真姫の家に着いたのは辺りが暗くなってからだった。琴音との会話が長引いたせいで予定よりも二時間以上遅れた。
ブザーを押して玄関から現れたのは真姫と絵里だった。
「海未、遅刻よ。」
「はい、すみません。随分と話が長引いてしまって。」
「まぁ、花陽から少しだけ事情を聞いたから大丈夫よ。あの娘に会ってきたみたいね。」
「ええ。私に用があるということで断ることもできず………。」
「そうだったのね。ま、いいわ。奥の部屋に皆集まってるから行くわよ。」
「はい。」
今、伝えたのは琴音に会ったという事実のみ。琴音と会ってからの会話等は一切説明していない。別に説明する必要もないのだろうが、彼女の様子は異常であるが故に妙な不安を駆り立てる。
彼女は自分を天城琴音と断言していたが、果たしてそれは正しいのか。別の誰かが居座っているのではないかとさえ疑ってしまう。
とは言え、それはそれで非現実的だ。この世界の事象は全て現実的な物として起こる。非現実的な考えなど以ての外だ。
結局どんなに考えても「天城琴音は何者か」という最初の疑問に至る。答えのない世界を彷徨っているようだった。
真姫の部屋に入ると予選のステージで着る衣装が並んでいた。冬ということもあり、イメージカラーは白を基準に作成されている。
「良い衣装ですね。今回の曲にも合うと思います。」
「ふぅ、良かったわ。間に合わないんじゃないかって思ったんだから。」
疲れ切った表情でにこは衣装を見つめていた。
「お疲れ様です。にこ。随分と大変だったようですが……。」
「まぁね。とは言っても私は絵里と協力してやったからマシな方よ。ことりはこれを一から全て設計したんだもの。ことりには感謝しなきゃね。」
「ええ、そうですね。」
μ'sは現在七人しか居ない上に、リーダーも私に一任されたが、人気は上昇傾向にある。
一時は急激に下がり、底を見たような気持ちに苛まれたが、再び私達は歩き出した。
私達が歩いて行く道は希望なのか、果てのない絶望なのかは分からない。たとえ絶望であったとしても、この歩みは止まることはない。
「さて、海未。作った歌詞を見せてもらえないかしら。」
「ええ。二曲あるのですが、好きな方を作曲してください。」
そう言い、歌詞のリストを真姫に手渡す。
「二曲って……。よく短い時間に思いついたわね。えーと、一つ目が『Snow halation』、もう一曲は……って曲名決めてないの?」
「もう一曲は悩んでいたら結局思いつかなかったので、曲名は真姫に決めてもらおうかと。」
「できれば曲名は決めて貰いたかったけど、いいわ。」
真姫は歌詞を読み進めていく。
「どうですか?」
「両方とも良いけど…。個人的には二つ目の曲かしら。」
「では、そちらの方で作曲をお願いします。」
「ええ、任せて。」
個人的には私も二曲目の歌詞の方が私達の現状に該当した歌詞だと思う。
躊躇い戸惑い、そして決められない。元々、恋愛ソングのつもりで書いたが、躊躇し、彷徨う姿が今の私達と重なる。
先の見えない道はどうしようもなく不安を感じるが、安堵に満ちた世界など存在しない。人は常に不安を胸に宿し、道を切り開いている。
仮に、懸念のない世界が存在したとする。確かに苦痛はないかもしれないが、幸福とも言い難い。そんな偽満は不要だ。その先が絶望であったとしても私は、私達はこの道を歩んでいく。
絶望を超えた果てに何かがあると信じて。
☆
翌日。
昨日に琴音に頼まれていた歌詞を手渡すために彼女が通うUTX学園前にて待ち伏せする。
登校時間ということもあり、UTXの生徒で溢れている。私だけ別校なため、肩身が狭い。
さらに居心地が悪いのはUTX生徒の視線の的になっていることだ。元々、人が大勢いる所は苦手なのでこの状況は耐え難い。
