島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~   作:アカツキ=ニュー

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第十幕 - 世界 -
ニグラディア王国


要の大事を成し遂げる主役、言ってしまえば“物語”の中心は彼女たちである。

しかし“世界”の中心は決して彼女達ではない、そもそも中心に立つ者はおらず

全ての人物に平等な時の流れがあり、卯月たちの都合で止まったりはしない。

 

 

 

 

その日、卯月達の滞在する地域から遠く離れた場所で

最後の交渉を決裂で迎えた二つの組織が各々の目的を成し遂げようとしていた、

個々が戦う決闘ではなく群衆と群衆がぶつかり合う、まさに戦場にて

 

「だあぁりゃあああぁっっ!!」

 

存在感を抜群に轟かせる咆哮、一拍遅れ衝撃波を纏いながら吹き飛ぶ数多の雑兵、

もちろん衝撃波の発生源は声の持ち主、驚くことに仰々しい武器など一つも持っておらず

左拳を振り抜いた格好から察するに己が身一つでそれを巻き起こしていたのだ。

 

「亜季! やりすぎ! アタシまで巻き込まれるって!」

「おお、これは失礼しました仁美殿! では私の背後にどうぞ!」

「いやー、先陣切らなきゃアタシじゃないっ! とりゃー!」

 

亜季と呼ばれた人物と、彼女へ釘を刺しに現れた仁美と呼ばれた人物、

どうやらこの戦場の大局を握っているのは二人が所属する陣営のようだ。

先の通り、拳一つで人を紙吹雪かと思わせる勢いで吹き飛ばす剛腕の持ち主、

もう一人は派手さこそ無いものの既に身の丈ほどの長槍を軽々と操る姿から

こちらも只者ではないと予感させるに十分だ。

 

「しかし、やり応えが無いでありますなぁ」

「ほたるっちが言ってたよ、ここに居るのは数だけだって」

「なんと」

 

そんな彼女達が従う主君の名は白菊ほたるという人物、

“ニグラディア王国”を拠点とする名の知れた大国である。

他の大国といえば卯月一行の訪れたウィアルソなどが該当し、それらと比較すれば

国土の広大さこそ劣るが幹部クラスの戦力は互角に等しい戦力を保持している。

 

「道理で我々二人しか呼ばれなかったわけでありますな?

 てっきりマキノ殿にしたイタズラの仕返しかとばかり……」

「え、何したの亜季……」

「ははは……運動不足に見えたので、ついトレーニングの相手に」

「もう……マキノっちは戦闘員じゃないんだか――」

 

ヒュンッ

 

「――らッ!!」

 

ザンッッ!!

 

「さすが仁美殿、鋭い一撃でありますな!」

「ありがと! でも真面目にやらなきゃ、いつまで経っても終わらないからっ!」

 

亜季の頬を掠めるように飛んだ矛先は背後の雑兵を貫いた。

分かっていて動かなかった亜季と、正確無比な一撃を繰り出す仁美、

不意――察知されている以上、それを不意と言えるかは怪しい所だが

もう片方の陣営にとって“敵は二人”にも関わらず、まったく制圧の兆しが見えていない。

 

「そうでありますな! ここで、敵方に強烈な痛手を負わせてやるであります!」

「いざ参るっ!!」

 

 

 

 

 

「馬鹿ね」

 

一方的な蹂躙を離れた丘から眺めていた人影が二つ。

様になる威圧感で平原へ視線を飛ばす者と

傍らに居ながら威圧に我関せずの緩い空気感を纏う者

 

「えーっと、たった二人だけで私達を相手にしようとしている、ですかー?」

「二割正解」

「ぜんぜん当たってませんねー」

「頭を使う事が仕事じゃない貴女にしては上出来でしょう」

「もぉー、酷いですよー」

 

なんとも対照的なオーラを放つ二人が眼下に広がる戦況と戦局を見定める、

たった二人、亜季と仁美の進撃に押し切られている光景に向けて飛ばした

“馬鹿”の真意を彼女はつかめていないようだ。

 

「数の差を考えない采配、事故を考えない指揮官の馬鹿さが二割……

 ただ、その差を覆せるあの二人の馬鹿さが四割」

「……後の二割は何ですかー?」

 

返答次第では動く準備が出来ていた、頭ではなく体を使う仕事を生業とする彼女は

一言告げられれば即座に急斜面を降り、劣勢の群に突撃し奮い立たせ、

敵を鎮圧しに向かってみせると意気込む、が

 

「あの一帯を早く撤退させなさい、このままじゃ被害だけ増えるわ」

 

彼女の代わりに頭を使う仕事を請け負っているらしき人物は

安全地帯から高みの見物を決め込んで手を汚さない俗物にあらず、

しっかりと理解し適切な手を打てる猛者――

先の回答、馬鹿という言葉を用いた場の異常性には己の采配も含まれていたのだ。

 

「大和亜季、丹羽仁美……戦力の大きさは想定内だけど」

(ここまで気軽に前線へ送り込んでくるのは、予想外)

