島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~   作:アカツキ=ニュー

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初めて

窓からの景色は真っ暗だったが、外へ出て数十秒もすれば月明かりに目が馴染んで

森の木々が風にざわめく様子が視界に入った。

 

「…………」

 

ただ、肝心の人影はどこにも見当たらない。

凛が歩けど歩けど感じる気配の方角は変わらず、対面することも無かった。

 

「こっちで間違いないはず……」

 

確信を持って進む先に未だ対面する者は現れず、

経典片手に歩く凛は、もしや囮を勘付かれたのでは、とも思い始める。

しかし、完全に相手の気配が途切れていない以上、まだ潜んでいるはずだ。

 

「そろそろ……村から離れすぎてるかな。一度戻って――っ!」

 

ずいぶんと、愛梨たちの待機している村から離れてしまった、

ここで踵を返すべきかと悩んだ刹那、今の今までおぼろげだった気配の接近を感じ取る。

 

(早い……!)

 

これでハッキリした。いつまでも気配に到達できないのは、凛が未熟だからではない。

相手側が、凛以上に正確な感覚で常に一定の距離をおいていたのだ。

そうして村から外れ、孤立――と判断した瞬間に――こうして襲いかかってきた。

 

「でも……!」

 

 

キィンッ!!

 

 

「っ?!」

「……夜遅くに、ご苦労様!」

 

実力は口だけではない。闇を縫って急速に接近してきた影をも正確に捉えて、

その一撃を凛は的確に防いだ。

 

「今の攻撃……武器じゃないね」

 

激しい衝突音が響いたものの、凛は相手が何も持たない、その小柄な身一つで

攻撃を加えてきたことをちゃんと見ていた。

 

「オマエだって、何も持ってないだろ?」

 

ようやく始まった少女との会話は、凛の台詞をそのまま返すような内容だった。

しかし凛は違うと答える、一見すると彼女もまた目の前の人物と同じく、

何も武器らしきものは所持していないが――

 

「私は持ってるよ、武器」

「な、なんだ?隠してるのかッ!?」

「違うよ。……これが武器」

 

そういって一歩踏み出した足、やはりそこには武器らしきものは何もない様に見える。

だが、実際は違う。確かに、その足には彼女の武器があった。

 

「……その靴なのか?」

「意外?」

 

よくよく見れば、ただの靴にしては装飾が攻撃的かつ、外装も頑丈に見える。

そして何より、先程の一撃を受け止めたのはこの靴で違いない。

 

「足を狙ってきたのは、都合がよかったよ。……あと、靴じゃなくてブーツ」

「どっちもほとんど一緒だろッ」

「けっこう違うんだけど……まぁ、いいや。ところで……」

 

ピンと空気が張りつめる。

会話が出来て、雰囲気も和やかだったが忘れてはならない、

二人は奪う側と奪われる側である、間違っても油断するべき状況ではない。

 

「確認だけど……迷子じゃないよね。だったら、村はすぐそこ、近いよ」

 

既に一度、問答無用の奇襲が行われている以上疑う余地は無いのだが、

最後の確認として凛は彼女に問う、しかし返答は予想通りと言えば予想通りに

 

「違うぞッ!……オマエ、昼間に村の店で何かしていただろ?」

 

凛達は気付いていなかった。ちょうど食事を終えた段階では店内に人は残っていた、

その中に居た彼女を。とはいえ、その時はただの一般客、こうして敵対する事など

考えても無かっただろう。

 

「何か、って?」

「……見間違えない、まさかこんなにすぐ見つかるなんて、ツいてるぞッ!」

 

彼女がふと視界に入れた、卯月が持っていた経典。

やはり――と、凛は予感を確信に変えた。経典、その存在を目の前の彼女は知っていたのだ。

 

「今オマエが持ってる“それ”は……ウチが必要なものだ!」

「…………その言い方だと、知ってるんだ」

「ああ、そうだぞッ!それがあれば、出来る!」

 

凛は改めて、この経典の価値が分かる人物は、こうして会ったばかりなのに

すぐさま行動に移すくらい強力で、ぜひ手中に収めたい物なのだと認識する。

 

「今のウチに必要な物だッ!痛い目見たくなかったら――」

 

そして、そんな輩には一切遠慮をせずに撃退しようとも決定した。

 

 

ドガッ!!

