島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~   作:アカツキ=ニュー

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ビヨードフォレスト

――ビヨードフォレスト

 

深く広大な森林地帯、飛び抜けて巨大な樹を中心に成り立つ国、

いや、集落を総じてそう呼ばれている。

住民の大部分は“獣人族”、ヒト以外の身体的特徴を兼ね備えた生物と分類されるが

獣人族が集まった国というよりもビヨードフォレスト出身の者は獣人族である、が正しい、

つまり卯月達の出会った早坂美玲、前川みくも生まれはこの地だ。

 

 

 

「あぅ…………お、おかしいんですけど……ここ、こんな場所じゃあ……」

 

草葉の陰、目立たない場所に掘られた垂直の洞穴に一人の獣人が居た。

彼女は静寂と平穏を好み、身を潜めやすい場所を複数確保し住処としていた者、

この場所はそのうちの一つに該当するのだが先の言葉通り、

場所に間違いは無いが構造が記憶と構造に大きな差が起きていた。

 

「も、もりくぼ……こんなに、深く掘った覚えはないんですけど……!」

 

もりくぼこと森久保乃々は、身を隠せられれば十分だった穴が

全身を隠すどころか遥か地下へ続く縦穴に変貌していたせいで勢いよく落下、

重力に引き寄せられた末、薄暗い洞穴の底に尻もちをつく羽目に。

 

数か月やそこらで変わるはずの無い安息の地に起きた変貌、

原因や目的は乃々にとって二の次、問題は“安息の地が崩れた”という事実一点、

自分以外の誰かによる手が入った場所は既に平穏ではない、

一刻も早く立ち去って然るべきなのだが

 

「戻れない……ど、どうすれば……ひっ!?」

 

――コツ コツ

 

乃々が落下した穴は通路の天井にあたる、

ジャンプしても届かないほど高い位置の穴へ再び飛び移り脱出できる程の

身体能力は彼女に無い、獣人にも得手不得手はある。

そんな中で、不審の足音を察知する事に長けていた聴覚が誰かの接近を感じ取る、

上は不可、背後の通路からも誰かが来るので不可、となれば前へ進むしかない。

 

「ひぃぃ……」

 

誰かが来ると分かっているならば助けを求めてもいいはずだが

極度の人見知りはそのような選択肢を初めから除外してしまうもの、

しかし結果的に“逃げた”という行動は後の視点で見れば正解だった。

 

 

 

ビヨードフォレスト特有の自然は、つまりヒトや獣人の手が入り切っていない地、

必然的に監視の目が届かない地域もあるという事だ。

例えば、表には出せないやましい取引現場や保管場所に最適と考える者も複数いるだろう。

 

――ザッ

 

「こっちの方が明るい……えーっと……あれ?」

 

道の広がりが大きな方へと歩を進めた結果、

行き止まりとなっているやや広めの空間へ辿り着く、

妙に岩がゴロゴロと積まれているがそれだけの、ただの行き止まりだったのだが

 

――!

 

「わ……!?」

 

足を踏み入れた途端に幻想的な煌きが、ふわりと部屋中に広がった。

まるで乃々の到着を待っていたかのように、部屋にある“それ”は彼女を歓迎する。

 

「これ、見た事無い……花……? でも、綺麗……」

 

長くビヨードフォレストの自然で過ごしていた乃々も

この不思議な花を見たのは初めてで一時の緊張も解れた、

もの珍しさに一つだけ手に取ってみようと、彼女にしては珍しく積極的な態度を見せるも

どうやら接触は拒否されたらしく、手を伸ばした途端に花の機嫌を損ねたのか

発光は止み、洞窟は一瞬にして元の暗闇に閉ざされてしまった。

 

「あれ……ま、また暗くなったんですけど――」

 

 

 

ところで、忘れてはいけない、乃々の後ろで聞こえた足音を。

あの時、前へ逃げる選択肢を取っていなければ、どうなっていただろうか?

前述の通り、この地を絶好の死角と活用する者が、絶好の保管場所としていた場所に

何やら怪しげな――最奥に蠢く人影を見つけたらどうするだろうか?

 

――パァンッ!!

 

「ひぇっ!??」

 

突如鳴り響いた――乃々には縁が無い科学の武器による轟音は

彼女の足を滑らせ腰を抜かさせ、音の発生源から逃れる術を殺す。

 

「あわっ、あわわわわ…………!」

 

そして、驚きを堪え切れない乃々の悲鳴と声を聞きつけて、

忍んでいた足音が一斉に騒がしく駆け寄る音となり

同時に乃々は戦慄する、ここに居てはマズいと。

 

しかし――逃げる道と手段は、既に取りこぼした後だった。

足は震えて動かず、這って逃げようにもそもそも袋小路から出る道は

たった一本、脅威が向かってくる道、通ろうとすれば鉢合わせは確実。

 

(あわっ、あわわわ……?! ど、きゅ、なんっ……

 どうしてっ、急にっ、なんでもりくぼを捕まえようとしているんですかっ……!?)

