桜はある時季だけ謳歌し、儚く散る。対照的に太陽は悠久の時を謳歌している。
どちらも美しく、尊く、眩しい。幾千年もの間、二者は人々に慕われていた。だから今までどちらの方が好きなんて選択できなかった。
でも、今なら言える。
私は―――。
☆
春休み中に受けた健康診断に引っかかり、病院側から検査入院を義務付けられた。
検査入院は気掛かりなく無事に終える。特に異常もないと母さんは言った。
けれど母さんの目元は赤く腫れていた。その理由を雪穂に問い質すが、私と目を合わせようとしない。
妙な違和感。いつもの和やかな家族の団欒はなく、曇り空のように澱んでいた。愚鈍な私だけれど、この状況を瞬時に理解する。唇が震えるのをぐっと堪え、歯を食いしばった。
桜の花がひらひらと舞い落ちる。その光景は美しいけれど、儚さばかりが際立っていた。散り終えた桜は誰の目にも留まらない。人々の記憶から忘却されるのみである。
ああ、それでも。
ただ忘却されるだけの存在にはなりたくなかった。散り際だけでも美しくありたいと思った。
☆
人気アイドルのA-RISEのライブ映像を鑑賞した時、興奮と感動を抑えることができなかった。
体中に電流が走るような感覚。見る人が魅了されるような歌唱力にダンス力。観客として演技を見ていたけれど、演じる側の人間―――「スクールアイドル」になりたいと思った。
感動と興奮が抑えられないのは、彼女たちが誰かの為に歌っているからだろう。自分本位の願望ではなく他者に贈る想い。容易にこなすことは出来ないけれど、きっと素晴らしい。
ならば、やることは一つ。全力で夢に向かえばいい。
9人が集うまで様々な苦難があったけれど、心の中には歓喜が渦巻いていた。9人で歩む道は人生の中で最も輝いている瞬間だったのだから。
そんな栄光の裏には心を蝕む程の絶望があった。昼は誰かと居られるお陰で前だけを向いていられる。
だが、夜は左右見渡しても誰がいるわけでもない。ただただ暗黒が広がっている。早く朝が来て欲しいと何度も祈った。
「貴女は太陽のようですね。」
いつの頃だろう。誰かに言われた言葉。
ただ、貴女が笑顔になるだけで私の心も綻ぶと称賛された。だが、それは誰かがそばにいてくれるからであり―――。寂静な夜は寂寥に駆られ、脆弱な少女でしかなかった。
どれだけ華やかな今を生きても、刻々と迫る闇に抗う術はない。私の未来は―――。
―――
「穂乃果、元気ないようですが、大丈夫ですか?」
「海未ちゃん………。」
「無理はしないでくださいね。」
「ま、まだ大丈夫だよ!練習できるよ!」
「そう言って貴女は怪我したり風邪を引いたりするんですから………。」
「えへへ………。そうだっけ?」
「全く………。何を気負ってるのか分かりませんけど安心してください。」
「………え?」
「世界中の全てが敵になっても私は貴女の味方でいます。」
まるで告白のような言葉。
そこに虚偽はなく、欺瞞もない。在るのは、ただただ清らかな想い。きっとこの人は私を裏切らないでいてくれる。
心を蝕む絶望が霧散し、強張った五感が弛緩されてゆく。
ようやく分かった。私が太陽でいられたのは、きっと貴女のお陰だったんだね。
☆
瞬く間に終焉が訪れる。
瞼をゆっくりと開ける。窓の隙間からは月光が射していた。月光が照らしていたのは涙に濡れた少女だった。
「ごめんね」
声がいつもより弱々しい。枯れたような声しか出ない。
ああ、心は全てを受け入れていた。恐怖と絶望は何もなかった。
それでも夢はある。当たり前になってしまったから誰も気づいていないのだろう。9人で過ごした日々は鮮やかに染色されていた。
願わくばこのまま夢であって欲しい。μ'sの行く末を見届けたい。
けれど、遮るように彼女は言う。
「安心してください。夢は必ず叶えてみせます。」
彼女が言うなら間違いない。きっと彼女は叶えてくれるだろう。
強い貴女にずっと惹かれていた。貴女の手を繋ぐことが幸福で、貴女を愛おしいと思った。だから、貴女の温もりを手放すのが心底、名残惜しい。
それでも、この想いは永遠なのだろう。
―――
虚偽と欺瞞に満ち、白でも黒でもない灰色。善悪も識別できない混沌としたこの世界は醜悪である。
それでも、彼女は美しいと言った。ひたむきな努力に笑顔、誰かの為に流す涙は尊いのだと。
太陽は世界の美しさに微笑んだ。