島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~ 作:アカツキ=ニュー
「加蓮!?」
初っ端、部屋を飛び出し廊下を駆け、凛が見つけたのは声の主ではなく
その名を呼ばれた方の人物、加蓮。
「何があったの!?」
「分からない、分からないけど……!」
閉じた扉の前、ぺたりと地面に座り込む形でオロオロとしている彼女は
昼頃の明るい雰囲気は鳴りを潜め、明らかな異常を感知したかのよう。
「うわッ?!」
そして先頭を駆け、原因が佇む可能性が高い扉、
躊躇いなく手をかけた美玲が驚いて手を離す。
「なんだ、寒い……ぞ……」
「まさか!こんなぽかぽかした時期なの――寒っ!?」
言われてみればという程度だが、確かに気温が低く感じられる。
寒気か冷気か、しかし心当たり無き美玲たちはそれでも扉に再度手をかけて
「あ、開けますよ、扉を」
(寒い……?あれ?どこかで――)
「待って!駄目!」
カツッ!!
「――え?」
慌てて叫んだのが功を奏したのか、
あと一歩踏み出していればという瀬戸際で何とか踏み止まった、ようだ。
ヒュウと頬を切り裂く冷気、垂れる赤い筋、穿たれた背後の壁面。
「な、んだコレ!?ツララか!?」
「……ッ!」
まだ冷気は感じる、状況が飲み込めていない一行に危機は去っていない。
「卯月!伏せて!!」
「え?わ、わわっ!」
ガツッ!
「危、なっ……ひえぇ……」
「何これ!?攻撃!?私達攻撃されてるの!?何で!?」
「違う、違うの!分からないけど……とにかく――」
視線を向けた先、気が付けば飛来したツララが破壊してしまった扉の先、
そこには加蓮の戸惑いの原因が、膝をついて息を切らす。
「奈緒……?」
「う……ぁ……」
見た目もだが、それ以上に苦しい声を漏らし
手で体を覆う仕草は彼女達も感じた“冷気”に耐えているかのよう。
――それもそのはず、気温が下がるのも当たり前だという光景が、そこには広がっていた。
「なんだこりゃあッ?!」
(部屋が……“凍っている”!?それも、奈緒を中心に!)
「ぐ……な、何だよこれ、突然……加蓮、離れて――っ!」
「奈緒!何があったの!?」
「分からない、ただ、突然調子が悪いと思ったら、ッ……!」
急変とも言えるコンディションの変化、むしろ暴走といってもいい、
奈緒は咄嗟の機転で加蓮を部屋から追い出して自身に降りかかった災厄から逃れさせる、
しかしこのままでは奈緒の身に何が起きるか分からない、
いや、そもそもこれは何なのか?心当たりのあるものすら、誰も居ない。
(似てる、さっきの私と!でも……違う?)
様々なキーワードに身に覚えがある凛一人を除いて。
「しまむー!しぶりん!何か分からない?!どうする!?」
「奈緒!奈緒っ!」
「おいッ!危ないぞ!そっから離れろッ!」
「えーと、えーっと……凛ちゃん!たぶん、ですけど」
親友の為とはいえ無策で接近を試みる加蓮を何とか抑えつつ、
卯月が少ない材料で奈緒の急激な体調変化と異常空間の推理を行った。
「こんなに突然の例は知りません、けど……これは魔力の気配を感じます。
それにこれは……強い魔術を無理に扱おうとした時の、暴発に似ています!」
「加蓮、さっきまで奈緒は何をしてたの?こんな時間に魔術の特訓?」
「いや……ただ私と話していただけ……それに、奈緒は魔法を使うタイプじゃない」
「じゃあコレ、なんなんだよ!?」
せっかくの予想も的は射れず、美玲の叫びがこだまする廊下。
奈緒の体から発せられる、魔力に似ていて、かつ攻撃性のある“氷”とは――
「咲かせた……花……私と、奈緒だけ…………あっ?!」
これが運命ならば、まさしく彼女達は選ばれた人材だろう。
知識で説明が出来ない、人の力を超えた能力で、かつ簡単に扱える。線が全て繋がった。
「……これが種子、なの?」
「えっ?何だって?」
「何か知っているの!?」
「あ、しまっ……違う、なんでも――」
「無くは無いでしょ!?」
迂闊に漏らしてしまった語句、確かに“異能の種子”がもたらす不思議な力と考えれば
多少の辻褄は合う、が、それはあくまでも種子の存在を可能性として考えられる人物に限る。
ここに居る美玲と加蓮は、耳に覚えのない単語である。
そして、僅かな手掛かりでも、親友の為に情報をかき集めたい人物の前では
「何でもいいの!奈緒は今どうなってるの!?」
「お、落ち着いて!危ないから!」
(追及される!あまり広まって欲しくない話題が――)
ヒュンッ
「っ!」
「あう!?」
奇しくも凛と加蓮、二人の肉薄した緊張を解いたのは物理の横槍。
やはり身に迫る危険性が近くに潜んでいる今、その温度ゆえか一度冷静に状況を見る。
「はぁ、はぁ……加蓮、落ち着いて……」
「ごめん……でも」
「分かってる」
説明は出来なくとも、解決の糸口かもしれない光明は見えている。
ここからは裏付け、もしもこれらが正しい推理ならば奈緒を助ける事が出来る、はずなのだ。
「凛ちゃん」
そして気付きはいつも、知識の量が多い者から始まる。
察した凛は卯月に寄り、呟く彼女の声に耳を傾けた。
「もしかして……これが“種子”だとして、確か花を咲かせたのは――」
「私と、奈緒……でも、私は大丈夫だった」
「違うんです。もしかして、ですけど……」
「経典に“回収”されたのかも」
「!」
(そうか、だから私は“経典を持っていた卯月”に触れて、症状が治まった?!)
