太陽は永遠に   作:ウェスト3世

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醜悪

 最初に漂ったのは腐臭だった。次に異質な音が耳に響いた。

 

「……ん、ぁ」

 

 瞼を開くと、そこはゴミの巣窟と化した部屋だった。想像を絶する光景。見ればゴキブリや蜘蛛の巣まで張りついていた。腐臭もこれで納得できる。

 先程聴こえた異質な音は恐らくこの家の家主に因るものだろう。先程からソファに座り込んだ男性がスナック菓子を食している。異質な音は彼の咀嚼音に違いない。

 

 何故、此処にいるかは不明だが、意識を失う前にスタンガンを当てられた記憶がある。

 

「あ、起きた〜?琴音ちゃ〜ん」

 

 この家も相当な汚れぶりだが、この男性も端麗というには程遠い。手入れのされていない長髪、長らくは剃ってないであろう髭、脂汗、肥満体型。無礼ではあるが、喩えるなら豚のようだ。

 

「誰ですか、貴方は。」

「あ、僕?僕ね〜、琴音ちゃんのファンなの。あ、あとね、穂乃果ちゃんのファンでもあるんだよね〜。ヌフフ。」

 

 悪意のある笑み。初対面でこれほど嫌悪を抱いた相手も珍しい。

 

「あ、あと服とか邪魔そうだったから脱がせちゃいました〜。ひゃ〜っ!」

「……っ!」

 

 よく見れば、琴音はショーツにワイシャツだけ着衣と、肌が露出した状態であった。ブレザーとスカートは目の前の男に奪われたようだ。

 

「何故、こんなことするんですか?」

 

 琴音は正直な疑問を目の前の男にぶつけてみる。しかし、帰ってきたのは不気味な笑い声だった。

 

「なんでって今ネットで琴音ちゃんと穂乃果ちゃんて似てるとか同一人物説が流れてるじゃない?そこのところ確かめたくてさぁ。」

「別人です」

「どうかなぁ〜。まぁ、それだけじゃなくてさ、琴音ちゃんを僕の物にしたいんだよね〜。ヌフフフ。」

 

 男が此方に近づいてくる。

 

「こ、こないで!」

 

 拒絶するが、縄で腕を縛られているせいで自由に逃げられない。

 

「ん〜無駄無駄。でへへ〜」

 

 魔の手が迫ってくる。

 

「さて、君が穂乃果ちゃんかどうか確かめさせてもらうよ。」

 

 

 翌朝。

 身体が非常に重たかった。気怠さは勿論のこと、目眩や吐き気に襲われる。

 

「まだ、こんなところで……。」

 

 身体に刻々と限界が迫っているが、まだ終わる時ではない。起床するだけでも苦痛が絶大だった。

 すると、唐突に携帯が鳴る。目覚まし用にかけたアラームかと思ったが、電話だった。

 

「この番号は……。」

 

 疑問はあったが、とりあえず電話に出ることにする。

 

「もしもし。園田ですが。」

「園田さんっ!私、綺羅!綺羅ツバサだけど、琴音を見てない⁉︎」

「こ、琴音ですか?昨日の質問責めに遭っているのを最後に見ていませんが」

 

 電話相手か綺羅ツバサなのもそうだが、普段冷静で絶大なカリスマを持つ彼女が焦るのは珍しい。

 

「何かあったのですか?」

「琴音……琴音がどうやら家に帰ってないみたいなの。」

「帰ってない?」

「昨夜、ご家族から電話が掛かって、私とあんじゅ、英玲奈で探してるんだけど見つからなくて。」

「警察の方には?」

「勿論。警察も動いてるわ。」

「あのネットの騒動を見る限り、嫌な予感がしますね。」

「同感よ。彼女を一人にさせたのが誤りだったわ。」

 

 電話越しからも分かる。彼女からは後悔と己に対する不甲斐なさが滲み出ていた。

 

「とりあえず私も協力します。わかり次第、すぐに連絡します。」

「ごめんなさい。協力に感謝するわ。」

「では、失礼致します。」

 

 電話を切り、急いで外出準備を整える。今だけは自分が病人であることを忘れたい。

 

 

「中々しぶといね〜。答える気にならないかな?君の正体は高坂穂乃果。違う?」

「ち、ちが」

「はいって言えよ。」

 

 男は琴音に平手打ちする。

 

「ぐ……ぁっ。」

「ぁあ、良いね。麗しき少女が苦痛に悶える姿、良い、良い。」

 

 琴音の手足には切り傷や、打撲がみられ、部位によっては骨折も見られる。

 

「こんな事をして何の意味が……。」

「意味あるよ。こうやって質問続ければ君の正体をいずれ知ることができるから。」

 

 意味なんて何もなかった。ひたすら高坂穂乃果か否を問われ続け、否定すると暴行される。それが朝まで繰り返し行われていた。

 琴音の憶測ではあるが、肯定しても暴行を加えられることに変わりはない。天城琴音の正体を知りたいというよりは何処か快楽に酔っている節がある。この男は狂っている、危険と脳から警戒命令が下される。

 

「さて、もう一回問おう。君は……。」

「違うって言って……」

「質問の途中だこら。」

 

 今度はゆっくりとした動作だったが、男は琴音の腹に蹴りを入れる。

 

「ぐ……ぁはっ!」

 

 続いて拳で頰を殴る。

 

「が……っ」

 

 そして、男は嗤う。

 

