島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~   作:アカツキ=ニュー

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暗闇の視線

あれから何事も無く時間は経過した。

椿と智香の好意により毎日の食事と宿を確保できた、周辺の軽い案内も受けた。

その後は皆の過去話など、いろいろな情報も仕入れた。

数時間経過した今、魔術も技術も発展しているとは言い難いこの村では

太陽が沈むと辺りは急激に暗くなり、外に出歩くのは危険。

 

「…………」

 

しかし、真っ暗なはずの外を見つめていたのは

椿らによって与えられた二階の部屋、窓際に佇んでいた愛梨だった。

隣では、寝床の数が足りない事により地面に布を敷いただけの空間で眠る卯月達、

そして大切な経典。

 

「……視線」

 

ぼそりと呟いたのは、無意識だろう。

視線、彼女はそれを窓の外から感じたのだろうか?

しかし、外の景色は完全な黒。普通ならば視線どころか、地形の把握すらままならない。

――だが、彼女は普通ではなかった。

 

「周りに人は多い……ですが、明らかに妙な位置に、一人……!」

 

手中に浮かんだ円の模様に点在する点、彼女が主に逃走時に用いる索敵魔法。

本来、街中で使っても住人が多く、意味を成さないのだが今回は特別だった。

 

(住民は眠って、村内にいるはずなのに……一つだけ、森の中から反応があります!)

 

たった一つだけ孤独に主張する点、それだけならば愛梨も無視したかもしれない。

その無視出来なくなった他の要因が先程の視線である。

魔術によって探知したのではない、愛梨という人物の経験と実力がそれを可能にしたのだ。

 

(明らかに敵意のある……また、経典を狙う人物……)

 

こうして夜に動き出したという事は、奇襲を狙っていると見て間違いが無い。

いずれはここへ訪れるだろう、となると――

 

(せっかく提供してくれた宿も失いかねません)

 

ここで戦うと、被害が大きい。では、どうすれば被害を少なくすることができるか?

簡単だ、これまで愛梨自身も何度も行った強硬策――こちらから、打って出る事。

そうと決まれば、この策を速やかに実行するために囮として経典を持ち出し、

三人を心配させないように静かに部屋を出る――つもりだった。

 

「ねぇ」

 

ピタリ、と、愛梨はドアノブにかけた手を止める。

ゆっくりと振り返ると、そこには先程まで眠っていたはずの凛の姿があった。

 

「どこに行くの?」

「……起こしてしまいましたか?」

 

愛梨は動揺の無い返答を行ったが、その内心でひどく驚いていた。

仮にも配慮を行って、起こさないように慎重に動いたつもりだったのだが、

当たり前のように凛は愛梨の退出を見咎めてしまった。

 

(近いとはいえ……気配を察知された?)

 

つまりそういう事になるのだが、それが信じられないのだ。

卯月と未央は眠ったまま、きっと凛は何かの拍子で目覚めただけなのだと結論付ける。

 

「なんだか、騒がしくて」

「……騒がしい、ですか」

「私の気のせいかも知れない。ただ……何か、感じるんだ」

 

凛の疑問は当たっている。

当たっているからこそ、愛梨は彼女への認識を改めた。

 

(ただ“条件を満たしている”だけの、卯月ちゃんの取り巻きかと思っていましたが――)

「ねぇ」

 

 

「きっと、愛梨……さん、も同じ事を考えてると思う」

「言いづらければ、呼び捨てで構いませんよ」

 

じゃあ、と遠慮なく凛は呼称を改める。

このあたりの胆力が、自らの自信から来るものであるならば凛の実力は是非、見ておきたい。

 

「妙な雰囲気、感じ……それに、愛梨が部屋を出ていこうとしていたのは、

もしかして経典を狙っている誰かを探知できたから、じゃない?」

「……隠す意味は無いですね、その通りです」

 

そっか、と、凛は先程まで愛梨が外を覗いていた窓へ移動し、

暗闇の森を左から右へと見渡す。そして、ある一点でピタリと首を止める。

 

「向こうから、小さな気配を感じる」

「!」

「どうかな?たぶん、私よりそっちの方が正確だとは思うけど」

 

返答を要求された愛梨だが、もはや頷くしか返す動作は無い。

全盛期ではないとはいえ、あっさりと自身と同じ位置に立つ彼女達に、

そんな者まで導いてくれた経典に。

 

(まったく……昨日から私は驚かされっぱなしです……!)

