島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~ 作:アカツキ=ニュー
到着
最終的に成し遂げる目標は定まった、しかしその過程の道は遠い。
それどころか、次の行き先すら見つかっていない有様である。
「でも、今までより負担は減ったので、見える範囲は広がったんですよ?」
「……それでも反応は無いんですね」
行き先が決まっていなければ、総当りするしかない。
ひとまず行き先を“脅威”ではなく、近場の村および国家など、次の目標に向けて
計画を立てやすい場所へと定めた一行。
「ところで……今更だけど」
「どうしたのしぶりん?行き先はさっき決めたところだよ?」
そうじゃなくて、と、続けて愛梨に向き直り
結局のところ、彼女の言う脅威とは何なのか、具体的な何かがあるのか。
凛の言葉に卯月と未央も、言われてみればと疑問になる。
確かに、おおよその危機感と、脅威という言葉は頭に入った、
しかし実際に何か?と言われると、未だ説明は無かったのだ。
「世界の平和のために、何を排除する旅を続けていたの?」
「……その事も、早くお話しておくべきでしたね。
ひとまず、落ち着ける場所に出たらお話をしましょう。立ち話をするには長い内容です」
「愛梨さんのお話……なんだか、楽しみです!」
*
森の中から視界が開けたのは、ひとまずの目的地に到着したと同時だった。
残念ながら、最初から大きな国家に向かうには距離が遠すぎたため、
こうして段階を踏んで先に進もうという方針であった。
卯月一行が最初に定めた目的地、そこは『インザネム』という小さな村、
拠点には出来ずとも宿にはありつける、そうして目指した先だった。
そして数分前に到着した一行の現在地は、小さな食事処。
「いやー、朝から歩きっぱなしだったからお腹減っちゃってたんだよねー」
太陽が頂点に達するような時刻、十分に昼時と言える。
歩き疲れた一行は、こうして卓について、空の食器を重ねて今に至る。
そうして、落ち着いた頃に口を開いたのは愛梨だった。
「まず、この経典……迫る脅威を探知する、と言いましたが」
「そうだ!確かその話が途中だったね?」
愛梨が言ったのは『経典が、世界を脅かす脅威を探知する』との弁。
それでは具体的に脅威とは何ぞや?そう疑問を持ったのが、数刻前の凛である。
「実際に探知出来る脅威の種類は一つです」
「一つだけ?」
たった一つと聞いて三人は意外そうな表情。
脅威というものは、単独ではなく折り重なって生まれるものだと認識していたからだ。
しかし愛梨は特に予想外というわけでもなく、それも当然、
確かに脅威はたった一つに絞ることはできません、と続けたうえで
「その数多い脅威の中で、大きな割合を占めているものが」
「探知できる一つ、なんですね?」
「はい、それこそが私たちの旅の目的……“異能の種子”の回収」
「異能の種子!?」
「しまむー、知ってるの?ってことは――」
凛と未央が聞きなれない名前に卯月が反応したことで、ある意味二人共把握した。
彼女が二人より秀でている知識は、十中八九このような伝記、歴史に関してである。
「それは、当然です……だって、種子は経典と同じ……秘宝の一つですよね!?」
十大秘宝と呼ばれるからには当然、十種類の道具がある。
その中の一つが灰姫の経典、そして残る九個の中に異能の種子は名を連ねていた。
「秘宝の中でも少し特殊な存在で、一つではなく複数の同じものがあるんです。
効果は……種子によって咲いた花に触れた人は、力を与えられるとか……」
「なにそれ?なんだかお手軽パワーアップアイテムみたいだね?」
異能の種子とは卯月が言った通りでほぼ間違いはない。
種子が咲かせた花は、自然界に存在するものではなく道具によって生まれた特有で一律のもの。
そして当然ながら普通の花ではなく、育つ環境に一貫性がない、成長の糧が不明など、
何よりも花自体に『触れた者に特別な力を与える』という、
魔術や科学技術が進んだこの世界でも類を見ない特有の力を持っている。
「力の種類は様々ですが、超常現象を起こすようなものも確認されています」
「へぇー……なんだか、反則級の道具じゃない?」
「でも、本当にそんな扱いを受けていて、一部の国では種子を巡って争いも……あっ!?」
「……気付きましたか?」
「だから、回収を……?」
平和への道を語るだけなら簡単な事だった。
三人が考えていたよりも、解決策は瞬時に思いつく。至極簡単、文字通り争いの種を取り除く。
「……今の話を聞いて、私もすぐに思いついた」
「しぶりんも?私もそう言われると……世界の争いの“種”って、もしかして……?」