 

 

「……!?う、ぎぃっ!!?」

 

真っ直ぐな蹴りの軌道が、完全に口上を述べる事だけに専念していた人物の中心を捉える。

勢いそのままに背後へ吹き飛び、地面へと仰向けに転がった。

 

「……何驚いてるの?」

 

これには襲撃する側だったはずの少女も驚愕、というよりも実の所、

相手の少女も一点の不安要素を抱えたまま始まった勝負であり、

見事その部分を突かれたといってもいい形になっていたのだ。

 

「もしかして、アンタも私と一緒?」

「な、何がだッ!いいか、今のは油断してただけだぞッ!」

「正直、さっきの速さの攻撃は驚いた。だから、本気で危ないと思ったんだけど」

 

凛が指差す少女の手元、足元。

いや、体の各所、ともすれば全身が、僅かに震えていた。

 

「こっ……これは、違うぞ!」

「隠さなくてもいいよ。……だって、私もだから」

 

そう言ってみせた凛の腕も、微かに緊張を紛らわすように強く握りしめられていた。

つまり先程の不安要素とは、互いに共通。実戦という形が、初めてだという事。

 

(だったら……あの形で先手を取れたのは良かったね)

 

ダメージも去ることながら、文字通り強烈な衝撃を与えた事だろう。

凛は先に言った通り、不意打ちの攻撃速度には驚愕していた。

自身の売りが反応速度であると自負していた彼女が、初めて目撃した外の世界の攻撃は

実際の所、予想の範囲内に収まってはいた。

 

しかし、あくまで『この速度ならあり得る』と予想していた範囲内であり、

彼女のような実戦が皆無な少女が繰り出す攻撃速度としては、とんでもないものであった。

同じく初めての実戦である凛も、表面は平静を装っていたが体の細部は正直で、

普段通りのパフォーマンスを繰り出せないのは仕方のない事だった。

だからこそ、相手も同じはず。ならば、先に本来の調子を取り戻した方が、勝つ。

 

「だからって……!」

「そう、だからといって譲ったりはしないし、これからも加減するつもりはない」

 

まだ起き上がってもいない相手に向かって高圧的に、堂々と間合いを詰めて。

悪役に見えるかもしれない、でも、戦いというものは甘い事を言っていられないのだ、

少なくとも凛はそうやって認識していた。

 

「行くよ」

 

地面を蹴る音が、森に響く。

 

 

 

 

「これは……」

 

つくづく、驚かされるばかりである。

二人のやり取りを宿から観察し、ただ感心する――簡単に察知できている愛梨も愛梨だが――

自信アリと主張した戦闘能力については、ほどよく期待していた通りの動きであったが

彼女が素晴らしかった点は、まるで皆無な実戦経験にも関わらず

“戦闘”というものを、きちんと理解していること。

 

「非情とまで進んでしまうと問題はありますが」

 

その域に到達することは恐らく無い、それまでに仲睦まじい二人の仲間が抑えるだろう。

むしろ二人に緩い印象がある分、凛がストイックであることがグループとして強みになる。

 

「相手の少女は……子供に見えますが、違ったみたいですね」

 

この世界には、人間以外にも幾つかの種族が存在する。

中でも二番目に多く覇権を握っているのが“獣人”というカテゴリで、

文字通り獣の特性を有した人間寄りの種族である。

種族の違いは、見た目との精神年齢や重ねた年月に差が生じることが多い。

 

「初の実戦、今は優勢ですが……一度でも調子を取り返されると、難しいでしょうか」

 

