いつの間にかセットされていた目覚ましが鳴り響き、無理やり意識を覚醒させられる。
「目覚ましなんかかけたっけか……」
時計を確認すると時刻は七時半。……なんでこんな時間に起こされなきゃいけないわけ?
うるさく鳴り続けるアラーム音を消して、再び布団の中に潜り込む。すぐに眠気が襲ってきて再び眠りにつこうとした時、ちょうど玄関のチャイムが鳴り響いた。
こんな時間に誰だよ……。と言っても昨日の今日で、誰が訪ねてきたのか大方予想はついている。たぶん、先程の目覚ましをかけたのもあいつの仕業で間違いないはずだ。……このまま無視してもいいですかね。
しばらく布団に潜りながら息を潜めていると、
「せんぱーい、せんぱーい」
玄関の向こうから聞こえる声。ああ、これ無視できないやつだ……。
仕方なしにと布団から重い身体を起こして立ち上がる。頭を掻きながら玄関に向かい鍵を開けると、勢いよく扉は開かれた。
「先輩、おーそーいー!」
開口一番で文句を言われる。いや、遅いとか知らんし……。
「遅いっつうか……、お前まだ八時にもなってないんだぞ」
「何言ってるんですか。講義は九時からなんですよ? このくらいでちょうどいいんですよ」
「や、ここから大学まで数分なんだからさ、別にギリギリまで寝てても構わないだろ?」
言うと一色は「はぁ……」とため息をつきながら呆れた顔をする。
「そんな生活ばっかり送ってるから学生ニートになっちゃうんですよ」
「うぐっ……」
これには反論しづらいものがあるわけで、必死に言い訳を探していると一色はさらに言葉を続ける。
「大体、ぎりぎりに起きて朝ごはんはどうするつもりだったんですか」
「や、俺最近朝は食わないし」
「それはだめです」
俺の言葉を即否定する一色。
そして「ふむ……」と、顎に手をやりながら何やら考えごとをし始める。
少しして何か思いついたようで、俺の肩を手でぽんぽんと叩きながら、嬉々として話し始めた。
「仕方ないですねー、だったらわたしが明日から作ってあげます」
「や、それは悪いしいいわ」
「えー、別に気にしなくていいんですよ?」
こっちが気にするっての。
「第一、それって俺に得があってもお前にはなんの利点もないだろ」
「利点、ですか?」
「そうだぞ。わざわざ朝早くに俺んち来てまで料理する必要ないだろ。朝飯くらいコンビニでも食えるしな」
大体、毎朝一色にうちに来られたら、それこそ俺の平穏な暮らしが本当に崩壊しそうだしな。それは避けたいわけで。
だがそんな想いとは裏腹に、一色は「それなら」とすぐに口を開く。
「利点ならありますよ。将来、わたしが誰かと結婚したときの練習です」
「は? 練習?」
「ですです。結婚したら旦那さんの朝ごはんとか作らなきゃいけないじゃないですかー?」
「別に作らなくてもいいだろ」
言うと、一色の眉根がぴくりと動く。だがそれも一瞬のことで、何事もなかったかのように一色が続ける。
「やっぱり朝ごはんを作る以上は、美味しいものを食べて欲しいんですよね」
あれ、ガン無視? まぁいいや、いつものことだし。
「……つまり俺にその練習相手になれと」
「そういうことです」
うんうんと頷きながら満足げに答える一色を見て、これは断れないと悟ってしまった。
「あ、それと」
え、何? まだなんかあんの。
「先輩、合鍵貸してください」
「はい?」
いきなり何言っちゃってるのこの子。
「合鍵ですよ、あ・い・か・ぎ。貸してください」
「や、聞こえてるから。なんでお前に貸さないといけないんだよ」
「だって、昨日とか今日みたいに居ないふりされたら面倒ですし」
いや、まあそれはあれだが……。
「だからってお前、合鍵貸してくださいって言われてだな。はいどうぞ、っつーわけにもいかんだろ」
「はあ。じゃあどうしたらいいんですかね?」
え、なんで俺こんな呆れられた顔されなきゃいけないのん? 俺が悪いのこれ。
「……あ、それじゃあ――」
何か思いついたようで、一色は携帯を取り出しどこかに電話をかけ始めた。
「あ、小町ちゃん。ごめんね、今大丈夫? うん、あのね、先輩の家の合鍵借りたいんだけど。うん、うん、わかった」
うん。なんとなく察したけどさ。それは卑怯じゃね?