 

事を構えるとなった日から、先を制しようと動くのは定石、

時子の陣営は間違いなく早く動き行動を起こし、この大軍を寄こした。

だが、受身側であった相手も、驚きのフットワークでいきなり幹部級を、

それも、二名という最低限もいいところな人数で利を押し返された。

 

「はーい、時子さんー」

「時子様と呼びなさい」

 

財前時子、彼女はほたる達とは異なり、歴のある組織ではない、

だが考え無しに大国へ喧嘩を売る愚か者でもなかった。

 

「馬鹿には分からせる必要があるのよ」

 

 

 

「……これは!」

「撤退してる、ね」

 

振るった武で群衆は徐々に薄まる、皆が後ろ向きに歩を進めていき

改めての増援も見渡す平原に存在せず、戦は終わったと言えるだろう。

 

「これにて我らの勝利、でありますな!」

「安心するのはまだ早いって言ってたよ」

 

単純な“この場の戦における勝利”というだけで

国同士全ての決着は、当然ながらついていない、

お互いの主力に何ら傷がつかない牽制がひと段落ついた、程度の交戦。

 

「この敵は、頭を叩かなきゃ絶対に安心できない、それ以外の成果は全て無意味……

 数でも強さでもない、一番厄介な相手さんの力は“忠誠”だよ」

「忠誠? はは、それならばこちらは余計に上回ります!

 私達はほたる殿と一心同体、決して裏切りも後れを取る事もありません!」

「そういう意味じゃなくって――」

 

――

 

まさに、偶然。

幸いは太陽の位置、迫りくる“何か”が地面に、不自然な黒として描かれていた。

視界に入れば気になるそれを、たまたま目で追ったところで

 

「ん……なあぁっ?!」

「どうしたでありますか仁美ど――のおぉっ?!」

 

 

――ズドォンッ!!!!

 

 

「強すぎましたかー?」

 

撤退する雑兵の流れに逆らって二人に人影が歩み寄る、

のんきな声で払う手からは砂埃、その塵が元々点在していたモノ――巨大な岩石は

今や地面へと衝突した勢いで粉々に砕け散った後だ。

 

「時子さんが行けと言ってくれたなら、どこへだって何でも頑張っちゃいますー」

「いきなり大物とぶつかるじゃない……及川雫!」

 

忠誠心、主君に従う心――例えば数キロ先で味方の大軍を薙ぎ払い

快進撃を続ける二人もの敵国精鋭に、今から挨拶をしてきなさいと無茶を言われたとしよう。

喜んで首を縦に振り、散る事も厭わない精神をそう定義するのだろうか?

 

「単身突撃の命令にも従う忠誠心は立派ですが、いささか無茶が過ぎるのでは?」

「えーっと、時子さん……時子様? は、無茶な命令はしませんよー?」

 

否、それではただの暴君、無意味な私欲を部下へ強引に押し付ける快楽主義者、

むしろそうであったならば財前時子という人物を制圧するのは容易かっただろう。

 

「あんまり賢くない私のために、私が出来る範囲の事だけを命令してくれますからー」

 

無意味でもない、不可能でもない、

効果的すぎる一手を“忠誠心”で成し遂げる部下が重なった完璧な一団、それが

 

「財前時子……これは、宣戦布告だね!」

 

瞬間、仁美の槍が飛び、亜季の足が駆ける。

雫には無いスピードの勝負、付き合えない分野では後手に回るしかない、

一歩先を譲ってしまい二人の攻撃は止まる事を知らず雫を襲う。

 

「らあアッ!!」

「むー……!」

「こっちだよ!!」

 

拳を躱せば槍が、反撃の隙は一切見当たらない速攻撃、

それでいて強烈な破壊力も秘めた乱打を前に雫も表情が曇っていく。

 

「いくら手練れであろうと、アタシ達を討ち取れるものなら、やってみなっ!!」

「えーっと、それはですねー……!」

 

ヒュンッ!!

 

――ぐらり

 

「わ」

「貰ったっ!!」

 

 

 

戦場で重要なのは領土でも国の規模でもない、純粋な兵の戦力だ。

誰にでも勝てるような潤沢かつ無敵の艦隊を持っているとは思っていない、駒は限られている。

しかし、自らの持つ駒が大国に劣るとも考えていなかった。

いとも容易く軍勢を薙ぎ払った二人に対してたった一人だけ送り込んだ駒、及川雫、

それでも――彼女が優勢を取れるだろうと確信していた。

 

 

 

ズンッッ!!

 

「が――」

(よしっ! 入っ…………!?)

 

「ッ――ふぅー……痛いじゃないですかー」

「?!」

 

隙は見逃さない、まともに入ったように思われた亜季による腹部への拳撃、

多少のウエイト差による衝撃の緩和までは想定していた、どうせ百は伝わらない、

だが、それを踏まえても違和感を覚えざるを得ない手応えは例えるなら

 

(なんっ……重い……?! 振り抜けない!?)

