島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~ 作:アカツキ=ニュー
塗り潰し
「これは……」
「な、なんだぁ? 泥棒か?」
「卯月、もしかしてだけど……」
「はい……これは、未央ちゃんが戦った跡……だと思います」
「え? これが……か?」
当人の姿は見えない、周りを囲むのは倒壊した家屋を眺める野次馬の姿のみ。
卯月達も野次馬には違いない、だが、野次馬としてここへ訪れたのはただの興味本位ではなく
自分達と対峙する“敵”の出現を危惧しての、調査も含まれていた。
「未央ちゃんのパワーなら、これくらい……」
「そ、そうなのか? でも……未央がやったとは限らないだろ?」
「だったら、未央がここに居ないのはおかしい。こんな騒ぎ、来ないはずがないのに」
「うーん……それもそっか……じゃあなんで未央はここに居ないんだ?」
同じ考えに辿り着き、視察を行っていてもおかしくはない、
それをしていないという事はつまり、この騒ぎ自体を未央が起こしたものと考えて
二人の結論は“ここで未央が戦った跡”と導いた。
では、ここで問題になって来るのが、美玲の疑問だ。その本田未央は、どこへ消えたのか。
「……すれ違ってないよね」
「はい、絶対に」
「じゃあ……敵を追いかけて向こうの道に行ったかもしれない」
指差したのは、既に瓦礫の山となった家屋に面していた通り、
そして卯月達がここへ到着するために使った道の反対側、その先。
既に何か目的を持って、単独で向かったのだろう――
「……なぁ、卯月」
「何? 美玲ちゃん……」
「ウチ、未央がどれくらい強いかなんて知らないから、思っちゃったんだけど」
「…………」
「襲われて、もう……ってことは、ないよな?」
「……急ごう、卯月」
何が起こるか分からない、それは身を持って何度も体感している。
複数人で対抗しても解決が出来なかった事態もあった、それが今は未央一人、
一刻も早く走り出さなければ。
「…………」
野次馬の中から突如走り去った卯月達、その“違和感”を見逃さなかった視線、
三人は勘付くことが出来なかった。
道は一本、注意深く観察はしていたが廃屋の続く過疎地域、分岐の道は無い。
もちろんそれぞれの家の間の小道などもチェックしていたが、未央の姿は発見できない。
「……うおっ」
「どうしたの、美玲」
「アレ、なんだ?」
代わりに見つけたのは、廃屋の壁には不釣り合いな非常に目立つ落書き――
いや、大きな刷毛で描かれた、シンボルと言えるほどの紋様。
派手な色味で自己主張の激しいそれに思わず目をやってしまうが、今の目標は未央だ。
廃れた地域ならそんなものもあるだろう、ただの落書きにこれ以上意味など無い。
「早く未央を探そう」
「……なんだか気になるぞ」
「気になりますけど、そんなものより未央ちゃんを――」
「悪かったっすね、そんなもので」
「誰?」
「名乗る程じゃないっす、えーと……“例の”ご一行さんで?」
三人の会話に突如割り込んできた人物、
やけにカラフルな汚れが目立つ服装、どことなくマイペースさを感じる口調、
何よりもこんな人通りの少ない場所で彼女は何をしていたのか――
疑問は、彼女の発言から徐々に“ある疑い”へと変わる。
「……凛ちゃん」
「うん、分かってる……ねぇ、あんたが未央を?」
「どこに居るか聞きたいっすか? なら――」
ヒュンッ!!
「っ!」
「わ、っとと……問答無用すか」
(躱された……!)
疑わしきは、罰する。未央の行方を知っているらしき発現、
この状況でその情報を持っていながら好意的とは思えない接触を行ってきた以上、
凛が問答をすっ飛ばして初撃を繰り出すには十分な理由だった。
だが、ある程度の距離があったためか、それとも相手が“攻撃される事”を
既に想定していたのか、凛の繰り出した鋭い蹴りは空を切る。
「面白い話を聞いたんすよ、能力を与える……っすか?」
(やっぱり、この人も……知ってる! だから私達に!)
「考え事すか? もう、戦闘中でしょう?」
「!?」
ばしゃんっ!
