沈む太陽
―――きっと私は「夢」を見ていたのだろう。
平凡かつ特筆することもない私の人生に転機が訪れた。
今にして思えば―――。ほんの思いつきで始めた活動が人生で最も華やかな瞬間となった。
世界を視点にした時、私たち以上の歌手は十指に余る。世界を相手にしたら私は脆弱な少女でしかない。一流アーティストのような絢爛なステージに立っていたわけではない。歴史にも残らないだろう。
それでも私達は精一杯輝くことができた。あの瞬間は何を代償にしても変えることは出来ない。
幸福な時間は瞬く間に過ぎ―――。
代わりに命を閉ざす瞬間が訪れる。
今、自分が纏っているのは病用の衣服。華やかな衣装を纏っていた自分とは相対した姿形である。華やかな衣装を纏った『私』が私に問いかける。
―――後悔はない?
その問いに私はかぶりを振った。自分の我儘を通したのだ。悔いなどある筈がない。
けれど、心残りはある。
それは私が居なくなった後のμ's。皆は私が居なくなった後どうするのだろうか?
私は此処には居られないけれど、私の「夢」は終わらない。
皆は「夢」の続きを見せてくれるのだろうか?
☆
学園祭のライブを終えた数日後、穂乃果は死去した。死因は末期の癌だった。
彼女は自身の病を公言せず、メンバーに対しても快活に振る舞っていた。故にメンバーの誰もが穂乃果の病を知らなかった。
いや、私に限っては違う。彼女の異変にいち早く気付いていた。彼女が居なくなる未来を忌避し、恐れたために、見て見ぬ振りをした。
今になって思えば愚鈍な考えだった。彼女のことを思うのならば、逃げることを選択してはいけなかった。厭われてでも引き止めるべきだった。
異変に気付いたのは、まだ風鈴が
ジリジリとした日差しに
「はい、ワン、ツー、ワン、ツー」
私の手拍子に呼応してメンバー全員の呼吸、体の動きが重なり合う。猛特訓が功を成したのか、日に日に上達している。
「………?」
徐々に動きが鈍化し、息づかいが荒くなっている者がいた。他のメンバーは異変に気付いてないので、些細な問題と見なすこともできた。
しかし、昔から無茶をする幼馴染だったので放って置けなかった。
「穂乃果、疲れてないですか?」
「大丈夫!」
いつもの自信ありげな表情から「そうですか」と私も納得した。本人がそう言うならば、練習を続けても問題はないと判断し、続行する。
「ゼェ、ハァ………ッ!フ……ゥ」
しかし、続行した結果、異変は顕著となり、他のメンバーの目にもとまる。
「穂乃果?」
「穂乃果ちゃん!?」
真っ先に声を上げたのはことりと絵里だった。
「だ、大丈夫だよ。えへへ。」
苦悶した表情で答える。
「何が大丈夫なのですか!疲れたのならそう言ってください。少し休憩を取りましょう。皆さんも各自で休憩を取ってください。」
「了解にゃ~!真姫ちゃん水筒ちょーだい!」
「ゔぇえ!?ちょっと凛!全部飲まないでよね」
普段、メンバーの中で最も騒々しい筈の穂乃果が無言でいる。会話をする余裕がないという風にも見て取れた。
「穂乃果、顔色悪いようですが大丈夫ですか?」
「いつもと違って今日は元気ないやん?」
たまたま、穂乃果の近くに座っていた私と希が声を掛けるが、彼女は「大丈夫」と答えるだけだった。
練習を続けるべきか否か悩んだが、結局、定時まで続行した。
「じゃあ、まったねー!」
「ええ、穂乃果。くれぐれも体調には気を付けてね」
「まっかせてよ、絵里ちゃん!」
「そう言ってすぐ無茶すんだから」
「にこちゃん!穂乃果だって体調管理くらいできるんだよ!」
「まあ、どうでもいいけど気を付けなさい。」
「ラジャー!」
そんな会話を交わしながら校門でそれぞれの帰路につく。
「それでは私達も帰りましょうか。ことりは用事があるみたいなので先に帰ったようです。」
「…………。」
「穂乃果………?」
「え、ああ、どうしたの?海未ちゃん。」
穂乃果の笑顔には
しかし、長く付き合っていれば嫌でも分かってしまう。僅かな心境の変化さえも垣間見ることができるのだ。
「穂乃果、やはり体調が悪いのでは?」
彼女の瞳には曇りがあった。
それでも口元だけは必死に笑っていようとしている。
「もォ~、海未ちゃんは心配性だなぁ。大丈夫だよ。」
やはり、返って来る言葉は変わらない。
「自分の体のことは自分が一番知ってるから。」
そのとき、夕日の光が射しこんで彼女の表情をはっきりと読み取ることができなかった。
けれど、これだけはしっかり覚えている。
背後から聞こえる