島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~ 作:アカツキ=ニュー
「現場を案内しますわ」
「当日に備えての動きも一緒に説明しましょう」
「私は彼女を引率します、あなたはそちらの彼女を誘導しなさい」
来るべき当日に備え、卯月たちも作戦成功に向けて動き出していた。
綿密に練られた計画の元で立ち回り、賊の侵入を阻むため時には戦闘も発生するだろう、
そんな時に部屋の繋がりを知らず目的地に辿り着けないなど言語道断、
実際の戦場となる可能性がある西園寺家邸宅、その付近に建立された特設警戒網に三人は居た。
「私が凛ちゃんをですか? となると……琴歌さんが卯月ちゃんと未央ちゃんを?」
「一人ずつに決まっているでしょう」
「え?」
「……三人一緒じゃ駄目なの?」
「えっと、私は待機?」
「私の荷物でも見張っておきなさい、重要な任務ですわ」
「そ、そうですかー……あはは……」
さっそく上流階級特有のペース配分に振り回されつつも
卯月は琴歌に、凛は春菜に引率されて、外部の侵入を頑なに拒む要塞と化す予定の建物、
その内部へと足を踏み入れる。なお、未央は妙に多い琴歌の手荷物を見張る係である。
「では行きますわ。各々守る場所も異なるでしょう、主要な配備地点を中心に回りますわ。
……何をしていますの、私一人で向かわせるつもりですの?」
「あわわわ……!」
「こりゃ荷物持ちのが楽そうだねー……」
ずんずんと足早に進む琴歌を追いかけていく卯月、
その後ろに続く琴歌の護衛兵のような一塊の集団が進む様子を見届けた未央がボソリと呟いた。
と、いう状態が数分前の出来事である。
場面視点は卯月、特に何事も無く通路を進み巡回している、
一見陽が射す明るい通路だが窓は大きくとも丈夫な構造になっていて
多少の爆発ではヒビすら入らないガラスだとか、
おかげで内部が見通しやすく外からでも賊が確認しやすい、
だがそもそも侵入を固く拒むシステム諸々も用意されており――と、
少々卯月が全てを頭に入れるのは困難な情報量となっていたところだ。
「……聞いていますの?」
「は、はいっ、聞いてますっ!」
「まったく……考え事でもしていますの? そのような隙を奴等は突いてきます、
いくら強固な障害を備えても操る人が脆ければ容易く突破されますわ」
卯月が琴歌の話を半分に聞き漏らしているのは何も理解が追い付かないという意味でも
学が足りないからという意味でもない、奇しくも琴歌の発言が的中する形、
心配事でもあり考え事に思考が割かれているからで
――どうする? バラバラになっちゃうけど、すぐ戻ってくるよね?
――とりあえず、しまむーが持ったままでいいんじゃない?
琴歌さんの周り、いっぱい人が居るし安全だと思う。
凛、未央と分かれる際に経典を持つ人物を誰にしておくかで相談した結果、
一人で待機する未央よりも春菜と二人きりの凛よりも、
琴歌とその護衛の多く付く卯月が適任だと決まった。
つまり今、卯月は――持っている。
(ここで何が起きても大丈夫だとは思うけど……気をつけなきゃ!)
「……さ――うづ――ん!」
(だから話をキチンと聞いて――)
「卯月さん!! 聞いていますの?!」
「ふぇえ!? は、はいっ!! あれっ? いつの間にそっちへ?!」
「あなたが惚けている暇にも私は進んでいるのです!
言った傍からですの……ではこちらの金庫内部も案内します、階段に気をつけてください。
……内部は基本極秘ですわ、皆はそこで待ちなさい、二人だけで結構、行きますわよ」
「は、はいっ!」
大事なものを持っているからこその警戒、
決して離さないよう見失わぬよう抱えた経典をしっかりと見続ける、
確かにその気概は重要なのだが
「ひゃうっ!?」
「段差がありますと言ったでしょう、足元を見て歩いてくださいます?」
「うぅ……」
それ以外の注意が散漫になっていては意味が無いだろう。
どこか卯月もこれがただの巡回、本番前の予習であるという点で
気を張っていない要因となっているのだ。
だから
大事な部分を聞き漏らす
今日が 本番 でないと 決めつける
「わっ、思ったより……広い」
「当然ですわ、一部とはいえ西園寺家の財が小さな小屋に収まるとお思いで?」
立派な一軒家を建てても余裕がある程のスペース、
周囲の壁はシェルターと見紛う頑丈な金属製、入口の門の分厚さから考えて
同様に外壁も卯月が両手を広げたほどの厚みがあるだろう、
生半可な物理的手段では凹みも傷も壁面に負わせることは不可能と一目で分かる。
「すごい……頑丈そう」
「勿論です、これなら賊の侵入も完璧に防ぐ事が出来ますわ」
「それで、今はここに何もないですけど、当日に運び込むのでしょうか?」
「ええ、この施設の役割は決まっていますの」
早くしなさい、護衛が私を視界から外すなど情けない。
内部の点検で、少し私だけ後から出て来ましたのよ、
……何ですの? 誰も見ていないのですか? まったく、これだけの数が居ながら。
順路は伝えています、移動しますわよ。
「役割って、ここを誰も通さない事……ですよね?」
「はい、そうですっ」
「ですよねー…………へっ?」
「え……だ、誰――」
「それっ!」
――ドスッッ
「――がッ!?」
人は 脅威に 考えて 対応する
では 考えもよらない 思いもしない脅威 に 対しては
――無力
「く、ぅ……」
「愛梨さん?!」
つまり、十時愛梨の警戒力は群を抜いていると言える。
常に考えている、自身を狙う“賊”が取る行動は、虚を突く手段は何か、
例えば――隣に居た非戦闘員の依頼主が、突如“別人になって”“襲ってくる”など――
「あれっ?」
これには抜群の虚を突いたはずの“賊”も思わず驚きの声を上げざるを得なかった。
前述の通り常人には予想もつかない初動、仕留め切る動き、
いたって普通のナイフによる刺突が恐ろしい付加属性により必殺と化していたはずの軌道は
卯月の無防備な体ではなく愛梨の障壁が僅かに切っ先を逸らす事に成功した。
(こ、攻撃!? 反応が遅れ――いや、そんな事より……!)
