太陽は永遠に   作:ウェスト3世

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悲痛

 先が暗澹なのは目に見えている。

 一縷の希望すらないのに、貴女の瞳は燦々としていた。

 痛みがない筈がない。涙が溢れる程辛い筈だ。それでも悲しいほど強い貴女の姿に私は震えた。

 

 

 再び部室の扉を開ける。

 もう覚悟は決めている。それが例え絶望であっても後悔だけはしたくなかった。この道を最後まで歩き続ける。

 

 扉を開けると皆、目を見開いて私を凝視する。

 

「海未……。貴女…。」

「皆さん、揃いも揃って辛気臭いですね。本戦も間近で時間もないんですよ。そんな顔してる暇はありませんよ。」

 

 すると、怒気と哀切を孕んだ声が耳に響く。

 

「時間がないのは貴女の方でしょう」

「……絵里」

「此処に来たということは…貴女は」

「ええ。言われずとも分かっていますよ。私は覚悟してこの場に立っているんです。」

 

 刻々と身を蝕むように絶望が迫る。未だに漆黒の靄は消えてはくれない。きっとこの先に待ち受けているものは綺麗なものでないのかもしれない。

 

 ならば、何故私は立っていられるのだろう。この先、絶望しかないのならば、悲観的に挫けても良い。過去の私ならば確実に挫折していただろう。

 

 けれど―――。

 

 最後までスクールアイドルを続けたいと願う少女がいた。

 無情に余命の指針が鳴り響くというのに、全てが尽きる瞬間まで少女は笑っていた。

 

 私はきっと貴女のように強くはないけれど、強くありたいと思った。

 

 彼女の姿を思い出す度に、固まっていた四肢に力が入る。病床に伏す暇などないのだ。

 

「私は最後までスクールアイドルを続けます。誰に何と言われようと決めたことなのです。」

 悲しいほど強い貴女に惹かれて、私はまた立ち上がる。

 

 ―――

 

 蜩の切ない鳴き声が響く中、その少女は未だ練習を続けている。

 校舎には私以外誰一人残っていない。昼間とは打って変わり、しんみりとした情景が広がっていた。

 

「穂乃果。練習はもう終わりました。休んでください。」

 

 だが、彼女が練習を止める気配は全くない。聴こえていなかったのだろうかと思い、もう一度声をかける。

 

「穂乃果!休んでください!」

 

 チラリと視線がこちらに向くが、彼女のステップは止まらない。

 どうも様子がおかしいと思い、そばまで駆け寄る。

 

「穂乃果、聴こえていますか?」

 

 少々強引だが、彼女の手首を掴み、強制的に練習を中断させる。

 俯いているため、表情が読み取れない。

 

「……離してよ、海未ちゃん。」

 

 その声は弱々しくはあるが憤怒にも似た情が籠っていた。彼女が駄々をこねるのは良くあることだが、業を煮やすのは珍しい。

 

「貴女らしくありませんね。過度な練習は禁物です。ここ最近貴女の調子が悪そうだから、今日は早上がりにしたというのに、これでは本末転倒です。」

 

 彼女はびくりと肩を震わせ沈黙する。

 

「……ごめん。」

 穂乃果は素直に謝る。やはり顔をうつむかせているせいか、表情を認識できない。

 

「ほら、帰りましょう」

 

 彼女の手を取ろうとする。

 しかし、私の手は叩かれる。

 

「ごめん。未だ練習する。」

「……なっ……。」

 

 ここで初めて穂乃果は顔を上げる。キラリと雫が迸る。

 

「穂乃果?」

 

 蜩の鳴き声が一層切なさを増す。空は橙色に染まり美しかったが、何かが潰える瞬間を垣間見ているようだった。

 

「海未ちゃん。私は何が何でも最後までスクールアイドルを続けるよ。……例え、何が起きようとも。」

「穂乃果、一体どうしたのですか?」

「……ううん、何でもないよ。」

 

 夕陽を背景に微笑む彼女は幻想的で、近くに居る筈なのに遠く感じた。

 

 なぜ悲しそうに笑うのだろう―――。

 

 私は問い質すことも咎めることもできなかった。只々、儚く、胸が痛む。

 彼女の背中は消えて無くなりそうなほど華奢で脆弱なのに、決して後ろを振り向かない強靭さを有していた。

 

 その強さに涙が零れた。

 

---

 

「私はスクールアイドルを続けます。誰に何と言われようと。」

 

 海未の言葉は堅牢な刃を連想させる。研ぎ澄ませたように鋭く、有無を言わせない強さがある。

 その意志は覚悟故なのか定かではない。だが、その先に起こる命運を理解して尚、この場に立っている。であれば、並ならぬ思いがあるのは間違いない。

 

「海未、はっきり言わせてもらうわ。もう貴女には私達と同じメニューをこなす事は出来ないわ。もし、出来たのだとしても貴女は確実に寿命を縮めることになる。今からでも遅くないわ。延命治療する方が利口よ。」

「ちょっ……真姫ちゃん」

「はっきりと言い過ぎにゃ」

 

 真姫は海未を睥睨する。対して海未は狼狽えることなく、真姫を見据える。

 

