―――ああ、これはなんの景色だろう。
そこは地元ののどかな風景ではない。海や山の代わりにビルが屹立していた。
見慣れない場所に混乱し、近くにいる人に尋ねようとするが、どういうわけか、それができない。何かに触れようとするとすり抜けてしまうのだ。
しかし、周りを見ると皆、物に触れ、人に触れている。
―――おかしいのは私?
不安に駆られ、思わず走り出す。
一体どうなっているのだろう。走っている最中も、何人もの人とぶつかっているというのに、私の体が透過するため、衝撃で倒れることはない。
ただ一人を除いて。
「痛っ」
「うわっ」
向こうも走っていたせいか、勢いよくぶつかり、尻餅をつくような形で崩れ込む。
じわじわと体に痛みが走る。
「あっ、すみません!大丈夫ですか⁉︎」
「ご、ごめんなさい、私こそ。全然前を見てなくて!」
その少女の瞳が燦々と輝いていたのが印象的だった。
―――
「……はっ!ゆ、夢⁉︎」
気付くと授業の真っ最中だった。唐突の寝覚めにクラスメイト全員が私を見る。
「高海。この問題解いてみろ。」
「……へ?」
黒板を見ると知らない数式が並んでいた。
「わ、分かりません。」
「そうだろう。寝てたんだもんな。後で職員室に来なさい。」
「……ぁう……はい。」
―――やってしまった。
☆
私が住む街は海と山ばかりが立ち並んでいて若い子が注目するような場所がとにかく少ない。
都会の子になりたいと何度も思ったが、好きなところもあった。
海の彼方に消え入る夕陽が言葉で形容しがたいほどに絶景なのだ。帰り道にこの光景を見れるのが嬉しい。
「千歌ちゃん、今日は盛大に怒られたね。」
幼馴染である曜ちゃんの一言に釘が刺さる。
「ぅ……まぁ。最初は一限の授業を数分居眠りするだけだったのに、気がついたら四限まで寝てたよ。」
「まあ、流石に寝過ぎだよね。」
「じ、自覚はあります。」
笑って誤魔化すが、平常点が低いので、内心冷や汗をかいていた。
曜ちゃんが話題をするりと変える。
「あ、そうそう。千歌ちゃん。この後、予定とかある?」
「予定?特にないよ。」
「本当?なら、全速前進ヨーソロー!」
「へ?あ、ちょっ!どこに行くの!曜ちゃんっ!」
物凄い勢いで曜ちゃんに腕を引っ張られる。水泳部と趣味の筋トレで鍛えた腕力は一介の女子生徒である私にはかなりのダメージだった。
「到着〜!」
「いったぁ。ってネットカフェ?」
「うんうん。ささ、どうぞとうぞ上がって上がって。」
「自分の家じゃないんだから、もう。」
溜息をつきつつも、彼女にされるがまま、店に入る。
店の内部はやや、古風で木造で建てられていた。木の優しい香りが心を落ち着かせる。
「ネットカフェなんてよく行くの?」
「そんなには。でもゆったりと寛げるから良いかな、って。」
「……ふぅん。」
「まぁ、今日は千歌ちゃんに見せたいものがあるんだ。」
「それって動画?」
「そうそう。」
すると、曜ちゃんは動画サイトを開き、カタカナで何やら検索し始める。
「これだよ。」
「んと、何これ。ゆーず?」
「これでミューズって読むらしいよ。」
「ミューズ……。」
恐らく石鹸のことだろう。家でも扱っているからよく知っている。
しかし、登録チャンネルのトップ画像には石鹸とは無縁の女の子達が立ち並んでいる。それが少し不思議だった。
「μ’sはね、今人気のスクールアイドルなんだよ。」
「スクールアイドル?」
石鹸とはまた違うらしい。
「そう。これがほら。」
そう言って曜ちゃんが動画をクリックする。曲名なのだろうか。『START:DASH‼︎』と表示されていた。
「あれ?このセンターの子……。」
奇しくも。
夢で出会った女の子と瓜二つの外見だった。太陽のような双眸が彼女に力強さを与えていた。
「曜ちゃん。センターの子の名前ってなんて言うの?」
「ん?センターはね、高坂穂乃果ちゃんって言うんだ。」
