太陽は永遠に   作:ウェスト3世

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南ことり

 暗澹(あんたん)とした闇の中。銀色の光がそっと肌に触れる。

 

「ぐ……ぅっ」

 

 次の瞬間、ギリッと鈍い音が部屋に響く。少女の右腕からは鮮血が滴る。

 少女はしばらくは苦痛に歪んだ表情だったが、次第に快楽を得たように微笑む。

 最近すっかり習慣になった行い。刹那的な苦痛に耐えた後の快楽が心地よかった。

 けれど瞳はいつも濡れていた。快楽を得るたびに口元を歪ませることはできるのに、瞳だけは言うことを聞かなかった。

 

「どうして止まらないの……?」

 

 快楽を得た喜びにだけ浸りたい。なのに、別の感情が邪魔をする。

 溢れる想いは頬を伝い零れ落ちる。

 

 

 普段通りの光景。見慣れた光景。だが何処かに暗がりが潜んでいた。

 

「ふぅ。今日の練習も良い感じね。」

「ステップもこのまえよりよくなってるよね」

 

 最近、ことりが今まで以上に笑うようになった。

 元から優しい性格で微笑みを絶やすことない彼女だから皆んなも違和感を感じないのだろう。

 だが、長年の共にした経験が私に警告しているのだ。彼女は危険であると。

 足場のない不安感。彼女の心意は奇妙な笑顔で隠蔽されている。

 思えば、彼女から相談を受けたことは数えるほどしかなかったかもしれない。穂乃果も私も表情に表れやすいのか相談事は絶えることがなかった。

 対してことりは、どんな時でも笑顔だけを浮かべている。辛いことを辛いと言わず、自己処理している。それは一見すると周りに心配を掛けない最適の方法であるのは間違いないが、処理できなかった場合、負の感情は積もるばかりである。

 現に、ことりがその状態であるのは確かだろう。

 

「海未………。」

「分かっています。」

 

 真姫もどうやら気づいているようだった。

 私と真姫は話し合いにより、まずは問い詰めず、見守るよう心がけた。

 しかし、ここ数日で妙な笑みを浮かべるようになってからは、改めて考え直す必要があった。見守るとはいえ、所詮は様子見。悪化した状態での様子見は放置するのと同義である。

 真姫と視線を合わせ互いに頷く。悪化してるのならばやることは一つだ。

 

 

「ことり、この後、お話よろしいでしょうか?」

「え?うん、いいよ。」

 

---

 

 アイドル研究部の部室には私とことりが対面するように座っていた。この構図は刑事と被疑者のようにも見える。

 ことりには話していないが、部室前には真姫が此処を見張っている。部外者の干渉を抑えるという名目の下で見張りを設置したが、μ'sのメンバーにはいずれ打ち明かさなければならない。

 

「率直に言わせてもらいます。ここ最近の貴女はおかしいです。」

「ええ〜、酷いよ海未ちゃん。」

 

 ことりはやはり笑っている。

 

「その笑顔が変だと言っているのです。貴女は心の底から笑っていない。表面だけ笑って何が楽しいのですか。」

「え〜、海未ちゃんの言っていること分からないなぁ」

 

 上手く話をはぐらかされている。もしかしたら真面に会話できる状態じゃないのかもしれない。

 

「だいたい、ことりのどこが変なのかな?いつも通りでしょ?」

「一見すると普通です。現に、他のメンバーはいつも通りだと思っているみたいですから。」

「じゃあ、いつも通りなんだよ。おかしいところなんて一つもない。」

 

 会話していく内に気づいたことがある。彼女の笑顔はあまりに脆弱であるということ。恐らく不意を突かれれば、その笑顔は消失する。

 

「もう良いのではないですか?正直に話してみても。貴女は今までも辛いことを辛いと言わずに我慢してきたのでしょう?」

 

 ことりの肩が震える。

 

「私達は友人なのですからお互いに………。」

 

 彼女の頬にそっと触れようとするが、寸前のところで叩かれる。

 

「触るなっ!」

 

 あまりの拒絶ぶりに驚いた。しかし、それ以上に目を見開いたのが、裾の隙間から見える腕の傷。

 

「ことり!その腕を見せなさい!」

「絶対に嫌だ!」

 

 私に背を向け、飛び退くように去っていく。

 

「あの腕は一体……。」

 

 すると、見張りをしていた真姫が、

 

「海未、どうするの⁉︎ことりが……。」

「ええ、分かっています。ですが、追いかける前にやはりメンバーには打ち明けるべきでしょう。」

「まだ、皆校内に残ってる筈だから、可能だろうけど………。」

 