 

敵意を向け、全速力で獲物を狙い突進してきた闘牛。その額に拳で対抗したかのような重みが

ただ両の足を留めて回避に専念していた雫の身体から衝撃として

拳へと響き、伝わり、驚愕させ、意識を集中させて向かい合うべき相手から

集中を外してしまう今度は亜季が晒した隙――

今まで抑え込まれていた雫にとっては当然の好機。

 

「それー」

「!?」

 

――ヂッッ

 

「ぐっぅ!?」

「亜季! 大丈夫!?」

「ふぅっ……問題ないであります」

 

気が付けば、退き損ねた拳へと伸びる雫の手が目の前に、

この身体に捕まってしまえば致命傷になりかねないという一心で引いた腕は

辛うじて雫の掌を掠る形で逃げおおせた。

 

(触られただけで、痕がつきますか……)

 

ますます、一手のミスも許されない、

気を引き締めて再度この戦いを制しようと拳を構え直す亜季だが

 

「あっ」

 

 

 

「どうしたでありますか、まだ私は――」

「えーと、帰りますねー」

「……は?」

 

「時子さんに言われたのは、どちらでもいいから軽く一発入れてこい、

 だったんですけどー……今、ちょっと腕が当たったのでそれで終わりですー」

「な……ふ、ふざけてるでありますか!?」

 

呆気なく、雫が突然の撤退を宣言した。

二人にとっては拍子抜けであると同時に、納得のいかない点がある、

一発だけ、わざわざ手間のかかる手段でたった一撃だけを与えに来た、

容易に一発程度ならば問題なくこなせると見繕われたのだ。

 

「逃げる気? 調子の良い言い訳じゃんっ!」

「わわっ」

 

亜季だけではない、仁美もこの意見には同意だ、

タダで逃がしてなるものかと槍を振る腕は止まらない。

 

「すいませーん、二回も攻撃するときっと『また命令を破ったわね』と言われそうなのでー」

「そんなの言うわけないよ! アタシだって分かるよそんなの!」

「うーん、そうなんですかー?」

 

ザッ

 

「だったら……もう一回だけ、やっちゃいますねー?」

 

 

 

仁美は、大した意味も無く売り言葉に買い言葉のような形で返していた、

余計に成果を上げて怒る者などいないだろうし

ただの言葉で状況が変わるかもしれないなどという想像は本来、する必要が無い。

 

 

 

ギュンッッ

 

 

 

しかし言葉に雫は応じた、軽い一撃以上の行動をする動機を――与えてしまった。

 

「ぉ――」

 

状況を理解したのは、まるで走馬燈のようなスローな時間を体験していた中、

ほぼ目の前に視界を塞ぐよう腕が水平に迫る、ラリアットの形。

――恐らく、雫にとって“軽く”は難しい注文だったのだろう、

その証拠、仁美が与えた動機により命令ではなく自由に放たれた攻撃は

 

(あれ? ちょ……これ、ヤバ――)

「仁美殿ッ!!」

 

ザンッッ!!

 

 

 

真っ二つに折れた槍が地面に刺さる、

振るわれた雫の腕が与えた衝撃に武器は耐えきれず破壊され、

延長線上にいた仁美も同様のダメージを受けてしまうはずだったのだが

 

「!? あうっ……」

「ッ……! はぁ……はぁ……」

 

武器と引き換えに与えたほんの小さな傷が、攻撃の軌道を少しだけズラした、

結果、腕は空を切り雫も怯んだ――だが、追撃を行える状況でもなく

 

「やっぱり、言われた以外の事をすると駄目ですねー……」

 

ある意味で命令を忠実に守り、早々と撤退しなかったことで受けた傷、

大きくはなくとも不慮の失態を犯し、元々これ以上戦う理由も無い雫は

二人を捨て置き、元の予定通りに撤退の進路を歩んだ。

 

(追え……ない……!)

 

確保には向かわない、

たった一人ぶんの人数有利で追いかけられる相手ではない、状況が悪すぎる。

とはいえ当初の目的通りに時子が仕向けた一団を撤退させ

増援の幹部級すらもお帰り願えたのだから文句はないだろう。

 

「……やはり、ほたる殿は素晴らしい采配でありますな」

 

亜季も結果に不満はない、任は成し遂げられた。

割いたコストは最低限、失ったものは武器が一丁、失った人員はゼロ、

全てを総計して被害はゼロと言える。

 

「我々二人でなければ、大きな被害が出ていたでしょう」

「……そうだね、まさかいきなり現れちゃうなんて」

 

しかし、相手方へダメージを与えられたかは疑問だ、

いくら雑兵を倒したところで主戦力を叩けなければ戦局は傾かないが――

 

「二人だったから……“負けて終われた”よ」

「ええ……そうでありますな、我々は“二人しかいませんでした”から」

 

 

 

ファーストコンタクト、互いに被害はゼロ、

しかし――相手の得た益を正しく認識できたのは、どちらの陣営であろうか?

これが判明するのは、まだ先の話である。


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