太陽は永遠に   作:ウェスト3世

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 病院の中は慌ただしかった。手術室周辺を行き来する医者に看護師達。だが、呆然としているのか、私の耳には入って来ない。

 

 何故こんなことになったのだろう。

 

 ここに来るまでの間、何度も反芻した言葉。自問し、答えを探るが、まるで解らない。

 

 周辺は一層騒々しくなった気がした。その証拠に、視界に映る景色が変化する。

 

「海未ちゃん!」

 

 そこに居たのはμ'sのメンバーと理事長だった。

 

「ことりちゃんはどうなんや!?」

「ことりは大丈夫なの!?」

「分かりません。結果は手術が終わってからでは無いと何とも。」

 

 手術が成功しようがしなかろうが、損失は大きい。彼女と今まで通りに接することは不可能だろう。更に言えば スクールアイドルを続けることも困難になるかもしれない。

 言わずとも、メンバーはそれを理解している。これからは先の見えない道を歩いていかなければならないことを。

 この状況を理事長はどう見ているのだろうか。娘が精神と身体両方に傷を負っている。私は親では無いので、そこまで理解できない。

 

 理事長は私達の方を向き、頭を下げる。

 

「皆、娘のために御免なさいね。」

「そんな………。御免など…。」

「そうです。これは私たちの問題でもあります。」

 

 私と絵里が理事長を宥めるが、理事長は一向に頭を上げようとしなかった。

 本来ならば、彼女が泣き崩れても誰も文句は言わない。

 

「迷惑をかけて御免なさい。けれど、あの子には貴女達が必要だと思うの。あの子の友達のままでいて欲しい。貴女達が居なければ、あの子は一人だから。」

 

 理事長としてではなく、母としての願いだった。こんなに頭を下げる理事長を初めて見る。普段の落ち着いた印象がまるで嘘のようだった。本来、理事長という立場上、どの生徒にも公平に接しなければならない。

 だが、理事長である前に彼女は一人の母親でもある。娘の幸福を願うのは至極当然のことだ。

 

「安心してください。私達はずっと友達ですから」

 

 自分に言い聞かせるようにして発言する。

 

『私達、結局バラバラになっちゃったね。』

 

 ことりの言葉が悪魔のように響いていた。どんなに友達であろうとしても、すれ違うだけの関係なのではないか?そんな不安に胸が潰されそうだった。

 

 

---

 

 暫くしてから、担当医が現れる。緊急事態であるにも拘らず落ち着いた物腰である。

 

「南ことりさんのご家族の方と友人の方々でよろしいでしょうか。」

「……はい。」

「一通りの処置を施しました。命に別状はありません。」

「……そう、ですか。良かった。」

 

 理事長は安心しているようにも見えたが、懸念の色が隠せていない。命が助かったという安堵に対して先の知れない不安が押し寄せる。

 

「ですが、頭を打った所為でしょう。記憶に障害が生じる可能性があります。」

「……え……」

「外傷は大したものではなく、寧ろ不安なのが脳の方です。

 また、事故以前に、リストカットの痕跡があることから、精神的にも不安定なことがわかる。その辺は精神科医の診断も必要でしょう。

 結論的に頭の打撃と精神的ダメージが二重苦となって記憶障害は免れないでしょう。」

「そんな………。」

 

 理事長は不意に涙を流す。

 私はただ呆然とした。今までの見てきた光景に亀裂が入る。

 穂乃果とことりと手を繋いだ記憶がある。しかし、私の掌には二人の体温はない。二人が「海未ちゃん」と微笑むことはもうない。

 

「ずるいですよ。二人とも私を残して、どこ行くんですか………。」

「……海未。」

 

 絵里が気遣うようにこちらを見ていたが、それに応える気力はなかった。

 

『私たち三人、ずっと一緒だよ』

 

 ああ、あの言葉は何だったのだろう。

 全部嘘ではないか。どんな幻想でも信じていれば本物になると思っていた。

 なんて馬鹿なのだろう。ただの口約束ではないか。そんな口約束を何年も信じている自分がいかに稚拙だったか。

 いっその事、妄言だと切り捨てていれば、こんな思いをせずに済んだのに。

 

