酷似
そこは一点の穢れなき世界だった。
青空に雲はなく、無数の花々は枯れることを知らない。雨天になることはなく、寒暖差もない穏やかな気候。
まるで幻想郷。現実世界では到底目にすることができない。ただただ、その場所は美しかった。
ああ、しかし。
私が目を奪われたのはこの美しき光景ではなく―――。
この世界の中心に立つ『少女』だった。
この世に存在する憎悪、怨嗟、憤怒。負の感情を浄化するような歌声にただただ魅了された。美しき幻想郷の核となっているのは間違いなく彼女だ。美声が轟く度に世界は癒されてゆく。
しかし、一つ疑問なのは彼女の表情だ。口元は笑っている筈なのに瞳は潤んでいた。
完全とも、永遠ともいえる幻想郷。なのに、彼女の笑顔は儚かった。
ゆっくり前進する。この幻想郷の核である彼女に一歩一歩近づく。
やがて、私と彼女の距離は零となる。かくして私たちは対面する。
そして彼女は紡ぐ。
「貴女に……お願いがあるの。」
この幻想的な世界は美しいのに、なぜ寂しく感じるのだろう。
彼女の切実な願いを断ることができなかった。
☆
雨天に轟く美声。その声に私はただ呆然とした。
一つはその声に魅了されたこと。そして、もう一つは―――。
「穂乃果―――?」
幼馴染の顔と似通っていること。
いや、似ているでは済まされない。体格も声も瞳の色も。何もかもが嘗ての彼女を彷彿とさせる。唯一、異なるのは髪の長さくらいだろう。目の前にいる彼女は腰まで伸びていた。
声をかけてみようか―――。
しかし、彼女は穂乃果ではない。彼女はもうこの世に居ない。目の前にいる少女は外見が似ているだけの少女だ。この世界に外見が似通った存在など、十指に余る。
別人、別人なのだ。
そう心に念じ、踵を返すと―――。
「ねえ、貴女―――。」
「……え……」
声を掛けられた。
少女は私を見ていた。私はその視線を逸らすことができなかった。
「貴女、お名前は?」
「わ、私の名前ですか?園田海未ですが……。」
「わあッ!やっぱり!あのμ’sの園田海未ちゃんだよね!?」
「ぇえっ!?あの、はい。そ、そうですが……。」
「やっぱり!私、μ’sのファンで!」
雰囲気がコロリと変わる。笑顔が可愛らしい少女だった。歌っている時の表情とは対照的だった。
「あ、私の名前は
「UTX?ということはA-RISEがいる……?」
「そうだよっ!」
最近、編入してきたということは、此処にきて間もないということだろうか。
それにしても―――。
「高坂穂乃果ちゃんと似ている?」
「………ぇッ!?」
「図星かな?さっきからずーっと私の顔見てたから、そうなのかなぁって思ったけど」
「い、いえ。すいません。」
どうやら思惑が表に出ていたようだ。昔から分かり易い表情をしていると、よく言われる。どうやら私は表情を隠すのが苦手らしい。
「まあ別に気にしてないよ。前の学校とかでも穂乃果ちゃんに似てるね~って言われてたから。」
「は、はぁ。しかしですね、あまりにも似すぎているというか。」
「まあまあ。世の中に似ている人間なんてそこら中いるよ。」
実際、彼女が蘇ったのではないかという思いに駆られる。
だが、それは非現実的な考えだ。彼女はこの世を去ったのだ。ならば、目の前の少女は別人と認識するのが道理である。
「あっ、と。私、この後に用事があるんだ。悪いけど、私、帰るね。」
「あ、はい。」
この出会いは偶然だと思っていた。しかし、後に、この出会いは必然となる。
☆
「それにしても、μ’sが復活して良かったにゃ~。」
「本当だね!こうして三人でご飯食べるのも久々だね!」
「花陽。貴女、その炊飯器どうやって持ってきたのよ……」
「細かいことは気にしないで真姫ちゃん!さ、頂きまーす!」
昼の休憩時間。凛、花陽、真姫がこうして共に昼食をとるのは久しかった。おそらくμ’sが復活しなければ、あり得なかった光景である。
「すごいね。あの3人。」
「だよね、凛ちゃんはラーメン」
「花陽ちゃんは炊飯器のご飯」
「西木野さんのお弁当はトマトしか入ってないわ」
「でも、μ’sの皆がまた仲良くなって良かったね!」
「うん!」
そんな光景を羨望するように、しかし微笑むようにして見つめる女生徒が居た。
―――
食後―――。
いつものように真姫は音楽室に入り、演奏を始める。
「愛してるばんざーい、此処で良かった。」
何度もピアノの音に合わせて歌った曲。この曲の歌詞、曲調は何一つ変わらない。
けれど、いつも以上に声が弾むのは気のせいだろうか?