卯月だけではない、凛も未央も、瞬時に勘付く。
強すぎる道具、それも一つではなく無数に存在して、手に入れるほど有利なものならば――
「争いなんて収まるわけがないんです」
「じゃあ……愛梨さんの目的が?」
「そう。誰かが、やるしか……」
取り除けば解決するならば、取り除けばいい、子供でも分かる理屈である。
だが、どこの誰が実行しようとなど考えるだろう?説明を聞く限りでは、種子は武器である。
手に入れた人物へ単純にプラスされ、間違いなく国家の磐石さ、基礎を強固なものにする。
そんな道具を回収、破棄する――
「無理……だねぇ……」
「だから、私たちがやらなきゃいけないんです」
「……と、一度に説明しても話が複雑ですよね?」
パタンと経典を閉じて、愛梨がにこやかに微笑む。
確かに、元々知識が多少なりとも持ち合わせていた卯月も、理解力には長けていた凛も、
話をきちんと聞いていた未央も、片眉が下がる表情を匂わせていた。
「分からない話は、分からない時にいつでも答えます。
今は私も負担が軽いのでお手伝いは出来ますから、気楽にお願いしますね?」
「気楽……はい、頑張ります!」
「いやぁ、世界を救う旅に気楽は無理かなぁ……」
「卯月の言う通り、頑張るしかないね」
それがいいでしょう、と愛梨が三人に相槌をうつ。
飲み干したグラスをコトリと置いて、傍らの経典を手に取る、そして――
「……では、落ち着いた場所に来たところで」
森の中ではない、少なくとも急襲される確率は格段に低い村の中、
経典を広げて愛梨が手をかざす。そして、徐々に反応を示す経典。
「えっ?こ、ここでですか?」
「目立たないの?」
「魔力は珍しいものではありませんし、皆さんが大きな反応さえしなければ」
そう言われては大げさに制止することもできず、卯月たちは引き下がる。
経典は、想像に反して静かに魔力を飲み込み、小さな模様を浮かび上がらせた。
「これは?」
「周辺に、種子の反応があるかどうかを調べています。
出てくる地形は地図にはなりませんが、方角と強さならば大体は分かります」
「へぇー、便利だね?」
徐々に広まる模様は、しかし特別な変化は何も起きず、
やがてある程度の大きさになった時、動きが止まった。
「……終わり?」
「そのようです。残念ながら、まだ何も目標は建てられませんね」
「うーん、残念……じゃ、今日はどうするの?」
陽は高く昇っているが今から次の目的地を探して移動するには道中で夜になってしまうのは
避けられない。ならば、この村で宿を確保するべきである。
そう決めた一行は、荷物をまとめて準備した。
「すいませーん」
「はいはーい」
「ありがとうございます、美味しかったですよ!」
「それはどうもっ!といっても、アタシはお手伝いなんですけど」
入店した直後から様子を見ていた店内だが、客のそれなりの多さの割に
従業員という人の姿は少なかった。
それでも滞りなく客を捌けているという事は、一人一人の質が高いのだろう、
などと卯月が思っていると
「ホールと厨房で、一人ずつなんです」
「え?二人だけですか?」
聞けば、たった二人で全ての業務を回しているらしい、
これには会話していた卯月だけでなく、愛梨も驚いた様子。
「お二人……失礼ですが、ここはあまり大きな村に見えませんが……大丈夫なんですか?」
巨大国家の中にある店ならば、従業員が少なくても納得が出来る。
なぜなら、比較的安全が保証されているからだ。
このような小さな村では、いつ野盗の襲撃に苛まれてもおかしくはない、
となると護衛を数多く雇ったり、そもそも村自体が大きな抵抗力を持っているかのいずれかだ。
(もし後者なら、種子から授かった力が自信の表れの可能性も――)
しかし、期待していた返答とは違った。
いや、むしろ予想の上だった、と言った方が正しいか。
「こう見えてもアタシ、少し前までいろいろ旅をしていたんです!」
「旅を?すごいです!いろんな所を回っていたんですか?」
「そうですよ。といっても、商売人でもあったので、たいした活動はしていないんですけど」
「行商だったら尚更凄いんじゃない?護衛もつけずに、なんでしょ?」
凛の言う通り、この世界を自身の身一つで旅して回るのは並大抵の実力では体が持たない。
つまり、そのような行商を行っていた彼女が居るという事は、ある意味で店の護衛なのだろう。
「ところでお客様は、この村へ何をしに?」
「んー、用事ってほどじゃなかったんだけど……中継っていうか」
「なるほど、他の国に向かう途中ですね?ここでお泊りですか?」
「はい、まだお昼ですけど念のため」
「という事は、ずいぶん遠い国へ向かうんですね……気をつけてくださいね?
