島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~ 作:アカツキ=ニュー
歩いて三時間は、走ればもっと早く到着するという意味ではなかったようだ。
上下に揺さぶられる獣道は余計な体力消費を産み、三時間を一時間前に通り過ぎた頃
ようやく一行は目的の村――の、接近を示す看板の前に立っていた。
「ほら、もうすぐなんじゃないのかッ?」
「つ……疲れた……」
「こんなに歩くなんてぇ……」
「飛ばし過ぎたんだよ……最初に……」
このような道中に慣れていた美玲を尻目に疲労困憊な三人、
ちょうどよい切り株や石に座り込んだまま立ち上がる気配は未だ感じられず
情けない、とため息をつく美玲は自身が彼女達を急かしていたことを恥じない。
そんなこんなの噛み合わない道中であったが、ふとした切っ掛けで空気は瞬時に切り替わる。
「……ん?」
「どうし――うん?」
耳を澄ませば、風で揺れる木々の音に混じって聞こえる、明らかな声。
道沿いではない森の中から響いてくるそれは、何やら訳ありの気配がした。
「もうそろそろ近づいてるハズだ!ここでくたばるんじゃねぇぞ……!」
「あの……私、そんなに重傷じゃないんだけど」
「何言ってんだ!怪我してるだろ!」
「これ?こんなの掠り傷だから……」
二人の少女が森を進む、しかしその足取りは重い。
理由としては、橙の髪をした方の少女が脚に僅かな傷を負っていて、
その小さな怪我を多少過保護な性格らしきもう一人の少女が庇い、
肩へ背負って移動しているせいであろう。
(……こんなところで何してるのかな)
(さぁ、でも――)
「誰だ!」
「!」
木陰に身を隠していても、
さすがに四人もの気配は隠しきれなかったようで
「そ、そこに居るのは分かってるんだぞ!出てこい!」
攻撃を加えるつもりなど毛頭ない、疑われても仕方がないので大人しく
卯月たちは姿を晒した、が、わらわらと四人が出て行ったせいで
当のこちらを威嚇していた少女は想像よりも多い人数を前にかえって警戒を深めてしまった。
「な、なんだよっ!?なんだお前等!?」
「そりゃあ……そうなるよね」
「う、ウチらは別に怪しくないぞ!」
このままではいつ弾みで無用の争いが起きてしまうかもしれない、
どうにか穏便に済ませようとその場を立ち去るつもりだった一行だが
ふと、視線を落とした卯月の目に飛び込んで来た
「怪我……していますよ!」
「え?あっ!本当だ!」
確かこの辺に、と卯月が衣服のポケットを探ると
ハンカチに小さな小瓶、長く使い込まれた手製の傷薬であった。
「これ、使って下さい!」
「……へ?」
「大丈夫です、これくらいならすぐに治っちゃいますよ!」
「…………」
「……ねぇ、ちょっと、固まってないで」
「はっ!」
予想外の支援行動に思考停止していた少女だが
卯月にされるがまま手に治療道具一式を握り込ませられ、ようやく我に返る。
しかし惚けている間でも背負ったもう一人をしっかりと支えていたのは
互いの強い関係があるのではと察し、よくよく見れば同じ服装の両名がその予想を確定させる。
「いや卯月、もう村も近いんだし、連れて行った方がいいんじゃないか?」
「はっ、そうですね美玲ちゃん!」
「お、おい!待って、何だよ!?や、やるか!?」
「私達は別に襲おうって算段じゃないから、村も近いみたいだし……治療しに行こう」
あれよあれよという間に定まった助力の支援、
先程までの疲れは微塵も感じさせず人助けのために動く三人と一人。
「一人じゃ支えられないだろッ、行くぞ!」
「お、うん……ごめん」
怪我人を美玲と協力して運び、気が付けば今までよりも早いペースの移動で
ついに一行は目的地の村を視界に捉えたのだった。
「着いたー!」
ギリギリ陽が沈む前に村へ足を踏み入れた、
危惧していたようなトラブルが巻き起こっている気配もなく平和な村、
だが強いて言えば目に入る“見覚えのあるもの”が、随所に飛び込んでくる、それは
「二人と同じ格好の人がいっぱい……?」
「ああ、それは――」
ザッ
「よかった……無事だったのね」
「っ!ど、どちら様ですか?」
一行の目の前に現れた人物、例に漏れず“見覚えのある”その“衣服”、
この村に居る人物は大部分が卯月達が手助けした二人と同じ服装をしていた。
彼女も例に漏れず同じ装いをとっていたものの、特別感のある濃い青色が文字通り異色だ。
「帰りが遅かったから心配していたの、大事な訓練生だから……ね」
「訓練生?」
「私の名前は奏、雇われの部隊長のようなものよ。
そしてこの村は私の部隊の構成員“候補”を訓練するために借り受けている拠点」
「だから同じ服の人が多かったんですね」
「へぇぇ……これ全員がそうなの?」
奏と名乗った人物は、詰まるところこの村は合宿の拠点であると説明した、
そして一行が助けた二人の少女は、それに参加する訓練生の立場であるらしく
「改めて、私は加蓮だよ」
「あ、あたしは奈緒!……その、助かったよ」
「もう、ちょっと怪我しただけで大袈裟なんだから」
曰く山中をトレーニングの一環として散策中に加蓮が負傷、
奈緒が彼女を庇って移動していたところを卯月が発見し、ここまで導いた。
無用の気遣いと言われればそれまでであったが、恩義には報いる性格らしい。
「加蓮」
しかし大事には至らなくとも、それは偶然であると奏は言う。
確かに負傷したあの場で卯月達ではなく悪意ある人物が接触していたら?
