切り捨てる選択肢の片方が自分なのだ、迷うことなく奈緒を助けに動いている。
一方、その助けられる当人は卯月と立場が逆だ。
「ぁ……ぐ……なんで、下がって……危ないから……」
卯月の接近を拒む異能の牙がついに己の身にも襲い掛かる、
度合いは違うものの、奈緒の髪や足元には僅かな氷の破片が付着し始め
見立て通り、このまま放っておいてしまえば数分後には物言わぬ氷像と化す恐れもある。
「奈緒、ちゃ……ん……」
「なんであたしの為に……お前も、凍る、ぞ……!」
「く……!」
「ダメ!」
駆け出した美玲を強引に引き倒し、制止する。
このままでは卯月も大きな被害を受けてしまう、そんな危機感を抱いての勇気だが
「あなたが今から向かっても、この冷気の強さなら辿り着く前に同じ事になるわ」
「じゃあ何だ!見てろって言うのかッ!?」
奏が美玲を止めたのは、もちろん美玲自身も危険な目に遭うから、
それも含まれてはいたが理由の全てではない。
美玲が向かう事で、卯月の行動と覚悟を邪魔する可能性の方が、高かったから。
「あの子は集中している、このまま見ているだけの方が……一番可能性は高そうよ」
手を、伸ばす。既に下半身は地面に接地して、まとわりつく重みも増えてきた。
大事な経典に氷がつかないよう出来るだけ体より高く、そして残りの腕は
「だ、駄目だ……あたしが触れたら、本当に――」
差し伸ばす手を拒む、奈緒は冷気の発生源が自身であると分かっていて
卯月の助けを受け取ってしまうと、そこから凍結が起きるのではないか、そう危惧している。
危険は高い、だから今のうちに引き返してくれ――そう、何度も目で訴えても
――掴んで
それ以上に、卯月の目は訴えかける。
もはや腕と顔の一部以外、無事な部分は残っていないほどに浸食された体――
ここまでの決意と覚悟を受け取らなければ、彼女への冒涜だ。
「信じて、ください……!」
「っ……!わかった、恨まないでくれよ……!」
――ガシッ!
*
「~♪」
変わらない陳列、変わらないレイアウト、変わらない――店主。
団体の客が去り、客もいない、そして少し離れた場所では何やら騒がしい人だかり、
それでも彼女、夕美は関心を持たずに花の世話を続ける。
「さーて、っと……出発しよっか!」
「どちらにでしょうか」
裏手に戻ろうとした歩みがピタリと止まる。
振り返ると、出した覚えのないティーセットでカップに飲み物を注ぐ女性一人の姿。
(……いつの間に?私は店にずっと居たのに――)
「気付かなれないよう、頑張ったつもりです」
「お見事……!でも、どうして?言ってくれたらお茶くらい用意したのに、お客様♪」
「そうでしたか?」
まだ表情は変わらない、一方で満面の微笑みを見せる夕美。
とはいえ、ここは店だ、夕美の言う通り注文しなければ話は進まない、
そして夕美も彼女が何者か、測りたい欲があった。
「棚に置いてあるものなら……何でもいいんですか?」
「はい♪」
「じゃあ……」
「そこの、地面に置いてある花壇――」
「すいません、お花は駄目なんですよ」
「――の、下」
「……!」
「地面に植えている“種”を見せて頂いても、よろしいでしょうか?
……そういえば自己紹介がまだでした、私の名前は愛梨と言います」
「…………」
卯月達が奈緒に発症した謎の力と交戦していた時、彼女が助けに現れなかった理由、
それは愛梨が卯月達の元に居なかったから。
経典にて力を蓄えていると、彼女の元に不審な力が流れ込んできた。
愛梨からすれば、それは明らかに予想外で異常、
元より“異能の種子”という異常な物体を探していたが、それに勝るとも劣らない、いや――
(これは……同じ?!)
「でも、同じはずがないんです……だって、ここには種子が無いんですから」
「じゃあ……無い、でいいと思うよ?」
「はい、ですから……その“限りなく種子に近いモノ”は、何ですか?」
愛梨は言葉を繰り返す、見せてください、と。
いつも卯月達と話している優しい表情ではない、世界を救った英雄の表情、真剣だ。
「お返事は、どうしますか?」
「……ふふっ」
ガタッ
「花壇の下になんて、何もないよ?ほらっ」
威圧を受け流すような明るい笑みで、指摘された花壇を持ち上げた夕美、
しかしその地面には掘り返したような跡は無く、何かが埋まって盛り上がる様子もない、
正真正銘、真っ新な大地があるだけ。
「ね?」
「……確かに、何もありません――今は」
「またまたー」
納得がいきませんか?とでも言いた気な表情、そして意味ありげな愛梨の発言だが
彼女の一瞬の隙を突いて何かを隠したような動作は見受けられない、
そもそも愛梨の目を盗むことなど、常人ではとても容易な事ではない。
「だから、ますます不思議です……確かに、そこにあったんです」
追及は退かない、愛梨にも確信がある、だから卯月達に場を任せてまで
夕美の元を訪れて確認をしておきたかった。
「あなた、何者ですか?」
「…………ふうっ……愛梨さん、だったっけ?」
ため息が、ひとつ漏れて
「邪魔」
バシュンッ!!
「な、っ……!?」
「……あは、あははははは!!」
夕美の商売道具の一部、並べられたテーブルやイスを貫いて飛んだ一筋の閃光、
明確な攻撃の意思を持って飛来したそれは――夕美の肩を貫いた。
(効いていない……?いや、手応えが変!)
「はははは、痛ったーい……なんてね」
攻撃を放ったのは愛梨だった。
夕美の纏う気配が明らかに豹変した瞬間、彼女が真っ先に動かした右腕を根元から討つ、
恐ろしく早い攻撃で先手を取ったかに見えた、いや、確実に取ったのだが攻撃を受けた本人は
血の流れ出ない肩口の風穴を冗談のようにおどけて笑い続け
「あーあ、もう少しここに居る予定だったのになー」
ボロッ……
「!」
「じゃあ、私は土に還るから“私”によろしく♪向こうも面白そうだから、ね?」
「待ちなさい!!」
急激に色褪せ、まるで“枯れた”ように崩れ始めた夕美の体は
そのままべしゃりと地面に倒れ込み、元からそこにあったような物言わぬ落ち葉の塊と化した。
今の今まで愛梨が話していた相手は果たして何者だったのか、そもそも――“何”なのか。
(私が間違えるはず、ない……でも、じゃあ今の人は、何?!)
確実に、そこに合ったはずの種子のような何かは気付かぬうちに反応が消え、
目の前で実際に話していた人間は、文字通り崩れ落ちて消えてしまった。
『向こうも面白そうだから、ね?』
「…………っ!」
結論が即座に導けそうな問題ではない、
ならば最後に夕美が呟いた言葉、まるで別の場所で何が起きているか知っているかのよう。
別の場所――そんなもの、今の状況では一つしか該当しない。
「卯月ちゃん……!」
経典の反応が身体に響く、異常事態を示す信号ではなく所在地を伝えるための共鳴。
これを頼りに進めば卯月達と合流することは簡単だが
(原理は分からない、でも……向こうにも“夕美”は居る!
そして一部始終をどこかで見ているはず!だったら――)
早く向かわなければ