あ、それともしよかったら、お宿も一緒に探しましょうか?」
「えー……っと……」
まさに元気いっぱいといった勢いで話が加速する店員に押されつつも、
親切心は受け止めて話を続ける。そんな時、卯月がふと思い出す。
「あの!」
「えっと、お商売をしていたなら……物の価値って、分かりますか?」
「価値?うーんと……物によるけど、ある程度は大丈夫かな?」
「実は、村長さんに『お金の足しに』って言われて渡されたものがあるんです」
多数の国家が出ては消え、安定しない世界に共通の通貨などというものは存在しない。
たいていは価値ある代替品が金銭の代わりとなる、主に消耗品や嗜好品がそれだ。
「そういえば……私たちって纏まったお金なんて無かったよね?」
「……あっ」
ある意味衝撃の告白を、愛梨が白い目で見ている。
一方、店員の彼女は元商売人として興味ありげに話を聞く。
「ちゃんとした人に換金してもらいなさいって言われて……」
「確かに、相手は選ばなきゃ駄目だよ?でも、アタシでいいの?」
ここで金銭価値のあるものと交換という事は、店の食事代金である。
お釣りなどという気の利いたものも期待できない、だからこそ親切にも店員の彼女は
もしかしたら価値のあるものを、ここで消費しても構わないのか?と聞いたのだ。
「個人に頼む方が、きっといいですよ」
「……じゃあ、お願いします」
別に卯月たちの私物になるため、必要は無かったのだが愛梨の許可も貰った、
それならばと彼女は首を縦に振り、仕事を請け負った。
「それで、そのモノっていうのは?」
「えっと……これです!」
ポケットから取り出した小袋は、中でジャラリと音がした。
口を開けて、テーブルの上に向かって逆さに振ると、中から小さな石の数々が転げ落ちる。
「……!」
だが、それを石だと認識したのは一瞬で、陽の光に照らされて色とりどりに輝く様を見て
これらが宝石であると確信するほどに強く明確な主張だった。
問題は卯月が言った通り、この宝石類にいかなる価値があるかだが――
「これっ…………!」
「もしよかったら、ここのお食事代程度になればいいかなって……」
単純に宝石、鉱石にも価値は千差万別。
使用用途が多い鉱石でも数多く採れるものならば価値は下がるだろうし、その逆もある、
両方を兼ね備えているならば価値は跳ね上がる。
「……えっと、卯月……ちゃん?」
自分たちの持っていた宝石に如何なる価値が付くか、期待に胸膨らませていた卯月に
彼女は少し深刻そうな表情のまま、言葉を紡ぐ。
「これじゃあお会計は、出来ないかな」
僅かな沈黙の後『ええっ!?』という驚きの声が三人、いや四人から挙がる。
卯月たち三人は思っていた答えと違うことに。
愛梨は純粋に、後に控えている会計をどうすべきか、という叫びであった。
しかし、その心配はすぐに杞憂だと判明する。
「違うよ!?価値が無いって意味じゃないんです!その……アタシ達が、払えないんです」
店員の彼女の言葉をすぐには理解できない一同だったが、
少し思考を巡らせると、ある結論に達し、実際に予想は当たっていた。
「食事一回分どころじゃない価値が、この宝石には含まれてます」
そう、卯月が一度の食事分にはなってほしいと思い、交渉に送り出した宝石は
遥か上の価値を持っており、どう控え目に考えても等価とは言い難い条件にまで達していた。
「こんなもの、受け取れませんよ!」
「まさか、そこまで高いものをお持ちだとは……」
これには愛梨も驚き、まだ机の上に散らばっている残りの宝石もまじまじと見つめる。
一つだけでここまで価値があるならば、当面資金難に陥る事は無いだろう。
「えっと……どうしよう」
強いて困る場面といえば、今まさに起きている『相手が支払い能力に欠ける』状態。
といっても店を責めるわけではない、明らかに卯月たちが規格外のものを
持ち出しているのが原因である。
「アタシは、何とかしてあげたいのは山々なんだけど……」
「わ、私は大丈夫です!これ、お礼として貰っちゃってください!」
