太陽は永遠に   作:ウェスト3世

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背負う者

 放課後の教室には昼間とは異なった風情がある。昼間の教室が活気があり、極彩色のように華やかだった。

 対して、放課後の教室は静寂だ。私はこの静けさが好きだ。元々静かに本を読むのが好きだから、というのもあるのだろう。落ち着いていられる環境が心地良い。

 だが、どういうわけか今はこの静けさが私を不安にさせる。

 

 窓硝子には夕暮れ光が射す。その光は真っ直ぐ穂乃果へと注がれていた。

 

「ねぇ、海未ちゃんの目に私はどう映ってる?」

 

 光と重なった穂乃果の姿は異様なまでに輝いていた。彼女の心意が体現した姿なのだろう。これ程までに美しい光景を私は知らない。

 

「そうですね。ずっとずっと私の太陽です。」

 

 今までもこれからも。

 私はこの光と共にありたかった。

 

「ふふっ。皆んなそう言う。皆んなそう言って勘違いしてる。本当は違うのに。本当は………。」

 

 その先の言葉を聞き取ることができない。

 何故、太陽を否定するのだろう。太陽みたいだと言われて卑下する人間がいるだろうか。これ程までに慕われる存在は稀少である。

 

 ならば何故、貴女は悲しそうに笑うの?

 

 

 昨日は理由もなく休んだので、今日は出席しなければならない。

 正直なところ、今日も学校には行きたくはない。学校に行くのも、ただ学生の本分、義務感に囚われているだけだ。行ったところで意味などない。

 だが、長年積み上げてきた優等生としての園田海未がそれを許そうとはしなかった。今まで積み上げてきた「私」の努力を無駄にする気か?と。

 

「無駄…ですか。」

 

 自嘲の笑みを浮かべる。無駄と言うならば、全ての努力が徒労になったのではないかとさえ思う。

 ようやく穂乃果の死から立ち上がれたと思えば、ことりの記憶喪失。足掻いても足掻いても零落と失墜は免れないと告げられているようだった。

 

 隣に穂乃果とことりはいない。

 ふと、私の横に仲良しの女の子3人組が素通りする。きらきらと輝いていて眩しかった。

 手を伸ばしてみる。だが、光は遠ざかっていくばかりだ。あんなに身近にあったものが今は果てしなく遠い。

 

 凍えるような風が頬を撫でる。すっかり冬になったことを自覚する。

 

「寒いですね………。」

 

 冬の寒さに震える。気怠さを堪えながら歩こうとした時だった。

 何かが胸からせり上がり、咳き込む。それを手で抑える。

 

「……え……。」

 

 それが何であったか一瞬理解できなかった。思考が追いついていないという方が正しいのかもしれない。心臓の鼓動が早い。

 現状をありのままに述べると、手に付着したものは血だ。口から垂れているものも恐らくそうなのだろう。

 

「なん……で」

 

 呆然としたまま、ハンカチで血を拭き取る。以降、咳は治まったようだが、冷静さを欠くに足る出来事だった。

 

 

 いつもより遅れて練習に入る。周りの視線が私に集まる。

 私に向けられた注目は何があったのかを問うような視線。絵里がそれをいち早く察知した。

 

「海未、体調は大丈夫なの?」

「ええ、安心してください。昨日は体調不良で休んだわけではないので。ご迷惑をおかけしました。」

 

 絵里はそれ以上聞いてこようとはしない。だが、空気は先ほどと変わらない。

 薄く溜息をつく。

 

「すみません。昨日はことりの見舞いに行きました。本当はもう少し時間を置いてから行くべきだったのですが…。」

「それで、ことりは大丈夫だったの?」

 

 質問してきたのは真姫だった。強気な態度が見えたが瞳はいつになく弱々しい。

 

「大丈夫…と言われるとなんとも言えません。ですが、恐らく大丈夫ではないのでしょう。」

「どういうことにゃ?」

 

 凛が首を傾げる動作をする。

 

「最初の様子を見た時は大丈夫だと思っていたのです。記憶を失ってるものの、先日まででは考えられない程、明るい表情でしたから。」

 

 そこで、希がある程度理解をしたのか、首を縦に振る。

 

「けど、蓋を開けてみれば、そうではなかった……ってことやんな。」

「はい。私の顔を見ると辛いと泣いていました。」

 

 思わず拳を握り、唇を噛む。思い出す度に軋むような音がする。

 

「ことりちゃんの傷は私が思ってるよりも深かったんだね。」

 

 花陽が顔を俯かせながら呟いた。

 いつでも笑うことり。繊細で傷つきやすく、脆く儚い。どんなに傷ついても貴女は笑っていた。

 私は思うのだ。それはきっと誰よりも優しいからなのだと。同時に誰よりも脆弱であると。

 それが間違いなのかと問われれば、そうではない。むしろ、優しさは誇るべきものである。誰に対しても、何時も微笑むことができる人間なんて、この世界にどれだけいるのか分からないのだから。

 ならば、間違っているのは何であるのか。それは人ではない。世界そのものではないだろうか。穂乃果の夢も、ことりの優しさも世界は裏切るように切り捨てていく。

 人は世界に従順なため、ただ受け入れるしかない。悪を強いられれば悪に目覚め、死の宣告を受ければ、命を閉ざすだけだ。

 

 私は世界に何度も叫んだ。穂乃果とことりを返してくれ、と。あの頃の私達を返して欲しい、と。当然のことながら、あの頃は帰ってこない。

 

「でも、穂乃果とことりがいなくても練習は続けるわよ。」

 

 そう言い出したのは絵里だった。

 

