島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~ 作:アカツキ=ニュー
「あら」
己の判断は丁度よいタイミングであった、
琴歌が例の倉庫へ到着したと同時に、扉の前に立つ“一人だけ”の姿を捉えたのだから。
「ピッタリですわね? 終わった所ですか?」
「……はい、そうですね」
「では、お話があります……“卯月さん”」
「…………」
何も知らぬ者が見れば普通な光景、そして全てを知る者が見ても普通な光景、
しかし“ある程度”のみ知る人物から見れば違和感を覚えるであろうそんな会話。
そして二人の内訳は“全てを知る者”と“知っているつもりの人”だ。
「私も、聞きたい事があります」
“知る側”の卯月は、そうとは知らぬ琴歌を、嵌める。
これは櫂と僅かに接触できたからこそ導き出せた、
今回の目標へ向けてのショートカットルート。
場所を変え、琴歌によって案内されたのは本番の為に使う設備――ではなく
初日の作戦会議を行った場所のような個室。
「では“悠貴”さん、これで私からの援助は終わりました。
次、そちらが私に協力をする番でしょう? まさか反故にするとは言いませんわね?」
「…………琴歌さん」
卯月は、返答をしない。
話を続けない卯月に対して琴歌は少しづつ苛立ちを覚える、
まさか本当に約束を反故にするのかと勘繰ったりもしているのだろう。
「私は、島村卯月です」
「……ええ、今はそうですわね、私には判断しようがありませんが――」
「ですから……島村卯月、です」
だが、そもそもの話が違う、約束を守る守らない以前の問題なのだ。
目の前の人物は、琴歌が手を組んだ相手ではないのだ。
「……は、え?」
そしてようやく、琴歌も理解し出す、
同時に、表情と顔色がゆっくりと、乱れる。
(待っ、待ち……ゆ、悠貴……いや、目の前に居るのは、本当に……うづ……?!)
「失礼します卯月さん」
「ばっ――!?」
「おやおや、そこまで驚かなくとも……私です、上条春菜ですよ」
「っ…………」
扉は施錠していなかった、というよりも入ってくるわけがない、
ここは誰かが来るような場所ではないのだから。
そんな場所を選んだにも関わらず、特に今、状況の理解で精一杯の精神状態で
不意の入室に慌てるのは仕方のない事だろう。
「おっと、最初にお断りしておきますが……正真正銘、
“残念ながら”私は上条春菜です、意味はお判りでしょうか?」
「あ、ッ……ぐぅ!?」
そして、理解が進むごとに判明する、
今この状況がとてつもなく琴歌にとって悪い方向へ進んでいる事を。
まず、悠貴だと思っていた人物は、卯月本人であった、これは卯月視点からでも分かる話で
加えて卯月を悠貴と誤認するような情報を既に琴歌は持っていた、
要するに悠貴と琴歌は繋がっていると裏付けも取れたわけだ。
(私をあの倉庫に誘導する役目が琴歌さん……
そこからは、悠貴が私と入れ替わって、今後の何か作戦を続ける予定だったんでしょう)
しかし、出てきたのは本当の卯月、それを知らずに話してしまった琴歌、
全てを知った上でこちらが琴歌に対して張った罠は――他の人物も巻き込み、進んだ。
「は、は……春菜さん、も……持ち場を離れて、どうしましたか?」
「もっと落ち着いて話されても良いのですよ琴歌さん」
「驚きましたよ、まさかあのような……厄介な人物が現れたもので」
「な……何の話か分かりませんわ」
「そうでしょうそうでしょう、きっと証拠も出てこない……というより、
彼女という存在が居る時点でそんなアリバイなんてとっくに破綻ですよもう」
心中を察する、全てを看破された中で誰一人味方の居ない状況、
穏やかではない精神状態がありありと顔色に出ている琴歌。
「乙倉悠貴……持っていた獲物は、あれは十大秘宝の一つである“幻惑の腕輪”です」
「く……ぅぅ……」
「とっくの昔に滅びた呪文、誤認・認識力を操る術式を封じた腕輪……
もう再現できない魔術が使える道具ですね、いやぁ……あれは騙されました」
無論、春菜は悠貴本人と対面していない、
ただし情報だけは届いている、恐らく櫂が伝えたのだろう。
「そ、そのような出来事が――」
「ええ、あったのです。しかしですよ、ここで一つ疑問がありまして」
伝えただけの櫂だが、それを受け取った春菜の行動力は凄まじい。
露見してしまえば春菜たち国家も被害者とも言える、
そして“そう”分かったのならば、敵もしくは利用してもよい相手と分かれば
「誰にでも成り替われる人物、その名を……琴歌さん、あなた先に言いましたよね?」
徹底的に、揺する。
カウンターとばかりに、一点を攻め抜く。
「――――ぁ……」
「構いません、振り返らなくて結構! 警備の不覚を取ったのは私です!