「あなたは奈緒と違って前線で戦う適正じゃないのよ?
多少の傷は気にしていられない、なんて言うタイプじゃないの」
「でも――」
「体が弱くても前に出たいという意思は尊重してる、
ただ、本当の戦いでもない訓練中に意地を張っても意味が無いわよ」
「…………」
大袈裟、といった加蓮の返答には危機感の無さを指摘されてしまう。
そして、華奢な体に見えて彼女、加蓮が前のめりな性格であることも伺えた。
「……ほら、言ったろ?」
「むー」
一通りの注意を終えて奏は去る。
過ぎた行動ではなかったが、さすが人を率いる立場らしい振る舞いで
以後気を付けるようにと窘めた姿は
「かっこいい!ねぇねぇしまむー、誰だか知ってるんじゃないの?」
「えーっと……ごめんなさい、分かりません……」
「ありゃ」
「でも……なんだか、気品があったね」
まだ駆け出しの三人に眩しく映ったようで、しばらく談義の話題は持っていかれてしまった。
そんなことがありつつも、長い道のりを終えて思い出したかのような疲労のぶり返しを前に
本日の宿が確保できていないことをぼそりと漏らすと
「じゃあ、今晩はあたし達の部屋を使ってくれよ」
「お礼にね」
「いいんですか?」
善行は、丁度いいタイミングで身に返って来るものである。
「なるほど、それで奈緒ちゃんと加蓮ちゃんは」
「そうだな!卯月たちは知らなかったみたいだけど、奏隊長は凄いんだ!」
「奈緒ったら自分のことみたいに……」
陽が沈み、二人分の寝床がある部屋はすっかり手狭、
六人がひしめく空間ながらも楽しく雑談は続いていた。
まず話題になっていたのは奏、彼女は国家に所属しながらも
影響の及ばない範囲で私兵団を持ち、それらを動かしているらしい。
今回の訓練所を開いた理由も、新たな人材発掘の為だろう。
「最低限の刺客さえあれば力量は問わない、だから私も参加できた」
「加蓮は低く見過ぎだって、あたしが使えないなんかこう、凄いのも出来るだろ?」
「魔術ね」
「加蓮ちゃんは魔法の専門ですか?」
「……ううん、違う」
だったら自分と同じ、そう言おうとして意外にも加蓮から否定の返事が返って来る。
彼女は奈緒が知る限りで魔術の適性を持っている、だがそれを使って戦うつもりはないらしい。
「昔から体が弱いなんて言われて、でも私だって強くなりたい。
……後方支援で有名になった人なんていないから、やっぱり前に出たいんだよね」
「んー……いや、あたしは加蓮の強みを伸ばした方がいいと思うけどなぁ」
(こだわりがあるんですね)
卯月が異論を挟むことは無かった。
目標をもって進む、理想像を目指して努力するのは自身にも心当たりがある。
「とにかく、ここなら安全に強くなれる。言っちゃあなんだけど……
まだ、そんなに強いわけじゃないからさ、あたし」
「まぁ……ね」
「……ちょっとくらい否定してくれてもいいじゃんか」
「ごめんってば」
ちょっとした冗談も言える親密さにまで数時間で辿り着けたのは、
ひとえにコミュニケーション能力の高かった面々と、似たような経緯や境遇で
気が合う間柄であったことが幸いしている。
「なぁ……ウチ、そろそろお腹空いたんだけど」
「もうそんな時間か……じゃあ、行こうか」
「はい!お料理ですね!」
「ふふ、違うよ」
てっきり今から夜食の調理に入るのかと思っていた卯月だが
確かによく見ればここに材料も器具も無く、自炊する環境には見えない。
何日も滞在する居住空間にしては食事について考えられていないなどあり得ないはずだが
「ここでは料理の準備もしてくれてる、至れり尽くせりだろ?」
「そんな事まで?へぇー……」
理由は即座に判明する、知れば知る程この訓練所は利用者にとって優しい空間であった。
もちろん、この居心地のいい場所に甘んじる様では訓練の目的は果たせないのだが
その辺りはトップである奏の考える事であって彼女達には関係の無い事。
「……だけど、さすがに凛たちのぶんまで用意はしてくれてない」
「だよねー……じゃあ、どうするの?」
「当てはあるんだ!あたし達もよくお世話になってる、行商の人の所に行くぞ!」
「料理……出るのか……いいな」
「美玲ちゃん、よだれよだれ」
「っ……じゅる」
「はは、こりゃあお金かかるかもなぁ……」