「……最低です。」

 

 

 

 翌朝。

 目覚まし時計が鳴り響く。体が鉄を纏ってるかのように重く、体を起こすだけで一苦労だった。

 朝食も思うように進まなかった。咀嚼しても上手く飲み込めない。

 ただ、何もしたくなかった。このまま寝ていたかった。目を閉じていれば、現実を見ないで済むのだから。

 行ってきますの声も小さく、通学路に立つものの、学校へ行く気力がない。普段なら体調が悪かろうと意地になるのだが、それすら起きない状態である。

 ならば通学路と反対方向を歩いて行こう。ひたすら通学路を避けてたどり着いた場所昨夜いた病院だった。

 本来ならば病院にも向かいたくなかったが、無意識に病院の受付へと向かう。

 面会が拒否される可能性もあったが、深く干渉しない限りは大丈夫なようだ。

 ゆっくりと目的の病室に行く。近づいてゆく度に心音が強く鳴る。

 「南ことり様」と表記された病室。この先に彼女がいる。

 

 ノックをかけると「はい、どうぞ」と、明るい声が聞こえてくる。

 間違いなくことりの声だ。しかし、何故明るく返事ができるのだろう。彼女は昨日泣いていたのだ。心が壊れてる彼女に明るく返事をするだけの気力があるように思えない。

 息を潜め、そっとドアノブに触れる。

 

「失礼します。」

 

 ドアを開けると、その少女は外の景色を眺めていた。

 そして暫くしてから私の方に振り向く。それからにっこりと微笑む。

 

「貴女、お名前は?」

 

 予め理解していたことだった。けれど、現実から目を逸らしたかった。

 どれほどの年月を共に過ごしていても、人と人の繋がりは脆弱であるのだと、思い知らされた。

 

「園田……海未と申します。」

 

 きっと私の声は震えていたかもしれない。己のの情を押し殺すように、腹の底から振り絞るようにして声を出した。

 

「そっか。海未ちゃんて言うんだね。よろしくね。」

 

 ことりは朗らかに微笑む。思えば、ことりの笑顔を久々に見たかもしれない。

 

「体調の方は大丈夫なのですか?」

「うーんと、ところどころ、痛むけど大事にはならないみたいだから。大丈夫だよ。」

「そうですか」

 

 医師の話でも外傷は大したことないと言う話だった。本人も大丈夫と言っているのであれば、問題はないのだろう。

 

「もしかしてだけど、海未ちゃんは私の知り合い、なのかな?」

「え?」

「私ね、昨日までの記憶がなくて。でも、海未ちゃんがこうしてお見舞いに来るってことは、私のこと知っているからだと思って。」

「ああ、なるほど。」

 

 やはり記憶を失っていても、元来持っている聡明さは健在のようだ。

 

「あの……。」

 

 不意に逡巡が走る。

 今の彼女に「私達」のことを教えるべきか否か。今すぐに話す必要はないが、彼女の為にも考慮すべきだろう。

 

「っくしゅ!……なんか寒くなってきたね。」

「ちゃんと上着を羽織ってください。もう冬なんですから。」

「うん。ありがとう」

 

 そういえば幼い時、ことりが風邪をひいた時もこうして看病をした記憶がある。こんな機会が再びやって来るとは思ってもみなかった。

 それが少しだけ可笑しかった。状況は至って変わらず、最悪なままだ。だが、あの時あの光景と重なったことが妙な高揚を駆り立てる。

 

「海未ちゃん、ようやく笑ったね。」

「はい?」

「ようやく笑ったね、って言ったんだよ。さっきまで怖い顔してたから。」

「……そう、ですか?」

 

 思えば、張り詰めた状態だったのは確かだ。それが自然と表情に出てしまったのなら、彼女の言うとおりなのだろう。

 いずれにせよ、病人の彼女に気を遣わせるわけにはいかない。

 

「ふふっ。なら、ことりと会って頬が緩んだのかもしれません。」

「そっか。そうなんだね。」

 

 そんなやり取りをしてる中、外が慌ただしかった。

 

「ことりちゃん!」

「あ、あの院内ではお静かに!」

 