なにより“この件”と貴女が繋がる証拠などありません、名を知っていたのは偶然、ですね?
要するにこれから話す内容は独り言の妄想になるのですが……」
あくまで特定と断定はしない、ほどよくギリギリを掠める口撃、
皮肉にも今日は“当たってはいない攻撃”が、場面の鍵を握っているパターンが多い。
「元は別の依頼で琴歌さんは悠貴と取引していたとします、
琴歌さんが“偶然”協力と言った言葉を発していましたし可能性はゼロではないかも……」
「…………」
「彼女を使い、夏樹に化けさせて襲撃させる予定だったのでは?」
少ない推理材料から、返す言葉もないほど琴歌を追いつめていく春菜の姿は
さすがの幹部――と言えるだろうか。
「調べたところ、琴歌さんと夏樹の間には少し関連がありますねぇ……
過去、義賊が襲撃した先の中に琴歌さんの元・従属先だった家がひとつ。
聞けばこの一件であなたは当時の地位を一度放棄させられる羽目になったとか」
(そうか……凛ちゃんの言ってた夏樹さんの話……)
既に夏樹と接触していた卯月――凛を通しての間接的にだが――だから分かる情報、
夏樹の話が真実なら彼女は琴歌へ予告状を送っていない。
すると、この大規模な警戒網は琴歌の狂言となるが普通はそんな事をする意味が無い――
と、思いきや、琴歌はそれを実行する動機があったのだ。
「つまり恨みがある……間接的にですが。
そこで私は先程の可能性、いや、妄想を思いついたのです」
――そっちが降りれば、この襲撃はそもそも発生しない
(確かに……財産を守るためじゃなく、ただ“夏樹の評判を落とす”ためなら、
失敗でも悪評でもなんでもでっちあげるために“舞台を用意する”必要があって……
逆に言えば、舞台だけがあればもういいんだ……)
卯月たちは警備兵ではない、演者だった、
琴歌の書いたシナリオの中で“夏樹への悪印象”を付与するためだけの素材。
あの時、凛と接触した夏樹は必然それを知っていたはず、しかし伝えはしなかった。
全てを話していれば、その“聞いた”という情報を得た琴歌は
全てを聞かれた事を知った上での作戦に変えるかもしれなかった、
特に悠貴の存在が露呈すると大きな支障が出る。
バレていなかったからこそ、本来の目標である夏樹への攻撃一本ではなく、
悠貴の自由行動、秘宝奪取という副次的な目的も認めた。
とにかく夏樹の評価を落とす目的だった琴歌とそれを防ぎたい夏樹は
“あまり話さない”事で、自分の有利に動くようコントロールしたのだ。
結果的に、卯月たちが余計な被害・襲撃を受けたが夏樹にとっては最適な働きだった、
悠貴を撃破して自分自身へ影響は及ばないように導いた。
「私が……自作自演の事件を計画したと? そう仰りたいのでしょうか?
ですが仮にそうだとしても依頼を受けたのはそちら側で――」
「振り返らなくても結構と……私は言いましたよ」
ピンッ――
「あまり“舐めないで”いただきたいものです……
いくらご厚意にさせて頂いている琴歌様が相手でも、戯れはほどほどに……」
空気は張り詰める。
春菜との交流は短いが、印象に残ったイメージと言えば眼鏡、
そして飄々とした『本当に幹部と呼ばれる地位の人間か?』といった疑問点、
しかし先の推理や今の空気を作った春菜は間違いなく――
「えぇ、えぇ、分かっていますとも、私の妄想が仮に真実だとしても、だとしてもですよ?
恐らく琴歌様は悠貴という人物に『脅されて』計画に『加担させられた』はずです!
もしもそうでないならば――」
シュンッッ
「!?」
「あいっ――!?」
「財の力など何の効力も無い……気まぐれに剣を振るうかもしれない私の前へ、
こんなにも無防備な格好を晒すはずが無いですよねぇ」
(え、今……き、斬った?)
「は、春菜さん――」
「なーんて、妄想のお話は終わりにしましょう♪ 卯月ちゃんも、冗談ですよ♪
今回は無事、賊の襲撃を未然に防げそうで安心しました! 良かった良かった!」
ほんの浅い、紙で切ってしまったと言っても通じそうな傷、
しかし戦闘などとは縁が程遠い琴歌にとっては痛みとして新鮮だろう、
驚くはその傷を作った――はずの、春菜。
「……? ……?」
「おや卯月さん、どうしました?」
「あ、いえ……」
(剣……いつ、抜いたの……? ずっと腰の鞘に……)
剣筋が見えないというレベルではない、
振り抜いた素振も気配も無かった、気が付いたら既に傷が生まれていたのだ。
「良かったついでに一つだけ、お願いがあるのですが……聞いていただけますか? 琴歌様?」
「は……い……」
そんな化け物染みた人物が笑顔でする“お願い”は、
いったい誰が断れるだろうか?