「ええっ!?そ、それはダメ!アタシなんかが貰うには大きすぎるよ!」
善意の譲り合いで場は均衡し、動かなくなった。
このままでは状況が悪くなることは無くとも、先には進まない、
そう思っていた矢先に、店の奥から新たな声が掛かった。
「どうしました?」
「あっ、椿さん」
「どうも、このお店を構えさせてもらっています、椿と申します」
現れたのは、店員の彼女が言っていたもう一人の従業員、
この言い回しを見る限り、椿の方が責任者であり店主なのだろう。
卯月たちも挨拶を交わして、落ち着いたところで事の成り行きを全て話した。
「なるほど……代金はあるのですが、こちらが払いきれない、と」
「でも椿さん、タダにするのは駄目ですよ?やっぱり商売なんですから!」
「私は別に、皆とお話しできる場所を作れたらいいのだけど……」
「もうっ!そんなのだからいつまでもカツカツなんですよっ!」
「そのぶん智香ちゃんが頑張ってくれるから」
仲睦まじい、と言われればそうかもしれない、
そして判明した名前、今まで卯月たちと話していた店員は智香という人物らしい。
「最初に手伝わせてくださいと言ったのは確かにアタシですけど……」
「そういう事で我慢してくれてもいいですか?ふふっ」
とにかく、信頼関係は深いようで、激化するかと思われた口論もあっさりと沈下、
ようやく冷静な話し合いが行われる。
「――卯月ちゃん達は、旅のお方なんですね」
「はい!」
「そこで提案なのですが……皆さん、旅はお急ぎですか?」
視線が愛梨に集う。次の目的地を探るのも、見つけるのも、今は彼女が中心だからだ。
しかし、数分前に経典を用いて調べた結果、成果が無いという結論が出ている、
急ぎの旅ではあるが、急ぐことが出来ない状況にある事も確かという意味では――
「……いいえ」
「でしたら……私達のお店で寝泊まりしませんか?」
「ここに、ですか?」
「はい。私達は、そちらの綺麗な宝石に対する対価を払う事が出来なくて迷惑をかけています」
別に払わなくてもいいんですよ、と言う卯月の配慮に甘えるには
商売人としてあまりにも対等ではないために智香が断っている、ならばと椿が用意した案は
食事だけではなく、宿泊に関しても面倒を見させてもらうというものだ。
「決して質の高いとは言い切れませんが……今後、宿や食事に困った際には
今日からでも、いつまでも、ご自由に訪れてください」
「そんな、そこまでしてくれなくても……!」
「いいや、違うよ!アタシ達にも、ちゃんと対価として払わせてほしい!
一方的にじゃなくて、ちゃんと!」
「う、えぇっと……はい……じゃあ、お願いします!」
力強く熱弁する智香に押されて、ついに卯月も首を縦に振った。
まさかの展開、結果的には安定した拠点も確保できて愛梨としては嬉しい誤算だった。
当然、三人にとっても喜ばしい事なのだが
「まさか、こんな事になるとはねぇ……」
「うん……上手く行きすぎてて怖いよ」
「ちょ、ちょっと二人とも!」
素直に納得が出来ないのも、仕方がないのかもしれない。
たった数日どころか幾日も経過していない冒険の序章、
とはいえ未知の世界に踏み出すために決めた覚悟、整えた気持ち、
それらが空回りするほどに何事も無く進んでしまう物語は確実に三人――いや、
愛梨をも一瞬の隙を抱えてしまった。
「それでは早速ですが、案内しますね。今度とも、よろしくお願いします♪」
椿に連れられて店の奥へと向かう一行、そして客の居なくなった店内。
――いや、確かに客は来店していない。が、店の外、店内の様子が見える窓、
そこから一筋の視線が伸びている事に気付いた者は誰一人として居なかった。
(…………)
やがて人影は壁の裏側に去ってしまい、正真正銘の無人の店内。
今日は一行の案内に費やすために、店は開かないだろう。
謎の影は、今の様子を見て何かを思い、何かに気付いたのだろうか?
その答えが判明するのは、意外にもそう遠くは無かった。