「だったら……!」
もともと種子を回収する旅、
そして卯月の持っている“灰姫の経典”が種子を回収する道具とも伝えられた。
彼女達の予想が疑問点を次々と改称し、徐々に現実味を帯びてくる、
奈緒は一行の前に現れた最初の種子による被害者。
(しかも、本人の意思とは関係なく!)
だとすれば――もちろん、そうでなくともだが、より一層黙って見過ごすわけには行かない。
“助ける”この目的と信念は卯月たちの冒険の原動力でもあるのだ。
今、謎の症状に苦しむ奈緒を救出できる最も可能性の高い選択肢、弾き出された答えは
「私が、奈緒ちゃんのところまで……向かいます」
「手伝うよ、卯月!」
「何があったのかしら?」
「あ、か、奏さん……奈緒が、分からないけど、とにかく危ないの!」
卯月と凛の密談が進んでいる途中、騒ぎを聞きつけて現れたのは
この地区一帯を現在仕切る立場を担っている奏。
「これは、何……?」
しかしそんな彼女も、恐らくは卯月達よりも遥かに様々な体験をしてきたはずの体が
思わず発した言葉は“現状を理解できない”そういった感情が込められていた。
だが、驚きはそれだけ、言葉だけに限られて
「……入っていいかしら、構わない?」
「おい!危ないぞ!氷が飛んでくるんだ!そっから!」
「あら、それは怖いわね……」
彼女の動き、見た目に動揺は感じられない。
美玲が止めていなければごく普通に部屋の中へ侵入していきそうなほど。
「“何かされそう”だから動かない、じゃ……先陣は切れないの」
「でもちょっとだけ待って!安全かどうかじゃなくて、奈緒ちゃんが危ないかもしれない!」
とはいえ、原因が怪しすぎる発作、迂闊な接近は奏本人に影響は無くとも
渦中の奈緒に悪い影響を与えかねない。そう言われては彼女も強引に押し通すことはせず
しかし傍観していては好転もしない、そんな時に彼女が注目したのは
「そこのお二人」
「え。あ、はい!」
「解決策は、あるのかしら」
「……た、たぶん」
「お手伝いできる事は?」
「え?」
この場で最も事態を把握していて、何やら策を持っていそうな人物。
さらに、驕りではなく客観的に自身の実力と比較して彼女達が劣っていると判断、
ならば“策”を実行するにあたって、恐らくは不足している駒に自身が使われるのが最適――
「臨機応変よ。大部隊を指揮するには、ね」
「奏さん……」
「少しは腕に自信があるのよ、遠慮なく使って頂戴」
「あ、ありがとうございます!」
「私も……!」
「加蓮、あなたはここに居て。せっかく彼女を助けても、あなたが怪我しちゃダメ」
「う……」
協力したい気持ちは十分に伝わる。
しかし事情を知っているらしき卯月たち、実力が伴っている奏、
それ以外の人物が関わるには難しい案件なのだ。
「ごめん、加蓮…………未央!二人をお願い!」
「あ、えっと、分かった!任せて!二人は何か分かったの!?」
「たぶんきっと、ですけど大丈夫です!」
狭い部屋に多人数で飛び込むのは得策ではない。
参戦できない美玲と加蓮を未央に任せ、二人と奏は突入の準備を整える。
そんな中、どうしても疑問に浮かんだ点を凛は彼女に聞いてみたかった。
「どうして何も言わず、事情も聞かず手伝ってくれるの?」
あまりにもトントン拍子に進む共闘策、奏を疑っているわけではないが
凛の価値観の中では考えにくい彼女の行動であったのだ。
そして、返された答えは予想よりも真っすぐなもの。
「聞いたら答えてくれるのかしら?」
「……いや」
「なら、私の訓練生に起きたトラブルを解決するために動いた……これが動機かしら」
だから心してね、と言葉を続ける。
最初、凛はその意味が分からなかったのだが
「あなた達が“犯人”なら……私の部隊に喧嘩を打ったと、判断するから」
ぞくり、と背筋に緊張――冷ややかで重い、威圧。
(まずは解決して……その“後”でいいんだ……!
後手を踏んでも犯人を探せる、討てるという自信……やっぱり、この人は強い!)
「ふふ♪」
大人びた微笑みは、彼女の内面を垣間見てしまった凛にとって不気味に映る。
一方で表面の頼れる人物像だけを捉えていた卯月は以前変わりなく
友好的な協力者として奏と共に目標、経典と奈緒を巡り合わせるための作戦を始動させた。
「……私を、奈緒ちゃんに近づかせてください!」
「分かったわ」
「ぐ……気を付け、ろ……あたしの体が、制御なんて……くぅ!」
「大丈夫です!絶対に、助けますから!」
いざ冷気蔓延る室内へ突入、奥に蹲る奈緒の元へたどり着くことが出来るのか。