「……?!」
「よいしょっと」
「距離を離した……? あいつ、何してんだ? チャンスだったろ!」
「凛ちゃん! 大丈夫ですか!?」
「どっちを応援してるんすかあのフードの子は」
「……何のつもり?」
確かに戦闘中、余計な事を考えるのは失敗だった、だがそれによって生まれた隙は
ただの打撃を加えるでもなく凛の膝下へ向けて多量の塗料をぶちまけるだけに消費される。
さらに、凛は予想外の行動であったが瞬時の反射神経には非常に優れている、
物が物だけに全てを回避とはいかなかったが、自慢の靴への汚れはごく少量で済んでいた。
「何のつもり、っすか……説明した方がいいっすか?」
「聞いたら、答えてくれるの?」
「冗談でしょ? 義務は無いっす」
「だよね…………吉岡、沙紀」
沙紀と呼ばれた目の前の彼女が、初めて眉を顰める。
隙を突かれたのは凛だけではない。塗料を避けて後方に跳ねる直前、凛は見逃さなかった、
彼女が手に持っていた刷毛、その根元に書かれていた四文字の漢字を。
「道具に名前を書くのは、普通だよね」
「……よく見えたっすね? いい観察眼っす」
「それだけじゃない」
地面を蹴って、砂を払う。沙紀と凛の間に広がる距離は大きい、
だが凛は今にも即座に加速し、距離を詰められるぞというアピール、
それは攻撃に転じる瞬発力が高いことと同時に
「簡単に当たると思わないで」
「なるほど……回避も自信アリっすか、でも……」
凛が砂を払ったように、沙紀も地面に赤い軌跡を走らせる。
刷毛を持った腕を振るうと、飛散した塗料が地面に人工的で派手な色を残す。
ただそれだけなら、地面を汚しただけなのだが
「下さいよ、アタシにも……それ」
異能の種子――類似する道具を含め、それらが関連した途端に
“ただの汚れ”と、地面の紋様を一蹴する事は出来なくなってしまう。
いくら凛の反射神経をもってしても、例えば降り注ぐ雨を全て回避など出来ない、
液体の攻撃というのは想像以上に厄介なものなのだ。
「もう持ってるんでしょ? まだ争う気なの!?」
「足りないっすよ、他の子も言ってたじゃないすか」
(とにかく能力者相手だと何が起きるか分からない……このペンキは触れない方がいい!)
ならば警戒、徹底的に警戒である。
せめて多くの被弾を避けて、近づかないように戦う。
無論、凛の攻撃手段では困難かもしれないが
「……卯月!」
「はい!」
キィィン!
「!」
「思い切り、撃ちます!!」
ここには特大の遠距離砲台、卯月が居る。
集約させた魔力の塊を小細工なしに放つだけで、それはとんでもない威力になる、
さらに沙紀の正体不明の力相手でも関係の無い攻撃手段、
強いて弱点を挙げるならば大きな予備動作と、察知されやすい魔力という媒体だが
(完全に時間稼がれたっすね、気付かなかった……!)
「フッ!!」
強く地面を蹴って、高く飛び上がる凛。
この高さならば背後から津波のように襲い来る卯月の膨大な魔力も体の下を通過する、回避だ。
一方で沙紀はそうもいかない、そもそも高い跳躍をこなせる身体能力を有しておらず
たとえ上方向へ逃げたとしても待ち構えているのは更に高い高度へ身をやっていた凛の姿――
(上は無理……じゃあ左右は?)
これも適切な解答とは言えない。
卯月の放った魔力の波動、高さはそこそこの一方で左右には驚きの広がり方を見せていた。
今から全力で左右どちらかに走り、波の小さな部分を飛び越えるだけの時間があるか?
現実的ではない、さらに回避した直後の状況も決して良くはならないだろう、
沙紀は卯月の隣にもう一人敵対する相手――美玲が居る事も把握している。
「じゃあ早速、使うしかないっすね!」
(何か来る……!)
回避の道が無い、だが選択肢が尽きたわけではないようだ。
早くも、沙紀の能力が披露されることになる、
適切な正解の無い攻撃を前に、新たに建造された回避方法とは――
「よ、っと!!」
バシャァッ
(やっぱり、あのペンキが何かある……地面を塗りつぶして――)
「それじゃあ、一時隠れさせてもらうっすよ」
ゴオォッ!!
「…………いない」
「凛ちゃん! さっきの人は……」
「気を付けて、まだ分からない」
地面ごと押し流す勢いを持った魔力の津波は、沙紀の撒いたペンキごと吹き飛ばし、
しかし肝心の沙紀本人の姿は見当たらない。
攻撃が命中したとも思えない、あの余裕の口ぶりは万策尽きた者の冷静さではない。
「おいッ! あいつはどこに逃げたんだ!?」
「凛ちゃん、見ていましたか?」
「……見ていた、けど」
「けど……?」
見間違いではなければ――いや、凛に限って間違える事は無い、
自慢の反射神経で捉えた沙紀の動きは、疑いようもなく事実。
だからこそ凛は構える、どこから“攻撃”が飛んできてもおかしくないように。
「地面のペンキの“中”に、沈んだ……ように、見えた」