島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~ 作:アカツキ=ニュー
「ぜぇっ……ひゅぅ……お、収まった……のか?」
「え、えへへ……助けに、来ました♪」
漂う冷気は残っているが、かなり収まった方である。
部屋の中心には体を震わせるものの、敵意を発してしまう様子は無い、それどころか
「もう、出ないの?」
「出そうと思って出してたわけじゃないしな……」
元々が意思を完全に無視した発現、収まったからといって制御ができたわけではない、
それどころか卯月が触れたことにより
(回収、されたのかな?だったら、確かにもう氷は出せないはず)
凛に触れた時、一瞬で発作が収まったように
奈緒が卯月の手を取った瞬間、凍り付いていた氷塊が即座に音を立てて割れた、
魔術で強化されていないただの氷と化した以上、簡単に壊すことが出来たのだ。
そして、以後部屋の温度も奈緒の体温も元通りになり、こうして安定に至る。
「もう大丈夫です!ばっちり!」
「良かった……ありがとう、何をしたのかは分からないけど、奈緒が助かったから」
「本当、これ……何だったんだ?」
「それはー……えーと」
説明をしていいものか、あまり他言するには向いていない内容、
ここで卯月は、既に同じ疑問を感じていた凛の思考と一致することになる。
(……愛梨は、どうして出てこないの?)
(愛梨さん……大丈夫、なんでしょうか?)
――タッタッタッ
「何かあったの?!ここで騒ぎがあったって聞いたよ!」
「あ、さっきのお店の人だな、もう終わったぞ!」
(夕美……さん!)
ここで舞い込んでくる、もう一人の登場人物、夕美。
ただの“知っている人”として接触する美玲とは別に、
卯月と凛は彼女を既に疑いある人物と考えている。
――そして、当たっているのだ。
(姿を見せた?それも、堂々と……?)
だが答えを知る由もない凛、そして卯月は“疑い”の域を出られない、
少なくとも親切な人である印象は強く、加蓮や奈緒の前では今日の今までそうだった、
だから、接近してくる彼女を止める手段は厳選しなければならず
「まだ危ないかもしれないから、少し離れていた方がいいよ」
「でも、美玲ちゃんは終わったって」
「念の為」
「奏さん、ここで何かあったのかな?」
「……今は大丈夫よ」
「奏さんが言うなら大丈夫だねっ♪それじゃあ――」
「止まって!!」
確証は導けなかったが、思わず叫んでしまう。さすがの夕美も、足を留めた。
凛は観察により動くタイプ、このような直感を重視する人物ではない、
が、それでも夕美を、近づかせてはならないと頭が警鐘を鳴らす。
凛は落ち着いていない、傍から見ればそう捉えられてしまったのだろう。
「どうしたの?彼女が誰か知らないから警戒しているかもしれないけど――」
「……知ってるよ奏さん、奈緒と加蓮に紹介してもらった人だから」
「だったら」
「でも…………駄目、止まって」
よく考えてみれば何故、夕美はこの場に訪れたのだろうか?
野次馬にしては積極的すぎ、知人の危機としては奈緒や加蓮はそこまで近い人物ではなく
そもそも遠方から今、いったい何があったのかと聞きながらやってくる人物が
この現場で奈緒と加蓮が関わっている案件であるなど知るはずもない。
(やっぱり、おかしい――)
「……分かった、じゃあここからでいいよ」
「!」
意外にも素直に、凛の制止を聞いて引き下がる夕美。
杞憂だったのだろうか?否、彼女は紛れもない、愛梨と交戦した夕美その者である。
ここからでいい――何を、という部分を勝手に会話であると解釈したのは
凛の想像力が足りなかったから。いや、普通は予期など出来るはずがない。
「ここからでも、届くから」
ズルンッ――
「な――」
夕美の姿を象った地面の影が、瞬間的に人の形を大きく逸脱する。
影のみが、ではない、本当に夕美の姿――右腕を中心に嫌悪感、
気を刺激する音色を発しながら、歪に伸張し
「目的は、そこ!!」
呆気に取られている間に、夕美の意思を持った“攻撃”が繰り出されていた。
目標は、直線上に並ぶ凛と奏――その脇を掠め、先に佇んでいた
(しまっ……反応が――!)
「卯月!!」
「あ――」
グシャッ!!
