天城琴音という少女には、これといった特徴がない。自分の意志がなく、心の中は常に無だった。誰もが所有している「自己」を見出せないのだ。
誰かの影に潜むようにして過ごす日々。影から日向をずっと見ていた。けれど、私には眩しく目を逸らしたい程だった。
バレー優勝、絵画金賞といった実績的なものから優しさ、明るさ、積極さなどの性格的なもの。どれもが色鮮やかだった。
何でこの人達はこんなにも輝いているのだろうか。彼らは輝きを当たり前のものだと受け流し、尊ぶことはない。
常に無口で意欲も何もない。無で形成された私には彼らが理解できない。
そんな私にも一つだけ得意としていたのは歌だった。とはいえ、人並み以上に歌えるというだけであり、突出して上手なわけではない。
音楽の先生曰く、音程は合っているけれど、心がこもっていないらしい。
成長する度に広がる無。それは既に見慣れた光景であり特に何を感じることもない。
でも、それはきっと私の心が枯れているからなのかもしれない。壊れているから、悲しむことも嘆くこともない。
だからこそ、「彼女」との出会いは鮮烈だったのだ。
☆
そこはまるで幻想のような世界だった。
雲一つない群青色の空に、一面に咲く花々。四季を無視した穏やかな気候。
此処は何処なのだろう、と目を擦る。私の知る街ではない。それどころか、此処は地球に存在する場所なのかも疑わしい。
ならば、私が見ているこの光景はきっと夢なのだろう。暫く目を閉じていれば夢から醒めるに違いない、そう思い、瞼をゆっくり閉じた。
だが一向に眠れない。というのも、先程からソプラノの美声が響くのだ。夢から醒めたいと思うのと同時に、この美声の正体が知りたい。
衝動に駆られ、ただひたすらに歩き続ける。美声が轟く方角へずんずん歩いて行く。
そうして、ようやく声主を見つける。
なんとも驚くことに私と瓜二つの顔。外見で異なるのは髪の長さぐらいなのではないだろうか。私よりも彼女の髪は短い。
だが、どれほど似ていても私達は明確に別人だった。
私は衝撃を受けた。何故、そんなにも悲しそうに微笑むのか。それでいて意志のある瞳。今まで見てきたことのない表情だった。
「貴女は…誰…?」
思わず声を漏らす。すると、少女は真っ直ぐ私を見据えて答えてくる。
「私は高坂穂乃果。貴女は?」
「天城琴音…。」
「琴音ちゃんか。よろしくね。」
穂乃果という少女が手を差し出し、私は躊躇いながらも握ろうとする。
しかし、彼女の腕はすり抜けて握ることができない。
「やっぱり無理か……えへへ。」
「どういうことですか……?」
すると、少女は私から目を逸らし事実を淡々と述べる。
「私はもうこの世には存在しない人間だから当然だよね。」
「……え?」
「でも貴女はまだこの世に命を留めている。私と貴女が触れられないのは、それが理由。」
状況が理解できない。この空間にいる時点で、信じ難い事象が繰り広げられているのは確かだが目の前に立つ少女はさらに不可解だ。
「信じられないよね。こんなこと突然言われても………。でもね、私はまだ諦めきれない。最後にどうしても見届けたいから。」
「見届ける?何を?」
「一緒に来れば分かるよ。そのために貴女に力を貸して欲しい。」
要領を得ない。彼女が何を求め、何を目指しているのか分からない。
それでも惹かれるものがあった。私にはない強い瞳が私の胸を熱くする。私のように枯れた瞳ではなく、生に縋る瞳。その瞳に映る景色はきっと私の知らない世界なのだろう。
私は生きているけれど心が死んでいる。
彼女は死んでいるけれど、誰よりも生きたいと願っている。
私が初めて欲しいと思ったもの。
それは彼女が見る世界だった。
☆
「私は貴女。」
「貴女は私。」
私達はお互いを埋め合わせるようにして、今、存在している。
ほんの一時的な契約。それでも私達はお互いを必要とした。