 

 

元々、愛梨は経典に願った“とある条件”により、卯月達に導かれた。

しかしその条件とは、抜きん出た力や才能ではなく他の、愛梨の目的にとって重要な要素。

それは本人の強さと無関係の、下手を打てば条件を満たしているが故に、

実力が伴っていない可能性も大いに存在していたのだ。

そして、実力など訓練次第で後からどうとでもしてみせるとまで覚悟していた。

 

だが実際はどうだ。

蓋を開けてみれば、卯月は愛梨自身が苦戦した経典の修復を強引に、

技術不足を補って豊富な――偏ってはいるが――知識と、圧倒的な魔力貯蔵量で直してみせた。

そして二人目、凛。彼女は研ぎ澄まされた感覚で、愛梨の経験と探知の魔術を使った

索敵能力に並んでみせた。もしもこの感性や知覚能力が戦闘にも活かされていると考えると、

伸びしろは期待を超えて末恐ろしいものがある。

 

(この調子だと、三人目の彼女も何かがある……)

 

未だ才能の片鱗を覗かせる場面に遭遇していない未央も、何らかの愛梨を驚かす才能に

恵まれているかもしれない――愛梨は、次第にある考えが脳内に浮かんだ。

 

「凛ちゃん?」

「愛梨」

 

掛けた声が重複する。凛が遠慮がちに譲ったものの、愛梨は何かを察した。

どうぞという言葉を受けて、それならばと口を開いた彼女が発した言葉は

 

「ねぇ……その敵を追い払う役、私じゃ駄目?」

 

やはり、と愛梨は納得した。

曰く凛は、卯月や未央を起こしてまで戦う相手じゃないと気配で感じているつもりだという。

 

「……だから、凛ちゃんが行きます、と?」

 

つい数分前、三人には荷が重い、心配かけさせないように、これくらいなら一人で、

などと愛梨が先行して障害の除去に向かおうとしていた時にこの台詞を聞いていたならば

 

(間違いなく、私も同行すると言っていたでしょう……でも)

 

今は違う。愛梨は、凛も卯月も未央も――想像していたよりも遥かに“何か”を持っている、

そう感じてからは、その何かを見てみたくなった。

――だからこそ、愛梨は受け入れた、口を開くのを譲った。

凛自身が宣言してもらうのを、待った。

 

「……分かりました、では」

 

傍らの経典を、見える程度の包装で凛に授ける。

相手の狙いが凛でも愛梨でもない、経典である可能性が少なからず存在するのだ。

こうして目立つ形で持っていてそれが目標ならば、間違いなく襲って来るだろう。

 

「責任重大だね」

「常に私は見張っています、よほどのことが無い限り、最悪の事態は起きません」

 

万が一にも本当に奪われることは避けなければならないが、

ここまで入念に待ち構えられた迎撃で、そのような失態に発展することはないだろう。

むしろ奪いに来た相手に対してご愁傷様と言っても差し支えがないかも知れない。

 

「じゃあ……行ってくる」

「どうぞ。ところで、どうやって戦うつもりですか?」

「……私は卯月や未央みたいに、目に見える長所が無いから」

 

ちょっと地味だけどね、と言ってトントンと踵を鳴らす。

目立った武器を保有しているようにも、卯月ほどの魔力を感じるわけでもない、

しかし、よくよくその肢体を眺めると分かる。

引き締まった肉体と、今まさに二階から飛び降りようとするほどの軽やかな動き、

間違いなく彼女は自身の身一つで戦う者――

 

「がっかりは、させない。ちゃんと驚かせてみせるよ」

「……楽しみにします」

 

 

真っ暗な森に、武器も魔力も主体にせず、肉体一つで未知の敵に向かって駆け出す。

その手には経典を持ち、まさに囮のはずなのだが――

 

(何でだろう……私は卯月と違って、使命に燃えてるわけでもないのに)

 

彼女は愛梨の眼鏡に適ったわけでも、直接付いてきてほしいと言われたわけでもない。

ただ、卯月に付いてきただけといっても間違いではない。

 

(いや、だから……かな)

 

だからこそ、村で競い合っている仲間の卯月とは間違いなく、一歩遅れている。

愛梨という明確な大物からの評価を、まだ自分は受けていない。

 

(私も卯月と同じ位置に立ちたい……並んで歩けるように)

 

そんな時に察知した気配は、凛の独占状態。

追われる身で襲撃を好機と捉えるのは少し抵抗があったが、今だけは私欲が勝った。

ここで、卯月に追いつこうと――

 

「私……止まる気は無いから」

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