島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~ 作:アカツキ=ニュー
経典による“異能”の回収、能力を行使している人物と接触すること、これだけ。
だが、どんな状況からでも瞬間的に奪取出来るわけではない、数秒の間は必要。
(でも今のは……絶対に、ちゃんと触れていましたし時間も経ったはず……なのに!)
「行くっすよ!」
(攻撃の手を、止めようとしない!)
「どうしたんだッ!? アレで終わりじゃなかったのか!?」
「分からない……でも、終わったはずだった!」
困惑は伝染し、違和感に気付いた凛や美玲も同じ感情を抱く。
が、ここに一つ目の、誰にとってのかは分からないが“想定外”が起きている、
卯月の困惑が凛と美玲に連鎖し――沙紀にも、伝染していたのだ。
(今の……なんだったんすか? アタシに触れただけ……攻撃でもない?
だけどこの驚き方、どうやら必殺の策だったようっすけど……不発?)
実は違う。
攻撃が失敗したわけではない、しかし、本人も予想だにしていなかった
経典の効果が発揮されない状況――卯月と沙紀の関係は、それに該当していた。
この場で、今起きている“想定外”を、全て把握できている人物は――居ないのだ。
当たったはずの攻撃を無効化されてしまった卯月たち、
当てられてしまったはずの攻撃による効力が実感できていない沙紀。
(沙紀は、これから何を仕掛けてくるか……分からない!)
(……卯月ちゃんが何を仕掛けてきたか……分からない!)
「……お互い、渾身の作品が空振りしたっぽいっすね」
切り出しは沙紀、そして状況の把握も早かった。
数的不利がある以上迅速な行動が求められ、現状を打開するには先に動く、それをよしとした。
互いの奥の手が不発に終わった以上、大事なのは地力――
「こうなったら小細工なし、先に打って出た方が勝ち!」
バシャッ!!
「あれは……!?」
「見覚えあるんじゃないすか? 当然っす、あちこちに仕掛けてますからね、それに――」
「……やっぱりね」
沙紀の行動に、凛の蟠りが解けた。
手にした刷毛が描く紋様、彼女を中心に足元へ展開された幾何学模様は
カラフルなラインを全て描き切ると同時に、沙紀を“飲み込む”。
「なッ!? どうなってんだ?!」
「凛ちゃんは見てますよね? アタシが、攻撃を受ける直前に描いた紋様に“消えた”ところ」
「見間違いじゃ、なかったんだね、安心した」
「そりゃよかったっす」
とぷん、と完全に身が沈んだ頃には皮肉めいた声も残らず、
あるのは目の前の紋様、それも卯月達は一切使えないワープ装置。
沙紀は、次の攻撃権を得た。身を隠して、一方的に“先”を取れる権利を、
その能力の全貌を晒すことによって。
「…………」
「やられたね……でも、これで沙紀の能力は――卯月?」
彼女が消えたその紋様に触れる卯月、しかし当然ながら力は発動しない、
凛もそれに落胆せず、薄々勘付いていた事だと諭すものの
「待ってください」
思い返す、乾いた指で触れたこのペンキに抱いている違和感の正体、ヒントを。
彼女が答えた能力の本質、これが真実ならば魔力を伴わない移動手段となり
魔力による探知――そもそも卯月は探知する術を持たないが、それは不可能、
そして移動できる限界の範囲も不明、紋様のある限り無限大に移動できる可能性すらある。
(でも……そうじゃない、そんなものに引っかかってるんじゃない……!)
「美玲ちゃん、その服のペンキが付いた時……どうして気付かなかったんですか?」
「え? それは……凛を助けようとして、飛び込んだ先なんて見てなかったから……」
「そうだよ、あれは私が悪い、美玲のせいじゃない」
「しかもペンキもさっきまで無かったし、緑色だったから見えにくくて――」
「それです!!」
閃き――卯月の“気付き”に助力となった発言をした本人は、何の事だかさっぱりといった風、
しかし聞く者が聞けば、雷光が走ったかのような絶大な一言だった。
汚れた美玲の服、地面に撒かれたペンキ、沙紀が何故あのタイミングで能力に言及したか。
そして、何故経典は、沙紀の能力を回収する事が出来なかったのか?
「……お願いします、ここ一度だけ……美玲ちゃん、力を貸してください!」
「え? う、ウチ?」
手助け、沙紀の練る作戦の裏を取るために必要なものは、人手。
裏を返せばそれだけだった、苦戦すると身構えていた沙紀の戦法戦術は
“種”が割れてしまえば、意外にもあっけない。
「……そんな方法で大丈夫なのか?」
「たぶん……それに、もし無力化できなくとも……」
無力化出来なかった時こそ、本当に沙紀が敗北する時――
戦闘は継続していた、が、拮抗していた。
お互いに人数と攻撃権それぞれの特権を持ち、実力に大きく差も無くミスも無い、
畳み掛けられる状況になるまで繰り返し攻撃し、繰り返し逃げる手段を持つ沙紀は
迂闊に致命傷を負うような危ない攻めを展開せず
(確かこっちに……!)