「はい、先輩」
予想通り一色は携帯を俺に手渡し、電話に出るように手で合図する。いやまあ、相手小町だしでるけどさ。
「……もしもし」
『あ、ごみいちゃん?』
この子いつになったらお兄ちゃんって呼んでくれるの?
『いろはさんに合鍵貸してあげて』
まあそうくるよな。一色のやつ小町を味方につけるとか卑怯だろ……。
「断ると言ったら?」
『もうお兄ちゃんと口聞かない』
「ほら、一色、これが合鍵だ」
すぐさま合鍵を取り出して一色に渡す。
「なんか釈然としないんですけど……まあいいです」
「小町、一色に合鍵渡したぞ」
『いろはさんと変わって!』
言われて携帯を一色に返すと、少しのやり取りのあと通話を終えた。
……というか、これで一色は俺の家を自由に出入りできちゃうわけなのだが。何それ、俺にプライバシーってないの?
「さてと、それじゃそろそろ大学行きましょうか」
「はあ、あいよ……」
やっぱ行かなきゃいけないのか。知ってたけどさ。
* * * * *
「はあ……、疲れた」
「お疲れ様です、先輩」
「ああ、なんか久しぶりに頭使った気がしたわ。明日休みで良くない?」
「何言ってるんですか。そんなこと言ってると、また小町ちゃんに電話しますよ」
「ごめん、それはやめてくれ」
一色に連行されて半年ぶりに大学に行き、一通り講義を受け終えた俺たちは家に帰ってきた。
まあ、講義自体は一回目ということもあり、半分位は説明に時間を使ったので実際はそこまで勉強をしたわけではないのだが、久しぶりの講義はやはり疲れるわけで……。
「ちょっと横になるわ」
「完全にだらけきってますね……」
一色がぶつぶつと何か言ったような気がしたが、気にせず横になる。
そういえば今日受けた講義は、全て一色が選んだものだったわけだが。
ふと気にかかり、顔を一色の方に向けて聞いてみる。
「お前さ、なんで俺の受講する講義まで決めちゃったわけ?」
「だって先輩、わたしと別々にするとサボるじゃないですかー」
うん、まあそれは考えてたけどさ。なんでこんな簡単に俺の思考読まれちゃうわけ?
「それに昨日知り合った先輩たちを利用、こほん、知り合った先輩たちから簡単な講義を教えてもらったので、どうせならそれ受けたほうが楽かなーと思いまして」」
おい、お前今何言おうとした。
しかし、こいつまだ入学して間もないのにもうそんな知識つけてるのか。計算高いというか。コミュ力が高いとそんなこともできちゃうわけね。
「まあ、それは助かる」
「ですよね、感謝してくださいよ?」
ここは素直に感謝しておくか……。
「サンキュ」
そう言うと、一色はぽかーんとした表情をしたまま固まっていた。
「あの、一色さん?」
一色に呼びかけると、はっとして急にあたふたしながら早口で喋り始める。
「はっ、なんですか普段捻くれた先輩がいきなり感謝の言葉を言うなんてギャップ萌えとか狙ってるんですかすみませんが急すぎてわたしが対応しきれませんごめんなさい」
「なんつーか、久しぶりだなそれ。通算何回目だよこれで」
「知りませんよ。先輩があざといのがいけないんです!」
「お前に言われんのかよ……」
「だって先輩のそういうところ、ほんとにあざといんですもん。ていうかわたしはあざとくないですし」
俺ってそんなにあざとい? 絶対一色のほうがあざといと思うんだが。
一色を見ると、少し気まずそうにして逃げるように立ち上がった。
「と、とりあえずおなかすきませんか!? わたし何か材料買ってきますね!」
「え、今日もうちで食べるのか?」
「だめ、ですか……?」
買い物に行こうと、玄関に向かう一色が俺の言葉に振り向いて答える。
なんでちょっと上目遣いなのこの子。……ちょっとどきっとしちゃったじゃねえか。
「や、駄目というか……、毎回お前に作って貰うのはさすがに悪いだろ」
「先輩、そういう気遣い出来たんですね。先輩のくせに」
「お前ひでぇな……。俺はそういうのめちゃくちゃ気遣うんだよ。むしろ気遣いすぎて疲れるから一人でいるまである」
「はぁ、どうでもいいですけど」
何言ってんのこいつ、のような表情を向ける一色。ちょっと一色さん? そういう顔されると傷つくんですけど?