普段の演奏にはは何処か淀みが生じる。手を抜いてるわけではなく、集中していないわけでもない。いつもと同じことをしてるだなのに異様に声が澄んでいる。何故だろうか?
真姫は外の景色を眺める。最初に目が入ったのは雲一つない群青色の空だった。この青空なら自分の疑問に答えてくれそうな気がしたのだ。
「曲って不思議ね」
長年、音楽と関わっている筈なのに、音楽への疑問は増すばかりだ。その疑問を解決しようと一人黙考することが多々あった。
詰まる所、明確な答えは何一つ思いつかなかった。
だが、何の確証もない、憶測で判断して良いのならば、音楽は人と共存している。人間に喜怒哀楽があるように音楽にも喜怒哀楽が存在する。
故に思う。歌に込めた想いが歓喜なら楽観的に、悲哀が込められているなら悲観的な曲になるのだと。
「歌っている曲は何一つ変わらないのに。」
人の感情に左右される音楽。それでも音楽は人を楽しませることができる。それが如何に尊いものであることを「少女」から教わった。
窓から射す光はほんのりと温かく、微笑んでいるようだった。
「愛してるばんざーい」
歌っている間は全ての時間、場所の概念から隔離される。
だが、どんな隔離された空間においても、外部からの干渉はどうにもできない。音楽室の外部から聞こえる騒音に、真姫は現実に引き戻される。
「何の音?」
音楽室のすぐ傍であろう場からガタリッと物音がした。気になって音楽室の戸を開けると―――。
「………ぁ………。」
一人の女生徒が立っていた。真姫はその女生徒の顔を知っていた。
「貴女は確か……。桜内梨子さん……だったかしら?」
「あ、はい。そうです。」
彼女は同じクラスの生徒である。顔は何度も見かけたことはあるが、大人しい性格なのか人と会話してる姿は見受けられない。こうして会話するのも、もしかしたら初めてかもしれない。
「ごめんなさい。西木野さんの歌が気になって……。」
「私の歌?もしかして毎日ここに通いに来てるの?」
真姫の質問に梨子はコクリと頷く。
「私もね、ピアノが得意だから分かるんだ。楽しい音もあれば、悲しい音もある。」
「貴女にも……分かるの?」
「うん。今まで西木野さんの音はすごく悲しそうだったけど、今はとても楽しそう。」
音楽を得意、或いは趣味としているからなのか。真姫は梨子と初めて会話するというのに、心が自然と通じた気がした。
「ねえ、桜内さん。貴女も一緒に歌う?」
「えぇ、いや、私はその……。」
「いいから歌いなさいよ」
やがて音楽室には二種の美声が轟く。
☆
UTX学院―――。
スクールアイドルを統べる天下の居城と言っても過言ではない。事実、A-RISRに所属する三人には一国を魅了させるだけのカリスマ性が備わっていた。特にリーダーの綺羅ツバサの力は絶大と言える。小柄ながらに身のこなしの良いダンス、歌唱力、統率力において、彼女の右に出る者はいないだろう。
ツバサはあらゆる頂点を獲得していた。勉学も運動も趣味も特技も。手に入らないものなど何もなかった。
あらゆるものを手にした彼女にはもはや目標もなく、到達点もない。目の前にある物事は単なる暇つぶしにすぎず、情の
喜びもなく、悲しみもない空虚な心。空っぽの器は常に何かを欲していた。
何かが欲しい。具体性がなく稚拙な物欲。それでも満たされたいと獣のように飢えていた。
しかし、いくら探しても欲しいものは見つからなかった。いくら探しても自分が獲得しているものばかり。
もし、本当に欲しいものがあるとするならば―――それは彼女の知る世界ではなく、彼女の知らない世界にあるのだろう。
「綺羅ツバサさんですよね?」
「貴女は………?」
「私は
「何の用かしら?」
それは誰もが予想すらしなかった発言だった。
「私をA―RISEのメンバーに加えてください。お願いします。」
有象無象。雑多なる世界と思っていた。
だが、この瞬間、綺羅ツバサの世界は一変する。