島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~ 作:アカツキ=ニュー
糸
「今後は移動中にもどんどん誰かが襲ってくるかもしれません」
得た教訓、油断は禁物。
怠っていたわけでは無い、余計に注意して進もうという意味だ。
軽々と放たれる策であっては困るほどに夕美が打った手は一行にとって脅威、
人智を超えた力が何度も襲い掛かってくるなど、いくら命があっても頼りない。
「宿を拠点に、経典の見張りは二人ずつ……卯月は、特に狙われてるから」
「はい、ここに残ります。その代わり、調達はお願いします!」
「任せとけっ!」
街中の宿が確保できた時は問題ない、
しかし常に平和な村で平穏無事な一夜が過ごせるとも限らない、奈緒の一件もある。
そんな時は物資の調達を主軸に、万が一の備えを整えておくべきだと結論を出した。
幸い、滞在中の村ではそういった用意に最適な店が多く
「未央、お願い」
「しぶりんも、しまむーと経典をお願いね!」
「ウチは?」
「美玲ちゃんはいいんですよ? もしも何かしてくれるなら、村を歩いてください。
それで、何か気付くことがあれば教えて欲しいです」
「分かったぞ」
「へー……これ、便利だね」
買い物の担当となった未央が、真っ先に興味を持って向かっていたのが
物資の運搬などに使われる“疑似空間”を持った荷物入れ、を扱う店。
「機械科学と魔術の融合……わ、分かんない……とりあえず、凄い技術なんだね」
どちらの知識も持ちえない未央には理解が及ばないものであるが、
要するに“見た目よりも遥かに多くの物が入る鞄”と思えば間違いは無い。
店の主人曰く、この鞄を技術面から見た場合の素晴らしさ、術者を持たない無機物の道具が
内部に疑似空間を作り出す術式を留めている画期的な――と言われた段階で未央は
話半分、興味を惹かれていた店内から去ってしまった。
「そっちの話は分かんないよ……ん? でも……」
ふと振り返れば、店主の話に聞き覚えのある単語があった。
専門用語ではなく、まさについ最近聞いたような単語――
「あっ……『ウィアルソ』だ」
熱心に話していた素晴らしい技術、魔術と機械の融合、
これらを開発したのは技術大国と言われる『ウィアルソ』だ、と。
偶然にも進行方向で通過する場所、何やら縁を感じつつも未央は道具を気に入っている、
そして実際に、試してみたくなったのだ。
「この小っちゃいところに、ホントに入るの? えーと、何か入れるモノ……これでいいかな」
手の甲を覆う籠手、それなりに頑丈な装甲を外すとその内側から手首にかかっている
いくつか輪の形をしたアクセサリが姿を見せる。
取り外した輪は鞄のサイズよりも小さい、とはいえ未央の行う実験には十分な“異物”だ。
「これを入れて……鞄を、ぐしゃっと! ……わお、何も当たらない」
普通、袋の中に何かが入っていればここまで袋は小さくならない、
この場合はリングの形ぶん、袋は歪に凹凸してしまうのだが
未央が押し込んだ袋は中に空気だけしか入っていないと錯覚してしまうほどに小さく萎んだ。
「なるほどなるほど……これはポケットにでも押し込んでおけば邪魔にもならないし
たくさん食べ物も飲み物も入る、まさに四次元ポ――うん?」
言葉を急に切ってしまったのは、脇の小道に見えた人影が何やら騒がしく
未央の意識がそちらに向いたから。
人気のない住居の隙間、わざわざ通る必要も無さそうな場所で起きていたそれが気になって
「ちょっと! 何してるの?」
思わず声をかけると、もみ合っていた人影は動きをピタリと止める。
暗がりのせいで顔は見えず、こちらを向いているのかも怪しいが反応があったという事で
声は伝わっていると判断した未央は一方的ながら注意喚起を始め
「……喧嘩? こらこら! いくら路地裏なんて人目に付かない所でも
そんなことしちゃ怪我するぞ! はいはい、やめやめ! そんなジメジメした所で!」
厄介ごとにでも首を突っ込みたがる、わけではない。
トラブルが起きていると解決したがるのだ。見過ごして先に進むのは、気が引ける。
どうも人影は二つ、未央が思った通り喧嘩の可能性が高く
ただ止め時を見失っていたのか、先程まで激しく動いていたにもかかわらず
第三者が声をかけただけで手を止めたりと
(ま、そんなに大きいトラブルじゃないでしょ)
ぱしゃんっ
「冷た……! いや、あれ? 水じゃない? じゃあ何コレ――」
「喧嘩じゃないよ」
ようやく人影の主が声を出す――声質から推測するに、女性のようだった。
さらに未央よりも低めの身長、恐らく同世代か年下だろうか?
そのような人物が、こんな薄暗い場所で誰と何を拗らせて、何に至ったのか。
(水溜り……汚れちゃったかな、靴……)
「えーと、じゃあ何? こんな場所で何してたの?」
「アタシたち、お互い合意の上で“奪い合い”シてるんだよねー」
奪い合い? と疑問を聞き返す直前、偶然にも大通りの方で大荷物が通過する。
鉄製品は陽の光を跳ね返し、通路が一瞬だけ灯りに照らされた。
――――
「え? ちょっと……なに、してんの……?」
「……今ので何してるか分からないんだったら……関わらない方がいいと思うけど?」
思い返せば全ての予兆はあった、しかし想像の範疇を超えていた。
昼間にも関わらずやや湿った路地、冷水ではない水溜り、そして――動いた人影は一人だけ。
陽の光が照らした通路、未央の目に飛び込んできたのは一つの色、赤色だけ。
(この匂い……赤色、もしかして……!)