「確かに貴女のいう事は正しい。常軌を逸しているのは私の方でしょう。」

「……なら、」

「しかしですね、真姫。私はそれでもこのスクールアイドルを最後まで成し遂げたいのです。」

 

 真姫の方が正論であり、己が異常者であると理解しながらも、尚、海未は意見を曲げない。

 

「貴女、馬鹿なの?」

「多分そうなのでしょう。」

「ふざけないでよ。」

 

 海未の返答が気に入らなかったのか真姫は怒気を露わにし、海未の胸ぐらを掴む。

 

「ちょっと真姫、よしなさい!」

「あかんよ、真姫ちゃん!」

 

 絵里と希が真姫を抑えるが、真姫の抵抗は止まらない。

 

「自分の命を捨ててまでやることじゃないでしょ!」

 

 だが、それでも海未の瞳は揺らぐ事はなかった。

 

「いいえ。命を賭しても、です。」

 

 真姫は愕然とすると同時に悟る。もう何を言っても彼女には届かない。

 

「真姫、ありがとう。貴女がそれほどまでに私を気遣ってくれた事、心より感謝します。」

「……どうして……」

 

 真姫は脱力し、泣き崩れる。

 真姫の肩を支えながら、絵里は海未を見やる。

 

「海未。真姫はね、病院長の娘ってことで人一倍病に敏感で穂乃果の時も薄々感づいていたの。でも、その時は言えなかった。」

「……そうですか。」

「……でも、今こうして真姫は貴女に生きて欲しいと願っている。穂乃果のように死んでほしくないから。」

 

 一瞬、海未の瞳が揺らぐ。しかし、すぐに強靭な光が宿る。

 

「それでも私は最後までやり遂げます。」

 

 その変わらぬ答えに絵里の頰に涙が伝う。

 他の部員もそれまで堪えていた思いが溢れ出し、零れ落ちる。

 

「もう、皆泣かないでください。私はずっと皆さんの側にいますから。」

 

 いつしか雨は止み、太陽の光が射していた。

 

 

 病院に漂う匂いは常に陰鬱だ。一寸たりとも幸を感じない。琴音はこの匂いが嫌いだった。

 

 まだ十にも満たない齢で、死期を悟る少年。

 刻々と死が迫る日々を送る老人。

 この世に存在することすら出来なかった水子。

 

 病院は病を治す場である。

 だが、治らなければ、いくつもの命がここで消えてゆくのだ。

 

「『私』もそうだったな……。」

 

 脳裏に情景が浮かぶ。

 月光が射す病室、ある少女に看取られた記憶が鮮明に残っている。

 

 思い出すたびに胸が張り裂けそうだった。

 

 

 琴音が向かった病室は502号室。札には「南ことり様」と表記されている。

 琴音は躊躇わずノックをする。すると、すぐに「どうぞ」と返事が返ってくる。

 

「こんにちは。ことりちゃん。」

「こんにちは……。琴音ちゃん…だっけ?ごめんね、まだ思い出せなくて……。」

「ううん、いいのいいの。ゆっくりで良いから。」

 

 琴音はことりの側の椅子に腰をかけ、鞄の中を探る。

 

「実は近くにね、美味しいお菓子のお店があって、良かったらことりちゃんにと思って買ってきたんだ。」

「わ〜、これマカロンかな?美味しそう。ありがとう。」

「えへへっ。ことりちゃんはまだ病み上がりなので私が食べさせてあげるのです!」

「ふふっ。それじゃあ、お願いしようかな。」

「はい、ことりちゃん、あーん。」

「あーん。………美味しい〜〜っ」

「でしょでしょ。私もこの味が好きなんだぁ。」

 

 互いに微笑む琴音とことり。

 雨も止んで日柄が良くなったのか、爽やかな風が吹いてくる。

 

「何か懐かしいなぁ。昔もこんな風に誰かとお菓子を食べた気がするの。」

「へぇ、そっか。きっと仲の良い子と一緒にお菓子食べたんじゃないかな。」

「そうだね。きっと大切な思い出で大切な人なんだと思う。早く思い出したいなぁ。」

「……うん。思い出せると良いね。」

 

 日向に小鳥たちが集まってくる。それをぼんやりと琴音は見つめていた。

 

「あ、そうそう。お母さんがね。アルバムを持ってきてくれたの。早く思い出せるようにって。」

「え、アルバム⁉︎見たいっ!」

「じゃあ、一緒に見ようよ。」

「うん!」

 

 そこに写っているのは主に三人の少女だった。快活な女の子と優しげな女の子と恥ずかしがり屋の女の子。何をするにしても三人はずっと一緒だった。

 

「なんか、ここに写ってる私、楽しそう。」

 

 ことりは幼少の自分を見て微笑む。それにつられて琴音も微笑む。

 

「三人とも楽しそうだね。」

「うん。これが私で、これが海未ちゃん、これが琴音ちゃんだよね。」

「ううん、違うよ。この子は似ているけど、私じゃない。高坂穂乃果。」

「高坂……穂乃果?」

 

 先ほどまで爽やかだった風は隙間風のように冷たい。

 

「その名前……私、知ってる」

「……え……?」

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