「それで、ご飯はどうするんですか?」
どうするって言われてもな……。このままだと一人でゆっくりはできなさそうだし。それなら昨日の礼も兼ねて――。
「俺が夕飯作ってやるよ」
「ふえっ?」
なんだよ「ふえっ」て可愛いなおい。
「先輩の手料理ですか……。まぁ興味ありますし、それでもいいですけど……」
「おう、専業主夫希望の俺の料理楽しみに待っとけ」
「じゃあそうさせてもらいます」
そう言うと一色は座布団にちょこんと座り、俺は台所で夕食の準備を始めた。
夕食の準備と言っても、今あるのは塩味のインスタントラーメンと袋に詰め合わせのよくある野菜だけだ。まあ、これだけあれば十分だけどな。
お湯を沸かしている間にフライパンを火にかけ、ごま油を引く。弱火でにんにくを炒めて、香りがでてきたら野菜を投入し、塩コショウで味付け、一気に炒めていく。お湯が沸騰したらインスタントラーメンを投入。いつもなら一人前だが、今日は二人なので二人分まとめて入れる。麺が出来上がったら湯切りして茹でたお湯は捨て、新しいお湯にスープの元を入れて麺をよそる。最後に炒めた野菜を載せればタンメンの完成ってわけだ。
「一色、できたぞー」
「はーい」
てとてとと期待に満ちた表情でやってくる一色。だが料理を見た瞬間表情はがらりと変わって、
「……あの、これラーメンなんですけど」
ん、見ればわかるよな?
「そうだけど?」
「はぁ。もうちょっと健康に良いもの食べてくださいよ」
む、野菜入ってるだろ野菜。それに一応気を使って茹でたお湯は使ってないんだぞ。
「まあ、文句は食ってから言ってくれ」
「むぅ……。わかりました」
できたタンメンを運び、二人で食事を始める。
「ん、…………おいしい」
「だろ?」
得意げになりつつそう言うと、一色は不満そうに口を尖らせる。
「ラーメンが美味しいのは先輩に連れてってもらって知ってましたけど。正直インスタントがこんなに美味しいとは思いませんでした」
「一人暮らしの男の必需品みたいなもんだからな」
「でも、それを得意げな顔で言われるとイラッとしますね」
いや、まあ確かに手料理とは言い難いけどさぁ。少しは多めに見てもよくない? よくないか。
それから二人で麺を啜りながら今日あったことを語り合っていると、いつの間にか外は暗くなっていた。
「それじゃ、わたしそろそろ帰りますねー」
「んじゃ行くか」
食器を洗っていると、テレビを見ながらくつろいでいた一色がそう言ったので外に出る準備をする。
「……先輩何してるんですか?」
「何って、帰るんだろ?」
「そうですけど……」
「昨日も思ったけど、さすがに夜道を一人で歩かせるのも悪いし送るわ」
言うと、一色は下を向きながらぼそぼそと何か呟いていて、
「どうかしたのか?」
「な、なんでもないです! それじゃお言葉に甘えて……、お願いします……」
「ん、じゃあ行くぞ」
アパートを出て、一色の道案内に従ってついていく。そのまま数分ほど歩いていくと、建物の前で一色が足を止めた。
どうやら、ここが一色の家らしい。まあ、大学生だし大学の周辺に家を借りるのは自然ちゃ自然か。そんなことを考えていると、こちらに一色が向き直り、ぺこりと頭を下げてきた。
「送ってくれてありがとうございました。それじゃあ、おやすみなさい」
「おう、また明日な」
言うと、一色は一瞬驚いた顔をしたあと、にこっと微笑み、右手をびしっと挙げて──。
「それじゃあ、明日もよろしくです」
懐かしい敬礼のポーズと共に、片目をぱちりと閉じた。
……だからお前のそれ、あざといっつーの。