「あ、そうだそうだ……これ、貰っておかないと」
プチッ
「ッ?! それ、種……じゃない、花の方!?」
「あれあれ? なーんだ、もしかしてそっちも“知ってる側”の人?」
未央の話を聞いているようで聞いていなかった少女が、初めて興味を示す。
そして、未央は見間違えようがない、夕美の食堂での会話でも、
後の愛梨とのやり取りでも伝えられた種子、それが咲かせる花――
(やっば……! この子も麗奈ちゃんと一緒で、力を持ってる!
でも、どうして私達以外の人も狙って……)
「じゃあ早くやろうよ? アタシ、もう楽しくて仕方が無いんだよねー。
本当だとは思わなかったけど、この“花”が育っていくのを見てるとサ」
「……や、やる? 何の事? 私は戦う気なんて」
「分かってるじゃん、戦う事だって」
「うぐ……で、でも」
口を開くほどに逃げ道を塞がれ、もはや黙るしかない未央、
ここから逃げるには一直線の通路をしばらく相手に背を向けて走り続けるしかない、
何か得体の知れない力を持っているかもしれない少女相手に、である。
そして、それよりも未央は引っ掛かる疑問を抱いている、少女の取っていた行動だ。
(花を奪ってた……! もしかして、夕美は色んな人に力を与えて、
お互い奪い合いをさせて“強い能力者”になるよう仕向けたの!?)
種子の特性、かなり以前だが耳にして記憶していた。
国同士が争う可能性がある程に、種子を奪って“強さ”を精錬するのは重要らしい。
この不完全な種子に同じ特性があるかどうかは分からない、
もしかすると夕美の嘘っぱちである可能性もある、が、少なくとも目の前の少女は
その特性を信じ、実感している。
「ちょうだい、そっちの花も!」
(私は持ってない、けど――)
夕美が“標的として狙うべき人物”をアドバイスのように伝えていたら、
確実に卯月を含む一行は一覧の中に含まれているだろう、当然、未央も。
「だったら……言って通じる相手でもない、よねッ!!」
「む!」
逃げる、全速力で。
何者かも分からない相手と一対一で挑むわけにはいかない。
これは逃走ではなく、卯月達を呼ぶための作戦、未央の選択は当然の行動であった
――ピンッ
「んうッ!?」
大通りまで数メートル、その地点で未央の片足は突如強い力で引き戻され――いや、
まるで何かに捕まったかのように、抑え込まれた。
決して早くもないが遅くもない速度で動いていたはずの体が捕まり、思わず背後を振り返ると
「もう逃げられないよ? ……ねぇ、片足の力で家を引っ張った経験って、ある?」
少女は先程の場所から一歩も動いていない、超速で未央の体を捕らえたわけではなかった。
代わりに、少女の足元から伸びる一本の――糸。見間違う事は無い、ただの糸にしか見えない、
だがその細い糸が未央の右足に繋がって、動きを封じていたのだ。
(なにこれ!? いつの間に……っていうか、私の足にめり込んでない!?)
「アタシの力っぽいよ、それが。
いやー……編み物の道具なんて、イタズラにしか使った事ないけどさー」
目覚める能力は個々の特性を活かしたもの、とは限らないようだ。
などという情報は有益かもしれないが未央が今欲しいものではない。
問題はこの糸、未央の足に埋まるような形で繋ぎ留められているコレは、何なのか。
「あ、糸の心配をしてる? 大丈夫だいじょうぶ、痛いとかは無いからさ。
……その代わり、絶対に切れないし外せないよ? だから――」
ピシュッ
「っ!? あ……!」
「はいっ、両手も繋げた! で、この糸を……引っ張ると!」
「わっ、わわわわ!?」
(通路の真ん中に、引きずり込まれるっ……!)
なまじ通路の出口、明るい場所に近づいてしまったせいで
暗闇から飛ぶ少女の攻撃を目に捉えることが出来ず、両手にも同じく糸が繋がってしまう。
そして、糸が撒き取られ――収縮する動きに合わせて未央の体は元の位置へと移動させられて
ビンッ……!
「うあ……っ!」
「両足は地面、両手はバンザイのまま、これで安心安全♪」
(動かない! 糸の反対側も、何かに引っかかってて固定されてるの!?)
「そうそう思い出した、そっちの名前……確か、未央チャンだっけ」
「っ! はは、やっぱり私達を狙ってたんじゃん……!」
「別に? アタシは狙いやすかった子を狙ってるだけだし」
「ふーん……! そんなに私は狙いやすかった、かな?」
「さぁねー、もしかしたらアタシより全然強いかも? ……でもね」
きっと先の犠牲者にも同じ手段を用いたのだろう、
両手足を捕縛し防御が出来ない姿勢を強制させてからの攻撃、
まさに未央が現在陥っている状況である。
少女の言う通り、糸が絶対に千切れないのであれば勝負は決してしまったのと同義、
いくら目の前で堂々と拳を振りかざされ、その動きが緩やかなものであっても、
受け止められない避けられない状況ではまともに喰らうしか選択肢は残されていない。
「ぐ……!」
(こんのぉ……! これくらい、引き千切ってぇっ……!!)
「無駄だよ! アタシの糸は絶対に千切れたりしないから!
だから今の未央チャン、最っ高に……無防備☆ガールって感じ!!」
重い衝撃音が、村の一角に響き渡った。