ライブ当日。
定刻前だというのに、講堂は生徒と教員達で溢れかえっていた。ちらほらと、他校から押寄せて来る者もいるようだ。
どうやら、μ’sの名は廃れていないらしい。加えて、今日のライブに期待を寄せる観客も多いと予想できる。
肝心のメンバーの方は……。
「私……だけですか。」
全く予想しなかったわけではない。その時のためにソロ曲は一応、用意はしている。
しかし、その展開だけは回避したい。それは私が望む展開ではない。μ’sは九人居て初めて成立するのだ。穂乃果はもう居ないけれど、今でも私たちのリーダーは彼女以外あり得ない。死して尚、彼女はμ’sの一員なのだ。
「必ず成功させます。」
準備室で呼吸を整えながら、九人の成功を祈る。
しかし、時間は刻々と迫る。ライブは16時を予定していたが、あと七分程しかない。
「全くもう…。何をチンタラとしているのです!」
焦燥に駆られ、苛立ちを募らせていると、準備室のドアがバンッと勢いよく開く。
「遅くて悪かったわね。」
「お待たせにゃ~。」
「遅くなってごめんなさい。」
「たるみすぎです!」
準備室に騒々しく入室したのは凛、花陽、真姫の一年生トリオである。
「あれ?凛たちが最後だと思ってたけど…。」
「まだ全員来てない?」
そう、あと四人足らない。
「にっこにこに―!あなたのハートに……」
「にこっち。遅刻したんやから、それはちょっと……。」
「う……。そうね。遅くなって悪かったわ。」
続いてにこと希が入室する。あと残りはことりと絵里だ。
「あの二人は大丈夫かしらね。」
真姫が不安そうに呟く。
「ことりちゃんと絵里ちは少し反発的やったからなぁ。」
「それにことりちゃんは留学の件もあるし。」
希と花陽も同意しながら気難しそうな表情をする。
「大丈夫です。きっと来るはずで……」
言いかけている途中に又もや扉がバンッと勢いよく開く。
「お、遅れてごめんなさい!」
「……ことり。」
「ごめんね。留学の申請の取り消しをお母さんにお願いしてたの……。」
聞いて安心した。それがことりの「答え」なのだと。
「本当に大切なもの…知っていた筈なのに、私、嘘ついてた。」
「いいえ。恥じることではありません。私も、私たちも嘘ついていたんですから。」
人は生まれながらにして心情を隠蔽する
思考とは換言するなら、脳内変換された言葉であり、本音を語ることもできれば、虚言を吐くことも可能だ。
私たちは、本音の気持ちを隠すために思考という虚言を扱った。本当はμ’sでありたいと思いながら、穂乃果が居ないならμ’sである意味はない、解散すべきである、といった具合だ。
だが、誰も望んでいないのだ。本音をさらすべきところで、私たちは変に理性的になった。
理性に囚われない少女が居た。彼女の、ありのままに生きるその姿が私たちを救ったのかもしれない。
「どうすんのよ。ホントに絵里だけ来てないわよ!」
「いえ、きっと来るはずです!」
「そうは言ったってもう16時よ!」
「にこ、何故早くそれをいわないのですか!」
「ちょ、逆ギレ!?今言ったわよ!」
「二人とも落ち着いて、な?」
定刻だというのに、絵里の姿だけ見当たらない。
すると、観客席の方が騒がしくなる。
「え、あれって生徒会長?」
「ステージに立ってるけど、一人だけ?」
「μ’sの皆は?」
と、少し混乱しているようだった。
「ど、どうなってるんですか。」
「わからないにゃ。」
「まあ、絵里ちのことだし、考えあってのことやろ。少し様子見よ?」
冷静な希に諭され、私たちは頷く他なかった。
ステージに立つ絵里はマイクを手にし、歌う準備をする。そのタイミングに合わせ、曲のイントロが流れる。
「この曲は……。」
『ありふれた悲しみの果て』。絵里のソロ曲である。
「……絵里。」
これは私たちの気持ちを形容した曲なのだろう。私たちが抱いた気持ちを、そのまま歌詞に載せている。
轟く声は悲哀と郷愁が入り混じっていた。
歌い終えた絵里は一礼する。
「この度は私たちの召集に応じてくださり、ありがとうございます。勝手ながら、私の曲を最初に歌わせていただきましたが、次曲はμ’s全員で歌います。」
再度、一礼をし、観客から拍手が飛ぶ。観客たちの反応を窺いながら、私たちがいる準備室に訪れる。
絵里は申し訳なさそうに笑う。
「ごめんなさいね。勝手に自分の曲歌っちゃって。」
「いいえ、貴女の気持ちは伝わってますよ。」
嘗ての氷の生徒会長はもう居なかった。今、此処にいるのはμ’sの絢瀬絵里だ。
「さあ、行きましょう。」
「ええ。」
『1!』
「2!」
「3!」
「4!」
「5!」
「6!」
「7!」
「8!」
「9!」
「「「「「「「「μ’s,MUSIC・START!!」」」」」」」」
歌う曲はSTART:DASH!!
本来センターである穂乃果の代わりに私が新センターを務める。
私たちは再び駆け出していく。
穂乃果、ずっと見ていて下さい。貴女の夢を必ず叶えます。
貴女が私たちの為に歌ってくれたように、私達もあなたの為に歌います。
歌えば、歌うほど。
思えば思うほどに。
景色が塗り替えられていく。
視界に映るのは講堂でも観客でもない。一人の少女だった。
『ファイトだよッ!』
その姿は―――。
あの頃と何一つ変わらない満面の笑みだった。
ようやく雨が止んだ気がした。