 まだ、練習を解散してから、それ程時間は経っていない。

 

「ええ。あと理事長も呼びましょう。」

 

 恐らくことりは実の親である理事長に対しても苦境を一切語らないのであれば、理事長はことりの心境を理解していないかもしれない。

 ならば、メンバー同様に話しておく必要がある。

真姫も私の意が伝わったのか、「分かったわ」と頷いた。

 

 

 部室に集ったのは私と真姫を含めた部員七人と理事長だった。

 

「ことり…はいないのかしら?」

「今からそのことりの話をするところです。時間もあまりないので簡潔に話します。」

 

---

 

「つまり、あいつは未だに穂乃果の死を受け入れられていないってこと?」

「恐らく、そうではないかと。」

 

 にこの質問に私は頷いた。

 受け入れられないというよりは最早、執念の領域に踏み込んでいる。私達がある程度受け入れているものを彼女は拒絶している。

 

「かなり危険な状態だと思います。その証拠に腕に傷が見えました。」

「海未ちゃん……それって……。」

 

 花陽が何かに気づいたように反応する。

 

「袖の隙間から見えただけなので断言できませんが、自傷行為によるものだと思います。」

「リストカット…?」

「ええ、恐らく。」

 

 すると凛がリストカットの意味を知らなかったのか首を傾げていた。

 

「ど、どういう意味にゃ……?」

「絵里、説明を。」

「な、なんで私………。ええと、簡単に言うとね、精神的な不況に陥った人が快楽を得るために自傷する行為をリストカットと言うのよ。」

「……え」

 

 絵里の説明を受けた凛は凍りついた表情を浮かべる。

 私は沈黙している理事長の方へ向く。

 

「理事長はことりの異変に気付いていましたか?」

「ええ、最近ことりの様子がおかしいから、どうしたの?大丈夫?と聞いていたのだけれど、今朝方我慢の限界が来たのか黙れと言われて………。」

「こ、ことりちゃんがそんなこと言うなんて…………。」

「お、驚きね。」

 

 希とにこは引き攣ったような表情だった。他の部員もことりの暴言には驚愕を隠せないでいる。

 

「こんな状況で申し訳ないけれど、一つ昔話をして良いかしら?」

「昔話?は、はあ手短にお願いします。」

 

 昔話とはまた唐突な要求だったが、理事長の真剣な眼差しを拒む事ができなかった。

 

「あの子は昔は本当に暗い子だったの。一切笑わず、孤独の中を生きていた。思えばあの頃から辛いとか苦しいだとか本音を打ち明ける事はなかった。」

 

 それがことりの本質ということなのだろうか。だが、私達が知る彼女とはあまりにもかけ離れていて、別人のようだった。

 

「そんなある日、彼女はある少女と出会うことで全てが反転する。今まで以上に笑うようになったし、何より明るくなった。」

 

 理事長の昔話を独断で解釈して良いならば---。

 彼女のモノクロの世界がカラフルに反転した瞬間なのだろう。色鮮やかな世界こそが南ことりを形作っていた。

 だが、どんな世界でも核となるものが消えれば崩壊するのは言うまでもない。彼女の世界はモノクロになりつつあるのだろう。

 

「ことりちゃん………。」

「意外やったね。」

 

 誰もが南ことりを理解できてなかった。いつも表面だけを見つめてその奥を探ろうとはしなかった。

 同様にことりも自分を開示しようとはしなかった。

 私たちの関係は無意識の内に境界線が引かれていたのだ。お互いに越えてはならない壁があった。

 

「確かに意外でした。長年一緒にいながら気づくことができませんでした。けれど知っていることもあります。」

 

 確かに知らないこともあるけれど私は知っているのだ。

 彼女が思い遣りのある女の子であることを。

 

 誰かが怪我をすればすぐに駆けつけることり。

 μ'sの衣装デザインを懸命に考えることり。

 穂乃果の死を誰よりも悲しんだことり。

 

「彼女は誰よりも優しいんです。」

 

 無情であれば、悲しむことも懸命に考えることもない。ただ切り捨てれば良い。

 けれど、彼女はそうはしなかった。何事にも思い遣りがあったのだ。

 

「そうだにゃ。ことりちゃんは優しいお姉ちゃんにゃ!」

「ええ、私たちに必要な存在よ。」

 

 凛と絵里が立ち上がる。他のメンバーも同意なのか首肯する。

 

「探しに行きましょう。ことりを」

 

 

 少女は無我夢中で走り続けた。

 走り続け、辿り着いた場所は殺風景な公園。遊具は古びたブランコしかなかった。

 

「ははっ、何にもないね。」

 

 少女はそのブランコに乗ることにした。

 

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