島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~ 作:アカツキ=ニュー
「……遅いですわね」
卯月の帰りが遅いのは、あの琴歌と一緒に回っているからだ、
わがままという程ではないが大所帯でトラブルと気まぐれに付き合うと
帰還まで時間がかかるのは容易に想像できる。
実際、凛と未央は『遅くなるだろう』という情報を
周囲の人間に聞いてあっさりと入手できた、
では“誰かの帰還”が遅いと落ち着かないのはいったい誰か?
(悠貴……まさか手間取っているのではないでしょうね?)
「この状況に持ってくるまで、大変でしたけどっ!!」
――キィィンッ
「行きますっ!!」
有利は悠貴に大きく傾いていた、しかしそれでも決してはいなかった。
油断をしたわけではなかったが卯月の覚悟や作戦を見誤った事が
今の窮地を招いたといっても過言ではないだろう。
そして、見誤った点は一つではない、
卯月の魔力が並以上とは認識しつつもその評価は足りなかった、
目の前の塊は悠貴が防ぐ事の出来る威力を遥かに上回っている。
(この規模だと自分にも被害が――)
「はあああッッ!!」
もちろん、悠貴がする卯月の心配など
当の本人はとっくに了承済みなのだ、
攻撃が中断される言われなど、ない。
――ズゥンッッ……!!
「!?」
「うわっと!?」
「襲撃?!」
「……いったい何事ですか?」
倉庫内では何が起きても騒音は外に漏れない、
衝撃も壁面の内側にある緩衝材が吸収して、響く心配はない。
が、それは倉庫がきちんと密室空間であった場合のみだ。
「ひ……ひぇぇっ……」
我ながら弱々しい声色で呟いたものだと心中で呟く悠貴、
完全にやられたと思い込んでいた不可避の一撃は彼女の脇を再びすり抜けた。
いや、正確には元々ターゲットが悠貴ではなかった、と言えるだろう。
そして同時に、やはり卯月の抱える魔力は規格外の文字が似合う。
琴歌の設置したシェルター、その壁面は鉄板が大きく歪み、変形し、風穴を開けていた。
強度はきちんと基準以上を満たしていたにも関わらずの結果――ただし、悠貴は未だ健在だが
「は、ははっ、せっかく……手を汚すのは、嫌ですか?」
「いえ……ここで悠貴さんを倒しても、私が外に出られる手段が無いんです」
「……まぁ、そうですよねっ」
「そして悠貴さんの帰りが遅くなると……たぶん、協力者の……琴歌さんが、
別の手を打ってくるだろうと思ったんです」
「だからって、この倉庫を壊すなんてね……しかも、壊せるなんて、凄いじゃないですかっ」
皮肉ではなく素直な感心、まさか破壊されるなど想定していなかった密室、
だが、そこからの話が見えない。密室を崩して、どうする? 意図が読めない。
悠貴は少なくとも一度、卯月を読み損なったせいで窮地に追い込まれた、
これ以上の選択ミスは絶対に避けたい。
「で? 壊して、どうするんです? 私は別にダメージを受けているわけじゃあないんです、
そもそも……こうなった以上、私は逃げちゃいますからっ」
だが考えても答えは出ない、壁面を破って卯月の方が先に逃げる? 意味が無い。
応援を呼ぶ? 呼べるような人物がいるならば、卯月を囲った段階で駆けつけてくるはず、
誰でも良いから異変に気付いてもらえるようにアクションを起こした?
ここは琴歌の支配下地域、琴歌が悠貴側と勘付いている中でその選択は賢くない。
となると最初に呟いた通り、卯月が一歩をついに踏み出せなかっただけだと
悠貴の中では結論付けざるを得ない。すなわち、これは“逃走の好機”と見るべきだ、と。
「私は……いえ、私達は……伝えていない話があったんです」
「そこに“来てくれる”かは、ちょっと心配だったんですけど……
きっとあの人は、こんな“騒ぎ”には、真っ先に来てくれると思ったんです」
「……何の事ですかっ」
これは、賭け。しかし、一度潜った賭けに比べれば遥かに容易い賭け、
卯月の中で成功率も勝算も非常に高いと踏んでいた。
(卯月ちゃんの仲間は駆け付けて来てもそれほど邪魔にはなりませんっ、
問題があるとすれば春菜さんですが……ここは琴歌さんがキッチリ抑える手筈!)
悠貴が卯月の賭けを感知できなかったのは、今回は彼女の失敗ではない。
彼女では知りえない、知らないで当然とも言える部分を使った賭けであったから。
(この逃走経路に問題は――)
「そんなに急いで何処へ行こうっての?」
――ドスッッ!!
「は、はいぃっ!?」
本日何度目か、両者合わせて一度や二度ではない、目の前を通り過ぎる攻撃、
壁面に開いた風穴から脱出を試みた悠貴は、その壁面へと突き立てられた
一本の棒――いや、槍に進路を塞がれた。
「派手な音がして駆け付けてみれば……あんた、誰?」
思い返せばファーストコンタクトもこのような過激な登場からであった、
西島櫂は自慢の武器を突き立てて、謎の人物――悠貴の逃走を遮る。
櫂は春菜を仲介しての卯月達への間接的な依頼主、
つまりもう一段階外側に居た琴歌から存在を聞かされているはずもない、
むしろ櫂が噛んでいるなど予想もつかないに決まっている、悠貴に落ち度はない。
「そうだそうだ、あたしって今回は部外者の立場だったから参加表明はしてなかったんだ。
……だからといって無関係で傍観するつもりも無かったし――」
「なんで、あ、あなたがこんなところに……?」
「あれ? そもそもあたしが居るって知らなかったパターン? 初めまして」
落ち度は無いが、これ以上に致命的なカードは切られないだろう、
圧倒的な実力差に違いない人物を、自分と接触してしまう状況にまで
卯月にこぎつけられてしまったのだから。
「しかし卯月ちゃんも、よくあたしが居るって分かったね? 愛梨に聞いてたの?」
「いえ……ですけど、こんなに大事なお仕事を私達に任せてもらって……
任せっきりにもしない、と思っていたんです」
例の初顔合わせ、こちらの了解を得るどころではない初撃、
間違いなく何事にも後先考えず首を突っ込んでくるタイプの人物が
これから何かが起きそうな舞台を黙って見ているはずが無い、
そしてそれらの騒ぎが滞りなく起きるように見守っているはず――
卯月一行だけでは、もしも相手方を抑えきれなければ早く事件が遂行されてしまう。
「私達が信用されていない事を、信用しました」
「はは、ちょっと自虐的すぎるんじゃない? ちゃんと信用はしてたよ」
ともかく卯月は着地点としては最上、
“企みを暴き”つつ“大元の依頼主の目標達成”に大きく貢献できそうな
“攻略対象の弱み”を、引き合わせたのだ。
「さて……こりゃあいい取引材料を手に入れたってところで……作戦会議!」
「え? あ、はいっ!」
櫂の口元が、にやりと上がる。