「ふふっ。可愛いね。琴音ちゃんは。でも否定しつづけると、可愛い顔が台無しだよ?」

「ぅ……ぁ」

「そろそろ限界かなぁ。なら少しだけネタバレしようかなぁ〜」

「ねた……ばれ?」

「そそそ。さっき君がさ、僕に目的は何って聞いてきたじゃない?僕はそれに対して琴音ちゃんと穂乃果ちゃんの関係性を知りたい、琴音ちゃんを僕の物にしたいって言ったけどアレ嘘ね。」

 

 薄々勘付いてはいたことだった。穂乃果と琴音が同一人物かどうかを確かめたいという割に、謎を明らかにしようとはしなかった。

 

「なら、貴方の目的は何?」

「まぁ、そうだな。僕のコレクションみてもらおうかなぁ。ヌフフフ。」

 

 すると男はクローゼットからダンボールを数箱持ち出してくる。そして中身を一箱ずつ開け、琴音に見せつける。

 

「嘘……でしょ……。」

 

 

 本来ならば、登校時間をとうに過ぎているのだが、そうも言っていられない事態となった。

 琴音と穂乃果に関するニュースが出たと同時に琴音の行方不明。嫌な予感しかしない。

 

「とはいえ、どこを捜せば……。」

 

 UTX学園、秋葉原駅周辺を隈なく捜すが見当たらない。

 それもその筈で今の私は焦りだけで漠然と探している状態だ。これでは到底見つかるはずもない。

 とはいえ、綺羅ツバサの情報では警察も手掛かりを掴めていないらしい。

 

「……とりあえず人の多い場所は一通り捜しましたかね。」

 

 道行く人にも尋ねたが、琴音の情報は入ってこなかった。

 ならば今度は街外れに探りを入れるべきだろう。

 

 

 同時刻。

 μ’sは朝練を終えている時間帯である。

 

「今日は海未、来なかったわね。」

「身体の体調が悪いのかなぁ」

「心配だにゃ」

 

 ステージ4の膵臓癌。彼女の身体は日に日に蝕まれている。

 いつ何が起きたっておかしくはない。今日が最後かもしれない。部員一同、そんな懸念を抱えながら日々を過ごしている。

 

「そういえば海未といえば、昨日のニュースの件、異様に気にしてたわね。」

 

 絵里の一言で全員、ああ、と頷く。

 

「何かまた新たなニュースが出てたりしてね。」

「私達にまで火が回って来ないと良いけど。」

 

 雨雲が広がり、徐々に天候が悪化してゆく。

 

「妙な胸騒ぎがするわね。」

 

 絵里は空を睥睨し、呟く。先程まで澄んでいた空は跡形も残っていない。

 

「た、大変です!」

 

 声をあげたのは花陽だった。

 

「ど、どうしたの?」

「これを見てください!」

 

 花陽が見せたのはニュースの記事だった。見出しには『人気スクールアイドル天城琴音、行方不明⁉︎』と記載されていた。

 

「ちょっと、これって……。」

「マズイわよね」

「も、もしかして、海未ちゃんがいないのって……。」

 

 部員全員、顔を見合わせる。不安は募る一方だった。

 

 

 全身が恐怖で震える。呼吸が荒くなり、心臓の鼓動が早い。

 

 琴音が目にしたのは絶望そのものだった。もう人と呼べるものではなかった。

 箱に入っているのは白骨化した遺体。嘗てこれが人として生活していたなんて、到底想像できない。

 

「あはは〜。良い顔だね〜。可愛い〜。写メで撮ろう〜。」

「どうして、こんな……。」

「理由はそうだなぁ。ただ、殺したかったから殺したの。」

「それは理由じゃない。」

「立派な理由だよ。僕にとって殺人は余興の一つにすぎない。」

 

 改めてこの男は狂っていると認識する。理由のない殺人ほど、悪性に満ちているものはない。だが、この男にとっては些細なことなのかもしれない。

 

「窃盗症って聞いたことない?家計も安定して経済的には何の問題もない人間がわざわざ盗みを働かせるんだ。彼らは決まってこう言うよ。特に理由はない。ただ、それが癖になっているのだと。僕の殺人も多少の誤差はあるけれど、それに近い。」

「……近い?」

「ん〜。確か快楽殺人とかいったかなぁ。特に理由なんてものはないんだよ。ただ殺すことが快楽になる。君らが当たり前に持つ性欲、食欲、睡眠欲に加えて、僕は殺しに対して欲があるだけだ。」

 

 男は琴音を凝視する。さも愛おしそうに見つめる姿がまた狂気的である。

 

「今まで数人の可愛い女の子を殺したけど、みんな逝く瞬間は本当に綺麗でね〜。そんなところに人気スクールアイドルのニュースが来たんだ。君のニュースを聞いた時には真っ先に殺したいと思った。スクールアイドルはどんな顔して死ぬのか。そんな疑問を抱いた途端、僕の殺人欲が最高に高まったよっ!」

「……クズ」

「あっはぁ。言うようになったね〜。そんなところも唆られる〜。でも、もうじき何も喋れなくなるから。ひゃ〜っ!」

 

 男は声高らかに笑う。嫌悪の対象でしかない。

 足元にはナイフが落ちている。琴音はそれをじっと見つめる。胸の内に何かがざわついていた。

 

 ちょうどその時、玄関の扉から物音が聴こえる。

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