「……高坂……穂乃果」
祈るようにその名を呟いた。
曜ちゃんの話によると『START:DASH‼︎』は観客の動員数が2桁にも及ばず、早くも解散の懸念があった。
しかし、センター兼リーダーでもある高坂穂乃果の強い意志により、何とかライブを終えることができたという。
後に『START:DASH!!』はμ’sの中でも人気の曲となる。
「どうだった?μ’sの動画。」
「うん。興味……湧いたかもしれない。」
「本当?良かった。千歌ちゃんならそう言うと思ったよ。」
「何で?」
「だって千歌ちゃんとリーダーの穂乃果ちゃんて、どことなく似ているもん。」
「……私が?」
曜ちゃんは笑って告げるが、私は冗談だろう、と思った。
確かに昔から快活ではあったが、誰よりも臆病で誰よりも打たれ弱かった。
だからこそ言える。私と彼女は違うのだと。
☆
それから間も無くして、μ’sのリーダーである高坂穂乃果は死去した。
スクールアイドル界では瞬く間に情報が広がり、皆、動揺の色を示した。と言うのも、スクールアイドルでは未だメンバー内の死の前例がなく、μ’sメンバーはもちろんのこと、他のグループにとっても衝撃的だった。
何せスクールアイドルとは無縁の私ですら衝撃を受けたほどだ。
あの日からずっと高坂穂乃果という少女に興味を持っていたせいかもしれない。彼女のことを四六時中考えていた。
曜ちゃんは私と穂乃果が似ていると言った。表面的な快活さで言えば、私も肯定する。
しかしながら、内面を細かく見て言った時に大きく異なるのだ。
―――どうしていつも笑っていられるのだろう。
ふと湧いた疑問。病を抱えながらも笑顔を忘れていないのだ。どれだけの絶望が身に迫っていたのか、考えるだけでゾッとする。それすら表情に見せないのが不思議だった。
☆
また景色が一転する。
恐らくこれも夢なのだろう。私の声は誰にも届かないし、人も物も触れることができない。私は傍観者でしかない。
見るに学園祭で屋上ライブを行うそうだが、天候は雷雨だった。ライブの天候としては最悪である。
ライブの準備は着々と進む。彼女もまた、ライブを中止にしようとは言わなかった。
この日の彼女の顔色は天候以上に最悪だった。トイレに駆け込み、何をするかと思えば吐いたのだ。
嘔吐ならば未だ良い。鮮紅色で染まったソレは嘔吐なんて生易しいものではなかった。
絶望の色がそこにあった。
「どうして、スクールアイドルを続けようとするんですか?」
思わず疑問が口走る。
以前の夢同様、私の声は彼女にだけ届くらしい。何故かは分からないが今は目の前の疑問に集中する。
「やりたいから、だよ。」
「それは理由じゃないですよ。」
すると、彼女は私を見るなり哀れむようにして笑った。
「誰もがきっと勘違いしてるんだよ。人は皆んな物事に理由をつけたがる。でも私はそうはしない。自分がやりたいことを全力でやるの。」
「自分の命を犠牲にしても?」
「犠牲にしても守りたい夢があるから。」
彼女の命はすぐにでも消えてしまいそうなのに瞳は炎のように揺らめいていた。
それが彼女の最後の炎であることは言うまでもない。
やはり、私と彼女が似ているのは表面的な快活さだけであって内面の根本がまるで異なる。
私は絶対に命をかけないし、無難な選択をするだろう。
それでも一つだけ言えることがある。
彼女の真っ直ぐ突き進む姿はどうしようもなく綺麗だということを。
☆
「ねぇ、曜ちゃん。」
「ん、どうしたの?千歌ちゃん。」
「もし、私がスクールアイドルやりたいって言ったら曜ちゃんは付いてきてくれる?」
「そうだなぁ……。千歌ちゃんが全力でやるって言うならやっても良いよ。」
「全力……か。」
その言葉にふと笑みが零れる。
今でも彼女の気持ちは理解できない。
しかし、全力でやらないと分からないことなのだろう。