「海未、貴女が再度μ'sを集結させた。なら、貴女が私達を引張ていく責任があるわ。」

「え、絵里。」

「絵里の言う通りね。私達はあんたに呼ばれて集まったんだから。」

 

絵里に続き、にこが賛同する。先ほどまでとは視線が違う。

 

「やめてください。責任を背負うほどの覚悟なんて今の私にはありません。」

 

 これ以上、傷口を抉るようなことはしたくない。7人しか居ないμ's。そしてそれを背負ってゆく責任。先の見えぬ絶望感が身を襲う。

 

「い、いくらなんでも海未ちゃんだけに背負わせるのは………。」

「か、かよちんの言う通りにゃ。」

 

 同情するように乗り出したのは花陽と凛だった。絵里は二人の意見を良しとはしなかった。

 

「勿論。海未だけに背負わせない。私も最後まで全力でやり通すわ。」

「待ってよ。エリーは何でそこまで………。別に今まで通りにすれば…。」

「真姫、それは駄目よ。穂乃果の死に引き続いて、ことりの記憶喪失。お世辞にもグループが団結しているとは思えない。けれど、そんなμ'sを誰かが引っ張らなきゃいけない。」

 

 つまり、誰かが道標にならなければならないということなのだろう。

 組織とは誰かが上に立ち、道標とならなければならない。そこには不和が生じ、差別も少なからずある。

 だからこそ、組織という形態は保たれていく。不和や差別が生じながらも道標があり、目指すものがあれば糧となる。

 だが、道標もない者が行き着く先はきっと底の見えぬ沼なのだろう。どこまでも堕ちてゆくのはもはや自明である。

 

「なるほど。誰かが引っ張らなければ組織は勤まらない。」

「そう。それはアイドルグループと雖も同様のことが言える。聡明な貴女なら理解できるでしょう?」

「道理ですね。道標無き道ほど無意味なものは無い。ですが何故、私が………。そんなに言うのであれば絵里がやれば良いじゃないですか。」

 

 何も私に押し付ける必要は無い。寧ろ生徒会長を務める絵里の方が適任であるほどだ。

 

「これが一年前であれば引き受けても良かったわ。でも今は将来を決める重要な時期。それは希もにこも同じよ。その大役を引き受けるわけにはいかないわ。」

「……そ、それは」

 

 言われて気づく。三年生は当然ながら受験生でもある。練習と勉強の両立の上にリーダーを務めるのは酷な話かもしれない。

 

「それでも、でも、私は……。」

 

 歯を食い縛り、俯く。

 すると、今までじっと話を聞いていた希が前へ出る。

 

「まぁ、海未ちゃんも弓道部と習い事で忙しいという点ではうちら受験生とそう変わらんね。」

「希?」

「けど、うちらが言いたいのはそういうことじゃない。」

「どういうことですか?」

「海未ちゃんが昨日休んでいた時にな、皆でリーダーは誰が良いか話し合ってたんよ。一年生に任せるにも荷が重いだろうし、うちら三年生は受験生。ってなった時に二年生である海未ちゃんが妥当ってなったんや。」

「消去法で決めたんですか?」

「まぁ、今のは世間的な理由やね。どの部活でも部長の決め方は大体こんなものやろ。でも理由は他にもある。」

 

 希の瞳はこれまでにないほど鋭く、刃を連想させる。

 

 次の瞬間叩かれたと気づくのに数秒の時間を要した。

 

「……何…するんですか。」

「逃げようとしたやろ。」

「なんのことですか。」

「全てのことからや。」

「……逃げることが悪いことなのですか?」

 

 誰かを殺したわけでも陥し入れて傷付けた訳ではないのだ。悪になる道理がない。

 

「確かに悪ではないなぁ。逃げることなら誰でもあることやしな。でも逃げても何もないと知りながら、逃げるのは愚行や。」

「……っ!だったら何だと言うのですか。あなた方が想像する園田海未を、今の私に押し付けないでください!私は弱いんですよ!大切な幼馴染二人が苦しんでいる時に何もできなかった。何もしてあげられなかった!私が気丈にしてられたのは二人の存在あってこそです!今の私にはもう…!」

 

 再び叩かれる。

 頬から伝う衝撃。だが、物理的な痛みよりもまず、心が痛かった。

 

「何もできなかったのは私達も一緒よ。穂乃果の時も、今回のことりの件も私達は何もできなかった。自分だけのせいだなんて自惚れるのも大概にしなさい。」

「…にこ…。」

「一回しか言わないからよく聞きなさいよ。

私達は一度、バラバラになった。その時にあんたが必死になって私達を再びμ'sにしてくれた。照れ臭いから言わなかったけど感謝してるのよ。」

 

「……え…」

 

 感謝?

 何故と自身の心中に問う。だが、答えは私の中にはない。代わりに皆が表情で語ってくれた。

 

「海未ちゃん、花陽からも言うね。私は穂乃果ちゃんのお陰でアイドルとしての自分に勇気を持てた。でもね、μ'sとして再び頑張ろうと思えたのは他でもない、海未ちゃんのお陰。」

「まぁ、私も似たようなものね。貴女のお陰でもう一度、この道を歩むことができた。」

「凛も!」

「花陽、真姫、凛…。」

 

 私はただ穂乃果に笑って欲しかっただけ。別に感謝される道理などない。

 

「知ってるわよ。貴女が穂乃果に喜んで欲しくて必死だったことは。」

「…絵里」

「でも、私達はまた前を見ることができたの。貴女の手によって。」

「そんな必死な海未ちゃんだからこそ、私達をまた導いて欲しいんよ。」

 

 希が手を差し伸ばす。

 

「本当に…馬鹿ですね。」

 

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