奇しくも愛梨が危惧していた事は凛の心配と同じ、

相手が元の落ち着きを取り戻す前に片を付ける、つまり短期決戦を狙う。

失敗すれば、万一があるやもしれない――

 

 

「はあっ!!」

 

ひとまずは、万が一の心配は微塵も感じない程に凛が優勢である。

対する相手は防戦一方、いや、組み合う事も出来ずに回避が精一杯だ。

攻めの姿勢を強く推し進める凛は、反撃の隙を与えない。

 

「ぐうっ!」

 

しかし、攻勢は常に一方的には流れない。

確かに、立て続けの攻撃で相手を強制的に守勢へと回らせる立ち回りは

凛の普段からの鍛錬の賜物だろう。

 

「……うがあぁッ!!」

「っう!?」

 

だがそれは相手が守勢へ回ってくれたら、の話である。

凛の攻撃は、決して一発一発が軽くは無くとも重いわけでも無い、

強引に攻撃をかき分けながら突っ込んでくる様に、思わず攻撃の手を緩めてしまい結果

 

 

ザクッ!

 

 

「っ……!」

「このっ……!はぁっ、はぁっ……」

 

貫手が体を掠めた。この勝負始まって以来、初めて凛が許した体への傷。

痛みが強いわけではないが、零と一のダメージの違いは明らかに負担が異なる。

ある意味、これで凛の優位性は無くなったとも取れる。

 

「まさか突っ込んでくるなんて、ね……!」

「はぁ、はぁ……ウチは頑丈だからなっ……!」

 

相手が冷静さを取り戻したわけではない、逆に凛が冷静さを削がれてしまったのだ。

以降は確実に、最初の立ち回り程の軽やかな動きは難しくなるだろう。

 

(落ち着いて……冷静に……!)

 

勝負において平静を保つことは重要だが、忘れてはならない、

戦っている二人共、歴戦の猛者などではないのだ。揺らぎがあって当たり前。

事実、凛は状態を整えようと手一杯、かといって相手が追撃に来るわけでもない、

お互いにどこか噛み合わない、妙な運びの戦い。

 

「そういえば、名前も聞いてなかったけど、こういう時って名乗るべきなのかな」

「さぁなッ……ウチは知らないぞ」

 

少しでも束の間の休憩を伸ばそうと、ついでに気になっていた話題を切り出す。

 

「じゃあ勝手に名乗っておくよ、私は……凛」

「……ウチは、美玲だ」

 

美玲と名乗った少女は、凛から見れば派手派手しい装いを纏っている、

だが勘違いしてはいけない、彼女は目立つ外見とは裏腹に、

闇に紛れて凛の捜索を見事躱しきった事実がある。

 

(どこに奥の手があるかも分からない、だから……余計な事はしない)

 

余計な事とは、決してこの名乗り合いではない。

むしろ、余計な事をしないための話題として選んだ凛の手段。

 

(今ので落ち着いた、体も動く……!回復しきってない状態で攻めるより、正解なはず!)

 

動揺を抱えたまま攻撃を続けるよりも、一旦気持ちをリセットして攻めを展開する、

確かに戦法としては、自身の全力を出すためには間違っていないかもしれない。

 

「よし――」

「貰うぞッ!!」

 

ただし、今は戦う相手が居る状況だ。

平静さを取り戻させないことで優位に立っていた戦いをもリセットしてしまうことに、

短い思考時間の中では気が回らなかった。

 

 

(早い、それに……重い……!)

「今度はこっちの番だからなッ!」

 

地力の差というものは、どうしても覆し難い。

いくら凛が優れた反応速度を持っていても、美玲が元来の獣としての身体能力に、

特別な訓練を重ねていたわけではない彼女が競り勝つのは難しい。

だが、それでも決定打を貰わずに捌ききっている点では十分に及第点だろう。

 

(でも……反撃できなきゃ意味が無い!)