それにしても、私が注目を浴びるのは何故だろうか。UTX生が大勢いる中、私だけ音ノ木生だから、というわけでもなさそうだ。
彼女達の爛々とした瞳を見るに、こちらに何かを期待しているようにも見える。
暫く彼女達の様子を黙視するのもいいが、少々焦れったい。私から声を掛けることにする。
「あの、何か?」
するとUTX生達は「キャーッ」と騒ぎ出す。
「じ、実は私…園田さんのファンで…。」
「私も海未さんのことが………。」
「私も………。」
「……へ?」
思わず素っ頓狂な声が出る。状況の理解が出来ていないせいか、脳内が混乱に陥っている。
「え、えとファン…ですか。」
「はい。」
「でも貴女達は学園の生徒ですからA-RISEのファンではないのですか?」
「うーん……。確かに自分の学校のアイドルを応援したい気持ちは当然ありますけど、好きとはまた別です。こんなこと大きな声では言えないですけど、今、μ'sはA-RISEと同等の人気を誇っているんです。UTX内でもμ'sファンが増えてるんです。」
「そ、そうなのですか。それは知りませんでした。」
確かにUTX生だからと言ってA-RISEのファンでなければならない義務はない。
しかし、μ'sの人気がUTX内部にも影響するほど上昇していたとは予想外だった。
μ'sの話をしている間に通りすがる影があった。
「まぁ、A-RISEもまだまだ負けてないけどね〜」
その声は私が良く知る人物である。
「琴音………。」
「あっ、こ、ここ琴音様!違います!決して裏切ったわけとかじゃなくて!」
「そ、そっそうです。A-RISEも好きなんですから!」
まさか琴音に聞かれてるなんて思ってなかったのだろう。彼女達は激しく狼狽する。
「うんうん。でも私は海未ちゃんとお話がしたいから少し外してもらえないかな?」
「はい、速やかに退散するので、どうぞ、ごゆっくり!」
UTX生達は言葉通り、速やかに校内へ駆け込む。
「相変わらず、A-RISEのカリスマ性には驚かされますね。彼女達の動揺ぶりは尋常じゃないですよ。」
「別に大したことはしてないよ?やってること自体は海未ちゃんと同じなんだから。」
琴音はため息混じりに話す。確かに毎度のように大きな反応をされては対応も疲労も増すだろう。
「で、ここに来るということは歌詞が完成したってことで良いのかな?」
「ええ。貴女の期待に添えるものか分かりませんが……。」
琴音に歌詞を書いた紙を手渡す。琴音は歌詞を一通り読み進めてから私を見る。
冷たい風が頬を撫でる。
「悲しい歌詞だね。」
「一見するとそうでしょうね。」
「…どういうこと?」
今回、琴音に提供した曲はμ'sの新曲同様にラブソングを土台にしている。苦境の最中を描いている部分も似通っているだろう。
だが、μ'sの新曲とはまた別種の味付けを施した。
「苦しみ、悲しみながらも抗う姿を歌詞に込めました。」
「苦しみながらも、抗う………。」
私の言葉を反芻する琴音の瞳は遠くを見ていた。その瞳に何が映っているかは知らない。けれど、瞳が潤んでいるように見えた。暫くしてから私の方に向き直る。
「まるで私達のようだね。」
ああ、確かに私は苦しみ足掻いた。絶望し、胸が張り裂けるような思いを何度したことだろう。現実から目を逸らしたのも一度や二度ではない。
それでも、私はこの現実を直視することにした。今でも胸は痛むけど、この痛みを抱えながらも前を進むことを選んだ。
しかし、腑に落ちない点がある。
―――私たちのようだね。
これは誰に向けた言葉なのだろう。それでも何か言わないといけないと思った。
「ええ、そうかもしれませんね……、」
昨日、抱いた疑問。それを知るべく、この名を口にする。
「穂乃果………。」
「……え」
そういえば今日は一段と寒い。天気予報でも充分温かくするよう促していた。
冬が幕をあける。