「っ……!あ、あれ……?」
改めて、伸びた彼女の腕は太い木の“つる”が幾重にも巻き付いたような
見ようによってはグロテスクな肉塊を想起させる、攻撃的なもの。
破壊に長けたような形状で卯月の体へ迫った槍は反応する間もなく彼女を貫いた。
――ように、思えたが
「……ん?」
「うづっ……!」
「凛ちゃん……よく、彼女をあの場所で止めました。おかげで、間に合いました」
ボロッ
「人を“護る”のは、得意分野ですから」
「愛梨!!」
「あれ?もう戻ってきちゃったの……うーん」
襲い来る攻撃と標的の間に割り込んでいたのは、
逃がした夕美を即座に追いかけ、こうして窮地に寸でのところで間に合った愛梨。
あと数秒でも早く攻撃が始まっていれば、卯月は大きな痛手を避けられなかった。
そして、ようやく場は状況をゆっくりと理解し出す。
何が何やら分からないうちに怒涛のように押し寄せた異常事態、最初に我に返ったのは
「何……?夕美!あなた、それは一体なに!?いや……あなたは誰!?」
「私?私は正真正銘の夕美だよ、奏さんっ」
自身の知る姿、性格、何よりも戦闘能力とかけ離れた異形を持つ夕美、
あまりにも乖離しすぎていた彼女を彼女と認識するのは頭が追い付かない。
しかし当の本人は自身を間違いなく夕美だと言い張り、挙句
「ここは色んな人が居たから、丁度良かったの♪ちょっと、物足りなかったけどね」
「私の訓練生に何をしていたの!?」
露見し出す、なぜ夕美は人が大勢居たこの村に滞在していたのか、
商売人ではなく、何を売ろうとしていたのか、その企て。
「嫌だなぁ、物足りないっていったでしょ?
ほとんどの人は“資格”が無かったから、何もしてないよ」
「…………」
「刺客……?何の事なの!?奈緒がこうなったのは、あなたのせいなの!?」
話を黙って聞いていることが出来なくなり始めたのは奏だけではない、
夕美の発言が真なら、助かったとはいえ奈緒が危険な目に遭ったのは
「半分当たりかも?」
「なるほど、半分は当たりなのね?」
――キィンッ!!
「じゃあ、あなたのせいよ!!」
「ちょっ!か、加蓮――」
奈緒と比べ魔術適正が比較的高い彼女は自らの手できちんと魔術が放てる。
黒い感情をそのまま腕に込め、自身で集約できる“ありったけ”を、塊に乗せて投げつけた。
ドシュッ!!
「んっ……!あつ、熱つっ!」
「く……」
(ふざけてる……!私の攻撃、見ていたのに“何もしなかった”……!)
愛梨が卯月に対して放たれた攻撃を防いだように、基礎の魔術として存在する結界、
対人戦では力量の差関係なしにダメージを防ぐための常時展開が基本。
だが、夕美が加蓮の攻撃に対して防御の姿勢すら取らないまま被弾、それはつまり
(身を守る必要すら、無いって言うの?!)
「加蓮ッ!?何してんだ!?」
「奈緒!奈緒がこんな目に遭ったのは、今の話を聞いてたら夕美さんのせいよ!
