島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~ 作:アカツキ=ニュー
機を伺う――地味だが、大事な戦法だ。
策が一つで三人を相手取っているとは思えない、
沙紀は能力が看破されないように立ち回っている、自身の底を見せないように戦っている、
もしも一つ目の戦法が暴かれても二つ目、三つ目と策を用意しているだろう。
(“本命”を出し惜しみしている今が、チャンス!)
「ほら、余所見っすか!?」
ヒュンッ!!
「う……!」
「卯月ちゃんでしたっけ、あんたの方があっちより戦いやすいっす」
あっさりと先手を譲ってしまったのは数分前、
見渡しの良い通路に出ていようが関係なかった、沙紀の用意周到さには驚くばかりで
恐らくはロープやバケツを使った小道具、投石機の要領で放たれたペンキの缶、
もう“ペンキだけのものに効果は無い”と予想をしていても、避けなければならないのだ。
(まだ私達が“ペンキも危険”と思っている、と……思っていてもらわなきゃ!)
「こっちだよ!」
「知ってるっすよ!」
攻撃を躱し、その隙に攻めるのは凛。
しかし沙紀の動きにも弱さは感じられない、不意の攻撃に見えた蹴りもいなして
お返しにと反撃――ではなく、牽制のペンキ投擲、よほど念入りに認識を植え付けたいようだ。
「っ、上手いね」
「そりゃどうも!」
「素手で戦った方が、強いんじゃないの?」
「楽な方で戦いたいに決まってるじゃないすか」
この自信――これを続けられると“ペンキは危険”と思い込んでも仕方はない、
それほどまでに沙紀の誘導と立ち回りは優れていたのだが、卯月たちには事前情報がある。
異能の種子という、能力を発現させる道具、そしてそれらと対峙した経験が。
体術に自信アリ、しかし未知の看破されていない攻撃手段があるうちはそちらの方がより良し、
攻撃の追加で放つペンキの飛沫を相手が避ければ、反撃の届く間合いから逃げられる、
拳は躱された、伸びきった腕は隙を生み出してしまうが、飛沫を凛が避ければ問題ない。
「そらっ!!」
ピッ――
そう、避ければ距離が開く、仮に左右に避けても隙が新たに作られて
攻撃の手番は継続――のはずだった。
ダンッ!!
「!」
「っ……! これ、気に入ってたのに、嫌らしいねその攻撃」
(真っすぐ来た……?)
凛は、ペンキを“無視”して“接近”した。
鮮やかな水色の塗料が衣服を汚す、が、直ちに悪影響が起きるような事態は、起きなかった。
近づかれては、沙紀はただ隙を突かれただけ、そうなるとどうなるか?
ドゴォッ!!
「ぐッッ!!?」
防御が間に合わず、凛の鋭い蹴りが腹部へ痛恨の一撃となって飛来、
数メートル背後に吹っ飛んだ体は、なんとか体制を立て直して着地するもダメージは大きく
(……ペンキは、バレたっすかね)
「やっと私に色がついたみたいだけど、私はどうなるの?」
「おたくの想像通りになるっすよ」
「じゃあ……」
「“何も起きない”だね!!」
さらに、これでほぼ確信に変わる、ただ飛ばしてくるだけのペンキは、怖くない。
駆け出した凛の足、沙紀の元へ辿り着くまでに数秒もかからないだろう。
(行ける! このまま、沙紀の用意しているかもしれない本命の作戦を実行される前に!)
凛としては、新たな手段を用意される事だけが怖い、
ならば今度こそ先手を取って、策を発動される前に倒しきってしまう――これが、作戦だ。
「何も起きない、っすか……“今は”が抜けてるっすよ!!」
(来る! けど……それよりも早く攻め切れる!)
予想通り、沙紀は次のプランを用意していた、そしてその宣言は彼女の余裕からの宣言、
接近する凛の到着までに発動できる、数秒どころかコンマの時間があれば使える手のようだ。
このままでは、凛の危惧していた“新たな策”の発動を、凛は阻止出来ない――
「そうだね、じゃあ……“今”だよ卯月っ!!」
「はいっ!!」
「お――」
凛は無理でも、既に背後からこっそりと接近していた卯月なら、可能だ。
振り返るも時すでに遅し、目と鼻の先まで間合いを詰めていた卯月と対面、
この距離では明らかに、既に動き出している卯月の手が届く方が、早い。
「これで、終わりです!」
「っ!!」
沙紀は体に緊張を走らせる、どのような種類の攻撃にも多少身構えておけば被害は減る、
だが――卯月は最初から、沙紀へダメージを与えるつもりは、毛頭なかった。
トンッ
(経典の効果で……これで、沙紀ちゃんの中の“異能の種子”は回収出来た!)
狙いは、沙紀が今後講じる予定であるはずの策、その根幹を支えているであろう能力の剥奪、
かつて奈緒に対して種子――実際には真の種子ではないが、それを回収した時と同じ、
触れさえすれば異能は力を失う。
「……!」
「く!」
手は振り払われた、沙紀も距離を離し後退する。
だが卯月たちの目的は完遂した、これにて決着、戦う理由が失われた。
「……今、何か、したっすか?」
もちろん、沙紀は何をされたかなど分かっていない。
近づかれた、絶体絶命かと思いきや、まるで自分が今までしてきた行動を
そのままそっくり返されたような、好機に攻め切らない奇行。
「アタシが、そんな弱い攻撃で倒れると思ってたんすか? ……ちょっと、カチンと来たっすね」
例の、刷毛を取り出す――ここで、沙紀はようやく気付くのだ。
何でもないような卯月との接触、それが自身にとっての全ての策を奪い取られた、
優しい致命傷であったことに。
「後悔するっすよ、そうそうチャンスは与えないつもりなんで」
ザッ ザッ
「ペンキがフェイクだと見破ったのは、正直驚いたっすけど」
ザッ
「全部、アタシを分かって気にならないで下さいね」
おかしい――確信は間違っていなかったはず、そして確かに、卯月は触れた。
それでも拭えない、今の状況から伝わる、明らかな違和感。
正体はまさに、目の前の沙紀の“ただ前に歩く”という行動そのもの。
(まだ、攻撃してくる?!)
「よっと!!」
バシャアと撒かれたペンキ、これに大した効果は無い――はずなのだ。
そもそも、能力は奪い取ったはず、経典の力に間違いは無い、だが、沙紀の態度は変わらない。
普通ならば、突如として消滅した“能力”への反応があるはずなのだ、が、
彼女には一切の動揺が感じられず、挙句は攻撃、止めたはずの“次の策”へと進行してしまう。
「くぅ!」
何もないと一度は決めつけ、実際に何もなかったペンキ、
だが疑念を抱いてしまった脳は卯月に回避行動を、隙を作る動きを選択させてしまう。
ドガッ!!
「がはっ――!」
「卯月!!」
見逃さない一撃、お返しとばかりに放たれた攻撃は手加減など感じない、
地面に打ち付けれれた体へのダメージは大きかったが、何よりも卯月に衝撃を与えたのは
「そろそろ観念して欲しいっすね、それとも……アタシの能力の、餌食になるっすか?」
(嘘……!? 能力、種子を……回収できて、ない?!)
未だに、沙紀の“底”が――彼女のアートの正体を、見抜けないこと。