 

防戦、持久戦、乱戦、どれに持ち込んでも凛は明確に優位には立てない、

だったらどうするか?答えは一つ。

 

「もう一度、リセットする!」

 

美玲の猛攻は、特徴的な服装と一体になった爪や牙など直接的なもの、

今更飛び道具など飛んでこないだろうと判断し、接近戦を続ける。

 

「行くぞーッ!!」

「……っ!」

 

そうして静かに耐え忍び、訪れた機会――

決して隙でも何でもない、むしろ美玲の自信満々の一撃、

回避は、度重なる細かい攻撃により崩された姿勢が困難にさせ、反撃など以ての外。

 

(……だと思わせる!!)

 

瞬間、大きく傾いた姿勢から強引に、飛び込んできた美玲に対して反撃を食らわせた。

 

「うがっ!?」

「っ、くう!!」

 

しかし当然、そのような無茶な姿勢で振り抜いた足は相手を捉えこそしたものの

大きなダメージを与えるには至らず、むしろ防御に割いていた集中力を剥がしたことにより

凛が美玲の痛烈な一撃をまともに受ける羽目になっていた。

互いの体が反発して吹き飛び、ろくに受身も取れないまま地面へと倒れこむ。

急いで立ち上がり、引き続き相対する二人だが、場は確実にリセットされた。

 

「……お返しだよ。でも、慣れてない事しちゃ駄目だね」

「ふ、ふん!だからって、ウチのが勝ってたんだ!もう一度、同じ状況に――」

「させると思う?」

 

リセットはされた、が、それはあくまで二人の状況がという話である。

そうではない。凛は学んだ、美玲と正面から組み合っても“抜け出す事が出来る”と。

脱出が可能と分かれば、戦略の建てようは幾らでもある、

そもそも、ただ無為に相手の攻撃を凌ぎ続けていたわけでもなかったようだ。

 

「次はこっちが行くよ」

「こ、来いッ!」

(今の段階で、私が優っているのは……!)

 

凛が美玲より有利な点は、数多く攻撃されている事。

これは被弾が多いという意味でも、攻勢に回れていないという意味でもない、

手数で劣っていようとも一撃で優れていればいい。

だが、凛の場合は一撃の重さで返すのは難しいと先程結論が出たばかり、

ではこの数多く攻撃されている事の利点とは?

 

「返り討ちだッ!」

「……そう思ったよ」

 

高速で振るわれた美玲の手が、凛の体に接触することなく空を切る。

今までのような、守勢に入った彼女に受け止められたのではない、

カウンターを狙った攻撃を完全に見切ってみせたのだ。

 

「さっきから、ここだっていう時には……全部、右の大きい振りかぶりだね」

「っ!?」

「来ると分かっていたら、そんな攻撃!」

 

回避の為に沈めた体を跳ね上げる勢いのまま、鋭角に突き上げられた脚が

美玲を確かに捉え、打ち上げる。

 

「がふっ!」

 

そのまま再度、地面へと叩きつけられた。

今度は相討ちなどではない、完璧に被弾したダメージは大きい、が、

美玲も自身を頑丈が取り柄だと主張するだけあって、倒れ込んだ体を起き上がらせるまでに

遅れた時間は、先程と数秒の誤差しか生まれなかった。

 

「――うぎッ!?」

 

だが、そんな数秒の遅れを凛は許さなかった。

持ち上がった上体を即座に足で地面に縫い付け、一切の抵抗を許さない形へと持っていく。

美玲も、なんとかして体を起こそうとするものの、攻撃するための腕は片方が体と一緒に

足蹴にされており、頼みのもう一方も装甲で覆われた凛の脚部に傷を負わせられるだけの

威力をすぐには生み出せそうに無かった。

こうなってしまうと、美玲にはどうすることもできない。

 

「終わりだよ」

「……くそぉーッ!!」

 

暗い森の中、願いと思いを乗せて交錯した戦いは美玲の一際大きな叫びと共に幕を閉じる。

最後に経典を手にして立っていたのは、凛の方だった。

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