形勢が悪くなる、もしくはそうならずとも適度なタイミングで攻め手を切り上げる。
家屋や木々の死角に描かれた紋様へ駆け出し、身を隠す、そうすれば再び先制攻撃だ、
この戦法は沙紀にとってデメリットは非常に少ない。
「それじゃ、一旦雲隠れっす」
「逃がしません!!」
卯月の追走空しく、家屋の壁に描かれた紋様に身を隠す、
僅かに届かなかった魔力弾はそのまま家屋をぶち抜いてガラガラと倒壊させるものの
沙紀の姿は当然そこには無い。
「卯月! どうだった?」
「……逃げられました、壁の絵を使って」
「じゃあ……成功だね」
「はい、バッチリです……!」
「これで“仕込み”は十分っすね。そうと分かれば後は……隙を突くだけ、正々堂々と!」
手の内は明かした、そして存分に体感させた、沙紀は捕まえることが出来ないと。
迎え撃つにしても移動手段は豊富、捉える事など出来やしない、
そもそも形勢が悪くなれば紋様に逃げる、そして紋様は『描いて作る』もの――
「アタシを仕留めようとすると……あの卯月ちゃんの魔法一発、これが来るはず!」
卯月の攻撃は溜めが大きいと分かっている、
そして、来ると分かれば規模は大きくても避けられる、沙紀の体捌きは凛にも引けを取らない。
この状況を作るため、沙紀を一撃で仕留める大技を繰り出させるために、彼女は事を運んだ。
「最後の一撃は、アタシの綺麗なカウンターでシメ……これが思い描いた理想っすよ」
愛用の戦術、画竜点睛、絶対に失敗は出来ない点だからこそ念入りに。
沙紀は今まで物陰に隠れて接近し、先手を取ってきたが、最も重要なこの一撃だけは別だ。
「まずは……行くっすよ」
トプンッ
ズッ――
「え……?!」
「なっ!?」
「うをっ!?」
不意、思い込み、それらが生み出す隙は多大。
今まで一度も攻撃に運用したことがなかった転移を、ここぞのタイミングで使う、
周囲にアンテナを張り巡らせていた三人の内側から突如姿を現した沙紀に、当然驚き
(もちろん、卯月ちゃんの魔力は溜まってない……なら、最大のチャンス!!)
反撃が来ない、もしくは弱いと分かっている相手に挑むのは容易い、
それでも念を入れて沙紀は次の作戦に動く。
バシャッ!
「!」
(さんざん見せて、実際にペンキが“効果”を持った場面まで見せた……!
ここでペンキを警戒しないなんてありえないっすよね!)
刷毛で描いた紋様で移動する、つまり刷毛で描いた“何か”が沙紀の能力、
そこまで予想が至るのは必然だ、誰も先程の彼女の説明など鵜呑みにしない、
まだ何か隠していると判断してもおかしくはない。
(そこでアタシがいかにも何かありそうな攻撃をする!
……不意を突かれて頭が回ってない時にこれをされると、絶対に――)
「はああっ!!」
「ッ……!」
バシャッ
「くぅ!!」
「あ、れ……?」
ペンキが“命中”する。 命中、したのだ。
「……もう、分かってるんですよ沙紀ちゃん」
予定より上手く行きすぎている――その攻撃は、躱される予定だったのだ。
そもそも命中するはずがない、被弾してしまうと何が起きるか分からない攻撃、
警戒されて当たり前のフェイクが、真っすぐ通ってしまった。
「沙紀ちゃんが、私達に仕掛けた“罠”と同じです」
(何を……っすか……?)
「思い込んでもらったんです……私達は、その攻撃を警戒し続けているって!」
(ああ……これ、しくったっすね)
不意を突いたと“思っていた”
卯月の魔術が溜まっていないと、思い込んでいた。
魔力を溜めたまま何分も行動が出来る人物だと思いもしなかった。
何よりも、沙紀が最後まで隠し通していたはずの――能力の全貌が、看破されていた。
なぜ沙紀が自身の能力が看破されたと分かったか?
「すっかり、騙されました」
当然、卯月が絶対に避けるはずのペンキを避けずに被弾したからだ。
被弾して何もないと分かっていなければ、この行動は考えられない――そう、何もないのだ。
「能力を回収出来なかったんじゃなくて……沙紀ちゃんには、能力なんて無かったんですね」
遮るものが何もない、卯月による膨大な魔力、渾身の一撃が放たれた。
反撃が来るはずがない、と思い込んでいた沙紀の体へ向かって。