今まで良い人だと思ってたのに……騙したんだね!?」
「騙してなんかいないよ」
木の幹に近い腕が、熱されて少し濃い色へ変化した程度、
まるでダメージを受けていない体は、それでも多少なりとも変化した体の一部を
文字通り“生え変わらせ”た。
「ひっ……!?」
「あはは、やっぱり驚く?私、お花や植物が好きなんだ。好きで、こうなっちゃったの」
思わず発してしまった恐怖の本音、漏らした悲鳴、
しかし致し方ないのも事実、まだまだ訓練生の立場である彼女達に
これほどまでの衝撃的な化物の相手は、一歩も二歩も早すぎる。
そして夕美も分かっている、加蓮と自身が対峙する理由が無い事を、
もちろん、争う動機が無いなどという平和的な理由ではない。
奈緒ならまだしも、と前置きをしてから
「お花に選ばれなかった加蓮ちゃんに、興味は無いかなって」
「ッッ……!!」
「それで、せっかくお花に選ばれた……凛ちゃん、奈緒ちゃん」
「…………」
「私もどうしてか分からないけど、いつの間にか“消えちゃった”ね?どうしてかな?」
(……体内に宿った“種子”が、消えたってこと、だよね)
夕美は一行が持つ経典を知らない。
種子の存在は遠回しに知っているようで、愛梨の問答――今、凛はその情報を持っていないが
それによると、どうも“異能の種子”とも異なる物質。
とはいえ、効果は打ち消す事が出来るらしく、夕美が問題視しているのはその点。
「私、思い返してみたんだ……
そうしたら、あの花を渡した時に……変な反応をした子がいたな、って思い出したの」
『かっ、枯れちゃいました……!すっ、すいません!』
『……私も初めて見た。卯月ちゃん、お花さんに謝っておこうね』
「卯月ちゃん」
「……!」
夕美が自身の“分け与える力”を封ずる力を持った人物が
卯月の実力もしくは体質など、とにかく彼女が関係していると判断するのは必然であった。
「卯月ちゃんは、私のお花を枯らしてしまう悪い子なんだ」
「いえ、私は――」
「これから私は色々な人に、才能っていうお花を咲かせてあげにいかなきゃいけないの。
なのに、たぶん……いや、絶対に……卯月ちゃんは居ちゃいけない」
「しまむーに手を出すなー!」
「させないよ」
元から説得など出来ない、夕美と卯月の間へ立ち塞がるように佇む未央と凛。
一方で事情を知らない人物から今の状況を見れば、まるで理解が追い付かない内容ばかりで
(彼女は……何を言ってるの?これは、何の話なの?……でも)
チャキッ
(とにかく、野放しにすると……いけない)
「奏さん」
少なくとも、夕美が危険人物であると認識を定めた奏だが、
即座に武器を手に精製しようと動かした手は愛梨に制止されてしまう。
「危険ですから」
「でも――」
ガギィンッ!!
「――ッ?!」
「……見えていましたか?夕美さんは、あなたの知っている普通の人ではないそうです」
「愛梨ちゃん、凄いね?私、けっこう本気で頑張ってるのに」
奏の目の前で結界に阻まれ、グシャリと変形していた太い木の幹、
完全に射程外だと思い込み油断していた彼女の上半身に凄惨な損傷を負わせるには十分だった。
――ここに愛梨が居なければ。
「……うーん、決めた!」
「ここは目立つし、私もお花を枯らしちゃうような子と直接戦いたくない……
だから今は、逃げちゃえって思ってたの♪」
「逃がすと思っているんですか?」
一見、異形の夕美は奏すら圧倒する力で優位に立っているようで
実は愛梨に対して有効打を一発も撃たせてもらえず、逆に詰んでいる状態、
このままズルズルと長引くより撤退の道を選んだのは賢明かつ合理的。
「さっきとは違います、この周辺は既に私が結界で押さえていますから」
愛梨も、むざむざと逃がしてしまうつもりはないようだ。
撤退される可能性を先に考慮し、いち早く周囲を取り囲む結界を構築、
強度は折り紙付きで夕美がどう頑張っても破壊は不可能なほどに頑丈なものを、だ。
「わざわざ私の為に?」
興味津々に周囲を振り向く。結界は視覚に反応しないのか、
それとも相当に遠方から展開されているのか、視認が出来ないらしく
実物を見れない夕美が少し残念そうな顔をした直後
「でもごめんね♪謝っておこうかな、先に」
「……何の話ですか?」
「もう私、とっくに逃げた後だから」
グシャッ!
「うおぉ!?く、崩れたぞ!?なんだぁ?!」
愛梨が、これを目撃するのは二度目。
――二度も、同じ手を使われた。
「……これは、枯れた植物?」
「また、やられてしまいましたか……」
目の前で対峙していた“夕美”は、どのタイミングで入れ替わったのか、
そもそも最初から本人などではなかったのだろうか。
(原理や理屈は分かりませんが、とにかく“本体”は早々に逃げた後、ですか)
「もう、逃げてしまったようです……みなさん、大丈夫ですか?」
「……うん」
「私も奈緒も、大丈夫」
「こっちも大丈夫よ。……でも、気になる事があるの。
あなた、いったい何者?名前は確か、愛梨……だったわね。有名な人、かしら?」
「実はウチも気になっているんだけど、どうなんだ?」
それほどでもありません、とはぐらかしつつ返事をする。
肩書きは大きい、そして知名度は高いはず、それでも愛梨が愛梨本人と結び付けられないのは
ひとえに“そうであるはずがない”という固定観念。
「愛梨さん……あの人は、いったい?」
「私も分からない事が多いですが……今分かっている事と、予想の話をしておきましょう」