 

今の乃々が“なぜ、どうして”を推理するのは不可能だが

問答無用の威嚇、その度合いから、日常で磨かれた警戒心が激しく警鐘を鳴らす。

この謎の――ひとまず、賊としておく集団は乃々を、この洞窟に何かを隠している、

それを誰の手にも渡らぬよう知られぬよう、侵入者は全て仕留める覚悟を持っていると。

 

逃げたのは正解だった、あの時あのまま助けを求めに接触していたら

逃走の機会が訪れないまま一瞬で、運が良ければ拘束、悪ければ生涯の幕を引いていた。

――とはいえ、今は逃げ切れた状態ではないどころか逃げ道が無い状態なのだが。

 

(こ、ここっ、殺……し、しぬ……え?)

 

急に現れた“死”の危機、いったい何を失敗して自分はこのような場所へ?

そんなものを考える暇があれば、少しでも助かる可能性が高まる行動をすべきだが

乃々にはそのような心の強さは無い、影の住人。

 

(ひっ……む、むーりぃー……!)

 

へなへなと、力なく倒れ込む絶望的な状況、隠れる気力も場所も無く

死すらも頭を過り始めた窮地の乃々、だが――

 

 

 

身を隠すでもなく壁面に倒れ込んでいた乃々を、なぜか無視して内部を調べ回る賊たち。

更には会話を聞く限り、何処へ逃げただの見失っただの、

まるでそこに乃々が本当にいないかのような発言まで飛び交う。

 

(な、なんで……見失って……い、今のうちに……)

 

よく分からないが好機を活かさない手はない、

見つかっていないなら見つからないように移動する、

乃々は静かな移動に普段から慣れているため実行は容易い――のだが

 

――!?

 

「はわあぁぁ!?」

 

――パァンッ! パンッ!!

 

「ひいぃえぇっ!!?」

(バレますっ! 普通に見つかったんですけどぉぉぉ!!)

 

 

 

・・

 

・・・

 

 

「はあっ、はあっ……つ、疲れ……ひぃぃ……!」

 

発砲に追われ、どちらが出口かも分からない通路をでたらめに逃げる乃々、

だが未だに被弾も確保もされていないのは幸運か――いや、不可思議な現象は続いている。

 

(ま……また、見つからない……どうして……)

 

全ての分岐で正解を選ぶ幸運を乃々は持ち合わせていなかった、

曲がった先が行き止まり、背後には乃々を捕まえようとする者の追走音、

どう考えても“詰み”の状態で、それは何度も発生した。

さすがの乃々も気付く、何やら知らぬ間に自分が何かを身につけたらしいと、

そしてその原因は先の“花”にあるらしい――これは相手方の会話から仕入れた情報だ。

 

結論から言えば乃々は、この地下へ大量に隠された何者かの“異能の種子”を

偶然にも発見し、偶然にも全て吸収し、偶然にも自身の能力が最適なものとして発現したのだ。

その力は乃々らしいといえばらしい、他者へ関りを深めたくない彼女が

自身を“他者に認識されない”ようにすることが出来る――そんな能力を。

 

(じっとしておけば……見つからないみたいですけど……)

 

堂々と通路の脇にしゃがみ込んでいる、姿は丸見えでも自らの意思で動こうとしない限りは

絶対に見つからない――仮に接触しても不可抗力ならば効果は継続するようだ。

乃々は静かに鎮座する時間を苦痛に感じない、身の安全が保障された待機は

かえって精神を安定させるほど。

 

(諦めて、外へ探しに行ってくれるまで、待ちます……)

 

彼女の幸運は今発揮された、賊たちも失われた宝をいつまでも手掛かりの無い拠点で

延々と探し続ける事も、宝の無くなった洞窟を拠点にする必要も無い、

つまりいずれは皆が出ていき乃々は無事に生還という筋書きだ。

 

(……ぐ、偶然ですけど……これは、もりくぼにとってプラスなのでは?)

 

彼女の幸運は今、全て使い切られた。

現在、自身が巻き込まれた大きな争奪戦の存在を知らない乃々、

その争奪戦において自身がどれほど“楽な標的”かを知らない乃々、

異能の種子という引く手数多の宝物を大量に抱えた非戦闘員――

 

これから、彼女の生活に平穏は遠いものとなるだろう。


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