穂乃果の死により周りの態度にも変化が表れる。
ことりには学園祭前に留学の話が出ていた。
私は彼女の相談に乗り、メンバーにも伝えた方がいい、と提案したが、ことりはかぶりを振った。最終的な判断は穂乃果に相談してからにしたいと言ったのだ。
しかし、その穂乃果ももう居ない。相談する相手が居なくなり、此処に残る理由もなくなったのか留学に向けての準備を整えつつある。
声を掛けても返事は簡素なもので、会話まで成立しない。教室でも一人でいることが多くなった。
凛はいつも通り元気な振る舞いをしているものの、ここ最近は陸上部に顔を出しているという。
もともと運動が得意な凛は陸上競技にも秀でていた。その様子を一度見に行ったことがあるが、流石と言うべきなのだろう。他の陸上部員に劣らない実力を発揮していた。
けれど、走る瞬間、凛の瞳は彼女に不釣り合いな氷河を想像させた。
花陽は最近ではよく「穂むら」で和菓子を買っている。
穂乃果が忘れられないのか、または穂乃果を思い出すのか、その心情は定かではないが彼女の死が原因であるのは間違いないだろう。
以前、「穂むら」で買った和菓子を公園で食べている光景を目にした。後ろ姿しか見えなかったが、彼女の背中は震えていた。
真姫は再びクラス内で孤立し、音楽室に通うようになる。
音楽室前を通ると、彼女のピアノの音が花びらが舞うように流れていく。
真姫が歌う曲の大半は穂乃果のソロ曲だった。やはり、真姫の歌声は美しく、花畑の中にいるようだった。
しかし、ときどきピアノの音と歌声は止まる。気になって、ドアをそっと開けて覗くと、ピアノを弾く手は無気力に垂れ下がっていた。強気な彼女の瞳は弱々しく感じられた。
にこは不登校になりつつある。何故、学校に来ないかと問うと「チビ達の面倒見なきゃいけないから」と答える。
確かに矢澤家の家事は主ににこがこなしていた。忙しいと理由は納得し得るものではある。
それでも、不登校になって良い理由ではない。何より彼女らしくない。
希は校内では気丈に振舞っている。
しかし、巫女のバイトの時の彼女の表情は陰鬱だった。
神社で参拝する姿もよく目にする。その姿は叶う筈のない願いを
絵里は生徒会長だった穂乃果の代わりに再度、生徒会長に就任する。
流石と言うべきか、仕事が早く、穂乃果よりも指示が正確で指導者としてはこの上ない。
けれど、今の彼女はμ’sの絢瀬絵里ではなく、μ'sに入部する前の彼女だった。一滴の温厚さもなく、冷徹さだけが際立っていた。
皆がバラバラになり―――。
解散と公言してないが、実情は似たようなものだった。
練習にくる部員は私だけ。ただ一人、私だけがダンスと歌の練習をしている。閑散とした放課後の屋上には私の声しか響かない。
けれど、私は彼女に手を差しだされた時、誓ったのだ。この世界の誰もが彼女を裏切ったとしても、私だけは裏切らないであげよう、と。
彼女への思いがあるから今もこうして積極的になれるのかもしれない。誓いがなければ私はすぐにでも消えてしまいそうなほど脆弱だ。
身が引きちぎれそうな思いを抱えながら一日一日を過ごす。きっと九人そろっていれば、想いを打ち明けることも、心の枷を外すこともできただろう。
だが、それで今の実態が解決できるはずもない。皆が
誓いは私が背負い、貫き通すしかない。穂乃果の想いを裏切らない為にも。
☆
―――留学を心の底から望んでいた訳ではなかった。
―――私はただ、貴女に引き止めて貰いたかった。
自分の将来の為に留学を志望したのは事実だった。私の好きな服飾で仕事に就けるのなら、これほど喜ばしいことはない。
けれど、何かを得る為には何かを捨てなければならなかった。如何に大切な物だったとしても。
それが友人との別離だった。幼いころから共に過ごしてきた人との別れ―――自分の半身を裂くような痛みを感じた。
この留学は人生を左右する重要な場だ。だが、何かを捨ててまでやりたいものでもなかった。
だから最も親しい人に引き止めて貰いたかった。一緒にいて欲しいと言って貰いたかった。
勿論、そんな願いはもう叶うはずもない。彼女は……穂乃果ちゃんはもう居ない。
「ことり、今日の練習はどうしますか?」
穂乃果ちゃんが居なくなってから、私と海未ちゃんの一日の会話は此処から始まり、此処で終わる。
「ごめん、今日も無理」
「そうですか……」
海未ちゃんは未だにμ'sを存続させようと躍起になっている。みんなバラバラになり、見向きもしないことを自覚しながらも。端から見ても無意味な行いであるのは明白である。
もう、μ'sに未練はない。穂乃果ちゃんが居ないμ'sは抜け殻と言っても良い。穂乃果ちゃんだけが全てだった。
だから―――。
「海未ちゃんじゃ無理だよ」
「………え?」
口にするつもりはなかった。それでも、言わずにはいられなかった。
無意味なことに躍起になる姿が苛立ちを募らせる。そして不思議とその姿が穂乃果ちゃんと重なることが更に私を苛立たせる。
「ごめん」
その場に居るのが気まずくて、逃げるようにその場を去った。
「さようなら」
無意識に出た言葉は―――。
彼女と彼女と共にいた記憶に対しての別れの言葉だった。