 勢いよく扉の前に現れたのは病院内を駆け回ったと思しき少女とそれを阻止する看護師だ。

 看護師は一通りの注意をして、退室する。

 

「緊急事態なんだからこれくらい勘弁して欲しいよねっ!」

 

 不満を吐露しながら視線をこちらに向ける。

 

「えっ、海未ちゃんも居るの?」

「それはこちらの台詞です。何故、貴女がここに居るのです?琴音。」

 

 目の前にいる少女は天城琴音。穂乃果と瓜二つの容姿を持つ。異なる点は長髪であること、何よりμ'sを批判的に見ていることである。

 穂乃果はアイドル活動に必要なのは仲間と過ごす過程であると説いた。琴音は実力こそが尊ばれるべきと述べた。外見がいくら似ていても彼女は別人なのだ。

 

「あの、貴女のお名前は?」

 

 ことりは琴音落ち着きない態度に戸惑いながらも琴音に質問する。

 

「あっ、私、天城琴音っていうんだ。よろしくね、ことりちゃん!」

 

 ことりは琴音を凝視していたが、やがて「よろしく」と微笑んだ。

 

 お互いの自己紹介を終えてからは他愛もない話が続いた。主に私達についての話だ。普段の学校生活と家での過ごし方、趣味など、ことりはその全てに目を輝かせていた。だが、私も琴音も穂乃果の話には触れなかった。

 

 それでも、この時間は楽しかった。μ's内での会話、家族との会話があるが、いずれも該当しない。

 強いて挙げるならば、穂乃果とことりと会話しているようだった。何気ないことを語り合うということは容易いことではない。

 ああ、いつ以来だろう。ずっと当たり前だったことが今は当たり前でないのだ。あの頃の三人は二度と帰っては来ない。

 

「とりあえず、今日のところはここでお暇させて頂きます。」

「じゃあね〜、ことりちゃん」

 

すると、先程まで朗らかなことりの表情は一変する。

 

「あのね、一つだけ言いたいことがあるの。」

「言いたいこと?」

 

 目を逸らしてはいけないことなのだろう。私は耳を傾けることにした。

 

「貴女達と居ると楽しいし、なんでだろう、懐かしく感じる。でもね…。」

 

 ことりは胸を抑えながら吐露する。

 

「貴女達を見ていると、悲しくなってくるの。何でか分からないけど涙が溢れて………。」

 

 今にも溢れ落ちそうな程に涙が溜まっていた。そうして私は理解する。ことりは記憶を失ってもなお、胸の傷に苛まれているのだと。

 記憶を失えば良い記憶も忘却してしまうが悪い記憶も末梢してくれると、何処かで勘違いしていたのだ。

 一度ついた心の傷は容易に拭えるものではない。

 

「ごめんなさい。ことり。また来ますね。」

 

 目を逸らしてはいけないと、思いながらも耐え難い現実がそこにあった。彼女の嗚咽を耳にしながら、病室の戸をそっと閉めた。

 

 そうして私と琴音の二人きりとなった。

 ふと、琴音の様子を見ると、どうもおかしい。肩を震わせながら拳を強く握っていた。

 

「琴音?」

 

 私の声に反応し、此方に振り向く。

 すると彼女の目尻に浮かんだ雫がふわりと散った。それが何であるのかは言うまでもない。

 

「何故、貴女がそのような顔をするのですか。」

 

 理解できなかった。彼女はμ'sに敵対心を持ち同情の気持ちなど無い筈だ。ならば、何故と、疑問を抱く。

 

「何でもないよ。貴女達には同情しない。私はA-RISE。貴女達の敵だよ。」

「言葉と行動が一致してませんよ。」

「うるさいっ!本当はどうにかしたいけどっ!それができないんだから仕方ないじゃないっ!」

「……何を言って……」

 

 私が言うよりも早く、琴音は私の前から去っていく。

 だが、僅かに此方を一瞥する。

 

「………っ!?」

 

 一瞥した時の表情に私は息を呑む。

 彼女は憂いの表情を浮かべていた。

 

 あの表情は穂乃果の憂い顔と酷似していた。

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