「どうやって、琴歌さんと……私を、欺いて……」
「欺くのは得意なんですっ、そういう“道具”を持っていますから!
……“灰姫の経典”を持つ愛梨さんなら、当然ご存知ですよね?」
「――?!」
まず初手に驚いた、しかし、続いて放たれた言葉という二撃目にも驚愕の連続が襲う。
この謎の人物が狙っているのは不完全な種子でも異能の種子でもない、
卯月がその手に抱えた秘宝そのもの、灰姫の経典。
「こっ……琴歌さんは、いったい何処に行ったんですか!?」
「やだなぁ、私ですよっ」
「わ、私はあなたを知りません……! だからっ、琴歌さんは――」
「さっきから言っているじゃないですかっ」
先程から言っているのは卯月も同じ、
卯月は当然だが目の前の人物を知らない。
しかし――“知らない”と“出会った事が無い”は別なのだ。
「卯月ちゃんが話していたのは、途中からずーっと私ですっ♪」
「え……? え?」
目の前の少女の発言が理解できない、
つまり卯月は“気付かない間に”琴歌と話しているつもりが、
この謎の人物と会話していたという事を言いたいのだろうか?
そうだとするならば、返す言葉はやはり“理解できない”が相応しい。
(いったいどのタイミングで……!? ここに入る前から?!
そ、そもそもどういう意味!? 琴歌さんがこの子で、だから……)
「卯月、ちゃん……彼女の、言う通りです……」
「愛梨さん、どういう事で――うっ?!」
――ジュッ
「その“腕輪”は……どうして、ここにあるのかは分かりません……
なるほど、種子には……反応しない、わけです……」
滴る雫は血液ではない、十時愛梨を構成する魔力が漏れ出ている、
つまり、卯月とのファーストコンタクトの状態に近い。
防げたようにみえたナイフの一撃は、脆い体を掠り致命的な傷を作っていた。
(ダメージが、小さいのに……活動できる時間が、もう無い……!)
「丁度いいですねっ!」
「くっ――」
――ビシィッ
「あっ、愛梨さん!?」
「卯月ちゃん、すいませ――」
追加の一撃を喰らわせる。パキッ、という音と共に愛梨の“形”にヒビが走り、割れた。
死んではいない、流れ出た魔力の塵はそのまま経典に吸い込まれて吸収された、
本体が経典とも言える愛梨は再び魔力を込め直せば修復が可能だろう。
だが、目の前に敵がいる今、そんな事は不可能だ。
「予想通り、たいして動けないようですね? 愛梨さんは」
「っ……いきなり、何ですか……!?」
「疑問だったんです、守るならずーっと姿を見せていた方がいいに決まっているのに」
目の前の人物は、実に巧妙だ。
卯月は『いきなり』と言い放ったがそうではない、愛梨の存在を知っている、
つまり強敵を知ってなお襲撃を実行した、そして成功した、
残っているのは島村卯月ただ一人だけ。
「活動の時間に限りがあるなら納得ですっ。
と言うわけで……本番までの寄り道を、ぱぱっと終わらせちゃいましょうっ」
仕組みを理解し、企てた。
本番に支障が出ないよう調整し、絶好の隙間を作り上げ、それとなく標的を孤立させ、
見事、経典という財を守るもっとも頑丈で強固な鍵をこじ開け貫いた。
「改めて、私の名前は乙倉悠貴……ですっ!
今日は良いお話を聞いたので、こうしてお願いに来ましたっ!
大事そうに抱えている、その経典が私の欲しいモノですっ♪」
「大人しくそれを渡すか、それとも――」
「死にますか?」